酔っ払いどもの狂宴
酔っ払いが酒飲んで騒ぐだけのお話。誰が何をしゃべっているかわからなくなっても気にしない。
昇り始めた太陽は、未だ東の空にあるが、肌を撫でる風は涼しさよりも暑さを伝える。涼しいうちに境内の掃除をしようとした巫女――エレミナ・フォルツテンド――は、首筋に貼りついた栗色の髪をはらい、
「で、何してんのよ、あんたたちは」
なぜか境内で宴会をしている酔っ払いに声をかけた。
「宴会じゃ」
「見りゃわかるわよ」
氷のように冷ややかな声に、同じく冷ややかな声で応じる。見れば、雪で作られた椅子に座った、全体的に白い女がニヤニヤと笑っている。雪で作られた天蓋を日よけにして涼しげなのが憎たらしい。何より異様なのは、あちこちに酒瓶が刺さっている事だろう。
「本当に何をしているのよ、あんたらは」
だが、エレミナの目は全体的に白い女――つまるところ、雪女なのだが――を見ずにその前で頭を抱えている青年に向いている。
「あ、姐さん! 聞いて下さい!」
「誰が姐さんか」
「雪女の姐さんのおっぱいで冷やしたアイスキャンディーってだけで値段が10倍になるのおかしくないですか!?」
「知らないわよ」
「そもそも、そんな駄肉で冷やされたものに価値を見出すな、若造」
「いや、そういうあんたも何してんのよ」
聞こえてきた声に向かって言い返す。視線の先には、絹糸のような金髪を背中まで伸ばした青い瞳の青年。肌は雪女と同じように白い。しかし、髪の隙間から飛び出す尖った耳が彼の種族がエルフである事を物語っている。
「そう言うな。若い頃はそんなもんじゃろ」
その隣に座っている小柄な壮年が答える。短く刈り揃えられた白い髪。髪と同じ色の豊かな髭。かなりの酒を飲んでいるのか、褐色の肌はどこか赤く染まっている。小柄な人間にも見えるが、人間ではない。彼はドワーフである。
「私は昔から小さい胸の女の方が好みだがな」
「ワシも肌は黒い方が好みじゃな」
「つまり、私に喧嘩を売っているのか?」
「なんじゃ? やりたいのなら受けて立つぞ」
「言ったな。ドワーフ風情が」
瞬間、彼の周りの植物が動き出す。動き出した植物は幹を作り、枝を作り、葉を茂らす。しかし、それだけではない。曲がりくねった枝が絡み合い、その隙間からさらに枝が生えてくる。1本だと思われた木は、今や数十を数えそうなところで、
「やめんか」
エレミナの一喝で止まった。
「なぜ止める」
「人ん家の境内に迷宮を作ろうとするな」
「問題があるのか? どうせ、参拝客など来ないだろう」
「おおありよ。大体、弓を学びに来る子だっているんだから」
「それは今日ではなかろう」
「なんで覚えているのよ」
「そりゃ覚えるわい。というか、貴様ら、妾に喧嘩を売っておらなんだか?」
「なんじゃ、気づいてなかったのか?」
「耄碌したな、雪女。雪山に籠もって一人寂しく凍えて死ね」
「ほう、良い度胸よなあ。小僧どもが。身の程をわきまえよ」
雪女の手にある煙管から煙がたなびく。否、煙ではなく冷気。煙管を口にくわえると、冷気の勢いは増して巨人の姿を形作る。それは、まるで北欧神話に伝え聞く霜の巨人。
「だから、やめなさいって」
「ん? 何を怒っておる。ただの一発芸じゃ。ほれ」
煙管を振ると巨人の姿がいくつかに分裂して石畳の上に降り立ち、一糸乱れぬ動きで踊りだした。
「どうじゃ。悔しかったら、貴様も木を踊らせてみよ」
「ほぅ。ならこれはどうだ」
エルフが指を鳴らすと、木々が揺れ動く。葉と葉が擦り合わさる音がする。いつしか、それは旋律となり、音楽となる。その音楽に合わせ、霜の小人はさらに踊りを続ける。
「ほれ、貴様らも飲んで眺めるだけでなく、何かせい」
雪女の視線の先には山伏姿の青年と着流し姿の青年が仲良く酒を呷っていたいた。
「ん? 竜巻でも起こそうか?」
「やめて。うちが壊れる」
山伏姿の青年――こちらは天狗なのだが――の申し出にエレミナは冷たく言い放つ。
「大丈夫。壊さんようにする」
「信用できないわよ」
「ふむ。では、ないのう。鬼の。何かあるか?」
天狗は隣に座る着流し姿の青年に顔を向ける。
「今日は一発芸用の動物の皮を持ってきてないからな。のう、何か革製品ないか?」
「そうそうあるわけないでしょ。というか、あんたなら動物の皮がなくても変身できるでしょ」
「再現度が変わる」
「はは、良く言う。牛の皮を被って待ち伏せしておきながら、斬られたくせに」
天狗の笑いが木霊する。
「だからこそだ。今なら騙せるが、まあ、奴はとっくに死んだしな。つまらん」
「なんじゃ。貴様らは特になしか。おい、ドワーフ。あれを見せい。せっかくの音楽と踊りじゃ」
「ん? ああ、あれか。構わんぞ」
「お、やるのか」
「うむ。おい、エルフの。迷宮からワシの槍を出してくれ」
「ああ」
エルフが指を鳴らすと、また木々が動く。いくつかの枝が幹に向かい、幹に触れる前に空中で消える。消えた部分が円状に広がり、銀の穂先が現れる。ゆっくりと突きだされる槍の柄を握る腕が現れ、次に赤い髪が現れる。槍とともに自分の身長ほどの棺桶を背負った少女が落ちてきた。
「いったぁ」
顔から落ちて痛みに悶える少女を見下ろし、エルフが一言。
「あ。忘れてた」
「ちょっと! ひどいじゃない! ちゃんと起こしてって言ったわよね!」
釣り目がちな紅い瞳が印象的な端正な顔立ちを、涙目で台無しにしながら少女は叫ぶ。だが、その叫びを気にする者は誰もいない。
「おい、雪女。お前の足元で冷やしてるワイン寄越せ」
「これか、ほれ」
「あいた! 雪女の姐さん、俺の頭は机じゃないっす」
頭を押さえながら抗議する。
「そんなところでいつまでもうずくまってるのが悪いんじゃ。これをやるから許せ」
はだけた胸元から取り出されるアイスキャンディー。それを受け取り、若者は口に運ぶ。
「うーん、やっぱ、普通のと変わらないっすね。あ、太ももで冷やすとかどうっすか?」
「ふむ。いい案じゃが、絵的にまずくないか?」
「おっぱいに挟むのも大概っすよ」
「ちょっと! 私を無視しないでよ!」
完全に無視されている赤い髪の女が叫ぶ。口を開くたびに、八重歯というには鋭い歯……つまり、牙が覗くが、今更そんなものを気にする者はここにはいない。
「なんじゃ、貴様も何か飲むか?」
「あ、じゃあ、そこのワインの瓶とって。今、性悪エルフに渡したのは別の奴」
「これか。ほれ」
「ありがとう」
渡された酒瓶をグラスに注ぐことをせず、そのまま瓶の口から直接呷るように飲む。勢いよく注ぎ込まれた酒は口から溢れ、胸元が開けた服の上に零れる。ごくりと喉元を通り過ぎようとしたところで、動きが止まる。
「ごふっ。げほっげほっ。ちょ、な、ごほっ」
喉元を通り過ぎるはずだった酒を吐き出し、女は盛大に咳き込む。口元を濡らし、あふれ出た酒は豊かな胸に零れ落ちる。
「もったいない」
「もったいないじゃ。げほっ。何よ。ごほごほ」
「それ、ワインじゃなくてウォッカじゃからな」
「な。ごほっ」
「ああ、大江の酔っ払いが来た時用の酒だな。しかし、吸血鬼ともあろうものが、その程度でむせるとは。同じ鬼として情ない」
「うるさい」
むせたせいか、またも涙目になりながら吸血鬼の少女は叫ぶ。
「というか、本当にあんたたちは宴会やってんのよ」
あまりの出来事に呆気にとられていたエレミナだが、ようやく口を挟む。
「あ、打ち上げっす。ここのお祭りが昨日までだったので」
「ああ、そういうこと。どっか店でやれ」
お祭りで屋台を出していた連中が飲んでいただけである。飲んでいる理由は理解したが、ここでやる理由は理解できない。
「いやあ、屋台の余り物を処分したくて。あ、食べます? って冷めてるっすね。温め直さないと」
「温めるなら、そこの吸血鬼の小娘が得意じゃろう。ほれ、やれ」
「へ? 何? 私?」
グラスに注がれる赤ワインに夢中で、雪女の言葉を一切聞いていない吸血鬼は問い返す。
「ほれ、一発芸じゃ。貴様の魔眼で温めい」
「私の魔眼は電子レンジじゃないし。一発芸なら、蝙蝠に変身するとかあるし。そうだ、この前図書館で読んだ図鑑に載っていた蝙蝠に変身しようか」
「あ、ダメっす。鬼の旦那の馬とか牛とかはわかりやすいんすけど、吸血鬼の姐さんの蝙蝠はマニアック過ぎてわかんないので面白くないっす」
「……」
若者の言葉があまりにショックだったのか、吸血鬼の動きが止まる。手に持ったグラスに注がれた赤ワインが微動だにしない。
「あはははははははは」
良く言うた、良く言うたぞ、と笑い声の後に言葉が続く。最早、誰が言ったのかがわからないくらいに笑い声が響く。
「……あ、うん……そっか……こうなりゃ、自棄よ」
叫ぶや否やグラスを呷る。
「やればいいんでしょ、やれば!」
吸血鬼の両の瞳が赤く輝く。その瞬間、ボッと音がして焼きそばやらお好み焼きやら、そこにあった食べ物は全て消し炭になった。
「……吸血鬼の姐さん、食べ物を粗末にしちゃダメっす」
「ごめんなさい!」
「罰として、これでもつけておれ」
雪女が吸血鬼の首に何かをかける。ちょうど胸の前に位置する板にはこう書かれていた。
『私は食べ物を粗末にしました』
「いい気味だな、吸血女」
「うるさい!」
「さて、じゃあ、吸血鬼の姐さんが食べ物を燃やしちゃったので、新しく作るっすね」
「じゃ、炭に火をつけるわね」
「消し炭にするなよ」
「炭を消し炭にはしないわよ!」
そう言うと、傍らに置いてあったバーベキューコンロの炭を魔眼で燃やす。
「なんで炭なのよ……ガスはどうしたのよ……」
「それは屋台と一緒に片付けたっすねー」
慣れた手つきで料理の準備をしながら、若者が答える。
「天狗の旦那、ちょっと風くれません?」
「いいぞ。こんなものか」
「おお、ちょうど良いっす。流石ですね」
「まあな」
火の入れた炭に風を送り、火力を強める。若者が料理をしているのを横目に、
「さて、一発芸じゃが」
「戻るのか」
「吸血鬼の小娘、はようやれ」
「なんでよ! もう……あ、あったわ」
何かを思い出したかのようにポンと手を叩く。
「最近、使い魔経由で魔眼が使えるようになったのよ」
凄いでしょ、と得意げな吸血鬼だが、
「なんじゃと。つまり、妾の店で火事が起きたら、貴様のせいか」
「放火なんてしないわよ!」
雪女の言葉は厳しい。
「というか、あんたたち、私の使い魔を電話代わりに使ってるでしょ!」
「便利だからな」
「そうじゃなくて」
「あ、使い魔の猫なら、やっと懐いてくれたんすよ。この前、ミルクを飲んでくれたっす」
「何してんの、私の使い魔ー!?」
各地、というか、ここにいるメンバーの家の近くに放っている使い魔の扱いに頭を抱える吸血鬼。だが、そんな吸血鬼の悩みはまたもや無視される。
「つまり、貴様は一発芸もしない。酒も持ってこない。料理をしないどころか消し炭にする。貴様、何しに来たんじゃ?」
冷ややか、と言うには冷たすぎる瞳が吸血鬼を刺す。
「うわーん、雪女がいじめるー! もう、棺桶に引き籠るー!」
背中に背負っていた棺桶に手をかけたところで動きを止める。
「あったわよ、一発芸!」
「お、なんだ?」
ひたすらに酒の飲みあいをしていた鬼が反応する。
「ふふん、聞いて驚きなさい。棺桶からミサイルが飛ぶ!」
「は?」
何を言ってんだお前、頭湧いてんのか、という表情で吸血鬼を見るのはエルフ。
「ホントよ。最近は棺桶からミサイル飛ばしたり、棺桶の中にライフルを隠したりするのがブームじゃない。私もやってみたのよ。ほら、昔、河原で寝ている時に棺桶ごと川に沈められたことあったし……おかげで流れる水に耐性はついたけど」
「あったなあ。けし掛けたの、陰陽寮の長官じゃろ。やったのはここの先代じゃったっけ」
「え、お父さん、何してたの」
「いや、嬢ちゃんの爺さんのガキの頃だろ」
「それより前じゃろう」
「そんな前か?」
「え、お父さんにしろ、お爺ちゃんにしろ、何してたのよ」
「ガキの頃じゃしな」
「本当にいつの話よ」
「良く覚えておらん。まあ、50年100年くらいどっちでもいいしな」
「あ、ああ、あんたたちだとそんな感覚なのね」
人間の寿命に比べて圧倒的に長い種族の時間間隔なんてそんなものなのかもしれない、とエレミナは思う。
「……復讐代わりにこの神社焼いていい?」
エレミナの感傷もなんのその。吸血鬼は吸血鬼で平然と恐ろしい事を言い放つ。だが、それを許すエレミナでもない。
「もしもし、陰陽寮ですか。吸血鬼がうちを燃やすとか言ってるのですが」
懐から取り出した携帯電話を耳に当てて、平坦な声で電話する。
「あーー! 冗談! 冗談だから!」
慌てふためく吸血鬼をよそに、
「冗談よ」
同じく冗談だと返すエレミナ。
「そうそう、陰陽寮と言えば、あんたら土蜘蛛見てない?」
「いや、最近は見ておらんのう」
「知らんな」
「土蜘蛛さんって、あの男か女かわかんない、すっげぇ綺麗な顔した人っすよね? あの人も名前を教えてくれないんっすよね」
「本人も土蜘蛛としか名乗らないからいいんじゃない」
「きっと忘れてるのよ」
「お主じゃあるまいし、それはないだろう」
「覚えてるわよ!」
「ほう、では、名乗ってみよ」
「あんたたちに名乗る名前なんてないわよ!」
「やはり、忘れているな」
酒も入っているのか、誰も彼もが好き勝手に口を開く。ただ一人、天狗だけは鳥居のある方向を見て、
「おい、いるのはわかっているぞ」
すると、誰もいなかったはずの場所に人影が現れる。手に持った布らしきものを日よけにしているが、その背中まで伸びた金の髪が陽光を反射して輝いている。
「おや、バレたか。あの小僧の魔眼ですら見つけられなかったはずなんじゃが。やはり、貴様の千里眼は格が違うという事か」
「ふん。何しに来た酔っ払い」
「酒を飲みに来た。それ以外に何があるか」
そう言って、近づいてくる。女の姿をしているが、纏っているのは着流し。朱のように赤く紅い。その豊かな胸を見せびらかすように、胸元ははだけている。
「酒が飲みたければ、その粗末なものをしまえ」
「相変わらずの巨乳嫌いよのう」
「で、本当に何しに来たのよ。手に持ってるのはコート? この暑いのに」
そして、件の酔っ払いが手にしていたのは白いコート。
「うむ。これは土蜘蛛と組んで作った特注品だ。人間にやったのだが、いろいろあって、儂の手元に戻ってきた」
「また碌でもなさそうなものを」
「何、ちょっとかくれんぼがうまくなるだけだ」
「はぁ?」
何よそれ、とエレミナは思う。そんな子供の遊びのために、どれだけの技術を費やしているのか、と。
「それで、土蜘蛛の居場所じゃったか?」
「そうよ。知ってるの?」
「うむ」
そう言って右手を差し出す。
「何よ」
「貢ぎ物じゃ。最近の若いのは物を知らんのか?」
「いや、どっちかというと、うちがお供え物を貰う方でしょ」
「出さんと言うのなら良いが、儂は鬼だぞ。代償は高くつくかもしれんぞ」
ニヤリと笑う。
「はぁ。いいわよ。ちょっと待ってなさい。貰い物で誰も飲まない蒸留酒があったはずだから」
手を振って母屋の方に歩き出すエレミナ。それを眺めて、
「それまで暇じゃな。儂にも何かくれんか」
「じゃあ、このワインあげる」
吸血鬼が押し付けたのは、ウォッカが入っているワインの瓶。先ほど、自分がやらかした事の再現を目論んだが、
「ほう、ワインとな。嘘をつけ、酒気でわかるわ」
そう言いながらも、受け取った瓶を直接口につけて、一気に呷り、
「喉を焼くかのような感覚。なかなか悪くないのう」
平然と飲み干す。
「鬼ならこの程度飲み干せて然るべきだな。のう?」
「うぐっ」
挑発的な視線を向けられるも、言い返せない吸血鬼だが、
「あ、そうだ。棺桶からミサイル出るようになったのよ。見せてあげる」
「話を逸らしたな」
「うっさい。いくわよ」
棺桶を担ぎ上げ、空に向ける。
「どうでも良いが、寝ている間にどうやってミサイルを撃つんじゃ」
「バカだから気づいておらんのだろう」
「そこ! 聞こえているわよ!」
その言葉と同時に、ドン、という音がして棺桶から火の玉が飛び出す。パン、という音とともに空に大輪の華を咲かせる。花びらが舞い散るように、パラパラと音を立てて火花が落ちてくる。
状況を理解できない吸血鬼は空を見上げてただ一言。
「はい?」
「花火じゃな」
「花火だな」
「なんでまた」
「どうせまた騙されたんだろう」
「なんでよー!」
我に返った吸血鬼はさらに連射する。青空に広がるは華。響き渡るは爆音。何度やっても打ち上げ花火が、ただただ咲き誇るだけだった。
「でも、昼に打ち上げ花火って、あんまり風情がないっすね。やっぱ夜じゃないと」
「……うわーん!」
その声を受けて、さらに連射される花火。完全にやけくそである。
「貴様、一応、妾達も気を使って言わなかった事をあっさりと」
「怖いもの知らずじゃな」
「え、なんかまずかったすか?」
「いや、あのバカには良い薬じゃろうから、もっと言ってやれ」
「うるさーい!」
「って、やかましいわ! なんで昼間から花火なんかやってるのよ!」
吸血鬼にさらに追い打ちがかけられそうなところで、エレミナが戻ってくる。その手には酒瓶が数本握られている。
「まあ、いいわ。ほら、これでいいでしょ。いつのか知らないけど」
そう言って、金髪の女に酒瓶を投げつけた。
「ふむ。まあ、良いだろう。土蜘蛛の奴なら、大陸の方に行くとか言っておったぞ。良い絨毯を見つけたとかなんとか」
「また? そんなお金、良くあるわね」
「あ、飛行機でしょ。でも、意外と安かったわよ」
「え、結構な額よ、あれ」
花火を撃ち終えた吸血鬼が会話に混ざってくる。
「欧州に用があった時に、ちょうど土蜘蛛も行くからって一緒に連れて行ってもらったけど、そんなに飛行機代請求されなかったわよ」
「最近は安くなっているみたいだから、そんなもんなのかしら」
「棺桶で眠っている間に着いちゃったし。いいわよね、飛行機。ベルトコンベアって言うの? 到着したら、出口近くまで動く床で運んでくれるあれ」
その時の事を思いだしながら、吸血鬼は楽しそうに話す。あまりにも楽しそうに話す為、貨物扱いで運ばれたのでは、という疑問を誰も口に出せずにいた。
「ま、まあ、本人が気にしてなかったらいいのか」
「え、私、何か変なこと言ってる?」
「いや、気にするな。ほれ、飲め」
「あ、ありがとう」
グラスに注がれた透明な液体を飲み干していく。
「いっぱい食ってください」
さらに、焼きそばやらお好み焼きやらを渡される。
「あ、うん。どうしたのよ、急に」
「ほら、あれじゃ。一発芸の花火が綺麗じゃったしな」
「え、あ、そう? ふふん。やっぱり、私の目に狂いはなかったわね」
いや、狂いしかないが、という言葉を抑え込み、エルフは呟く。
「単純で良かった」
「そういえばさ、あんんた、うまくいってるの?」
何の脈絡もなく、吸血鬼がエレミナに問いかける。
「うまくって、何の話よ」
「え、男よ。男。あんた、男いるでしょ?」
「ほう、詳しく」
いくつになっても恋の話は好きなのか、雪女が食いつく。
「いや、いないわよ。誰の話よ」
「え、陰陽寮のあの黒髪。あんたの男じゃなかったの?」
「あ、あの人っすか。昔、助けられたことがあるっすね」
「ああ、あやつか。付き合ってなかったのか?」
「え、ああ、もしかして、あいつの事? なんで付き合ってる事になってんのよ」
誰の事か、ようやく理解したエレミナが声を荒げる。
「私とあいつはそんな関係じゃないから!」
「好きなんでしょ」
エレミナの否定を物とせず、吸血鬼はあっさりと踏み込んでくる。
「いや、だから」
顔を赤くして、否定しようとするが、
「いやいやいやいや、なんじゃ、貴様もそういう恥じらいがあったのじゃな」
ニヤニヤと雪女が楽しそうに笑いだす。
「いや、妾は嬉しいぞ。娘がやっと色を知る年頃になったみたいでなあ」
「うるさいわ。保護者面すんな」
「お前の親父さんに頼まれてるからな。諦めろ」
「もう、お父さん、何を頼んだのよ!」
「あ、それは秘密」
「まあ、どうでもいいじゃろ。で、あやつのどこが好きなんじゃ。ほれ、言ってみい」
「あーもう!」
「告白はまだなのか?」
「してないし、しないわよ。だって、あいつ、あたしからしたら凹みそうだし」
「そんなこと言ってると他の女にとられるぞ」
「え、いや、そんなはずはないし」
「どっから来るのよ、その自信」
「吸血鬼の姐さんにはいわれたくないっすね、それ」
「どういうことよ!?」
こうして、宴は続いていく。
気が付けば、西の空は茜色に染まり、東の空は暗闇に染まりつつある。吹く風も生ぬるさから、幾ばくが涼しさを感じるものになりつつある。宴の終わりを告げるように、夕陽が境内を照らす。黄昏の時間は、どこか人を感傷的にさせる。そして、感傷的になるのは人だけではない。
「のう、恨んでおるか?」
「なんでよ?」
「妾達が力を貸せば、貴様の父親、ここの先代が死ぬこともなかったろうに」
雪女にさっきまでのふざけた雰囲気はなく、いたって真面目な声だった。
「お父さんは、お父さんの考えに従って格好つけて死んだだけよ。あんた達を恨むのはお門違いよ」
そこで一度止め、
「それに、あの時は人間同士、もっと言えば陰陽寮の内乱じゃない。恨むならそっちでしょ。あんた達は人間同士の戦いには介入しないんだし」
「そうか。そうじゃなあ」
少し遠くを見る雪女。1人を除いて、他の者も同じように、遠くを見る。
「むしろ、あんた達が手を貸してくれた、この前のって言っても数年前ね。そっちの時の方が驚きよ」
「ふ、あれか。あれはまあ、気紛れじゃ。ここが無くなっては商売あがったりじゃからな」
「そう。じゃあ、これからも守ってね」
「稼がせてくれたらな」
言葉とは裏腹に、雪女は優しく微笑む。
「はいはい」
エレミナは雪女に背を向け、適当に聞き流す。
「あ、そうだ、あんた達」
そう言って振り向いた時には、そこには誰もいなかった。塵一つ落ちていない境内が目に映る。
(勝手に来て、勝手にいなくなるんだから)
掃除はせずに済んだけど、と地面に置いてあった箒を手に取る。
(今日の夕飯はどうしよう。お母さんはしばらくいないし。今から買い物に行って作るのもなあ)
母屋に向かって歩いている途中、懐の携帯電話が震える。着信相手の名前を見て、エレミナの頬が自然と緩む。当人は気づいていないが。
「何の用? え? 夕飯? それは逢引の誘いかしら? あら、残念。うん、そう言う事。じゃあ、迎えに来なさいね」
電話を切って、足取り軽く母屋に向かう。
「良い1日じゃない」
東の空から昇りだした月が優しく輝く。
エレミナ・フォルツテンド
人間の血が濃い混血種。巫女。弓使い。栗色の髪を背中まで伸ばした女性。釣り目がちな瞳が表す通り、勝気で勇ましい。胸は小さいが、弓の邪魔にならないから良い、と本人はまったく気にしていない。それがエレミナ・フォルツテンドという女性。なお、とある種族の血が少しばかり濃かったため頭を抱える事になるが、それはまた別の話。
特にキャラ設定を考えずに書いていったのですが、気が付いたらご覧の結果です。なぜ雪女が偉そうなのか、なぜエルフの口が悪いのか、なぜ吸血鬼が弄られキャラなのか。本当になんでこうなったのかわからない。
でも、酒の席の話って難しいですね。テンポ優先で書きましたが、おかげで、「何飲んでるの?」「これか。飲んでみるか?」「俺もいいか?」というような会話を、他の会話の合間合間にしているはずなんですが、それを書き込める余地がない。悲しい。
今回の登場のキャラに関しては、時系列的に200年くらい後なら、リーテスあたりと一緒にレギュラーキャラとして活躍しているのかもしれない。