メアリー・スー 浦木 英智
メアリー・スー
浦木 英智
それはきっと、二人のきまりで、世界の約束なのだ。
自分が生まれてきた理由なんて分からない。分かっている人の方が少ない、のではないか。しかし、自分が生きている理由なら分かる。だからそのとき私は、死んではいけないと思ったし、死ねないと確かに思った。
「どうしたの、スイ。ぼーっとして」
隣に座ったミズホが、私の顔を覗き込むようにして、そう言う。いつ見ても、整った顔立ちだ。気に入らない。
「……なんでもない」
どうして自分が生まれてきたか考えていた、なんて、言わないし言えない。
「せっかくそばにいてあげるんだから、もっと私を喜ばせなさい。それがスイの役目でしょ」
「お前も入院して、その性格、たたきなおしてもらえよ」
ミズホはふふっと笑う。つられて私も笑う。
「……わかんないよ、『完璧超人』には、きっと」
嫌味を込めて、諦めを込めて、ミズホを傷つけてしまうかもしれないと、分かっていながら、そう言う。きっと彼女ならば、この言葉が嫌味であることも、諦めであることも、彼女を傷つけるかもしれないことも、気付いてくれるだろう。
ひやりとした感覚に驚いて手元を見ると、彼女の冷たい手の平が、私の手の甲を包んでいた。それから、もう片方の手が私の頬に触れる。
「私はね、孤独が嫌いなの。一人でいることが嫌いなの。誰よりも速く走れることで、誰も追い付けない世界で一人になってしまうことが怖いの。私が全力で走れるのは、スイ、あなたのおかげ。振り向けばいつもあなたがいる。それがどれほど心強いか、安心できることか、わかる?」
「……分かるわけない、だろ」
ミズホの黒い瞳が真っ直ぐに、私を射抜く。
「それじゃあこの感覚は、これからもずっと私のもの。誰にも渡さないんだから」
それからミズホは嬉しそうに、笑みを浮かべる。
「だから、これからもずっと、私のそばにいてね」
悪態をついてやろうと思った。嫌味を言って、罵ってやろうと思った。思った、だけで、実際には口を動かすことさえできなかった。正直に言おう、間近で見たミズホの顔に見蕩れてしまったからだ。潤んだ瞳。上気した頬。ミズホという存在そのものが、触れるのも憚られる程に、美しく、壊してはならないもののように思えたのだ。神聖にして、侵してはならないもののように思えたのだ。だから、必然的に、私の言葉はひとつしか許されなかった。
「はい」
そうして私は、改めて理解する。
これまでも、これからも、私が彼女を上回ることはありえない。
あらゆる物事において、彼女は私という存在のすべてを超えていく。
それは、私と彼女の間に存在する、絶対なる「法則」なのだ。
二度。私の記憶にある分には二度だけ、「法則」に抗ったことがある。
小学生のときの話だ。勉強も、運動も、習いごとも、どんなに頑張っても、ミズホは私の後ろから追いかけてきて、そして軽く抜き去ってしまう。手を伸ばせば届く距離。その隙間ほどの隔たりが、絶望的に遠いのだ。星に手が届かないように、画面越しの恋心が通じないように。
だから私は、すべてを諦めることにした。
どうせ届かないのだから、その距離がどれほどであっても同じことだ。身の回りの何もかもが無意味に思えた。テストはでたらめな答えで提出した。宿題は白紙のままだった。授業時間は保健室で過ごした。やがて私の世界(小学生の見る世界の広さなんてたかが知れているが)のすべては無価値になり、無色になり、無味無臭になった。
担任の先生は「どうして?」といぶかしげにきいてきたが、一貫して「体調不良です」で通した。ときにもっとしつこくされることもあったが、「それ以上はセクハラです」と言ったらおとなしくなった。そのとき私は世界で一番目に弱い人間だった。
そして同時に、世界で二番目に弱い人間は、ミズホだった。
私が成績を落とすのに合わせて、ミズホの成績も急激に落ちていた。ミズホは常に、私の少し上にいた。私はそのとき初めて、確かに「法則」の存在を意識し、それがどれほど強固で融通の利かないものかを知った。
「どうして?」
私はミズホに問いただす。完璧超人は完璧超人でなくては、困る。圧倒的な力で、弱者を踏み潰してもらわなければ、困る。私がすべてを諦めるに足る人物でなければ、困る。
「体調不良」
ミズホはそうこたえた。しかし私は食い下がった。「そんなわけがない」「他に理由があるだろう」「話して欲しい」等々。思えば、担任の先生が私にしたことと同じことを、ミズホにしていた。
「分かんないよ。そんなの。私にだって」
私は、はっとする。ミズホの、初めて見る表情だった。
心の一番深くて敏感な部分を針で刺されたようだった。もう二度と、こんな顔をさせてはいけないと思った。もう二度と、こんな気持ちは味わいたくないと思った。
私が成績を落とすのと同時に、世界は少しだけ不安定になっていた。世界の最上位にいた二人が、突如として最底辺に没落したのだ。世界の構造が崩れたのだ。そのとき世界は、いわゆる学級崩壊を起こしていた。
私が元の私に戻ると、それに伴ってミズホも元に戻り、ほどなくして世界も少しずつ安定を取り戻した。「法則」が世界にも影響を及ぼすほどの力を持っていたことを、そのとき初めて知ったのだった。
「お疲れ様です」
私は、天文部部室の扉を開けて、そう言う。
「ああ、お疲れ様です。すいちゃん」
新しい生活。新しい部活動。優しい先輩。高校。青春。よくは分からないがワクワクを予感させる部活動。新しい刺激。未だ何者でもない自分。天文部という響き。快楽物質の異名を持つエンドルフィン。覚醒作用のあるドーパミン。
浮かれていた。舞い上がっていた。その上、油断していた。
「あれ、るな先輩だけですか? おーじ先輩は……」
「大地君は、遅れて来るって。仮にも、部長だからね。なんだかいろいろとお話があるんだって」
おっとりのんびりで優しくて慈愛に溢れる流那先輩。物知りでいじられ役担当の大地先輩。そして新入部員の私。天文部の日常は、三人でうまく回っていた。
「おーじ先輩には、遅刻の罰ゲームが必要ですね」
「ふふっ、そうだね。……『鍵の掛け方』は、分かるよね?」
回れ右をしながら、私はこたえる。
「はい。もちろん、大丈夫です」
一か月足らずで、この程度は既にマスターしてしまった。指を振ると、尾を引くように光が走る。それに共鳴して扉が淡く光る。適当な二か所に触れると、その部分から、光と共に魔法陣が展開して、扉に吸い込まれるように消えていく。最後に、鍵の部分に軽く触れると、小さく金属音がする。施錠が完了した、ということだ。
ただ鍵を掛けただけなのに、私はかなり充たされた、得意な気持ちになる。
「毎回のことだけど、なんだか緊張します」
「いずれ慣れるよ、きっと」
るな先輩が指を振ると、光が走り、前にあったやかんがふわりと宙に浮く。もう一度指を振ると、やかんの中のお湯が透明なポットに注がれ、中に入っていた紅茶の葉が踊り始める。
天文部。所属する部員はもれなく、魔法使い。
浮き沈みする紅茶の葉をぼんやりと眺めて、私は口を開いた。
「すごいですね」
紅茶をいれる、それだけのことが、魔法を介して行われるだけで、とても魅力的なものに見えてしまう。
「すいちゃんも、このくらいならできるでしょ」
「そうじゃないです。あ、いえ、先輩の魔法はもちろんとっても上手で綺麗でした。……私は、お茶のいれ方もろくに知らないので。そういう知識と魔法がきちんと繋がっているのが、すごいなって」
学校の勉強しかしてこなかったので、という言葉を飲み込む。
「私だって、そんなに詳しく知ってるわけじゃないよ。……じゃあ、今度はすいちゃんにいれてもらおうかな。大丈夫、きちんと教えてあげるから」
「わあ、本当ですか。ありがとうございます」
手の平を見つめる。天文部に入って、少しずつ複雑な魔法も使えるようになってきた。次は紅茶をいれる魔法だ、と考えるとどきどきする。もうすぐ、先輩たちのやっていることの、手伝いができるようになるかもしれない。思わず頬が緩んでしまう。
紅茶に口を付けていたおーじ先輩が、はっと顔を上げる。
「あ、帰ってきた」
私はその言葉が何を意味するのか知っている。
「『張り込み』ですか?」
天文部には、いくつかの使命がある。魔法使いは大変なのだ。
「そうそう。今日は、何かあったかな」
扉をすり抜けて、何匹かの兎が部室に入ってくる。
「いつ見ても、ただの兎ですね」
使命、とは大雑把にいえば、世界の均衡を保つことだ。
「見た目にこだわる理由は特にないんだがな。ふつうの人には見えないし。見られたら困るし」
「でも、少しでも遊び心があった方が、楽しいじゃない?」
兎は、机に設置した魔法陣の上に乗り、それから蒸発するように消えてしまう。
「ええと……ああ、駅の方にある『境界』が不安定になってる」
こちらの世界と向こう側の世界との「境界」を管理するのも、使命の一つだ。
「人が多く集まるところは、『境界』が不安定になりやすい、ですよね」
るな先輩が私の頭に優しく手を置く。
「よく覚えてたね。すごいすごい」
不安定になりやすい地点には、魔法で使役する監視役を置いておく。定期的に情報を持ち帰らせ、管理するのだ。
「えへへ。そんなに褒められると調子に乗りますよ」
紅茶を一気に飲みほして、おーじ先輩は立ち上がる。
「とりあえず上級生でいってくるから、すいちゃんは留守番しててくれ」
「いつかはすいちゃんにも手伝ってもらうからね」
るな先輩も立ち上がり、おーじ先輩のそばに立つ。指を振ると、光の球が発生しておーじ先輩とるな先輩を包む。部室に張った結界と同質のものだ。魔法の素質がある人以外は認識できなくなるし、そもそもそちらに関心を向けなくなる。
ぱたぱたと窓の方に走り、駅の方角にある窓を開ける。我ながら、気の利く後輩力が高いと思う。
「ありがとね、すいちゃん」
るな先輩と一瞬だけ手の平を重ねる。それからすぐに、二人は窓から飛んでいってしまった。暫くぼんやりと、光の球が飛んでいったあとを眺めていた。
「……片付けでも、してようか」
それらはほとんど同時に起こった。
私はくるりと回れ右をする。
部室の扉が開く。施錠はしたはずなのに。
目と目が合う。扉の向こうの人物と。
びくっと震えて、身動きがとれなくなる。
扉の向こうの人物も、少し驚いたような顔をしていた。
空気が膠着する。身震いすることさえ、憚られそうな沈黙。
やっとの思いで、ただ「どうして」と口にする。
「兎がここに入っていくのが見えたから」
そんな答えが欲しいわけじゃない。
もう一度、「どうして」と口にする。
「ミズホがどうして、ここにいるんだよ」
それは、中学生のときだった。
ほとんど唯一、ミズホに(この場合「法則に」と言った方が正しいかもしれない)対抗する手段がある。満点をとることだ。満点より上が存在しないならば、そこにはミズホも「法則」も手が届かないということ。だから当時の私は、躍起になって勉強していた。それこそ、熱狂、という言葉がぴったりあてはまるだろう。特に、定期テストの直前などは、文字通り寝食の間を惜しんで勉強に打ち込んだ。それが良くなかった。
テスト最終日は朝からひどく不調だった。顔が熱い。思考が空転する。集中力が散漫になる。ただ時間が過ぎるのを感じながら、一時間目の教科が終わる。ろくに見直しもしていない。
二時間目になると状況は更に悪化した。寒くもないのに手が震えていた。そういえば、私が不調のときはミズホもそれなりに不調になるに違いない。今、ミズホの体調はどうだろうか。それでも、私よりも良い得点を取るのだろう。そうしたことを考えながら、中空を眺めていた。はっと我に返って時計を見ると、試験終了の時間が近付いていた。こんなことを考えている場合じゃない。急いで解答欄を埋めなければ。急げ、急げ、とりあえず直感で埋めるんだ。
恐らくそれで、エネルギーを使い切った。解答用紙の回収が終わり、短い休み時間が始まる。この間に保健室に行こう、と思って立ち上がる。しかし立ちくらみを起こして、そのまま倒れるようにもう一度椅子に座ってしまう。はたから見たらとても間抜けに見えたことだろう。
視界がぐらぐらと揺れる。息遣いが体の中で反響する。
「スイ、大丈夫?」
気が付くと、ミズホが私の顔を覗き込んでいた。ひやりとした手が私の頬に触れる。冷たいのに、温かい気がした。
「だめかも。保健室、連れてってくれる?」
「うん。私も、一緒に行くから、大丈夫」
ミズホに手を引かれて、保健室へと向かう。
「徹夜したの? だめじゃない、きちんと体力を残しておかないと」
「ちょっと、頑張りすぎたかも」
そのとき私は、ある悪魔的発想にとり憑かれていた。その思い付きがあまりに恐ろしくて、しかし同時に、あまりに魅力的に感じられた。
「ミズホは調子悪くない? 顔色がちょっと悪いように見えるけど」
「すごいね、スイは。何でもお見通しなんだ。……微熱だよ。ほんの少し、熱があるだけ」
いや、あるいは体調を崩した時点で、この選択肢には気付いていたのかもしれない。ぞくぞくと寒気が背筋を通り抜ける。こんな機会はめったにないぞ、と誰かが囁いている。保健室が近付いている。
「失礼します」
ミズホが保健室の扉を開ける。
「あ、あの、この子、体調が悪いみたいなんです。休ませてもらえませんか?」
私は、残りの体力を振り絞って、精一杯に元気そうな声を出した。
「じゃあ私は、次のテストが始まるので、これで!」
ミズホの背中を押して、保健室の中に押し込んで、無理矢理に扉を閉める。そのとき一瞬だけ、振り向いたミズホと目が合った。
私は、ミズホの優しさを利用した。かなり最低の屑だ。ミズホを裏切ったんだ。自分の利益のためだけに。でも、しょうがないじゃない、こうでもしないと、きっとミズホには勝てないのだから。ミズホは、きっと気付いただろう。私が何を考えているか、分かっただろう。分かっていながら、何もしないでいてくれるのだろう。ミズホは優しいから。とくに私には、特別に優しいから。
重たい体を引きずるようにして、三時間目のテストをやっと終わらせた。達成感なんて微塵もなかった。ただ、特有の気持ち悪さを持った感覚だけが、私を支配していた。
その日から、世界は少し不安定になった。
目立って何が起こったわけではない。ただ感覚として、確かに不安定であることを感じた。地面が揺れているような、見る物が歪んでいるような、空気が淀んでいるような、とにかく形容し難い感覚が、どこにいても常に存在した。だから私の周りの世界は、少しだけ荒れていた。
世界の不安定は、ミズホの再試験が終わるまで続いた。
「うん。有力な新人だな」
おーじ先輩は、そう言った。
「兎が見えて、扉も開けられるなんて、すごいね。何も訓練してないんだよね?」
るな先輩までもがそう言った。
「……」
私はといえば、何も言えずに、ただ黙っていた。
「あの、話が良く見えないのですが」
ミズホが困ったように言う。
「君にはあの兎が見えたんだろう? そして、天文部の扉を開けることができた。それはつまり、君は天文部に入部する運命にあるということさ!」
「大地君、一層意味分かんなくなってるよ、それ」
それから、おーじ先輩とるな先輩による天文部の説明が始まった。魔法の素質のある人以外は、天文部に関心を示さず、興味が湧かず、認識できない。そういう魔法がかかっている。天文部の活動と、魔法使いの使命。こちら側の世界と向こう側の世界の、均衡を維持すること。「境界」の管理と修復。「くず星」の回収と還元。
「ここまでは、すいちゃんも知ってるよね?」
「……ここまで、ですか?」
「うん。今まで、すいちゃんにも言ってなかったことなんだけど、良い機会だから。……大事なことだから、よく聞いてね」
その場の空気がこころなしか張り詰めたものになる。
「めったに起こることではないんだが、敵にエンカウントすることがあるんだ」
敵。今までの天文部には無かった響きに、はっとする。るな先輩も、おーじ先輩も、どこか緊張感のある顔をしていた。
「『吸血鬼』。魔法使いの間では、そういう名前で呼ばれている」
おとぎ話めいた響きだが、それは確かに存在する。人智を超えた強大な力を持ち、魔法耐性と驚異の再生力を有する。特別な方法を用いることでしかその存在を消し去ることはできない。魔法適性が高い人間の生き血をすすり、より強大な力を得るという。もしも出会ってしまったら、即逃げること。何よりも自分の命を最優先にすること。
「とりあえず、それくらいのことだけ知っていればいいから」
「ごめんね。秘密にしてたわけじゃないんだけど。でも、めったに会う事はないから」
「……いえ」
秘密にされていたことは瑣末でしかない。天文部に関して、まだ私の知らないことがあった、というのが少なからずショックだった。
「魔法と関わる限りは、多かれ少なかれ奴らと出会う可能性がある。部室の外で魔法を使う機会が増えれば、それはきっと、もっと高くなると思う」
「うん、だから、本当は無理して天文部に関わる必要はないからね。すいちゃんも、みずほさんも」
私は立ち上がる。天文部と魔法に関してはまだ一歩先を行く私が、ミズホよりも早く答えを出すべきだと思った。そうすることで、また少しリードできると思った。
「私は、大丈夫です。いえ、そんな大変なことならもっと、先輩のお手伝いがしたいって、思いました」
そう言うと、るな先輩が私の手を握って、優しくほほ笑んだ。
「……ありがとう、すいちゃん。とっても嬉しい」
ぴりぴりと痺れるような感覚。誰かにとって、自分が確かに必要とされていると、実感できる。ここにいていいのだと、ここにいる意味があるのだと、そう思える。
それから自然に、天文部三人の目はミズホの方を向く。
「ええと……」
ミズホがこちらに視線を向ける。私は、少しだけ逡巡して、目を伏せる。
「すいません。少し、考えさせて下さい」
卑怯者だ、私は。だから、そんな目で見ないで。お願いだから、ミズホ。
バスに揺られながら、ぼんやりと景色を眺めていた。乗客はまばら。一番後ろの窓際席にミズホ、二人分のかばんを挟んで、私が座っている。
「なんだか、とても久し振りな気がする。こんなふうにスイと話すのは」
気がする、のではなく、久し振りなのだ。高校に入学して以来、私は意図的にミズホを避けていたのだから。
「そうかな」
と、とぼけてみる、ことに意味は無い。単なる嫌がらせだ。
「そうだよ」
ミズホは、複雑な表情をする。私は、目を伏せる。
「……そうかな」
違うんだ。こんなことがしたい、訳じゃない。傷つけるためだけの言葉を言いたい、訳じゃないんだ。
「どうしたらいいと思う?」
分かってる。天文部の入部についてだ。決まってる。
「何が?」
分かっていない、振りをする意味は無い。分かってるんだ。
「先輩たちは、天文部の入部を勧めてくれた。私が必要だとも言ってくれた」
誰かに求められるのは、腰を上げるための言い訳としては最適だ。そしてそれ以上に、嬉しいんだ。
「だから、何?」
存在する価値を認められたということだから。存在することを、ゆるされたということだから。分かってるよ、そのくらい。
「私は、天文部に入部してもいいと……ううん、したいと思ってる。スイは、どうしたらいいと思う?」
ミズホがこちらを見ているのが、視界の端にうつる。
「そんなの、ミズホの自由意志でしょ」
吐き捨てるように、突き放すように、そう言う。
「それで、本当に……スイは、それでいいの?」
なんだよ、それ。私に気を使っているのか。哀れみじゃないか。憐憫じゃないか。
「……いいに決まってるじゃない」
無理矢理に笑顔を作る。私の精一杯の強がりだった。
「そう……よかった」
私は弱い。昔からの友達が同じ部活に入ったのに、喜んであげられないくらいには、弱くて、卑怯で、哀れだ。
「うーん、『難しいか』と聞かれると困っちゃうけど、慣れれば割とどうにかなる、ってかんじかなあ」
昼休み。昨日までは、るな先輩と二人でお弁当を広げていたのが、今日はミズホも加えた三人で机を囲んでいる。
「慣れ、ですか」
ミズホは少し困ったような顔をする。
「そうだね。残酷かもしれないけど、そこはセンスと直感が必要かな」
「天文部を見つける、ってところから、既に持って生まれた性質が必要ですしね」
「そういうこと。察しがいいね、すいちゃん、えらい」
私の頭をなでて、るな先輩は続ける。
「自転車と一緒だよね。乗り方を一生懸命聞かされても、分からないんだよ。乗ってみて、動かしてみて、何度も転んで、手探りしていく中で少しずつコツを掴んでいくんだよ。それで、一度乗れるようになったら、もう忘れなくなる。魔法も一緒。私から教えられることなんて、そう多くないよ。まずは転んでみるのが一番」
るな先輩は嬉しそうに笑う。きっと、こうして人に何かを教えることが好きなのだ。対してミズホは、難しそうな顔をする。理論で理解してしまわないと満足できない、のは昔から変わっていない。
「でも、勉強熱心な若者には、その熱意を評価してゴホウビをあげよう」
そう言って、るな先輩はミズホの目の前にブロックのチョコレートを置いた。私は「ああっ、いいなあ」と不満を言う。
「じゃあ、すいちゃんには、何でもないけどゴホウビをあげよう」
そう言って、るな先輩は私にもチョコをくれた。
私はお礼を言って、包み紙を開く。それを見て、るな先輩もチョコを口にする。しかし何故かミズホはそのまま動かず、チョコを暫く見つめて、口を開いた。
「……あの、るな先輩って、よく食べますよね」
その言葉があまりに突然で、無遠慮で、藪から棒で、一瞬思考が停止してしまった。
「ええ、そうかなあ」
るな先輩は困ったように笑う。
実際、るな先輩はよく食べる、と思う。気が付くと何かしら糖分を摂取している。私たちに配ってもなお余裕がある程度には、お菓子を常備している。ミズホが指摘しなくても自明のことと思っていたが、こんなに意外そうな反応をされると困ってしまう。
「その、体形維持のために、何か特別なことはされていますか?」
はっとする。るな先輩を見て、「太っている」等と形容する者はまずいないだろう。あれほど甘いものを口にしているのに。では、そうなるために、るな先輩はどんな努力をしているのだろう。後学のために、是非とも知っておきたい。
るな先輩は、暫く「ううん」と悩んだような仕草をして、それから口を開いた。
「特に何も、してないけど……。体質かなあ」
がっくりとする。身体の醜美にさえ、生まれ持った才能が必要なのか。
「あ、でも、魔法をよく使うからかもね。ほら、魔法を使ったあとって、お腹がすくし、とっても疲れたかんじがするし」
顔を上げる。自然にミズホの方を向く。ミズホもこちらを見る。目と目が合う。
魔法ダイエット(仮)。その言葉が、思春期の女学生にどれ程の希望を与えるかは推して知って頂きたい。もっと天文部の活動に熱心になろう、と強く決めた。
ここ最近は、ミズホと一緒に天文部に行くことが日常となっていた。
「や、待ってたよ」
壁にもたれていたミズホが、私を見つけて手を振る。
「何だよそれ、二枚目キャラかよ」
「褒め言葉として受け取っていいのかな?」
そうして二人で並んで部室に向かう。
「別に、教室の前で待ってなくてもいいから」
「だって、スイがいないと鍵が閉められないじゃない」
天文部の鍵を開けることができたミズホだったが、まだきちんと魔法の訓練をしていないので、鍵を閉めることはできなかった。
「天文部の前で待ってればいいでしょ。私じゃなくても、先輩が来るかもしれないし」
「だって、こんな美少女待ちぼうけさせて、放課後すぐに待ち合わせなんて、ちょっと優越感覚えるでしょ?」
「何それ、三枚目っぽい」
「褒め言葉として受け取っていいのかな?」
ミズホが笑う。つられて笑いそうになって、気付く。こんなふうにミズホと言葉を交わして笑い合うのは、久し振りで、何故だかとても懐かしく感じて、それを、どこか心地良いと感じている自分に、気付く。
「……」
だから、口をつぐんで目を伏せた。天文部まではほとんど口を開かなかった。
「これが、障壁の魔法。自身の防御のため、の魔法でもあるけど、同時に障壁を破るために必要な魔法でもある。後者の方が用途としては大きいかな」
おーじ先輩のまわりを球状に光の膜が包む。
「では問題です、後者が多用される理由は何故でしょうか。すいちゃんは分かるよね?」
「勿論です。『くず星』が障壁を形成し、回収できない場合があるから、ですよね」
るな先輩の問いに、私は自信満々で答える。
「そうだね。……『くず星』については、後々実際に見てもらうとして、今日は障壁の破り方について知ってもらおう」
おーじ先輩が指を振ると、光の膜が一回り大きくなる。恐らくは、障壁の層の数を増やしたのだ。
「障壁を破る方法は二通り。簡単に言えば、『頭で割る』か、『拳で割る』か」
ミズホはきょとんとした顔をする。きっと、瓦割りの話でもしてるのかと思っているのだろう。無理もない、私だってその時は同じような反応をしたのだ。
「ごめんね、分かりづらいでしょ。初めて魔法を習う人への、定番のネタってやつなの」
るな先輩は立ち上がって、おーじ先輩と正対する。指を振ると、光の帯が発生して、やがてそれは形をなして小さな光の球となる。
「『頭で割る』の方は、観測して、計算して、対となる障壁をぶつけることで、理論的に障壁を消滅させるということ」
るな先輩を中心として光の波紋が発生して、教室一面に広がる。
「反響の魔法を使って、対象の障壁が何層で出来ているか、どんな性質の障壁なのかを観測して……」
もう一度指を振ると、るな先輩とおーじ先輩の間で光がはじける。
「対をなす組成の障壁を形成して、障壁同士をぶつけることで、消滅させる」
るな先輩は、こちらを見て笑う。
「分かりづらいでしょ」
ミズホは苦笑いで返す。これが恐らくは、るな先輩の言う「転んでみなきゃ分からない」なのだ。
今度は格闘技の構えのように体を半身にして、るな先輩は続ける。
「次は、『拳で割る』の方ね。こっちは、とにかく強い衝撃を与えて、物理的に障壁を破壊するということ」
るな先輩の右手に光の帯が集束する。それを見て、私は次に何が起こるのか大体予測できた。
「こっちはあんまり得意じゃないんだけどね」
るな先輩は、地面を蹴る。障壁までの距離を測るように左手を伸ばす。左足を踏み込む。左手を引いて腰をひねる。そして、右腕を振る。
「わ、ちょ、待っ……!」
光る右手に反応するように何度か光がはじけて、その直後、一瞬の強い閃光が走る。思わず目をつぶって、手の平で光を遮る。
目を開けると、おーじ先輩が地面に倒れているのが見えた。
「ああっ! ごめんね大地君!」
ミズホが立ち上がる。信じられないものを見たような目をしている。
「体重の乗った、いい、パンチだった。天文部の……ことは、頼ん……だ、ぜ」
「大地君! しっかりして! 天文部の部長は大地君しかいないよ! 私、そんな面倒くさいこと、したくないもん!」
「大抵の、ことは、魔法で誤魔化せば何とかな……る。先生の理解もあるし。あとは、窓際の、サボテンに……水やりを忘れな、うっ!」
「水やり? 一週間に何回ぐらいのペースであげればいいの? 私、うっかりしてるから忘れちゃうかもしれない!」
「ああ、『星月夜』は数少ないトゲのない、触っても痛くないサボテンの一種で、僕が通販で買ったんだ。まあそれは関係ないんだが。サボテンは季節や土の状態によって水やりの是非は変わってくる。そこは運と勘でなんとかするしかない。観葉植物の本も何冊か部室にあるからそれも参考にしてくれ。あとは、頼ん……だ、ぞ」
ミズホは不安そうに私をちらちらと見る。しかし私はそれに応えず、目の前の光景をいくらか冷静な目で眺める。何故なら、一連の小芝居を見るのはこれで二度目だったからだ。
「あの、もしかしてそれ、ええと……演技ですか?」
恐る恐るといった様子で、ミズホが尋ねる。二人は笑みを浮かべながらこちらを見る。
「結構、早かったな」
「すいちゃんのときは、中々つっこんでくれなかったから、大変だったね」
ミズホはまだわけがわからない、といった様子で、「ええと」と口にする。
「これも、恒例のネタ、みたいなものなんだ。何かおかしい、と感じたらすぐに行動に移す判断力も、魔法を学ぶ上では必要だからね」
自信に溢れたような顔で、おーじ先輩は言った。
「なんですか、それ」
そう言ってミズホは笑う。天文部では、初めて見せる表情だった。それはきっと、いろんな意味で、緊張から解放された笑みだったのだ。
「でも、分かりやすいでしょ」
るな先輩は、そう言っていたずらっぽく笑った。
今日も乗客はまばらだ。つくづく学生の利用で保ってる路線だと思う。
「スイのときは、どんなだったの?」
かばんを挟んだ向こうから、ミズホがそう聞いてきた。
「ミズホと変わらないよ。サボテンの話は、初耳だったけど」
「ふうん……でも、中々つっこまないで、先輩を困らせたんだよね?」
なんだ、その嬉しそうな顔は。
「う、うるさいな。だって、判断する材料が無かったんだ」
ミズホから顔を背ける。
うろたえる私を尻目に、小芝居を続ける二人を思い出す。どこかおかしいと感じながら、しかし、この状況で何を言ったものか見当もつかず、私は固まっていた。やがて、耐えきれなくなったるな先輩が、ギブアップを宣言する。「やれやれ」と言って、おーじ先輩が立ち上がる。
おかしいと感じたら行動に移す判断力、とは私のときにも言った言葉だった。だが、今回の場合、静観する私という存在は、スイにとって大きなアドバンテージとなり得た。きっとそうに違いない。そう思う。
「スイは、『くず星』の回収? ……よくわからないけど、やったことある?」
向こう側の世界から漏れ出した、魔法の力が凝縮した結晶。星の欠片の異名を持つ、向こう側の世界が確かにあると証明するもの。それが「くず星」。
「先輩が行くのについて行って、やらせてもらったことはあるよ」
そのまま放っておけば、いつか人間世界に悪い影響を起こすかもしれない、不発弾のようなもの。それは、外の世界からやってきた外来生物が、在来生物の生態系、つまりは世界を破壊してしまうのに似ている。
「ええと、頭で割った?」
そのように危険なものでありながら、ある種の資源のように利用することもできる。還元の魔法を展開することで、少しずつ空気中に霧散し、魔法の力を長期的にもたらしてくれる。天文部部室に認識阻害の魔法が絶えず展開し続けられているのは、「くず星」による力が大きい。
「頭で割ったよ。大変だったけど」
そのとき、るな先輩から言われたことを思い出す。「考えて割るのも、力ずくで割るのも、一長一短があって、一概にどちらが良いとは言えないね。頭で割れば、脳が疲れるし、拳で割れば、体が疲れる。自分に会う方を見つけ出して、得意な方でやるのが一番」とか、そんなことを言ってたと思う。
「……とか、そんなことを言ってたと思う」
「なるほど」
ミズホは顔に指を当てて、うんうんとうなずく。
私は思う。この勤勉な天才はきっと、もう、すぐ私の後ろにいる。
焦燥感だろうか、恐怖だろうか、あるいは嫉妬心だろうか。ねたみ、そねみ。ジェラシーよりはエンヴィー。
ミズホが部室の鍵を、一人で閉められるようになった。私がそれを習得した時間よりも、はるかに短い。
教壇で話す先生の言葉は、どこかに抜けていって、私の中に留まらない。
ミズホは、今日は一人で部室に行くのだろうか。それは少しだけ、寂しい。部室の鍵をかけるときは、最近の生活の中で唯一、彼女に必要とされる瞬間で、彼女の上に立つことができる瞬間で、彼女に対して優越感を覚えることのできる瞬間だったからだ。決して、ミズホと一緒の時間を大切にしたいなどということはない。純粋に、私は彼女より少しでも勝っていたいのだ。
そんなことをぼんやりと考えながら、私は呆けていた。周りの人たちが教室から出ていく雰囲気で、やっと終会が終わったことに気付くくらいには、呆けていた。
「待ってたよ」
だからそのときの私は、きっと間抜けな顔をしていたのだ。
「お気遣い、どうも」
だからこんなにも、気の利かない言葉しか言えないのだ。
「……何が?」
「美人を待たせて優越感がどうのこうの、ってこの間言ってたから」
ミズホはふふっと笑う。
「そんなんじゃないよ。スイと一緒に部室に行きたいんだ」
どきっとする。そんな、漫画の王子様が吐くような台詞を、簡単に口にするんじゃない。それがどうしようもなく、似合ってしまうのだから。
「そうじゃないと、私が華麗に鍵を閉める様を、スイに見せつけられないでしょ?」
「……お前やっぱり、性格悪いよ」
初めて刃物を手にする子どものように、緊張していた。
「二人とも、障壁の魔法が上手になったからねえ。もう『光の矢』の段階なんて、きっととっても早いよ」
吸血鬼への攻撃を専門とした魔法、「光の矢」。高度な魔法組成で組織された細胞に侵食し結合を破壊する連鎖反応を起こす、とかなんとか。
「一応、攻撃用の魔法だから、取り扱いには気を付けてくれよ」
おとぎの世界の住民に対して、このシャープペンシル程の大きさの刃は、どの程度突き立てることができるだろうか。
「意外ですね。おーじ先輩の話ぶりでは、対抗手段のない無敵の怪人かと思ってました」
「いや、その想像は当たっているよ。『光の矢』は確かに攻撃の手段だけど、目くらまし程度の威力しかない」
「そう、なんですか」
るな先輩が「これは、私達の先輩が言ってたんだけど」と口を挟む。
「例えば、キメッキメに狂った筋骨隆々が日本刀振り回しながら追いかけて来る状況、どうすればいいと思う?」
「……脇目も振らずに逃げますね」
「うん、そういうことだよね。相手の戦闘力は計り知れないし、話は通じないだろうし、どうしてこちらに向かってくるのか分からない。そうしたら、関わらないのが一番なんだよね」
おーじ先輩が「こうも言っていたな」と続ける。
「その状況で『光の矢』は、カッターナイフ程度の信頼感だと思えって。とりあえず投げつけてみて、逃げるための時間稼ぎに使えるかどうかだって」
その言葉にいくらかの落胆を覚える。いやしかし、丸腰とどちらがいいかと聞かれれば、何もないよりは喜んでカッターナイフを握るだろう。
私の落胆を察してか、おーじ先輩は明るい口調で更に続けた。
「ただまあ、そのカッターナイフを果物ナイフぐらいにはする方法もある。というより、それが吸血鬼と渡り合うための基本技術なんだと」
おーじ先輩は指を振る。手元に「光の矢」が三本出現する。
「『三本の矢』の言い伝えみたいな話だけど」
その矢を手の中で束ねるようにすると、シャープペンシルよりももう少し大きな「光の矢」になる。
「もっとたくさんの矢を重ねれば、足止めに使えるくらいになる。もしくは逆に、細分化を繰り返して相手に知覚されにくい矢をつくる、ってのもあるな」
「な、なるほど」
こんな言い方をすると、緊張感が足りないと怒られてしまいそうだが、にわかに私はワクワクしていた。期待していた。まだ見ぬ敵に。強力な攻撃魔法を使いこなす未来の自分に。魔法を使った戦闘、というものに。
「……あの、それ、こういうことですか?」
ミズホの声がした。そのとき私は直感した。理屈でなく、感覚として理解したのだ。ミズホが次にどんなことを、やってのけるのか。そして恐る恐る、ミズホの方を見る。
その手元には、細く小さい二本の「光の矢」があった。恐らくは、おーじ先輩の言っていた「『光の矢』の細分化」をしたのだ。私もミズホも、「光の矢」を見ること自体が、先ほど初めてだったはずだ。
「わ、すごいね! そうそう、そういうこと。初見で、よくできたね」
「なんとなく、分かったんです。きっと、こうすればいいんだって」
おーじ先輩は、満足そうにうんうんとうなずいて、口を開く。
「流石、天才……だなあ」
そのとき私は、何故だか、驚くよりも安心していた。安心していた自分に驚いたくらいには、安心していた。
「そうですね。……天才なんですよ、あの子は」
ミズホはやはりミズホだったのだ。そして私もやはり私だったのだ。これを自己同一性と呼ぶ、かどうかは知らない。
私とミズホが初めて「境界」と対峙した日のことだった。にわか雨に降られて、コンビニの軒下で、二人で並んでいた。下校時の買い食いが校則違反だったかどうかは、知らないし気にしないことにする。
「うまくいかなかったなあ」
唐揚げを一つ口に運んで、ミズホはひとりごちる。私は、二個入りのアイスを手元で見つめながら、それを聞く。
「今までの魔法の訓練、役に立ってる気がしなかった」
あいまいに、「うん」とだけ応える。
ここまで順調に魔法を習得していた私達だったが、不安定になった「境界」の修復だけは、そのようにいかなかった。
鍵がかかったドアのノブを回し続けるような感覚。自転車のチェーンロックをヒント無しで開けようとしているような感覚。迷宮入りの難事件のように、噛み合わない歯車のように、手掛かりも掴めず、空回りだけを繰り返すような感覚。
「うん、まあ、そんなもんだ。初めましてなら」
「今まで練習してきた魔法とは別物だもんね。サッカーとバレーくらい肌触りが違うでしょ」
おーじ先輩とるな先輩は、私達にそう言った。それが本心なのか、励まそうとしてくれた言葉なのかは、分からない。どちらにせよ私は、先輩の期待に沿えなかったことで、少なからず居心地の悪さを感じていた。
もしかしたら、と思う。もしかしたら、私がうまくいかないことで、「法則」が悪い方に作用し、ミズホの足を引っ張っていたのでは、と思う。であれば、ミズホの成長を止めてしまったのは私だ。「境界」の修復ができなかったのは私のせいだ。私がボトルネックとなって、流れを止めてしまった。そうした悪い考えは、一度始まってしまうと、どこまでも止まらなくて、私はひどく沈んでしまっていた。
「スイ」
はっとする。ミズホの声だった。顔を上げると、ミズホが私の顔を覗き込んでいた。
「ねえスイ、それ、一つくれない? 私のも一つあげるから、交換」
手元のアイスと、ミズホの唐揚げを何度か交互に見る。
「……お前、それ言い出したら戦争だからな」
人が真剣に考えているときに呑気なことを言いやがって、と思った。いや実際には、きっとミズホは私のことを考えてくれていたのだ。だってミズホは優しいから。とくに私には、特別に優しいから。
バスの中は満員だった。いつもと帰る時間が少し違っていて、それだけでここまで変わるものかと思った。当然のことだが、私とミズホの間にかばんを挟むような余裕はなかった。だから二人の体はみだりに密着していたけれど、特別なことではなく、当然のことだ。別に、気にも留めていないし、当然のことだ。
「大丈夫?」
と聞いてみたときには、既にミズホはうつらうつらと船を漕いでいて、大丈夫ではなさそうだった。
本日の部活動の内容は、実践的戦闘訓練の真似事、のようなもの。戦域からの離脱。認識阻害魔法の展開と共に戦域からの離脱。障壁の展開、運動能力の強化、戦線からの離脱。万が一にでも接近遭遇してしまった場合は、一撃離脱、ヒットアンドアウェイ、そして戦線からの離脱。そんなふうに繰り返し戦線から離脱して、二人とも疲れ切っていた。
「うん……だ、い……」
何度か前後に頭を揺らして、暫くするとうつむいたまま動かなくなった。無理もない、今日一番張り切っていたのはミズホだったから。
横目でミズホの顔をぼんやりと眺めていた。そのとき、「車内揺れます、ご注意下さい」という放送が聞こえて、その直後、バスが少しだけ揺れる。ミズホの頭は物理法則に従いぐらりと揺れて、ちょうどそこにあった私の肩にぽんと着地する。ふわふわした髪がわずかに頬に触れる。むやみに甘い香りがする。肩からミズホの温かさが伝わる。こんなの、どうご注意しろって言うんだ。
「ちょっと、ミズホ」
こちら側じゃなくていいだろう。窓際なんだから、そっちの方に頭を預ければいいのに。
「う、ん……ん……」
本格的に眠ってしまったようだ。反応が薄い。
精緻な工芸品のように繊細なミズホの髪が鼻孔をくすぐる。頭の中がゆさぶられるような感覚。脇の下には、アポクリン腺から発生したフェロモンを効果的に拡散するために、脇毛が生えるようになっているのだとか、そうでないとか、等とどうでもいいことを思う。いや今の私には、そうやって気を逸らすことが必要なのだ。このまま、こうしていたら、うかつな間違いを犯してしまうかもしれない。
「ん、スイ……」
寝言で私の名前を呼ぶんじゃない。それもこんなに都合のいいタイミングで。誘ってんのか。
いや、と思う。ハタと気付く。誘っているのでは、と思う。誘っている、のだとしたら。全てミズホの計算通りで、仕組まれたものだとしたら。それはもう、合意ということでいいのではないか。合意ならば、何が起こっても自己責任なのではないか。であれば、ちょっとぐらい触ってみても、許されるのではないか。頭をぶんぶんと振って、頬を強くつねる。目を覚ませ。発想が男子中学生のそれと同レベルだ。そんなわけがないだろう。当たり前だ。さっきから私の腕に指を絡ませようとしているように感じるのも、偶然に決まっている。たとえそうでなくても、私をからかうためにそうしているのだ。そうに決まっている。
ひとつ、大きくため息を吐く。おかしいな、ほんの少し前までは、こんなふうでなかったはずなのに。私は変わってしまったのだろうか。ミズホに、変えられてしまったのだろうか。いや、そうではない。ただ少し、違う道を歩いていただけだ。そうか、元に戻っただけなんだ。だから、今の心理状態はきっと不自然なものではない。ミズホを大切に思う気持ちは、きっと嘘ではない。その気持ちに、もう少し素直になってもいいのかもしれない。しかし正気を失う程度には、この夢のように優しい時間は、危険だ。だから、早く着いてくれ。
そんなことを思いながら、バスに揺られていた。
感じる。小学生のときも、中学生のときも、感じていた、特有の感覚だ。
あとからやってきた天才が、先に走っていた私を華麗に抜き去ってしまう。私は、必死に走るけれど、その背中を追うことしかできない。やがて私は、足を止めてしまう。そして天才は、手の届かない境地に一人で行ってしまう。
魔法であっても、どうやらそれは例外でないらしい。
まもなく私はミズホに追い越され、どうしようもない敗北感を味わうのだ。劣等感と、自己嫌悪と、焼け付くような嫉妬の中で、また自分自身を嫌いになる。
そのときが迫っている。
息を漏らすように、ミズホは言った。
「これが、『くず星』……」
天文部四人の目の前にあるのは、直径二メートルほどの球体。少しだけ地面から浮いて、まるで呼吸をしているように、わずかに上下している。表面は、ガラスとも金属とも水面とも言えない不思議な質感。木漏れ日を反射してきらきらと光っている。学校近くの小さな山にあって、ここだけは場違いに異質だ。まるで空間を切り取って、ファンタジー世界と繋がっているかのようだ。
「ちょっと触ってみる?」
るな先輩がそう言うと、ミズホは一歩前に出てゆっくりと手を伸ばす。
「『障壁』の魔法、ですか?」
「うん、それと同質のものだね。……それじゃあ、これを持ち帰るために、まずは『障壁』を解除しようか。二人のうち、どちらか、やってくれるかな?」
おーじ先輩の言葉に、私は迷わず手を上げる。
「私がやります。やらせて下さい」
心の中で言い訳を並べてみる。「くず星」の回収に関しては私に一日の長がある。だから、ここで突然ミズホに任せるよりは、私が行った方が早く済むだろう。それに、ここで一度回収の手順を見て知っておくのは、ミズホにとってもプラスになるはずだ。
それらは建前に過ぎなくて、結局のところ私は、ミズホより少しでも、たとえ一日でも、勝っていたいだけなのだ。それは自分が一番分かっている。その自覚ができた程度には、成長しているのかもしれない。
「いきます」
指を振る。私を中心にして光の波紋が走る。反響が返ってきて、私に「障壁」の組成を教えてくれる。
数は四層。多くはない。一人でいけるはずだ。
「お見事」
「よくできました。えらいえらい」
おーじ先輩とるな先輩が褒めてくれる。
「ありがとうございます」
私の手元には、「くず星」があった。「障壁」を剥がされた「くず星」は、縮退して握り拳くらいのサイズになっていた。
「……ところで、今、何時くらいですか?」
見回すと、辺りはもう薄暗くなっているように見えた。
「うん、ええと、五時半ってとこかな」
五時半、の割にはやけに日が落ちていると思った。いや、木の茂った山の中で、太陽が隠れていれば有り得るだろう。
「認識阻害の魔法、解除してもいいですか?」
ミズホの言葉に先輩二人がうなずいて答える。
私達を包んでいた魔法が解除される。曇りガラス越しのようにあやふやな視界が晴れて、周りの景色が見えるようになる。
私は息を飲んだ。私以外の三人も、恐らくは同じように驚き狼狽していただろう。
灰色の空。
見たこともない、ただただ均一な灰色が覆う世界。まるで、色彩を失ったような世界。吐き気がするような、押し潰されそうな圧迫感。
「なんですか、これ」
私の質問に答えるより先に、おーじ先輩は指を振って、もう一度認識阻害の魔法を展開した。
「……おーじ先輩?」
おーじ先輩は伏し目がちに口を開いた。
「すまない、皆。僕がうかつだった」
初めて見る、険しい表情だった。おーじ先輩は続ける。
「ここは、『境界』の内部だ。念のため、多重に魔法を展開していたのがあだになった。僕たちは四人まとめて、『向こう側の世界』への落とし穴に落ちてしまったんだ」
私達は、黙ってそれを聞くしかなかった。
「元の世界に戻る方法は、ある。なくはない。でも、ここは、『向こう側の世界』一歩手前だ。ここには、いる。彼らが……」
ここで私の意識は一度途切れる。突然目の前が暗くなる。黒い幕が目の前に引かれたように。同時におーじ先輩の声が急激に小さくなる。小さくなる、というよりは遠くなる、と言った方が表現としてしっくりくるだろうか。
気が付くと私は、灰色の中にいた。今まで見上げていたはずの木々を足元に見下ろしていて、自分の体が上空に浮かんでいることに気付く。そのとき私は何故かひどく落ち着いていて、今の状況について冷静に考えることができた。
「吸血鬼さん、ですか?」
だからこんなにも不用意な質問を、目の前の人に投げかけられるのだ。
その人は、何というか、白かった。見た目だけでなく、受ける印象が、何となく、白かったのだ。
「きゅうけつき」
音をひとつずつ確かめるように、その人は口にした。
「わからない」
私は相変わらず不思議と冷静で、「意識が途切れたのは、この人の仕業だろう」とか、「宙に浮いているのは、何らかの魔法だろう」とか、そんなことをぼんやりと考えていた。
「わからないんだ」
その人の目はどこか悲しそうで、見ていると吸い込まれてしまいそうだった。
「失われた、既に。以前の記憶は。覚えていない。分からないんだ」
私の体は緩やかな金縛りにあったように、動かすことができなくなっていた。
「でも、これは、これだけは分かる」
ふいに、手が伸びてきて、私の肩に触れる。
「君たちの血は、どうしようもなく魅力的で、この空虚を埋めることができるんだ」
私は自分でも驚くほど無気力で、抵抗することなく、静かにそれを受け入れる。あるいはそれも吸血鬼の魔法だったのだと思う。
その人の顔が、首筋に静かに近付いて、優しく触れる。
「あ……」
首筋に鋭い痛みがあった。
息を漏らすように、わずかに声を漏らす。
噛まれた、と理解するのに一瞬の時間を要した。
異物感。
何者かが、何物かが、自分の中に侵入してくる、という確かな感覚。
熱いような、温かいような、あるいは冷たいような感覚。
噛まれたところから広がってくるような、もしくは吸い取られるような、形容し難い感覚。
やがて体中の力が抜け、視界が暗くなり、全身が痺れたように……。
目の前にちかちかと光が走る。
次の瞬間には、吸血鬼の体が宙を舞っていた。
私は、突き放されたように空中でバランスを崩す。
しかし、都合よく後ろに立っていた人が抱きとめてくれたおかげで、落下することはなかった。その人は、左手を突き出して、右手で私を強く抱きしめて、叫んだ。
「私のスイに……何してんだ! この、三下あああっ!」
……私の、って何だよ、ミズホ。
ゆっくりと着地した私たちを迎えてくれたのは、るな先輩とおーじ先輩だった。
「すいちゃん! 大丈夫?」
体は熱をもっていて、心臓は過剰に動いていた。息をするのもおっくうなくらいに、全身に重みを感じた。
「だ、大丈夫です」
無理矢理に笑顔をつくるが、それがどれほどぎこちなかったことだろう。
「うん、怪我はしてないみたいだしね。よかった」
るな先輩は、こんな状況で冗談を言うような人だろうか、と思って首筋に触れる。そこになにもなくて、噛まれた事実は初めからなかったかのようで、ぞっとする。もしかして本当に、私は噛まれていないのでは、という考えと、確かに体が覚えている痛みとで、困惑する。
「とにかく、すいちゃんはここで休んでいてくれ」
それからおーじ先輩は、大きく息を吸って、顔を上げた。
「……来るぞ」
おーじ先輩が向いた方に目を向けると、吸血鬼の姿が見えた。
「回復してる。顔面へこむくらいに殴ってやったはずなのに」
「ミズホって、そういうこと言うタイプだっけ」
きっと彼女なりの、緊張を誤魔化すための強がりだったのだろう、と思う。
「一撃離脱。命を大事に。いいかい?」
三人は目を見合わせて、小さく頷く。私はといえば、極度の倦怠感と、ぼんやりした頭で思考を巡らせるばかりで、ただそれを見ていることしかできなかった。
「気を逸らすことができれば、認識阻害の魔法が機能するはずだ。そうしたら、一か所に集まって、みんなで逃げよう」
そう言ってから、おーじ先輩は吸血鬼の方を向く。指を振って、私たちの周囲に「障壁」を出現させる。流れるように早く、綺麗な魔法だった。安心していい状況ではないのだけれど、おーじ先輩をとても心強く感じてしまった。
「邪魔を、しないでくれ」
耳元で囁くような、しかし確かに吸血鬼の声だった。
「まだ途中なんだ」
吸血鬼との距離はまだ、少し声を張らないと届かないであろう程度には、離れている。聞こえるはずのない囁きが聞こえたこと、内容の異様さに、言い知れぬ嫌悪と恐怖を覚えた。唇が震えているのを感じた。吸血鬼はまた一歩、距離を詰める。心臓の鼓動さえ身震いのように感じられるほどに、感覚が過敏になっていた。吸血鬼の目が私を捉える。全身を締め付けられるような感覚があって、私は吸血鬼から目を離すことが出来なかった。何故だかその時私は、初めて吸血鬼をひとつの存在として認識したような、そんな気がした。
それから起きたことは一瞬だった。
吸血鬼の姿が蜃気楼のように揺れて、消えた。私の脳は異常に鋭敏に働き、目の前で起こった事象を処理しようとする。正確には、消えたのではなく、認識から外れるほどの速さで移動したのだ。次の瞬間、私の目は再び吸血鬼を認識する。るな先輩の目の前にいる吸血鬼を。
吸血鬼は腕を振る。金属音とも何ともつかない、甲高い音。「障壁」の魔法が外部からの攻撃を防いだものだと直感する。
「るな先輩!」
私は叫んでいた。しかしその声が届いたかどうかは分からない。吸血鬼は再度腕を振り、「障壁」を攻撃する。今度は分厚いガラスを叩くような鈍い音が響く。「障壁」に変化は見られないが、一撃ごとに、心が摩耗させられるような感覚に襲われる。
吸血鬼は二、三歩後退する。このまま諦めてくれる、ようなことはないだろうなと思う。それから吸血鬼はだらりと腕を垂れて、何度か腕を揺らす。すると、吸血鬼の腕が脈動するように、痙攣するように動き、みるみるその形を変容させていく。作り変えているのだ、自分の体を。そう直感する。不自然に筋肉が隆起するように動き、表面は黒く変色していく。
禍々しい凶器、などと形容した方が良いだろうか。吸血鬼の腕は不自然に長くなり、手の平は大型の獣を思わせるほどに大きく、より〝狩り〟に適した形に変容していた。その姿を認識した直後には、吸血鬼はもう一度、大きく腕を振っていた。
息を飲む。五本の指は「障壁」に突き刺さり、手の平が「障壁」に触れていた。それを確認した吸血鬼は、ゆっくりと「障壁」に近付き、口を開けて、壁面に牙を立てた。
ぞくぞくと背筋に寒気が走る。行動の異様さに、だけではなく、それによって「障壁」が破られてしまうであろうことを、予感したのだ。
「大地君! 合わせて!」
次の瞬間、るな先輩はしゃがんで、指を振った。周囲を包んでいた障壁が光とともに消えていく。支えを失った吸血鬼がわずかにバランスを崩す。るな先輩の脇をすり抜けるようにして、おーじ先輩が吸血鬼と対峙する。
「っだああああああっ!」
おーじ先輩が、魔力を込めた拳を振り抜く。吸血鬼の体は軽々と吹き飛ばされる……ことはなかった。息が詰まる。そのとき私は、どうしようもなく理解してしまうのだった。吸血鬼は戦闘を通して、恐らくこの瞬間にさえ、成長していることを。
吸血鬼の首は、真後ろに折れるように曲がっていて、おーじ先輩の一撃を避けたことが分かった。この期に及んで私は、人間があんなふうに首を曲げられたら即死に違いない、等と考えていた。しかしそれは同時に、目の前の敵が、人ならざるものであることの証明だった。
まるで木の葉のように、おーじ先輩の体は宙を舞い、何度か地面を跳ねながら、私のすぐそばを通過していった。
「大地君!」
るな先輩は振り向いて、おーじ先輩を目で追っていた。そのとき私は、吸血鬼から目が離せなかったので、それを見ることができた。るな先輩に向かって手を振り上げる吸血鬼を。
「るな先輩! 前です!」
はっとして振り向くと同時に、るな先輩は指を振った。吸血鬼が腕を振り下ろすのと、るな先輩が「障壁」を展開するのは、ほぼ同時だった。
周囲の私たちのためでなく、るな先輩一人のために展開した「障壁」は強固で、一撃では破られなかった。恐らくは吸血鬼もそれを理解していて、だから吸血鬼は、まるでそうするのが当たり前のように、腕を持ち上げて、るな先輩に向かって振り下ろした。何度も、何度も。
「……い」
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
「嫌あああああああああ!」
それは、周囲の地面が「障壁」に沿って丸くへこむまで繰り返され、その頃には、るな先輩はもう動けなくなっていた。
私の体は、金縛りにあったように硬直して、ただそれを眺めることしかできなかった。
吸血鬼が顔を上げて、こちらを見る。汗がどっと噴き出して、血が冷えるような感覚があった。吸血鬼が一歩、こちらに向かって踏み出す。どうする、どうすればいい、この状況を切り抜けるにはあと何度奇跡が起きればいい。
「スイ、こっちだ!」
それは暗闇に一筋の光が差すような、天啓のような声だった。
「ミズホ!」
私は振り向いて、声の方に走り出す。地面を蹴るごとに、体の表面を風が通り抜けていくのが分かる。
しかし同時に、〝それ〟が近付いていることを、皮膚が痛い程に感じる。どこまでも凶悪な気配。純粋な欲望。あるいは渇望。煙が広がるように静かに、激流のように速く。まるで絡め取ろうとするように、私の体にまとわりつく。
私は手を伸ばす。そこに彼女がいる、ということが確信できた。彼女は、私の期待も予感も全て、裏切ることをしない。だから、助けて、ミズホ。
木の陰から伸びた手が、私の手を掴んで、そのまま私の体を抱き寄せた。私を強く抱き締めて、ミズホは吸血鬼と対峙する。
「罠だ、馬鹿め!」
顔だけを吸血鬼の方に向けると、そこに壁が出現した。いや違う、これは「光の矢」だ。針のように細い「光の矢」を等間隔に、壁のように出現させたのだ。吸血鬼が二度目に姿を現した時から今まで、そう時間は経っていない。この短時間でこれほど複雑な魔法を構築するには、並の集中力では敵わないはずだ。しかし天才たる彼女には、それができたのだ。その事実に、また胸が苦しくなる。
ミズホが指を振ると、無数の「光の矢」が一斉に吸血鬼の体に突き刺さる。
「ぐ、あああっ……! っが……!」
吸血鬼は、悲鳴を上げながら、体を丸めるように地面に倒れた。体中に刺さった「光の矢」が、周囲の皮膚を弾き飛ばすように、削ぎ取るように、光って消えていく。
「が、ああああああっ! あ……ぐっ……!」
傷口からは水分が蒸発するような音と共に、絶えず煙が出続けていた。「光の矢」が一つ消えるごとに、吸血鬼は地面を転がりながら悲鳴を上げた。
「行こう、スイ。逃げるんだ」
ミズホは私の手を取って、駆け出した。一瞬遅れて脳が働き始めた私は、曖昧な返事を返した。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
扉を閉めると、堰を切ったように、るな先輩は泣き始めた。
「私、何も出来なくて……怖くて、動けなくて……」
私たち天文部四人は、改めて認識阻害の魔法を展開した後、下山を始めた。途中に小さな小屋を見つけて、休憩することにしたのだった。小屋の中は古びた農機具がいくつかある程度で、私たちが一息つくには十分のスペースがあった。
「僕も、ごめん。何の役にも、立てなかった」
吸血鬼の一撃をまともに受けたおーじ先輩は、満足に動くことができない様子だった。
「怪我は、大丈夫ですか? おーじ先輩」
ミズホが声をかける。
「分からない。でも、喋る事くらいは、できる」
それからおーじ先輩は激しく咳き込む。呼吸をするのも困難な様子で、なんとか声を出そうとする姿は、とても痛ましかった。
それから、長い沈黙があった。ただ、るな先輩の小さくすすり泣く声が聞こえた。吸血鬼に噛まれてからずっと続く息苦しさは、止まる気配がない。
るな先輩がいくらか落ち着いた頃、おーじ先輩が口を開いた。
「ひとつ、提案がある」
しかしその重苦しい声から、起死回生の一発逆転策が飛び出してくるようには、思えなかった。
「不安定になった『境界』を、無理矢理こじ開ける。理論上は、僕らが通れる程度の大きさなら、強大な魔力を持つ吸血鬼はそこを通り抜けることはできない。僕たちは無事に逃げることができる、はずだ」
そこでおーじ先輩は一度言葉を詰まらせる。そして、とても難しいことを口にするように、ゆっくりと続ける。
「これは、とても卑怯な提案だ。だから、僕を軽蔑してくれて構わない。しかし、みんなが元の世界に戻るために、最良の手段である、はずなんだ」
私とミズホはおーじ先輩の方を向いて、無言でうなずく。
「……すまない、本当に」
おーじ先輩は、一度大きく深呼吸して、口を開いた。
「『境界』を開くためには、『境界』の修復と同じ技術が必要になる。そして、そのためには多くの魔力が必要になる。認識阻害を展開していたとしても、奴に感知されてしまうだろう」
私はそのとき、「あっ」と声を上げていた。おーじ先輩がこれから何を言いたいのか、大体分かってしまったのだ。おーじ先輩がこちらを見る。きっとその目は「何も言わなくていい」と言っていた。「卑怯な提案をするのは、自分からでいい」と。
「以前の経験から、『境界』を開くのは上級生の僕たちが良いだろう。そして、すいちゃんとみずほさんには、『境界』が開くまでの間、とても危険だけれど、吸血鬼の……足止めをして欲しい」
そこまで言って、おーじ先輩はぶんぶんと首を振る。
「いや……ごめん、これは、言葉遣いとして綺麗すぎた。もっと率直に言おう。『二人には、僕たちのために、おとりになって欲しい。命運を掛けて、命を懸けて欲しい』」
いつしか、口調はいつものおーじ先輩に戻っていた。
ミズホと目を合わせる。答えはきっと既に決まっていた。私は、ただ「はい」と答え、ミズホは「やります」と言った。
「……ごめん。『断る』なんて選択肢は初めからないのに、僕は……」
「おーじ先輩!」
私は、その先の言葉を遮るように、言った。
「私、おーじ先輩からサボテンのお世話の仕方、まだ教えてもらってないです。るな先輩からも、お茶の淹れ方とか、教わりたいことがたくさんあります。だから……」
るな先輩は、充血した目でこちらを見ていた。おーじ先輩は、どこか驚いたような表情をしていた。
「だから、きっと大丈夫です」
「それ、意味分かんないよ、スイ」
ミズホが苦笑する。
「ともあれ、『大丈夫』らしいですよ。まあ……私は、スイがそう言うなら、信じるだけです」
るな先輩の赤く腫れた頬に、涙が一筋流れた。おーじ先輩は、複雑な表情をして頭を下げた。
頭の中に響くように、るな先輩の声が聞こえた。
「またひとつ反応が消えた。でも、まだ遠いよ」
るな先輩は、兎の姿をした魔法を使役し、索敵させていた。反応の消えた兎はつまり、吸血鬼の襲撃を受けたのだと考えられる。それにより大まかな位置を特定しようと考えたのだ。
「……そろそろ始めるよ。くれぐれも、気を付けてね」
「はい。任せて下さい」
それから「ごめんね」と言って、るな先輩は「通信」の魔法を切った。
駅前にある「境界」が不安定になりやすい地点、そこから少し離れたところに私とミズホは立っていた。吸血鬼がいると予想される地点は、まだもっと遠くのはずだ。
「変なことに、巻き込んじゃったね」
私は、目を伏せて言う。少なからず、ミズホを巻き込んでしまった張本人としての責任を感じていた。
「大丈夫」
ミズホは、何故か自信に溢れたような笑みを浮かべていた。
「私、スイと一緒なら無敵だから」
そう言って、親指を立ててこちらに向ける。
「……だから、大丈夫」
こんな状況だというのに、思わず笑ってしまった。
「なにそれ。その自信は、どこからくるの?」
「スイのおかげだよ」
思いがけない言葉だった。照れ隠しに「なにそれ」と言ってみる。
「スイと一緒なら、私は何でもできるから。私がスーパーヒーローになれるのは、スイ、あなたのおかげ」
この期に及んで、私は気付いてしまった。「法則」に振り回されていたのは私ひとりではない。彼女もまた、「法則」に縛られたひとりなのだ。こんなに大切なことを、今更になって理解するなんて、自分はなんて思慮に欠けた人間だったのか。
「……恥ずかしいから、この話はおしまい」
そう言って、ミズホは私に背を向けて歩き出した。
私は、手を伸ばす。ミズホに何か言葉を掛けなくてはならない。それが謝罪なのか、感謝なのかは定かではない。とにかくこの、形容しがたい気持ちを、きちんと伝えなければ。どうしても今でなければならない理由がある。そう思った。
気が付くと私は、ミズホの制服の裾を掴んでいた。
「……ん、何?」
ミズホは顔をこちらに向けて、微笑む。言葉は、きっと私の中にあった。けれど、言うべき言葉は出てこなくて、分かっているのに形にできないもどかしさだけがあった。
「あのね、ミズホ」
だからこんな、突拍子もないことを口走ってしまうのだ。
「私、負けないから」
ミズホはいくらか嬉しそうな顔をして、言った。
「……うん。私も」
それから、暫く見つめ合ったあと、私は自然に裾から手を離して、ミズホはもう一度前を向いた。
きっとそのとき、私は初めて、ミズホに手を伸ばしたのだ。
駅から少し離れた大通り、普段なら昼夜を問わず車が走っているはずだが、今この瞬間においては、もっと厄介な相手が、立っていた。
それを目視してすぐに、ミズホは指を振って「光の矢」を生成した。
「……退がるよ、スイ」
先程のミズホの「光の矢」は、どの程度のダメージを与えただろうか。それとも、治癒してしまっただろうか。等と考えていると、吸血鬼の姿が揺れて、消えた。裏山で見た、あの高速移動だ。歩みを進めるように、何度も高速移動を繰り返し、急速にこちらに近付いてくる。
私たちは、吸血鬼を見失わないようにしながら、じりじりと後退する。もちろん逃げ切れるとは思っていないが、無意味にそうしているわけではない。
「思ったより、真正面から突っ込んでくるね。単純なのかな」
ミズホはいくつもの「光の矢」を細分化して、光の壁を作る準備をしていた。吸血鬼との距離がまた狭まる。
「これくらいの距離なら、全ての矢を当てられると思うけど」
「……ちょっと待って」
しかしあまりにも不用心すぎないか、戦いの中で学習し、成長していたあの吸血鬼が、同じ罠にかかるような行動をするだろうか。
そして私は、違和感の正体にはっとする。と同時に、恐怖する。この予想が的中すれば……いや、その先は想像したくない。嫌な予感を振り払おうと、私は反響の魔法を展開する。
「……スイ?」
波紋が吸血鬼の元で反射して、返ってくる。
「何だよ、それ」
私はそのとき、全身の力が抜けて膝をついてしまうかと思った。いっそ、「何だよっ! それええええっ!」と叫んで地団太を踏んだ方が、精神的に楽になれたかもしれない。
「もしかして……スイ」
焦燥に、喉の奥が張り付いてしまうかと思われた。
「魔法……」
その声は、自分でも驚くくらいにざらついていた。
「『障壁』の魔法」
反響は、絶望的な数を告げる。
「……十六層」
吸血鬼は成長していた。独自に「障壁」の魔法を再現する程度には。
「今、何をした」
吸血鬼は、こちらに向かって歩みを進める。私は、吸血鬼の姿を再び捉え、改めて恐怖した。恐らく、「光の矢」による損傷は治癒し辛いのだ。皮膚は変色し、所々いびつな形に隆起している。顔の表面はくずれていて、うまく表情が読み取れない。
「何をしたと、聞いているんだ」
改めて見ると、「障壁」に囲まれた吸血鬼の姿は、ガラス越しのように所々屈折して見えた。注視すれば気付くこともできただろうが、この状況にあって、冷静にものを見る目が失われていた。
「ミズホ、退がって!」
虫の知らせ、とでもいうのだろうか。そのとき私は、直後に訪れるであろう命の危機を、確信なく、ただ何となく、感じた。
指を振り、私とミズホの前に「障壁」を展開する。
刹那、吸血鬼の大きな手が、「障壁」に叩きつけられた。
ぞくぞくと背筋に寒気が走った。思考があやふやになる。ただ目の前の「タイミングを間違えば死んでいたかもしれない」という事実だけが頭の中を支配する。
「うん、これじゃない……な」
吸血鬼の言葉にはっと我に返る。目の前の大きな手がゆっくりと離れ、吸血鬼の元に帰っていく。最初、手首から先を投げたのかと思った。しかしそれは間違いで、吸血鬼の腕が伸びていたのだ。いや、伸縮するように作り替えた、と表現した方が、恐らくは正しいだろう。
戻っていく手の先を目で追うと、吸血鬼の展開した「障壁」には大きな穴が開いていた。吸血鬼自ら、私たちを攻撃するために、開けたのだと思った。
吸血鬼の手は「障壁」を破る程度の攻撃力を持っている。
吸血鬼の「障壁」は大きな穴を開けても崩壊しない。崩壊させるには、より大きな衝撃が必要だと予想される。一本の「光の矢」では突き刺さるかどうかも怪しい。
敵はこちらに一方的に攻撃することができ、尚且つ攻撃は強烈で、その上で防御は強固。絶望的な要素を羅列し、思考を巡らせる。
「スイ」
ミズホが声を掛けてくる。
「もしも、あの穴がもっと大きくなったら、『光の矢』を撃ち込める?」
私は思わず「どういう意味?」と返していたが、いや、実際には、ミズホが何を意図していたか、予想がついていた。
「『障壁』を解除するから、すぐにもう一度展開しておいてね」
ミズホが指を振ると、目の前の「障壁」が光となって消えていく。
次の瞬間には、ミズホはもう走り出していた。「待って」と声を掛けることもできただろうし、力づくでミズホを止めることもできただろう。しかし私には、それができなかった。ここでミズホをおとりにすることが最善手だと深層で理解していたし、ミズホもそう思っていたに違いないからだ。
そして、吸血鬼が自らの「障壁」に二つ目の穴を開けたのは、ミズホが走り出してすぐのことだった。
吸血鬼は手の先を、より鋭利に、突き刺すことが容易になるように、作り替えていた。肘から先はいくつかに枝分かれして、軟体動物のように動いていた。しかしそれは、やはり生物のようでなくて、凶器と形容したほうが正しいように見えた。
吸血鬼は目の前の「障壁」に穴を開け、私に向かって腕を伸ばした。すぐ近くにいるミズホではなく、私に。
「スイ!」
ミズホが叫んでいた。
そんなことを考えている場合ではないはずなのに、イソギンチャクのような、あるいは花のような、目の前の光景に見覚えがある気がした。「ああ、クリオネの捕食だ」と気付くのには、それほどの時間は要しなかった。しかし、反応が遅れる程度には、十分に油断していた。
既に吸血鬼の指先は、目の前にまで迫っていた。しかし私はいくらか冷静に、吸血鬼の指先を眺める。指先は上下左右から迫ってくるが、私の背後を狙っているものはないようだった。私は指を振って、強く地面を蹴る。
思えばこのときから、私は少しおかしくなっていた。それまで体を押さえつけていた圧迫感はいつの間にか消えていて、不思議と高揚感さえあるように思われた。戦いの中で私自身が変化していたのだ。
後ろに退ってみると、吸血鬼の腕は、一つひとつがそれぞれ意思を持って、私を狙っているかのように見えた。そして私は直感的に理解する。こうして距離を取ることで、それぞれの腕が一か所に収束して、回避するのが容易になることを。
「こっちだ! 化物っ!」
ミズホが吸血鬼の「障壁」を何度も叩くが、目立った変化は見られない。それに対して吸血鬼も反応を示さない。
そのとき、私の本能は「今が好機だ」と私自身に強く訴えた。
靴の裏で地面をこする。それまで後退していた体が制止される。
吸血鬼は、驚くだろうか。それまで防戦一方だった人間が、突然の反撃に打って出たら。
地面を強く蹴って前進する。
私の体を絡め取ろうとする吸血鬼の腕が、その瞬間だけは止まって見えた。あとは、安全なコースを選んで駆け抜けるだけだ。
腕と頬を少しだけ掠めた。擦り傷になったかもしれないが、串刺しよりは幾分かマシだ。
体を捻って、飛ぶように隙間を突破する。制服が何か所か破れた。
その次に、足の裏に地面を感じたとき、あるいはいばらの森のような空間を、私の体は通り抜けていた。
「飛べええええっ!」
狙うのは、吸血鬼が最初に開けた穴だ。指を振って、「光の矢」を撃ち出す。
灰の塊のようなものが、端からぼろぼろと崩れるのを見て、私は思わす「そんな」と声を漏らしていた。油断した。相手は完全に人ならざる者なのだと、改めて認識しておかなければならなかった。「光の矢」は、確かに吸血鬼にダメージを与えた。しかし吸血鬼の体に命中させることはできなかった。
吸血鬼は、空いている方の手を伸ばして、「光の矢」を空中で受け止めた。「光の矢」を掴んだ手は、煙を上げて崩壊を始める。
しかし次の瞬間、吸血鬼の手は「光の矢」と共に地面にぼとりと落ちた。
私は直感する。体を自切したのだ。「光の矢」による崩壊を、自分の器官を切除することで止めたのだ。やがて地面に転がったそれは、ぐずぐずになって崩れ始める。
解決方法があまりにも、あまりにも自分の捉える世界と違いすぎる。奥歯を強く噛みしめる。
その時だった。突如として、吸血鬼のまわりの「障壁」、その表層が消滅する。
「これは、知らなかった?」
ミズホは得意そうに笑う。吸血鬼は変化の乏しい顔で、面食らった様子だった。
同じ性質の「障壁」同士が接することで、対消滅を起こす。ミズホは、自分が吸血鬼の標的とならないことを逆手にとって、対となる「障壁」を生成していたのだ。
「……目障りだ」
吸血鬼は、先端を失ったままの腕を振る。鞭のようにしなるそれが、ミズホを襲う。
「だめ、ミズホ!」
対消滅のために「障壁」を使ってしまった、ということは、今のミズホを守るものは何もない、ということだ。
私は走り出していた。魔力を使い切っても、少しでも早くミズホの元へ行きたいと思った。ミズホの体がコンクリートに叩きつけられ、ごとりと音を立てて頭が地面に落ちる。足の関節が外れてしまうかと思われるほどに、強く地面を蹴った。
しかし同時に、私は油断していたのだ。
脇腹のあたりに激痛が走った。背後に近付く吸血鬼の腕に気が付かない程度には、注意を失していたのだ。私の体は空中で態勢を崩す。思わず脇腹を押さえると、ぬるりとした感触で出血していることが分かった。うずくまるように腰を曲げたことで、私の体は安定を失い、肩から地面と衝突した。そのまま何度か地面を跳ねて、地面にうずくまるように停止した。
そのまま寝ているわけにはいかない。けれど、全身の激痛で体は思うように動きそうにない。私は、腕だけを立てて、震える程に強く手の平を地面に押し付ける。そうして、上半身だけを起こして、吸血鬼をまっすぐに睨みつけた。恐らくそれが、今、私にできる精一杯の抵抗だったのだ。
ゆっくりと息を吐き出す。上下の歯がかちかちと音を立てる。体が震えているのは、恐怖のせいだろうか。吸血鬼の姿が歪んでよく見えない。ここで、全て終わってしまうのかもしれない、という予感がよぎる。でも、せめて、ミズホには生きていて欲しい。たとえ私の命に代えたって。
「……私は」
そのとき、頭上から聞こえてきたのは、ミズホの声だった。
「私は、死なないよ」
絶望的な状況にあって、その声は、怖いくらいに頼もしく、心強く、魅力的に感じられた。
「スイがいる限り、私は不死身のヒーローなんだ」
ミズホはふらふらと足を引きずるように歩いて、私と吸血鬼の間に割って入るように立った。
「だから」
何もできない自分が悔しくて、惨めで、自己嫌悪でいっぱいになる。
「私を」
嫌だ。駄目だ。ミズホが私の代わりに、なんて、そんな不条理が許されていいはずがない。ただ「やめて、ミズホ」と叫ぶだけでいい。それだけでいい。しかし私の体は、金縛りにあったように、動かない。
「殺してみせろ……!」
そのとき私は、その人の名前を叫んでいたかもしれない。
そして私は、一日にそう何度も目にすることはないであろう、人の体が宙に舞う光景を目にするのだった。時間がゆっくりと流れるような感覚があった。泥沼に足を突っ込んだように、鈍重でじれったさを覚えるような感覚があった。そのとき何故だか私はひどく落ち着いていて、ただ無心にそれを眺めていた。だから、次の瞬間に体が動いていたのは、今するべき最善の手を、勝手に脳が判断して行動に移したのだ、と思う。
奥歯を強く噛んで、息を止めた。
四肢に思い切り力を込めて、地面と平行に跳ねる。吸血鬼まで一気に距離を詰めて、「障壁」から飛び出ている腕に「光の矢」を突き刺す。もう一度強く地面を蹴って、吸血鬼を挟んでミズホの反対側に回り込む。それから後方に跳んで、ある程度の距離を取る。吸血鬼の意識が少しでもミズホから逸れるように、と考えた結果だ。
昂った感情が静かになっていくのが分かった。熱くなったものが冷めていく、というよりは、失われていく、あるいは奪われていく、といった方が適切だろうか。
「驚いた、まだそんな力があったのか」
吸血鬼は、「光の矢」が刺さった腕を切除して、顔だけをこちらに向けてそう言った。
生命の危機にあって、秘めたる能力が開花する、といったようなことはままあるそうだ。火事場においては人の真の全力を見られるとも聞く。だからそのとき、私はそれができることを無意識に感じていたし、教えられずともわかっていた。
制服のポケットから「くず星」を取り出し、指を振る。間を置かずして「くず星」の急激な崩壊が始まり、崩れた欠片は渦を巻いてあたりに霧散する。
キラキラと輝きながら、星空のようにまわりの空間を彩るそれは、術者の魔力を肩代わりしてくれる。つまりは、しばらくの間、私の元に魔力は過剰に供給され、魔法が使い放題となる。私はそれを、理解していた。通常、「くず星」の崩壊はゆっくりと時間をかけて進行するもので、普通ではありえない現象が目の前で起こっていた。
そのような現象を引き起こす者は、そのとき既に、人ならざるものになってしまったのだ、ということを、私は同時に理解していた。
「吸血鬼さん」
息を吐くように自然に、私は言葉を発していた。
「何かな?」
大きく深呼吸をする。
「……人は、死んだらどうなると思いますか?」
禅問答や討論を吸血鬼と繰り広げる気はない。しかし私は、声を出さずにいられなかった。
「そうだな、人は、死んだら」
そう難しく考えるようではなく、当たり前のように、吸血鬼は言った。
「……軽くなる、と思うよ」
軽くなる。その答えに、思わず笑みがこぼれてしまった。
「そう、ですか」
目の前の相手に比べれば、私はまだまだ人間だ。
「人の死、というのは、それだけで意味を持ちます。その人と関わりのある者には、尚更」
この状況で、こんなことを言う意味は無い。しかし今の私には必要なことだと、確信していた。
「少なくとも私は、今ここで死ぬわけにはいかないんです。私が死んだら……」
噛みしめるように、自分に言い聞かせるように、最後の言葉を吐いた。
「世界で一番弱い人間が、ひとり生まれてしまうんです。だから、私は……死ねないんですよ……!」
指を振って、「障壁」を展開する。
大きく息を吸って、止める。
攻撃の気配を悟った吸血鬼が、先手を取って腕を伸ばす。切っ先の鋭利な腕が、いくつにも枝分かれして私を襲う。しかしその動きは至って単純だ。何度も目にしたような、予習済みのような動きに、私は既視感さえ覚える。世界の時間がスローに進むような感覚があった。私はその感覚に身を任せて、ただ目の前の攻撃を適切に処理すればよいのだ。
迫りくる切っ先は体をひねって躱せばいい。ひとつ、攻撃をいなせば、切っ先がひとつ地面に突き刺さる。どうしても直撃を避けられないものは、「障壁」にぶつけて方向を少しだけずらす。そうして生まれた隙間に体を滑り込ませる。吸血鬼の腕が次々と地面に突き刺さる。これでいい。少しずつ、一歩ずつ吸血鬼に近付けばいい。
雨のように降る刃の隙間に、吸血鬼の顔が見える。崩れた顔面からは表情が読み取れず、考えていることは見当もつかない。しかし、きっと面食らっているはずだ、お前は。頭がよく、魔法を学習する能力と、自身のために転用する応用力をもっている。どうして自分の攻撃が通らないか、不思議だろう。どうしてまだこの人間が生きているのか、疑問に思っているだろう。この人間の血を吸うには、この攻撃を繰り返しているだけでは不毛だ。いずれ距離を詰められて、相手の間合いに入ってしまうのは、自分の方だと、気付くだろう、お前は。
ふいに、繰り返される攻撃が止み、全ての刃が吸血鬼の元にかえっていく。
「不可解だ」
私はただ、吸血鬼をまっすぐに見る。
「何故、まだ立ち上がる。……立ち上がることができる」
一つ、大きく息をついて、微笑みを浮かべる。
「ものを知りませんね、吸血鬼さん」
この、束の間生まれた時間に、何ができるか考える。
「人間の持つ、絆の力は限界を超えるんですよ」
いや実際には、供給される魔力により、身体感覚と運動能力が増強されていたのだが、適当な文言を並べておく。吸血鬼はもう一度「不可解だ」と口にした。
この瞬間は恐らく、吸血鬼の単純な知的好奇心から生まれた時間だ。しかし、お前は知らないだろう、冷静に考える時間を相手に与えてしまうのは、悪手なのだと。
「吸血鬼さん。これで本当に、最後です。私の、最後の力です」
私は、指を振る。吸血鬼の周囲の「障壁」が光とともに消滅していく。「反響」の魔法で感知した吸血鬼の「障壁」の記憶を頼りに、対となる「障壁」を生成していたのだ。抑えようと思っても、思わず笑みがこぼれた。
「残る『障壁』はそう多くない……ですよね?」
吸血鬼が腕を伸ばして私を捕えようとする。私は、体を捻ってそれを回避する。もう片方の腕が伸びる。今度は地面を蹴ってそれをくぐるように跳ぶ。もう一度指を振って、吸血鬼の「障壁」を消滅させる。今度は両方の手が私を挟むように迫る。周囲に「障壁」を展開し、その動きを刹那、とどめる。吸血鬼の力では私の「障壁」はそう長くもたないが、承知の上だ。私に届くまでのわずかな時間に「光の矢」を生成し、「障壁」の崩壊に合わせて両手に突き刺す。指を振ると、また吸血鬼の「障壁」が消滅する。息をつく暇もなく、切除した腕の断面から、新たな腕が生えて私のもとに伸びる。地面を蹴って、吸血鬼にもう少し近付く。背後から迫る両手を背中越しに察知し、垂直に跳ねる。しかし、上空ではろくに回避行動が取れず、今この瞬間を狙って串刺しにできるはずだ、そう考えるだろう、お前は。根が生長するように、腕から無数の刃が伸びて、私を絡め取ろうとする。指を振ると、私の体は空中にふわりと浮遊する。これが、美味しい紅茶を淹れるための魔法の一つだ。予想される着地のタイミングが刹那ずれたことで、無数の刃は、私のいない虚空を切る。生成した見えない足場を蹴って、空中で跳ねる。刃を飛び越えて、吸血鬼の目の前に着地する。予想される「障壁」はもう、片手で数えられる程度にしか残ってないはずだ。右手を強く握り、左手の指で、吸血鬼の「障壁」まで真っ直ぐな線を描く。あとは、その誘導に従って右手を思い切り振り抜けばいい、本能がそう告げていた。閃光が走り、吸血鬼の「障壁」を突破したことが分かった。閃光に顔をゆがめる吸血鬼の姿を、鮮明に目で捉えた。レンズ越しのように、屈折していない。つまりは、吸血鬼の「障壁」全てを消滅させたということだ。私は、もう一歩踏み出して、指を振る。「光の矢」を生成した指先を、吸血鬼の胸の中央に突き立てて、言った。
「これで……最後です!」
膝を折って、地面に打ち付けた。全身の力が抜けて、立っていられなくなったのだ。程なくして、今まで意識せずにいられた痛みが、電撃のように体を突き抜ける。悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえて、私は叫んだ。
「どうして……!」
私の「光の矢」は、吸血鬼の体に到達することなく、空中で停止していた。吸血鬼の「障壁」、最後の一層は心臓の周りを守る極小のものだった。
「君の攻撃が、ここを狙っているものだと直感した」
易々と言ってのけるが、体内に「障壁」を生成するなんて、そんなでたらめなことがあってたまるか。
「最初に、『反響』で探知した時には、そんな……」
吸血鬼の「障壁」は単純な構造のもので、心臓を守るものはなかった、はずだ。
「そうだね。だから、君と少し話をしたときに、そうしたんだ」
私が対となる「障壁」の魔法を生成していたとき、同時に、吸血鬼も心臓を守る最後の「障壁」、という発想に至っていたのだ。
「そんな……」
そして、吸血鬼は、またも易々と、言ってのけるのだった。
「あと一歩、惜しかった」
頬がゆがんでしまうのを、抑えられなかった。
ひどいじゃないか。あんまりじゃないか。
幾度となく味わってきた感覚だった。
吐き気のするような気持ち悪さと、体の芯を締め付けるような苦痛。
手を伸ばすことも躊躇われる隔絶。
息使いが感じられる程に近く、夜空の星のように遠い。
触れられそうで触れられない距離。
こんな気持ち、感じたくはなかった。
あと一歩、惜しかった。
目の前に確かにある、それなのに、どうしても届かない。
それが、嬉しい、なんて。
わずかに届かないことが、こんなにも、嬉しいなんて。
瞼の裏に、ちかちかと光が走ったのを感じて、ミズホは意識を取り戻していた。初めに、体が、何か温かいものに包まれたように、安心できる状態にあることに気付いた。それから、あれ程の衝撃を受けて、軽々と体が動くことに驚いた。周囲に光の粒子が舞っている。よくは分からないが、この光が自分にとって敵意のあるものではないことが、確信できた。
その直後、ミズホは、最も大切に思っている、守らなければならない、その人が闘っているのを目にした。その人は、苛烈な攻撃を防ぎ、いなし、躱していた。その人に何があったのかは分からないが、しかし、強大な敵と対等に渡り合っていた。そしてミズホは、自分のしなければならないことを理解する。あの場に自分が参じたとて、大した戦力にもならない、それどころか足手まといになるだろう。であれば、今の自分にできることをするべきだ。
指を振って、「光の矢」を生成し、結合して一つの大きな矢に再構築する。不思議なことに、それがいくらでも繰り返せるような気がした。吸血鬼を滅することが出来る程、強大な矢となるまで、ミズホは集中力を高めていった。
無意識にか意識的にか、言葉を発していた。それは、最も落ち着いて、集中力を高められる精神状態を、本能的に作り出していたのだ。
「ねえ、スイ、知ってる? 私が、どれだけあなたのことを思っているか。あなたの名前が好き。とても綺麗な響きだから、あなたの名前を呼ぶたび、幸せになれるから。あなたの瞳が好き。どこまでも深い黒が、安心させてくれるから。少し冷たい目線も、全てを許してくれるような気がするから。あなたは、私よりも少し小さいから、思わず髪を撫でたくなるところも、好き。甘いニオイがふわっと香るのも。あなたは、優しいから、とくに私には、特別に優しいから。私を突き放そうとして、傷つけようとして、言葉を選んで……それで結局、あなた自身が傷ついてるところも。そんなあなただから、私は傷つくことが怖くない。いくらでも、命を懸けることができる。……ねえ、スイ、私は……」
そしてミズホは、足を止める。恐らくここが、吸血鬼に気付かれることなく、最も接近できる地点だ。手元には強く輝く「光の矢」があった。漂う光の粒子それ自体が、強力な魔法の力を持っていたおかげで、「光の矢」の存在は吸血鬼に察知されにくくなっていた。
吸血鬼の声が聞こえた。「あと一歩、惜しかった」と。ミズホは、「お前が、スイを語るんじゃない、三下」とつぶやいて、左手の指を振る。右手を引いて、「光の矢」が真っ直ぐに吸血鬼の方を向くように、構える。吸血鬼の背中側から見ても、胸の中央に小さな「光の矢」が刺さっているのが分かった。あとは、そこに「光の矢」をもう一度突き刺すだけだ。迷う必要はない。
「これで……最後だっ!」
光の尾を引いて、「光の矢」が飛ぶ。
吸血鬼の体は、「光の矢」を中心に灰のようになって、崩れていった。それで彼の存在を消し去ることができたのかどうかは、定かではない。しかし、ミズホの腕の中で、彼女の最も大切なその人は、息をしていた。意識はないようだが、しかし確かに、生きていた。ミズホは、強く強く、力の限りその人を抱き締める。生きていることを、何度も確かめるように。今ここに、二人がいることを確かめるように。
温かい、と、感じた。私の体に、私自身が帰ってくるような、不思議な感覚があった。ええと、どうしたんだっけ。最後の瞬間、私は力を失って、地面に倒れて、それからどんどん目の前が暗くなって……ええと。少しずつ冴えていく思考の一方で、それ以外の感覚は痺れたようになっていた。だから、右手が何かに包まれているような感覚、それが、私の右手を誰かが握っているのだと気付くのには、時間がかかった。私は、右手を強く握り返す。それが、生につながる手掛かりのような気がした。
ゆっくりと、目を開ける。ぼんやりとした景色の中で、その人が私の手を握っているのが分かった。その人が今にも泣き出しそうな顔をしているのも、はっきりと分かった。
「スイ」
声が震えている。心配をかけたのだろう、辛い思いをさせたのだろう。だから、私は、その人の名前を呼ぶ。
「水星」
いつもの「ミズホ」と音は変わらないが、一つひとつの響きを確かめるように、名前を呼んだ。
「……ただいま、水星」
うまく動かない表情筋を使って、精一杯の笑顔を作る。
「おかえり、彗星」
ミズホもまた、私の名前を呼んだ。それから、痛いくらいに私を強く抱き締めた。
私は、今、ここに、ミズホと共に生きていた。
「魔法使いに関係した人の、専門の病院みたい。だから、魔法に関する理解もあるし、外部に対しては、魔法と関係ないような、当たり障りのない対応ができるんだって」
ミズホは、嬉々として私に知識を披露していた。
「私もスイも、外の人には『交通事故にあった』ってことになってるみたい。だから、大丈夫」
「どの辺が大丈夫なの? それ」
あきれたように、私は言葉を返す。
「私も入院って扱いになったんだけど、スイよりも症状が軽かったから、こうしてお見舞いに来れるってわけ」
それからミズホは、小さな石の欠片のようなものを取り出した。
「……私の体が回復したのは、これが関係してると思うんだけど。スイ、何か知ってる、よね?」
はっとする。それは、私が砕いた「くず星」の欠片だった。きちんと説明しなければならない、と思いつつも、どこから説明すればいいのか、と思う。思考がうまくまとまらない。冷静に考えなければ、と思うほど、言葉は霧散して消えてしまう。
「あの、ミズホさん」
「何かしら?」
「手を放してくれませんか」
私の右手は、ミズホの両手にがっちりと捕まえられていて、私の意志では離れることができなくなっていた。目覚めてからほとんどの時間は、この状態だった。ためしにぶんぶんと手を振ってみたが、恐ろしいほどの力で吸い付いていて、ぞっとした。
「どうして?」
「……あのね、きちんと説明するから、そのために、きちんと考えられる状態になりたいの」
「分かった。じゃあ、きちんと説明しなくていいよ」
「お前、それでいいの?」
そうして、二人の時間は、ゆっくりと過ぎていった。
ふと考える。こんなふうでなかったら、つまるところ、もしも「法則」がなかったら、私とミズホは普通のお友達でいられただろうか。
いや、と思う。多重世界論じゃあるまいし、そんなことは、考えるだけ無駄だ。私でない私は想像もつかないし、ミズホでないミズホも同様に想像できない。ミズホも「法則」も、今の私を形づくる全てのうち、欠かせないものであるのは確かで、私はそれに感謝するべきなのかもしれない。この気持ちは、感謝とは違うかもしれないが、特別な感情だ。ミズホの言葉を借りれば、「この感覚は、私のもの」。私以外の誰にも、こんな気持ちは抱くことはできないだろう。
もしも、やり直しができたとしても、他の世界があったとしても、私は何度だって今の私を選ぶし、今のミズホを選ぶ。私が私であるために、ミズホがミズホでいるために、私は生きよう。いや、生きなければならない。それはきっと、二人のきまりで、世界の約束なのだ。
ミズホは眠っていた。椅子に座ったまま、私のベッドの上に腕枕をつくって。
「……お見舞いに来た人が、寝るなよな」
ミズホの髪に触れる。細くて、流れるようで、壊れてしまいそうなくらいに綺麗だった。
「ほらほら、今起きたら、気分の盛り上がったスイが、ちょっと恥ずかしいことも言っちゃうよ」
半分だけ見える寝顔が、夕陽に照らされて、何故だかとても幼く見えた。
今はまだ、このままでいい。
ねえ、そうでしょ、私の、メアリー・スー。
END
…
……
………
以下、完全なる蛇足、かつ無駄な制作秘話やら裏設定等あるので、作品に感動して頂けた方には、あまりおすすめできないかもしれません。
この作品を読んでもらった友人から、「百合が濃厚すぎやしないか?」「本名が明かされないまま物語が進むのは『ハルヒ』のパクりなの?」「『メアリー・スー』の使い方間違ってねえ?」等々といった(意訳)問い合わせを受けたので、それに答えたメールを以下にコピペします。
――――――――
先輩方は後半影薄くなるよねー
入院後の下りに登場させたかったけど、吸血鬼が灰になってこの物語は9割9分終わってるので、エピローグがむやみに野暮ったくなるのは避けたい……うーん難しい
百合に関しては、流してもらえると助かる
元々、百合をきちんと書きたかったというのがあって、魔法も吸血鬼も百合を盛り上げるための舞台装置でしかないのですよ
「ミズホ」という劣等感の擬人化との関係を見つめ直し、前向きに捉えることができた! ハッピーエンド! なのよね端的に言うと
だから実は「わずかに届かないことがこんなに嬉しいなんて」で物語の9割は終わってる
この物語は「対比」を意図的に多く描写していて、スイの「友情の域を出ない愛情」とミズホの「愛」もその対比の一つだったりする
端的に言うと「ガチ×ノーマル」のカップリングが好物なのです
自己評価ではもっときちんと百合を書けたなーと思うので、あれを「濃厚」と見てもらえるなら大金星
吸血鬼や魔法の描写は、書き始めた当時放送中だったアニメ「血界戦線」と「放課後のプレアデス」の影響を多大に受けて……というか丸パクり
「後からやってきた天才が何もかも追い抜いていく」をテーマに何か書きたいなーと思っていて、全部まぜこぜになったかんじ
名前に関しては、「博士の愛した数式」リスペクトですね
登場人物の名前を明かさないことで読み手の想像力を損なわないという手法を真似しますた
説明過多で野暮ったくなるのは避けたいし、説明不足で読み手の想像力に依存するのも避けたい……難しい
疑問に答えると、ここでの「メアリー・スー」は「超越者」としてキャラクターの位置付けを表す言葉
「スイ」の全てに対して一枚上手をいく「ミズホ」を(「スイ」を主人公とする「物語」への)「メアリー・スー」と称するキャラクターとして設計した
いわゆる「異世界転生おれつえー」へのアンチテーゼ、とは言わないが、おれつえー「される」側の心情を描写したかった、というのはある
ただ、メアリー・スーって主に同人誌(二次創作)で使われる言葉で、つまり「ミズホ」と「スイ」とが同時に存在する世界は「二次創作」だという裏設定もある
「スイ」と「ミズホ」は本来なら別世界線に存在する同一人物で、「ミズホ」が常に「スイ」の一枚上手なのにはそのような理由もある
とか、色々考えてるけどまあ、そこまで書けないですよね
褒められたことで創作のモチベーションも上がったので、やっぱり褒めることって大事だなと思いました
構想してるものはきちんと男女の恋愛みたいなものを書く予定です
――――――――
いかがでしたでしょうか。
このあとがきを書くことで、果たして本編がより楽しくなる効果は得られるでしょうか? ……うーん、得られない気が大いにします。
しかしまあ、書き手たる私が、こういう裏話みたいのが好きで仕方ないから、書くのです。
悲しき殺戮マシーンがふと見せた人間らしき感情にも似た情動の片鱗を図らずも目にしたような気分になりませんか? 分かりませんか? 自分でも何を言っているのかよく分かりません。
それが読み手の方へのサービスになるのかどうか、と聞かれると、「いやいや、そもそも創作活動というものがそもそも自己満足の塊であって……」等と月並みな言い訳しか出てこないわけですが、少なくとも個人内満足感は十二分に満たせたので良しとしましょう。
それでは、また、どこかで。