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 物心ついた頃から見ている夢がある。


 暗い「海」の中で微睡んでいた「彼」は突然感じた衝撃に覚醒した。


『……二つ身にならん限り始末できんか』


 初めて聞いた低く艶やかな美声。


『この子を失ったら私は生きていけない。体は死ねなくても心は死ぬわ』


 高く澄んだ綺麗な声。


『いやあ――っ! 吾子――っ!」


 その場に蹲り泣き叫ぶ美しい少女。


 泣かないで。


 夢の中で何度も「彼女」に語りかけた。


 けれど、これは夢だ。


「彼」の声は「彼女」には届かない。


 泣き叫ぶ「彼女」の姿が遠くなる。


 夢でなく現実で「彼女」に会いたい。


 もし、会えたなら、その時は――。





 ゼドゥ国王宮の広間、そこで生きている人間はウィルこと王太子ウィリアムだけになった。


 突然現れた、たった一人の魔族により父である国王ジョナサンは、どこかに連れていかれ、ウィルを守ろうとした重臣や兵士達は残らず殺されたのだ。


 重臣や兵士達は一撃で殺したのに、ウィルだけは傷つけるだけで止めを刺そうとはしない。


(……嬲り殺しにするつもりか?)


 魔力で動きを封じられ見えない風の刃で全身が傷つけられる。だが、どういう訳か顔と急所以外は外されているのだ。


 尖った耳、長く真っ直ぐな漆黒の髪、切れ長の黒い瞳、それらを引き立てるような白磁の肌、均整のとれた長身、ウィルが今まで見た中で一番美しい男だ。


 尖った耳、黒髪黒目、美しい容姿は魔族の証。


 外見年齢こそ二十代くらいだが、様々な経験を積んだ者のみが持つ重厚さを宿した瞳が彼が見かけ以上に生きているのを知らしめている。


 魔族が誕生したと言われるのは約二百年前。その頃に生まれた魔族は未だ生きていて、その外見も変わっていないという。不死かどうかは解明していないが少なくとも不老なのだ。


 二百年前に誕生した魔族は国々を侵略し、とうとう残ったのは、このゼドゥ国だけだ。


 国を侵略する際、魔族は王族と重臣達を殺す。そうやって、新たな支配者が自分達魔族だと民に知らしめているのか。


 王太子であるウィルを見逃すとは思えない。


 ……たとえ、この体にゼドゥ国王家の血が流れていないとしてもだ。


 十八年、王太子として生きてきた。対外的にはウィルが王太子なのだ。


 ――王太子として生き、そして死ね。


(……俺が王太子として死ぬのは、お前のためじゃない)


 物心つくかどうかというウィルに冷たい顔で言った国王の顔が思い浮かぶ。


(……俺を王太子と信じ俺を守ろうとして死んだ臣下達のためだ)


 周囲にはウィルを守ろうとして死んだ重臣や兵士達の死体がある。


(……現実で貴女に会いたかったが、どうも無理そうだ)


 物心つく頃から何度も見た夢。


 あれは、ただの夢ではない。


「彼女」は現実に存在している。


 顔と急所を外されているとはいえ全身を傷つけられ、かなり出血したウィルの意識は闇に呑み込まれそうになる。


 霞んでいく視界。


 目の前には美しすぎる魔族の男。


(……どうせなら、最期に見るのは貴女の笑顔でありたかった)


 泣き叫ぶ「彼女」に何度も「泣かないで」と語りかけた。


 だが、あれは夢、いや過去に起こった出来事だ。ウィルの声は「彼女」に届く事はなかった。


(……俺がこの世から消えたと知ったら、貴女は、また泣き叫ぶだろうか?)


 どうか泣かないでほしい。


 俺は十八年貴女の傍にいなかった。


 そんな俺の事など忘れて、どうか幸せになってほしい。


「私はセバスチャンだ。憶えておけ」


 ふいに魔族が名乗った。


 ウィルの遠ざかろうとする意識に衝撃が走った。


「……お前!」


 この声を知っている。低く艶やかな美声。


 忘れもしない!


 俺の最初の記憶だ!


「……お前、彼女と、どういう」


 係わりがあるんだ? と訊く前にセバスチャンと名乗った魔族の優美な手がウィルに向けられた。そこから何らかの魔力が注ぎ込まれたらしくウィルの意識は今度こそ完全に闇に呑み込まれた。


 意識がなくなる直前、こちらに駆け寄ってくる黒髪の少女の姿を見た気がした。


 あまりに「彼女」の事を考えていたせいか、その黒髪の少女の顔が「彼女」と同じに見えた。



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