第9話:ジョージとコロンボ
「やぁあああああああああああああ!!」
「ちっ、目が覚めやがったか。……おい!静かにしやがれ!」
「やぁあああああああああああああ!!」
「ちっ!」
「兄貴黙らせやすか?」
「あぁ、頼んだ」
森の中に怪しい二人組がいた。
兄貴と呼ばれた男の名はジョージ。身長2メートルを超す大男である。
毛皮のジャケットを着こみ、髪は伸ばし放題、髭も生え放題。しかも目つきは狂暴とどう見ても山賊や盗賊にしか見えない風貌をしている。
一方、ジョージから麻袋を渡された男の名はコロンボ。コロンボはジョージと比べ身長が約半分くらいしかなく、二人が並ぶとまさに巨人と小人といった感じだ。その代わりに横幅はかなりでかく、鼻の下のちょび髭だけが彼が立派に成人していることを示していた。
「お~よちよち!いい子でちゅね~!」
「……おい、なにしてやがる」
「へ?言われた通り黙らせようとしてるんでさぁ」
そのコロンボはというと、ジョージから渡された麻袋をなきやますのに必死だった。
村からここまでくる間は眠っていたので静かなものだったが、いざ目的地に着く直前で目が覚めてなき出したのだ。
今から向かう場所のことを考えるとこのままではいささかまずい。なので一生懸命黙らせようとしていたのだが……。
「この馬鹿野郎が!」
「ぐへっ」
何故か殴られた。
「あ、兄貴、一体何を……?」
「お前、何故俺たちがそいつを連れてきたのか言ってみろ!」
「えぇ、今更ですかぁ?そんなの……」
何故ここまで来て兄貴はそんな事いうのだろうと不思議に思いながら、それでもコロンボは律儀にジョージの質問に答えた。
「こいつをドラゴンの生贄にするためでしょう?」
そう、このジョージとコロンボはドラゴンの生贄にするためにわざわざこの子供を近くの村から攫ってきた列記とした悪党なのである。
「そうだ。そいつをドラゴンが食っている間に俺たちは辺りに落ちたドラゴンの鱗とか抜け殻を回収して逃げるって寸法よ」
「それは何度も聞きましたけど、ほんとにそんなうまくいくんですかい?」
「馬鹿野郎!これは実際に成功してきたやつの話だぞ!本当に決まってるだろうが!!」
ちなみにその成功者はただ運が良かっただけで、噂を聞きつけて試した者の約八割は生贄と一緒に食われているという事実を当然ジョージは知らない。
「まぁそれならいいんですけどね……それと俺が殴られるのと何の関係があるんですかぃ?」
まだ殴られたところが痛いのか頭を擦りながらそう質問するコロンボ。
それにジョージは怒鳴りながら答える。
「馬鹿野郎!そいつは生贄だと言っただろ!それをお前はそんなあやし方をしやがって……情が移ったらどうするんだ!?」
「じょ、情……?情が移ったら何か不都合でも?」
困惑気味にコロンボがそう返す。
「馬鹿野郎!情が移ったら生贄に出来なくなっちまうだろうが!それでも無理やりに生贄にしちまったらな……悲しいのはお前なんだぜ?コロンボ?」
「あ、兄貴……?」
「情が移ったら大変なんだぜ?俺もガキの頃飼っていたスラ吉(スライム享年1年6ヶ月)が死んだときには……お前には俺と同じ苦しみを味わってほしくないからよ」
「あ、兄貴ぃいいいいいいいいいい!一生付いていきますぅうううううううううう!!」
「ちょ!馬鹿!くっ付くな!!」
顔中の穴という穴から液体をまき散らしながらジョージに抱き着くコロンボ。
身長差があるので遠目から見たら一瞬親子の抱擁に見えるかもしれないが、実際は三十路を過ぎたおっさん同士の抱擁だ。ただただ見苦しいだけである。
と、二人がそんな馬鹿なやり取りとしている時にソイツは現れた。
「ッ!?離れろッ!!」
「へ?」
それにいち早く反応したのはジョージだった。
ジョージは纏わりつくコロンボを無理やり引き剥がすと腰に佩いている剣を抜き放ち構える。
それとソイツが森の中から出てきたのはほぼ同時だった。
一見するとそいつは貧相な見た目をしていた。
そこら辺の草を巻いただけの腰蓑に、狼の皮をそのまま纏っただけのマント。手に持っている武器も加工も何もされていない狼の爪をそのまま持っただけだ。
だが、ジョージにはその毛皮に見覚えがあった。
(ありゃあ、ミスティックウルフの毛皮じゃねぇか!?)
ミスティックウルフはこのハンマンド大森林に生息する魔物の一種で、一体一体の強さはそれほどでもないが、群れになるとまるで群れそのものが一体の魔物であるかのような動きをし、上位の冒険者でさえも苦戦させるというなかなかに厄介な魔物である。
ちなみに火彩の場合は丸腰の火彩相手にミスティックウルフが舐めて掛かったのと、最初の攻防でカウンターで2体も殺されて群れの機能が麻痺したところを的確にリーダーが討ち取られた為、あそこまで一方的な展開になったのである。もし火彩が丸腰でなかったのならばじわじわと手傷を与えるような戦い方をされてもっと苦戦していたことだろう。
そんなミスティックウルフの毛皮を身に着けているという事はそれだけでそれなりの強者の証という事である。
そして何より……。
(あの大量の血の跡……そしてこの肌に焼き付くような気配。只者じゃねぇ……)
ジョージは冷や汗が背中を流れるのを感じながら、ふと昔に祖母が言っていたことを思い出した。
このハンマンド大森林中央に存在する火の山にあるドラゴンの塒。そこにドラゴンが住み着く前には伝説の火の鳥の住処があり、当時は名の馳せた英雄達がこぞってこの森に訪れたという。しかし、誰一人と森の奥から戻ってきた者は居らず、今でも森の奥では火の鳥に敗れた亡霊達が彷徨っているのだとか……。
もしかしてこいつはその亡霊なのではなかろうか……?
(おいおい婆ちゃん、冗談がキツいぜ……)
今は亡き祖母に胸の中で愚痴りながら、ジョージは早々に逃げる算段を付け始めた。仮にも火の鳥に挑もうとした英雄のゾンビに自分なんかが勝てる訳がないと即効で諦めたのだ。事実はそうではないのだが。
(とりあえずコロンボの奴を囮にして……こいつ喰いがいがあるだろうし、俺が逃げる時間は十分あるだろう)
そしてなかなかゲスい逃走計画を企画していた。
先ほどの義兄弟愛は何だったのかというくらいの屑っぷりである。
「やぁあああああああああああああ!!」
と、ジョージが最低な計画を実行しようとしていたまさにその時、コロンボにあやされて大人しくなっていた幼子が急になき出したのだ。
「お~、よしよし、よしよし!」
「馬鹿野郎!そんな奴捨てておけ!早く逃げるぞ!」
慌ててなき止ませようとするコロンボからジョージが麻袋を奪って投げようとした。まさにその時――。
ゾクリ――。
途轍もない威圧がソレから放たれた。
それは大空や海などの大自然を前にした時のような底知れない恐怖。絶対的強者を前にした時に人間が感じる諦めにも似た絶望だった。
それを前にジョージは麻袋を投げようとしていたことも忘れ呆然自失し、コロンボは――。
「ひぃぃいいいいい!!お、お助けぇえええええええ!!」
逃げ出していた。それはもう全速力で。
「へ?あ、はっ!お、おい!一人で逃げるな!!てか、速いなッ!?」
そのあまりの逃げっぷりに呆けていたジョージも正気を取り戻し、麻袋を手放すと慌てて逃げ出した。
必死にコロンボを呼び止めようとするが、先ほど彼を囮に一人で逃げようと算段していた手前、これも因果応報なのかもしれない。
「はぁ、はぁ……あっひゃぁああああ!?」
だが、あまりに慌てて逃げたせいか、コロンボは木の根に躓いて転んでしまう。
「はははっ!俺を置いて一人逃げようとした罰だ!よし、お前はそのままそこにいて……」
だが、その転倒がコロンボの命を救った。
斬ッ!!
コロンボの少し後ろを走っていたジョージには転んだコロンボの頭の上を光の線が走るのがはっきりと見えた。
コロンボの頭の上を通過した光の線はそのまま彼が躓いた木の幹に何の抵抗も無く吸い込まれていく……そして。
ズズズ……ギィ~…バァァアアアアアン!!
直径1メートルはあろうかというその木が光の軌跡に沿ってずれた。そして、轟音を立てて地面に倒れ伏したのだ。
木陰が無くなり、夕日が森の中に入ってくる。
茜色の光が森の奥を照らし、闇の中に佇んでいたソレを映しだす。
ソレは全身を白金の甲冑で覆っていた。
甲冑はそこら辺で売っているような安物ではなく、細部まで細工が施された一級のものだ。手に持っている片手剣も相当の業物らしく、鋭い光を刀身が放っている。
それだけ見るとどこかの王国の騎士様だと思えなくもない。
しかし、それはありえないのだ。
一見素晴らしく見える甲冑も長い年月雨風に晒されていたらしく、よく見れば全体的に煤けている。業物の片手剣も刃の部分は健在だが、握りの部分はボロボロだ。
そして何よりも胸に風穴が開いていたのだ。
胸から背中まで。中身が入っているのに。
明らかに致命傷なその穴が、彼が現世の人間では無く闇に属する者であることの証であった。
「ゾンビナイト……っ!?」
その姿を見てジョージは思わず呟いた。
ゾンビナイトとは文字通り生前騎士をしていたものがゾンビ化した魔物である。
その能力はピンからキリまでで、生前に名を馳せた騎士ほど強力なゾンビになると言われている。
そして一刀のもとに大木を伐り伏せた腕からも分かる通り、目の前のゾンビはジョージの腕からすると絶望的な相手であった。
そのゾンビナイトが一歩進み出したかと思うと、剣を振り上げた。
その狙いは未だ地面に這い蹲っているコロンボだ。
「ひ、ひぃいいいッ!!」
「コロンボッ!!」
必死になって逃げようとするコロンボに、慌てて駆けつけようとするジョージ。
しかし、この距離では到底間に合いそうもない。
上段に振り上がり切った剣がしなりを持って振り下ろされそうとして――。
バァアアアァン!!
再びの轟音が森の中に響き渡った。
ただし前回のものとは違い、今度は金属同時がぶつかり合ったような甲高い音だ。
そして、その衝撃で思わず目を瞑ったジョージとコロンボが目を見開いた先には、数メートル先の木にぶつかって倒れ伏しているゾンビナイトの姿があった。
「そいつを連れて早く逃げろ!」
ふいにジョージの耳に語り掛けてくる声があった。
何だと思って辺りを見渡すと、先ほど亡霊だと思った者がこちらを見ていることに気が付いた。
「早く!」
「お、おお、……恩に着る」
思ったよりも若々しいその声に驚きながらも、ジョージはその元亡霊に急かされるままにコロンボを引き起こした。
最初はそのショッキングな見た目と雰囲気に気負とされてしまったが、よく見るとその顔はまだ少年と言っていい年代のものだった。
「すまねぇ、兄貴。俺……」
「気にするな。それよりも今はさっさと逃げるぞ」
見ればゾンビナイトはまだ仕留めきれてないらしく、剣を握って立ち上がろうとしていた。逃げるなら今がチャンスだろう。
「おい!あんたは逃げないのかよ?」
先ほど何をしたのかは分からなかったが、ゾンビナイトが吹き飛んだのは十中八九こいつの仕業だろう。ならば弟分を助けて貰った恩義がある。
そう思って声をかけたジョージだが、それへの反応は冷たいものだった。
「俺はいい」
「……ちっ、そうかよ」
視線を逸らしながらそう答える元亡霊の男。
その視線にあるのもを見て、ジョージは唾を吐きながら後ろを向いた。
「あ、兄貴、いいんで?」
「いいんだよ。ほら行くぞ」
後ろが気になるのか、ちらちらと振り返りながら尋ねてくるコロンボを聞き流しながらジョージは駆けだした。
「あ!兄貴待ってくれよぅ!!」
慌てて走り出すコロンボを背中に感じながら、ジョージは先ほどの視線の先にあったものを思い出していた。
自分たちが生贄にするために攫ってきた幼児が入った麻袋を……。
「ちっ、胸糞悪りぃ!」
後ろの森から響き始めた戦闘音を背に、ジョージはそう秘かに愚痴るのだった。