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「私の子を返して!」


 産婆代わりの修道女は、イレーヌが産んだばかりの赤ん坊を母親である彼女に見せもせず、いつの間にか室内にいた少女に渡そうしている。


 産後の体は動くのがつらいが構ってはいられない。イレーヌは我が子を取り返そうと同じ年頃の少女に駆け寄った。


 だが、それを阻まれる。これまたいつの間にか部屋にいた長身の青年が少女とイレーヌの間に立ちはだかったのだ。


「この子は今日から、わたくしの子よ。この子だって父親が誰か分からない子を産んだ下賤な女が母親より、このゼドゥ国の王妃であるわたくしのほうがいいに決まっているわ」


 勝手な事をほざく王妃をイレーヌは青年越しに冷たい視線を送った。


「……この国の王妃は妊娠中で、そろそろ産み月に入るはず。でも、今のあなたを見ると、そんな様子はない。あなたが王妃だというのが嘘なのか、妊娠が嘘なのか、妊娠しても流産か死産だったのね」


 自らを王妃と言った少女の体はすらりとしている。彼女が王妃だったとして、妊娠が嘘、もしくは出産した後だからだろう(その場合は十中八九、流産か死産だっただろうが)。


「でも、周囲にそれを言いたくないから、両親の素性が分からない赤ん坊を奪って自分の子と偽るつもりね」


 まさか見抜かれているとは思っていなかったのか、王妃は息を呑んだ。


「あなたの事情など、どうでもいい。その子は私の子。誰にも渡さない」


「安心しなさい。大切に育てるわ。この国の後継ぎとしてね」


「……だったら、余計に、その子は渡せない。このゼドゥ国は人間が治める最後の国よ。いずれ必ず魔族が滅ぼしにくるわ。その際、魔族は国の中枢にいる人間を全員殺す。私の子が、それに巻き込まれるなど冗談じゃないわ」


「馬鹿な事を言わないで。魔族などに我が国が滅ぼされるはずないじゃない」


「私もそう思っていたわ。お父様が騎士団が国を守ってくれると。でも、結果は、たった一人の魔族に滅ぼされたわ」


「お前の祖国などと一緒にしないで。陛下が治める我がゼドゥ国が魔族などに負けるはずないじゃない」


「……人間がいくら集まっても魔族には……少なくとも『彼』には勝てなかった。たった一人、私が生き残って……死ぬ自由すら許されなかった」


 過去を思い出すような遠い眼をしていたイレーヌだが、次の瞬間、王妃を睨みつけた。


「……その子は、そんな私に唯一残された希望。誰にも渡さない」


 絶世の美少女であるイレーヌが睨むと、かなりの迫力だ。


 王妃もどこか迫力に押されているようだったが気を取り直して青年に命じた。


「ダーソン。この女を始末して」


「待ちなさい!」


 追おうとするイレーヌの前に青年、ダーソンが剣を突きつけた。


「……私を殺すの?」


 部屋にはダーソンとイレーヌしかいない。おまけに、この部屋は修道院の離れにある。最初から赤ん坊を産み終わった彼女を殺すつもりだったのだ。どれだけ叫んでも声は届かないだろうし、何より王妃が首謀者である以上、助けは期待できない。


「王妃様の命令だ。悪く思うな」


「……殺されそうになっているのに、そう思えるわけないでしょう。馬鹿なの?」


 この状況にそぐわない落ち着きを見せるイレーヌにダーソンは怪訝そうな顔になった。


 数ヶ月前の全てを失った出来事がイレーヌを変えた。これくらいでは、もう動じない。何より、絶対に殺されない自信(・・・・・・・・・・)があるからだ。


「一応警告するけど、死にたくないなら私に手を出さないほうがいいわよ」


「何を言っている?」


 当然ながらダーソンはイレーヌの言葉を鼻で嗤った。


「なぜ、私が修道院にいるのか、それをよく考えたほうがいい」


「はっ、どこの馬の骨ともしれない男の子供を産むためだろう」


「……それもあるわね」


 確かに、女性が修道院に駆け込むのは、人には明かせない理由での出産のためだったり、夫の暴力から逃れるためだったりする。


 だが、この二百年、女性が修道院に駆け込む理由で最も多いのは――。


「……馬鹿な」


 イレーヌを殺そうと振り上げた剣が、まるで剣自身の意思のようにダーソンの手を離れ彼の心臓を刺し貫いたのだ。


「だから、言ったでしょう? 私に手を出さないほうがいいと。私の警告を無視したあなたが悪い」


 床に倒れ込んだダーソンを見つめる表情に驚愕はない。まるで最初から、こうなる事が分かっていたというように淡々としている。


「……お前は、いったい」


「私? 私はイレーヌ。魔族に全てを奪われた女よ」





 







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