第十話
ひとーつ
茶道部にて一息・・・をつこうとしたが、葵さんはすんごい速さで仕事を終わらせたようで、緑茶とお饅頭を頂いて一口齧った所でやってきた。茶道部の部員たちとは挨拶くらいしかしていない。
「ちょ、先生早くないですか!?」
「これでも私は仕事を事前に全部済ませるタイプなんだ。君らのテストの採点もほぼその日の内に終わらせてるんだぞ?というわけで、とき君お待たせ。」
(うそつけ!前の中間の時に「あー、採点まだ終わってないので次回返しまーす」とか言って1週間延ばしたじゃねーか!)
葵さんが来るまで見学という約束だったので急いでお饅頭を食べて席を立った。
「茶道部の皆さんお邪魔しました。」
「あぁ・・・」
「また来てね!うちはいつでもウェルカムだから!」
「さー、とき君!夕飯の食材でも買って一緒に帰ろうか!」
「また機会があればお邪魔します。今日は何を食べましょうか?」
葵さんはやたらと《一緒に帰る》ことを強調しているように感じたが、これまでの葵さんの反応から考えるに僕と一緒に移動することが嬉しいようなので気にしないことにした。
僕の中の常識でも仲睦まじい夫婦が共に行動することは普通であり推奨されむものとある。
僕と葵さんは茶道部の部員たちに見送られながら帰路に着いた。
「あのクソ教師、セクハラ噂立ててやろうか」
「とき君に愛想尽かれろ」
「とき君を残して昇天しろ」
「ふぅ・・・」
「お疲れですか?」
「ちょっとだけね」
とき君が例の転校生だとは思ってなかったしね。正直、厄介事を押し付けられたと思っていた。生徒たちからすれば希望の星な美少年は、私達教職員にとっての死兆星なのだ。
まず、男子生徒の内ちゃんと学校に来るのは全学年のうち1割いるかどうかである。そのうち1人が美少年だったらその学年は万馬券だ。二人以上いたらその学年の主任は事あるごとに舌打ちされるだろう。
そして、残りの学校に来ない9割の生徒には、月1で三者面談しに担任が向かうことになっている。大抵において、ゴミを見る目と敵を見る目を向けられる羽目になる。何も出来ないってわかってるんだからそういう目向けんのやめろ。
以上より、クラスに男子生徒が多いクラスの担任は基本的に仕事が増える。なんなら不信感と嫌悪感を全力で向けてくる生徒が多いと心労で倒れる。現代の教師業界の闇である。
いやまあ、学校に来る生徒の中にも嫌悪感丸出しな生徒はいるのだが、授業を受けに来てくれているという事実から来る幸福感が少し上回るので全然気にならないのだ。
とき君みたいな超絶慈愛美少年なんて、全国的に見てもレッドデータではないだろうか。
「つまり、私のとき君は再臨した神である。」
「葵さん?」
「いや、なんでもない。前行ったスーパーでいい?」
「はい。葵さん疲れているみたいだから、お肉とかがセール品だといいんですけど・・・」
別にとき君が欲しいなら高級肉でも取り寄せるけど、家計を考えてくれるとき君も可愛いので言わないでおく。
買い物を済ませて家に着き、それぞれラフな格好に着替えた。
「それじゃあ、今日はお魚焼きますから臭かったら言ってください。」
「なんか手伝いいるー?」
「いえ、特に無いのでテレビでも見ててください。」
「はーい。」
セール品の鮭を買ってたからそれね。しかし、テレビでも見ててと言われても・・・あ、いつもの金持ち番組だ。
億万長者な金持ちの家にお宅拝見しに行き、ついでに金持ちの夫を自慢されるというヘイト稼ぎのためにやっているような番組だ。
まあ、最初の内は会社倒産して破産手続き踏めとか呪ったりするが、途中からはどうすればこんな生活を送れるようになるのかとか、夫の仕草から夫婦仲はどうなのかを邪推したりし始める。その結果、意外と長く続く番組になった。
「ま、あんたらの夫より私のとき君の方が遥かに良いんだけどね。」
「葵さん呼びましたかー?」
「いいや!呼んでないよ!」
「では、食卓に運ぶの手伝ってくださーい。」
「はーい。」
「それでですね、皆が・・」
「うんうん」
夕飯を頂きながら、とき君からクラスのアホどもがどう接してきたかを聞いた。
とりあえずあいつらがやらかしてなくて安心した。もし早速セクハラしてきたなどだったら問答無用で成績を1にするところだったが、特になさそうなので全員まともにつけてやることにした。
しかし、早くも第二夫人の地位を狙うやつが出るとは思わなかった。普通の男子に対して初対面で「第二夫人にしてください!」と告白したら最悪獄入りもある。それだけとき君の優しさを奴等が理解したということだろう。
「あ、それでですねー」
「なるほどー」
さて、とき君は第二夫人を認めるのだろうか?とき君は私が七夕で願った結果私の夫として来たが、他の女から結婚してくれと言われたらなんて答えるのだろうか。わたしの夫になるために来たとき君は私以外の夫になるのだろうか?
「・・・?やっぱりお疲れですか?」
「ふぇ?あ、いや、ちょっと思考の海にね」
「それでも、食事中にそこまで考え込むということは何か重要な事だと思うんですけど・・・」
「そこまで重要でも無いから大丈夫だよ。」
いきなりこんなこと相談したらとき君に嫌われかねないしね。
「そうですか。あ、今日はどっちからお風呂入りますか?」
「とき君先でいいよ。昨日は私が先に入ったし。」
「わかりました。では、お先に頂きます。」
「いってらっしゃーい」
・・・夫の下着の匂いを妻が嗅いでも問題ないわよね?
「!?ふん!」
己の愚かな邪念を追い出すために己の頬を打つ。
何を考えているんだ。妻であっても夫の下着を本人の許可なく嗅ぐのは犯罪に決まってるだろう!
確かに家の中だから誰にもバレないだろうし、とき君だったらなんやかんやで許してくれそうではあるけども!
こういう小さい不快感や好感度の低下が不仲を招くと、私は乙女ゲーで習ったろう!
匂いを嗅ぐのは寝るときにでも出来る・・・出来るんだ・・・煩悩よ我が内から消え去れ・・・!!!
「キエエエエエエェ!!!」
ドン!
「どうしたんですか!?」
「いえ!何でもありません!」
隣の部屋から壁を叩かれて、とき君に心配されました。
早くとき君の存在に慣れないと追い出されかねないなぁ・・・。