第12話 文化祭♪ E
教室に戻ると、仏頂面した唯が畳の上で包丁を研いでいた。
「殺す………有志、殺す………」
放置されていた唯が怒っている。これまでにない形相で。
「お、おーい。唯さん………何してるんですか?しかも人の教室で……」
「殺す……。」
そこには“怒り”というか、たぶんそういうものが含まれていた。
いや、ただ単にすねているだけだろうけど、今回はパターンが違う。
殺すって………。
「唯さん。唯さーん。怒ってます?」
「え?全然怒ってないっすよ?なにいってんですカ?」
語尾がおかしい。
俺の中の警報ランプが鳴った。
全員退避ー!筋肉総動員!身体中全細胞よ!
頭の中で小人さんたちが動き出している。
よし、素直に従うことにしよう。
「あー、トイレ行きたくなったな―。栗原ぁーまだ時間あるよな?」
「ナイデス。」
聞こえてきたのは、唯の声だった。
「ちょ……お前栗原じゃない……ってうぉあ!」
包丁が脳天めがけて飛んできた。
「うるさぁぁぁぁい!よくもほったらかしにしてくれたな!」
それをギリギリでよける。
マジだ。マジで狙ってきたよコイツ……。
後ろの理科室から取り寄せた、人体模型の喉元に刺さる。
うわぁ、これでさらに不気味度が増した……。
「このー!ほったらかしか!放置プレイか!有志はそんなのが好みなのかー!」
「意味がわからん!勝手に変なキャラ設定を作るな!」
「だってぇー!だってぇー!」
唯は子供のように殴りついてくる。
全然痛くない。
というか俺には全力に見えるんだが。
「おい、有志。」
いつの間にか子供の霊となっていた雪丸が話しかけてくる。
「こわっ!お前、身体中真っ白だな!」
「そうだよ〜。ペンキでペタペタ塗りたくられてさー、じゃなくて!」
ペンキで塗ったのかそれ。
皮膚呼吸できなくて死ぬなよ。
「もう文化祭始まるっての!早く一ノ瀬ここから追い出せって!」
雪丸は、唯を指差して言う。
うーん。なんかシュールな光景だ。
「うっさいわボケー!もういい!ゆうしなんかっ!」
そういって出て行こうとする唯を肩をつかんで止める。
「まぁ、俺が悪かったって。文化祭一緒に回るからさ。」
「ほんと!」
いきなり目がきらきら光り出す。
子供かコイツは………
「いいから!早く出てけって!俺が栗原に怒られんの!」
ここにも子供がいた。(霊だけど)
「というか、隣のクラスの奴呼んでるぞ。」
廊下からは、ゆいー! どこいったのー! などと探し回られている。
「分かった!文化祭一緒に回るんだよ!」
そういって唯は自分のクラスに戻っていった。
騒がしい奴だなぁ。でも、一緒にいて悪くは無い。
「ちょっとー!杉水くん!作戦会議するからこっち来てー!」
おれも呼ばれた。
さて、この不気味なホラーハウスも開幕か。
「ヨクゾココマデキタナ」
「うっきゃぁぁぁぁぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ちょうど暗幕の隙間から見えてしまった。
ジェイソンがホラーハウスに入り込んだカップルに話しかけていた。
火乃村マジこぇぇぇ………
「トイウカオレシャベッタダケナンダケド……」
仮面をしているから分からないが、火乃村は複雑な表情をしているだろう……多分。
「うわぁぁぁぁ!子供の霊!」
「ってか、なんか可愛いよね。」
子供の霊が立ち上がっていう。
「おかーさん。おかーさん………どこぉぉぉぉ!」
なんだこれ。
ってかカップル素通りなんだけど………
「うわぁ!じ、人体模型か………ってあれ?包丁……刺さってない?」
「た……確かにそうだよな……なんかこわっ!」
………えーと、オレの出番はと……
変な汗をかきながら、出番を確認する………
「あーあ、折角の文化祭なのに………」
私は照明係だったので、もうやることは無いのである。
あんなものは、ライトを緑やら黒に変えて、置いておくだけでいいのだ。
私はもっと……なんていうんだろう。
どこやらの劇みたいにするのかと思った。色を次々変えて、
臨場感を出すアレを……やりたかった。
暇になって校門まで来てしまった。
そこには、見慣れない黒い車が止まっていた。
「お偉いさん?この学校に……?」
独り言、のつもりだった。
「そこのお嬢さん。」
車の中から、サングラスをかけた男が話しかけてきた。
なにやら殺気!……銃を扱う私には分かる……!
「お嬢さん?聞きたいことがあるんだが……」
……杉水君がいたら突っ込んでくれただろう。
分かるかそんなもんっ!とか、銃扱えたらそんなこと出来んのか!とか。
「私の名前は里中 千恵DA☆ZE!初対面でもタメ口DA☆ZE!」
「はっはっはっ、面白いお嬢さんだ。いや、千恵さん。」
大きく笑って見せる。
いやな雰囲気はしない、とってもいい人みたいだ。
でも、なんで車から降りてこないんだろう……?
「聞きたいことがあるんだが、いいかね?」
そこには意味が含まれているようだった。
答えたくなければ答えなくてもいい。しかし、俺の質問は聞け、といったような。
「ふっ!ふん、おじさんはそんないい人ではないと見た!」
「本当に面白い子だ。まるで汚れというものを知らん。ふふふ……」
低く、本当に低く笑った。
それだけで、たったそれだけで─────恐怖した。
「杉水有志という男を知っているか?」
何も答えれない、なんていっているの分からない。
口を開けない。声を出せない。
なんなんだ─────この人は。
「知らないのか。まぁいい、お嬢さん。文化祭、楽しんでくるがいい。」
そういって車の窓を閉めて走りだす。
その車は、左ハンドルだった。外国の車。
だからあの人は運転していない。
やっぱり偉い人……?
いや、そんなわけが無い。偉い人には恐怖なんてしない。
あの人は………何かが違う!
文化祭の喧騒がかなり遠くに聞こえた。