私はミケ。
私はミケ。ノラ猫の子。4匹兄妹の3番目。
生まれてから間もなくこの家にやって来た。
私のご主人は男性。独り身。少し膨よかな体型、おおらかな話し方、メガネをかけてる。そしてよく私に話しかけるの。名前は房助さん。
ぼうすけさんは片付けが苦手でなんでも放りっぱなしで出て行くことが多いの。
でも、私が来てからそれも少し直ったかしら..?
私はこの家に来たばかりの頃よくぼうすけさんの膝の上で暖かくて柔らかなタオルに包まれながらミルクをもらったのを覚えているわ。
そしてぼうすけさんの新しい仕事が決まった時、お隣に住むこのアパートの管理人さんが房助さんの開けたままの部屋に来てよく世話を見てくれたのよ。
私はその時に人の温かさと優しさを感じていつか人間に恩返しをしたいと考えるようになったわ。なるべく人間に気に入ってもらえる形で恩返しをしたいと思っているの。
残念ながら、私たち猫の恩返しが必ず人に気に入ってもらえるわけではないのよね?例えば家の前にネズミを置くとか..。前に一度テレビでみたわ
とにかく私は早く人間のことばを覚えたいの。
まずは人の言葉を覚えようとして人間観察が始まった。それでなんでも人の言葉には耳を傾けるようになったのよ。だから、ぼうすけさんの小言は何より勉強になるわ。
話は変わるけど私に名前をつけてくれたのは紛れもなく飼い主のぼうすけさん、では無くそのお友達のアキさんだった。
その前は私にまだ名前が無くて飼い主の房助さんは私の名前をずっと考えていた。
この家に来た経緯はぼうすけさんが近くの公園で弱っていた私を拾っていろいろ世話してくれたの。
雨が降っていてとても寒い日だったわ。
雨が突然降り出した夜、誰もいない公園の片隅にいた私は寒くて明かりのついた自動販売機の下で小さくなっていたの。
すると近くで自転車の止まる音がして見るとぼうすけさんが立ったまま私を見ていた。
気がつくと暖かい部屋に濡れた私を拭くタオルの音が聞こえて房助さんは私に生温いミルクをくれたわ。
話は戻るんだけど、私に名前をつけてくれたのはアキさん。
ある日曜日、ぼうすけさんはついに私の名前を発表したわ。
あれはこの家に来てから5日目の朝だった。
いつものようにテレビは付けっ放してぼうすけさんはアパートの外の階段の上に私の入った小さなダンボールを置くと道路に止めた自転車をいじりながら思いついたように私に振り返って言ったのを覚えている。
「決めた..名前つけてなかったからね。うーん、茶色だから茶助はどうだろう?」
私は何を言っているのか意味はまだよくわからなかったの。人間の考えなんてはじめはよくわからないものよね。
私が意味を考えていたらぼうすけさんの後ろから知らない人が現れた。
私が初めて見た最初の女の子ね。その人は明るい感じの細身で短髪の人だった。名前はアキさん。ぼうすけさんの新しい職場の先輩。私を見ると大喜びしたのよ。
「かわいい!」
アキさんの最初の一言だったわ。
アキさんはしばらくの間優しく私を触った後で急にぼうすけさんに気がついて驚いた顔をしたわ。
ぼうすけさんもあまり気にしてないような素振りだったけど微かな緊張が伝わってきたの。
二人は気まずい感じに頭を小さく下げて挨拶していたわ。
「この子、名前はなんて言うの?」
アキさんは少ししてから静かに話し出した。
ぼうすけさんはためらいながらゆっくりと話し出したわ。
「まだ名前は決まってないんだ。..茶色だから茶助なんかどうかなと思ってるんだけど」
アキさんまた驚いた顔したわね。
「..この子きっと女の子だよ?」
ぼうすけさんも少し驚いて私に触れながら優しく言ったわ。
「女の子だと茶助って変かなぁ?」
アキさんも私に近寄ってよく様子を見てから話し出したわ。
「三毛猫だからミケちゃんはどう?」
私は何故だかわからないけど嬉しくなってヒゲもとがらせて小さな尻尾を振ったのを覚えているわ。
はじめぼうすけさんは戸惑っていたけど、女の子の名前とあっては茶助にはしなかったようね。..よかった。
あれから私も大きく成長した。と言ってもまだ大人ではないんだけどね。軽く出窓に飛び乗ったり階段を駆け上がるくらいの身体のサイズにはなったかな。
人間の話だって結構よくわかるようになったんだから!
窓からたまにご近所さんの話し声が聞こえる時があるの。きっと知らないでしょうけど、私はよ〜く聞いてるんだからね!
でもぼうすけさんの付けっ放しのテレビがよい勉強になるわね。
話しは少し変わるんだけど、私には友達がいて窓の外の友達くんって最初は呼んでたんだけどね、その子も話しかけてくれるようになったの。
朝と昼過ぎによく飛んで尋ねて来てくれて近況報告とかいろんな話をしてくれるわ。
彼はもともとどこかの家のペットだったって自慢してるのよ。でも家を出たんですって。そして私にもそれを勧めるの。
あれは朝早く起きて飼い主のぼうすけさんがいつも通りに仕事に行ってしまった日のこと。私は一匹になってつまらないなと思ってテレビのリモコンを押したの。
ぼうすけさんたらいつもテレビをつけたままいろんな事をするからお隣さんも気にしなくなってうるさいとかの苦情も無いし、だから最近では突然テレビが付いても全然怪しまれないのよ。
それでころころチャンネルを回して遊んでいたら開けたままの窓から例の友達が舞い降りたの。
彼は大きなクルミの実をくちばしに挟んでいて器用に窓をコツコツ叩いて自分が来たことを知らせたわ。
私は出窓に飛び乗って挨拶したの。
もちろん窓は開いていても網戸はしたままでね。ぼうすけさんは私が外へ出て行かないかそれでも心配しているみたいなので私もそのように振舞っていたの。
なので私は網戸越しに挨拶したわ。
「おはよう、ピーくん。」
ピーくんは窓の外の物干し竿にとまって機敏に頭を動かしながら機嫌を損ねた声を出した。
「ピーくんはやめてくれよ。」
私は不思議に思って聞き返したわ。
「あら、どうして?」
ピーくんは寂しそうに言ったの。
「昔を思い出しちまいそうだからさ。前に飼われていた時の飼い主がその名前で呼ぶんだ。」
私はピーくんをじっと見つめた。
ピーくんの表情から寂しさを読み取ろうとしてみたけれど、ピーくんからあまりそれは感じ取れなかった。
「なら、あなたをこれからなんて呼んだらいい?」
網戸の向こうにいる彼は胸を張って私に言ったわ。
「そうだなぁ。..さすらいの渡り鳥さんかな?」
「すごいわね。今までどんな国をさすらったの?」
私はピーくんを尊敬して質問するとさすらいの渡り鳥さんのピーくんは自慢げに話したわ。
「2丁目と3丁目の公園かな。あと4丁目もあるよ。」
さすらいの渡り鳥さんは意気揚々と打ち明けた後に不意に私に質問をした。
「どうしていつも家の中にいるんだい?家の中がそんなに楽しい?」
「それは..」
私は急に言葉を濁してしまったの。
すると暖かい春の風が吹いて部屋をいっぱいにした。
私が下を見るとタンポポの花がそよそよと風に吹かれていて そして想像した.. 。 あぁ あの階段の上の日の当たる場所で今、ゴロゴロしたら どんなに気持ち良いだろうって。
でも私は急に我に返るとピーくんに向き合って言ったわ。
「だめなの。今、外に出たら病気になるからよ」
ピーくんは不思議な顔をして私に言ったわ。
「へー、きみ病気なのかい?」
私は首を横に振りながらピーくんに言った。
「今はなんでも無いけど、外には悪い病気がたくさんあるからよ」
ピーくんは何故だか急に私の心境を見透かして言ったわ。
「本当は飼い主が心配するからって言う訳じゃないの?」
ドキッとした私を置いてピーくんは私に続けて話した。
「きみがその気になれば、いつだって素早く外に出られるはずなのに、..何故だい?」
確かに今までのんびり屋のぼうすけさんの動作の隙をついて外に出られないわけでは無かったわ。
私だって外へ出たい気持ちはある。
それでも私が外へ出てしまった後ぼうすけさんはきっと心配して大変なことになるだろうと想像したの。何故だか私は気が進まなかった
だからピーくんには丁重にお断りしたわ。
「今はそんな気分じゃないの。」
ピーくんは来た時にくわえていたクルミの実をまたクチバシでくわえて私に挨拶してから飛び立っていったわ。
私は飛び立ったピーくんに大きな声で挨拶したの。
「じゃあね、ピーくん..じゃなかった、さすらいの渡り鳥さん!カラスに気をつけてね!」




