第7話:戦闘と・・・
一斉に襲い掛かってきたウルフたちに火彩は思わず息を呑む。
だが、ここで親に文句を言われながらも週に5つも武術を習ってきた経験が役に立った。
迫りくる包囲網、しかしその一角にわずかな隙が見えた。
視界がその隙を認識するや否や、身に染み付いた動きがそこに体を滑り込ませ、一気に包囲網から脱出する。
その流れの中で視界があるものを捕らえた。
ウルフの尾だ。
それがとてもちょうどのいい位置にあったので、引っ掴むと反転する勢いのまま思いっきり目に映った他のウルフにぶん投げる。
ぶん投げた勢いで尻尾は千切れ、全然別の方向へ飛んでいく。
一方、投げたウルフは見事に狙ったウルフの横っ腹に命中。首がおかしな方向に曲がりそのまま絶命した。
当てられた方のウルフも衝撃で吹き飛び、木にぶつかって停止。当たった時に内臓が潰れたのか、血を吐いてそのまま動かなくなった。
「う~わぁ……」
自分でしでかした惨事に変な声を漏らす火彩。
ウルフたちも今の攻防で一気に仲間2匹が倒されたことに衝撃を受けたのか、一瞬固まった後、慌てた様子で茂みの中に飛び込んでいった。
ただし逃げたわけではないようで、茂みの中からグルルと唸り声をあげてこちらを睨んでいる。
だが、その瞳は最初にあったような獲物を見る目ではなく、恐怖が入り交ざった警戒に満ちた目をしていた
(もうひと押ししたら逃げそうだな……)
熱が籠った息を吐き出しながら火彩は冷静に考える。
弓道で習得した心の落ち着け方で頭を覚ましながら戦場をよく観察する。
後方に控えていたウルフたちは今の攻撃ですべてが跳び出してきたようで、後ろに残っている気配はない。
前方のウルフたちは茂みの向こうから火彩を半円状に包囲をしており、身を低く伏せ、何かがあったらすぐに対応できるように構えている。
どう切り崩すかと思案していると、ふと火彩は感じられる気配がすべて同じ大きさではない事に気が付いた。
(正面にいるあいつだけ気配が他のよりも大きい。隣のやつも他より少し大きいか?……もしかしてこの群れのリーダーと副リーダーってやつか?)
群れを作る動物にリーダーは付きものだ。特に犬や狼なんて動物はその序列が特に厳しいのは周知の事実。ならばこれを狙わない手はないだろう。
そう決断するや否や、火彩は足元に落ちていた石を拾いあげる。
こちらが見せた隙に狼達が襲い掛かってくるのを気配で感じるが、強化されたこの体の方が断然早い。
視線を上げると狼たちはまだ茂みを跳び出したばかりだ。余裕があるにもほどがある。
牙を剥いて襲い掛かってくる狼たち。そのリーダーだと思われる一回り躰が大きい個体に向けて火彩は石を思いっきりぶん投げた。
バァアアアァン!!
森の中に再度轟音が響き渡る。
リーダーと共に茂みが弾け飛び、石が地面を抉り取り、もうもうと土煙が立ち昇る。
一瞬何も見えなくなったが、数秒もすれば土煙は晴れ……その向こうには放射状に吹き飛んだ地面とその傍らに上半身が無くなったリーダーの死体が転がっていた。
「……、……ッ!?キャンッ!キャンッ!」
「「「キュ~ン!キュ~ン!」」」
その光景に跳びかかろうとしてそのまま固まっていた副リーダーっぽいウルフは慌てたように鳴き声をあげると、残りのウルフたちと共に一斉に逃げ出した。
文字通り股の間に尻尾を巻いて逃げる姿は少しだけ可愛かったと記述しておく。
「…………。……はぁ、助かった」
一応しばらくの間は警戒を解かないでいた火彩だったが、辺りに生き物の気配がないことを確認し、ようやく警戒を解いてその場に座り込んだのだった。
結果だけ見ると無傷の完全勝利。だが、やはり命を懸けた初めての実践というものは精神的負担が大きかったらしく、安心すると共に腰が抜けてしまった。
(とりあえずチート能力様々ってところだな)
息を吐きながらそう思う。
この強化された肉体が無ければこんなにも早くウルフは仕留められなかっただろうし、探知能力が無ければそもそもウルフの存在に気が付かずに不意を突かれて蹂躙されていただろう。
最初この馬鹿げた身体能力を見た時は不安しか覚えなかったが、こんな魔物が蔓延る世界ではこの体に宿る能力はとても頼もしいものに感じられた。
(魔物……そう言えば今のやつらも普通の狼じゃなくて魔物だったな)
なにせ目が3つもあったのだ。普通の狼である訳がない。
そう考えると火彩の中の好奇心は留まることなくむくむくと膨らんでいった。
異世界で冒険者になって魔物を狩る妄想なんて何度したことか。現在の状況は自分が冒険者になってない事を除けばほぼそのままである。という事は、この倒したウルフは自分のものにしちゃっていいという事ではないだろうか?解体して素材も剥いじゃったりして……。ちょうど今は腰蓑しかないし、毛皮は是非欲しい。よし剥ごう。すぐ剥ごう。それに三つ目の狼って存在そのものも気になるし……。あ!異世界という事はあれがあるんじゃないか!?テンプレの魔石!これはそちらの方も探さねば!!
……という思考が1秒も経たない間に行われた。
火彩は浮かれていた。
今までは自身の体のことで頭がいっぱいで、落ち着いて異世界的な要素を楽しむ余裕がなかったのだ。
体の変化も異世界的と言えば異世界的だが、やはり自身の体の事である。どうしても不安が先に来てしまっていた。ところが今目の前には異世界的なファクターの固まりが無防備に転がっているのだ。これで興奮しない異世界オタクはいないだろう。
意気揚々と火彩はウルフの解体に取り掛かった。
とは言ったものの、流石の異世界オタクも動物の解体などしたことはない。せいぜいが魚を捌いたくらいである。だから全ては勘と妄想と勢い任せだ。
捌く対象はウルフをぶち当てて倒したやつである。こいつが倒した3匹の中では一番見た目が綺麗だったのだ。
(さて、捌くにしても道具がいるな。黒曜石みたいなものが転がっていたらよかったんだけど、無いし。……まあ、背に腹は代えられないか。グロいだろうけど)
そう決断すると火彩は転がっている死体で大きい方、下半身しかない群れのリーダーのものへと体を向けた。
死体の断面図をあまり見ないようにしながら、火彩は死体に残った後ろ足の爪を握りしめると、強化された身体能力にいわせて無理やり爪を脚から引き剝がした。
メリメリメリと非常に耳障りな音がしたが気にしてはいけない。
まだ血が残っていたらしく、引っ張りとった拍子に血が辺りに飛び散ってしまったが気にしてはいけない。
腕についた血を舐めとりながら、火彩は剝ぎ取った爪に視線を向ける。
でかい爪だ。根元の鋭くない部分を除いても刃渡り10センチくらいはあるのではないだろうか。これで攻撃されていたらと思うとぞっとする。しかし、今は頼もしい道具だ。存分にその鋭さを活用させてもらおう。
意気揚々と解体予定のウルフの元まで戻ると、火彩は早速その爪の鋭さを試してみることにした。
とりあえず内臓を取り出すかと、喉を横に掻っ切るとそのまま縦に一気に腹を切り裂いた。
ウルフの爪は予想以上に鋭く、思っていたよりも簡単にその肉を切り裂いた。
さあ、内臓を取り出すかと手をかけた時ソレは零れ出した。
デロリ、と。
ぐちゃぐちゃになった内臓の固まりが切り口から溢れ出したのだ。
そう見た目が綺麗で火彩は失念していたが、このウルフは内臓破裂によって死亡した個体だ。当然体の中身が無事な訳がない。
血と内臓でぐちゃぐちゃに混ざり切ったその固まりは現代日本で生まれ育った青少年には刺激が強すぎる。これがテレビに映る機会がもしあるのならばモザイクが必須であろう。いや、例えモザイク越しでも赤すぎる画像に貧血を起こす子供もいるかもしれない。
当然、火彩もその例に漏れず、胃の中身を吐き出し――。
「ごくり……」
――たりすることは無かった。
むしろ生唾を呑み込んだ。
それでも口の中からは涎が次から次へと溢れ出し留まるところを知らない。
それに一番困惑したのは当の火彩であった。
(な、なんだよこれ……?ありえないだろ。明らかにグロ画像だぞ?なのに何でこんなに美味そうに見えるんだよ。いくら1日飯食ってないからっておかしいだろ!?)
頭に霞がかかったようにぼぉっとし、目の前の赤い固まり以外の事が見えなくなる。
それでも何とか作業を続けようとした火彩だったが、どうしようもない空腹感でいっぱいになり、手元が狂う。
そして、顔に飛び散った血を拭おうとして、手についたソレを舐めてしまったらもう駄目だった。
「あ……――オイシ、イ」
そこで火彩の意識は途切れた。
ブチッ!グチャッ!ガリっ!ズズズッ!ニチャっ!バリッ!ゴリッ!
――ゴクンッ!
その後、ナニかがナニかを咀嚼するような音だけが森に響き渡るのだった……。