第13話 再来 A
いつかの伏線を回収しに来ました。
薄暗い廊下。
頼りになる灯りは、消火器の場所を示す赤いランプだけだった。
黒の中の赤はなんとも不気味で、怖くていつもは歩けなかった。
だけど今は違う。それよりももっと怖いものがあったから。
「はぁ、………はぁっはぁっ!」
それは死。人の死というものであった。
俺が死ぬわけではない。大事な人が死ぬんだ。
「母さん!」
病室に飛び込んだ。
そこには1人の女性が横たわっていた。
顔があるべき場所には、白い布のようなものがかけてあった。
それがなんなのかは、当時の俺は分かっていなかった。
「母………さん?」
女性は動かない。愛する我が子の呼びかけにも答えない。
その反応に、俺はだた立ちすくむだけだった。
しばらくしてから後ろから声がした。
「有志」
低く、冷たい声だった。
振り向かなくても分かる、父親だ。
「父さぁん………母さんがぁ……」
涙ぐんで父親に助けを求めた。
「帰るぞ」
返ってきた言葉はそれだった。
一瞬のことで何を言っているか分からなかった。
「え………父さん、だって……」
父は何も言わずに小さな手を引いていく。
その手は冷たく、人間のものとは思えなかった。
「父さん!なんでっ!………母さんが!」
「忘れろ」
重く、のしかかる言葉だった。
忘れられるわけ無いじゃないか────大好きな母さんなのに
忘れられるわけ無いじゃないか────いつも一緒にいたのに
忘れられるわけ無いじゃないか────だって家族なんだもん
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!母さん!」
「っはぁ………!」
午前5:30、金曜日。
文化祭が終った後ということで疲れてぐっすり眠れるはずだった。
なのになんであんな夢を見てしまったのだろうか。
昔の───────記憶。
最低な父親の記憶。
「早く起きすぎたな……っていうか文化祭の次の日くらい休みにしろよ」
2度寝をしようとベットに横になるが、先ほどの夢の続きが思い出された。
寝る気が失せた。
仕方なく起きて、学生服に着替えてから朝食としてパンを焼くことにした。
1人で使うには結構大きめの部屋。マンションの一室である。
あの最低な父親が買ったものだ。
あの人にとっては、全然たいした額ではないのだろう。
トースターでパンを焼いている間にテレビをつける。
アナウンサーのかしこまった声が室内に響く。
もちろん俺の耳には内容なんて入ってこない。
朝の夢のことで頭がいっぱいだったからだ。
「くっそ………なんで今になって……」
これはある種の警告のように思えた。
アイツが……俺に接触してくるのか? いや、そんなことはない。
金だけ振り込んで子をほったらかして、他の女と遊んでいるような奴だ。
半分の血が流れているなんて思うだけでイヤになる。
まぁ、もう会うことは無いと思うが。
チン!とトースターからパンが出てくる。
冷蔵庫からマーガリンを取り出し、それを塗りながらパンを咥える。
「鞄は……と」
鞄を手に取り、テーブルの上におく。
と、そこでテーブルの上の写真立てに目がいった。
「………………」
女性1人と子供1人が写っている写真。
2人とも大きな木の下で太陽のような笑顔を浮かべている。
俺が覚えている唯一の思い出。
「って、何を今更こんなこと……」
そういってもぐもぐとパンを食べ続ける。
「うーーんぬ」
馬鹿みたいに長い坂道を歩いている。
学校に行くにはこの坂しかないのだ。まったくなんでそんな高いところに学校を建てたのか……
文化祭で唯に引っ張られた後なので、かなり疲れがたまっている。
そのせいの悪夢か? とも思うが、関係はないだろう。
やっぱり休みにするべきではないかと思う。
だって周りの人も明らかに疲れてるもん。
その中には、千鳥足の者、どす黒いクマを作っている者、目に生気が無いもの……etc.
後ろの方で木に引っかかっているのは……まぁ、猿山だろう。
髪型でなんとなく分かる。(角刈りに近いボウズだし)
「ういっす! とともに撃たれて死ねっ!」
顔のすぐ横をビー玉が飛んでいった。
ビー玉…………?ビー玉!?
後ろにいるのは間違いなく里中なのだが、弾の選択がおかしい。
「おい、里中っ! 弾はちゃんと選べよな! ビー玉とかマジ死ぬから!」
そんな突っ込みもスルーしがちな里中は、小さく笑って隣に並んできた。
「別に当ててないっすよぉ!……とりあえず、おはよ」
「おう、……ってか織宮と一緒じゃねーんだな。珍しい」
「なんだい? 憂緋が気になるのかぃ!」
「んなこといってねーよ!」
ピンで止めた髪を揺らしながらケラケラ笑っている。
「ゲシャゲシャ!」
………ケラケラではなかった。
「まぁ、冗談は置いといてと、文化祭成功だったよね」
「そだな」
「それでさー……気になることがあるんだけど……」
珍しく、里中が口ごもっている。
何かあったのだろうか?
「杉水君ってさ……外国車乗り回すような人の知り合いいる?」
「はは、なんだよそれ。そんな奴─────
本当にいないか?
…………本当に?
「どしたの? なんか疲れてるっぽいね」
「ええ?ああ、んまぁ……疲れてるっちゃあ……疲れているかも」
警告、か。
あの夢はやっぱり警告だったかもしれない。
ただ、里中のいつものギャグかもしれないが……そうとも言い切れない。
自分でもう連想してしまっている。
外国車、……金持ちだろう。
この地域で?……アイツ。
警告………だったのかもしれない。
近いうちに─────会うかもしれない。