第12話 文化祭♪ F
交代の時間。猫男の役は他にもいるので、その人と交代したのであった。
そして約束、唯が待っているから行かないといけない。
ああ、…………どこでミスったかなぁ?
そんなことを考えつつ、隣のクラスまで足を運ぶ。
教室のドアを開けるとそこは、簡単な飲食店になっていた。
机をあわせてその上に白と青の清潔なテーブルクロスが敷かれている。
人はマチマチで、そんなに繁盛しているとは思えなかった。
まぁ、文化祭の飲食店なんかそんなもんだろ。
そう思った瞬間。視界が黒に染められた。
「うがっ! ………なんだこれ」
「ふふふー! だーれだ? 」
言わずとも分かる。ってかこんなこと俺にしてくる奴なんか1人しかいないだろ……
「あー、唯。分かったから離せ」
「んなっ! 何でそんなに冷たいのっ! 」
そんなことを言いながらも手が離される。
「んで、文化祭回るんだったな。どこ行くんだ?」
「うっしゃー! だったらおなかすいたからなんか食べよっ」
そういって腕を引っ張っていく。
なんだこれ! これじゃあ俺はただの保護者じゃねぇか!
別に何も期待なんかしてなかったけど!………ケド。
「あれ、お前ここで食べるんじゃないのか?」
「えー? だっておいしくないもん」
それが自分のクラスの出し物に言う台詞か………?
なんというかとりあえず容赦なかった。
連れて行かれたのは、外にあるクレープ屋だった。
何でも同じ3年生がやっているらしく、味も良いとのこと。
「って言うかこれって普通は食後だよな……」
「そんなことないよー、別に甘いものだけじゃないんだよ?」
メニューを見てみると、鶏肉を挟んだようなチキンクレープや、チーズとサーモン
を挟んだチーズサーモンクレープなどがあった。
流石は3年生だな………同い年とは思えん。
こっちはなんだかんだでお化け屋敷なんかやっているのだ。
本格的ではあるが………雪丸とか猿山がなぁ………
火乃村は申し分無いくらいの演技力だが。
「有志は何にするの? 私はフルーツミックスクレープかな?」
そういってメニューに指を差す。
そこには色とりどりの、イチゴ、キウイ、バナナ、チョコソースが巻かれている。
ふむ、なかなかうまそうだ。
そう思うほど、自分のクラスと比較してテンションが下がる。
「まぁ、いいか。火乃村いるし……… じゃあ俺はベーコンチーズべーグルかな」
べーグルまでこの店には売ってあった。万能か。
「え゛! ちょっと有志、空気読んでよ!」
「冗談。俺はチーズサーモンクレープでいいかな」
「ん。じゃあお金」
そういって手を出してくる。
580円………まぁ、大体そんな感じだろう。
待っている唯の手の平の上に落とす。
「え? 有志なにやってんの? これじゃあ足りないよ?」
ちょいちょい、と金を催促するように手を動かす。
ああ、昼食を俺に支払えと。
「………………」
「あっ、頼み方がなってなかったね! コホン。ゆうしー、お昼ご飯おごって?」
小動物のように目を潤ませて輝かせる。
こんな技どこで覚えたのだろう……
別にそれに満足したわけじゃないが、お金を出すことにする。
後ろに並んでいる人の目が痛いからな……
「わーい! 有志大好きっ! もとから好きだけどっ!」
そんな馬鹿みたいな台詞を吐いてクレープを受け取る。
まったく………コイツは、
笑っている自分がそこにいた。
とりあえず昼食は、外に出されているベンチでとることにした。
「ふっふふーん♪」
唯は、かなりご機嫌だ。このままこの調子でいてくれるといいんだが。
って、さっきも言ったけど俺は保護者かっ!
「有志のも食べたいなっ! あーん」
口を空けて待っている。なんだこれ、俺なんで今こんなことしてんだ?
そんな考えが頭の中をぐるぐると回る。
保護者→恋人?
って! 何考えてんだ俺は!
「なに待ってんだよ。ほしいならやるから自分で食えって」
いつもどうりに言ってみせる。
「んだよぅ、ゆうしってば照れてんの? 」
そういいつつもサーモンチーズクレープを取られる。
俺はまだ一口しか食べてないんだが………これは返ってくるのか?
唯は小さく一口かじると、それを返してきた。
「ん、おいし。サーモンとチーズって合うんだね」
などと単発な感想を言いながら。
確かにこのクレープはうまい。黒コショウも効いていて、それがまたチーズと
サーモンに合うのだ。
食べるほどにお化け屋敷と比較してしまうのは仕方の無いことだ。
「ありゃ、お帰り千恵っち。文化祭楽しめたぁ?」
声をかけてきたのは、雅だった。
いつも通り元気いっぱい、黄色のリボンが目立つ。
冬島くんの位置が危ないな、といつもならば冷静な(?)分析が出来るのだが、
今はそんな気分ではない。気になることがある。
「杉水君どこ行ったか知らない?」
いつもの声色で言ったつもりだったが、雅は少し不思議そうな顔をして、
「役交代したから今ごろ文化祭楽しんでいるんじゃないのかなぁ?」
と答えてくれた。
会って─────どうするの?
そう、自分の中の何かが告げていた。
人の事情に入り込めるほど自分はよい人間ではない。
引き返すなら今。あの男と会ったことを忘れて普段通り過ごせるかもしれない。
聞くにしてもそんな勇気はなかった。
そんな人とどんな関係かなんて知りたくない。
折角。このクラスも面白くなってきたところだって言うのに。
やっと、普段通りの生活になると思ったのに。
「千恵っち?」
気がつくと雅が顔を覗き込んでいた。
「ん?、ああ! なんでもないよー、ちょっといたずらの標的を探していただけだから」
そういって踵を返す。
「あれ? 千恵っち? どっこいくのー?」
「ちょっといろいろなことありすぎて疲れたからさ、静かなところに行くよ」
そういって彼女は曲がり角に曲がって消えた。