第6話:テンプレ
「はぁ……はぁ……あ~!ひどい目にあった!!」
大きな木の幹にもたれながら火彩は愚痴を零した。
山を下り始めてからおよそ1時間。火彩は山の麓の森まで辿り着いていた。
山の高さから言えば倍以上の時間がかかってもおかしくはないのだが、謎に強化されている身体能力とショートカット(転落とも言う)によりこの驚異的な時間をはじき出したのだ。
「ふぅ……しかし、本当にチートだな、この体」
そう息を整えてまじまじと自分の体を見る火彩。
視線の先には綺麗な自分の肌があった。
そもそも自分の肌はこんな卵肌だったのだろうかという疑問もあるが、今の問題はそこではない。綺麗すぎるのだ。あんなに何度も転んだのにも関わらず、傷一つないままなのである。それは流石におかしい。
(転んだ時、精神的な衝撃は大きかったけど、思い返してみれば全然痛くなかった。てか、ここまでずっと裸足で走ってきたのに足の裏にも傷一つないし……)
そして一時間も全力疾走してきたのにも関わらず、全く疲れていないのである。息切れも先ほど軽く深呼吸をしたらすぐに収まった。
異常な跳躍力といい、どうやらこの体は自分が思っている以上に強化されているようだ。
(これは早く能力を把握しておかないと日常生活に支障をきたしそうだな。では早速……と言いたいけどその前に)
「何か着られるものを探すか」
風に揺らめく息子を見下ろしながら、火彩はそう呟くのであった。
(閑話休題)
そこら辺に生える適当な草をかき集めて腰蓑を作ることに成功した火彩は早速自分の能力チェックを始めることにした。
最初に確かめるのは握力である。
足元に落ちていた石を拾い上げる。見たところ普通の石だ。軽石みたいな穴だらけでもない。通常ならばこれをいくら握りしめたところでびくともしないのだが……。
「うわぁ……」
ちょっと本気で握ると、石はまるで砂の固まりを握りつぶしたかのように簡単に粉々になって砕け散ってしまった。
自分の力におもわず引いてしまう。
(握力は半端ない、と……次)
気を取り直して次は腕力である。
ここは漫画にもあるように木を殴ってへし折れるかを確かめて……と思ったが、冷静に考えてみると木を殴れば普通に痛い。
以前に空手の練習でやったように藁を幹に何重にも巻けば殴れないこともないだろうが、あの時はそれでも結構痛かったことを思い出す。
強化された今ならいけなくもないような気もするが、ここは安全策を取ることにしよう。
そう判断を下し、最終的には石を木に向かってぶん投げてその威力を見ることにした。
またもや足元に落ちている石を拾い、手の中でもてあそぶ。
あまり強く握りしめると粉々にしてしまうので、軽く握る程度に抑えて……5メートルほど先の木に狙いを定めて火彩は石を思いっきりぶん投げた。
バァアアアァン!!
森に轟音が鳴り響いた。
鳥たちが一斉に飛び立ち、辺りは一時騒然となる。
投げた本人である火彩もそのあまりの音に思わず耳を塞いでしゃがみ込んだくらいだ。
まだじんじんしている耳から手を放し、おそるおそると石を投げた木を火彩は見る。
そして目を見開いた。
木は……折れてはいなかった。折れてはいない。折れてはいないのだが、それでも結構な惨事にはなっていた。
石が当たった場所は大きくえぐれ、摩擦によって焼けたのかところどころ焦げた跡がある。石は衝撃によって砕け散ったのかほとんど残っておらず、わずかに残っている欠片も木の幹に深く喰い込んでとてもではないが取ることは出来ないであろう。
「ハハハ……俺、半端ねぇ……」
この結果には流石の火彩も笑うしかなかった。
異世界ものでよく木をへし折ったり、地面に大穴を空けたりする描写があるが、実際に自分の手でその現象を引き起こす事の違和感の大きさよ。
物語の主人公たちは軽く驚くくらいだが、一体どういう神経をしたらそんな反応しか出来ないのだろうか。それとも中途半端だったのがいけないのだろうか?確かに木をへし折るまでいったら逆に現実感が無くなりそうだ。
乾いた笑いを出しながら現実逃避気味にそんなことを考える火彩。
そんな火彩のもとにその感覚はやってきた。
(っ!?……なんだ、これ?)
森の奥、その方向から何かが高速でこちらにやってくるような感覚がしたのだ。それも複数。
(2、3、4……6、いや全部で7つか。てか、何なんだ?この感覚は?)
それは何とも言い表しにくい感覚だった。
まだ姿も見えないし、何も聞こえない筈なのに、その存在の体温や呼吸、心臓の音、意志のようなものを感じるのだ。
あえて言葉にするならば生き物の気配を感じるといったところか……。
このいい知れない現象に火彩は言葉だけなら心当たりがあった。
(『探知スキル』だろうな……。よくあるスキルだけど、実際に体験してみるとこれまた違和感半端ないな)
『探知』または『索敵』と呼ばれるスキルはこれまた異世界ものによくありがちなもので、自分の周りの生き物などの気配を感じ取れるといったものだ。
潜水艦のソナーを思い浮かべてみると分かりやすいかもしれない。
肉体強化に続いてまたもやテンプレな力をゲットしたと一瞬喜んだ火彩だったが、今自分が置かれている状況を思い出すと血の気が引いた。
(大きな物音を立てた後に森の中で高速で向かってくる生き物の気配って……おいおいおいおい、やばくないか?)
慌てて逃げようとした火彩であったが、判断を下すのが遅すぎた。
森の中を進んでいた謎の気配が2つに分かれたかと思うと、一気に自分の横を駆け抜けていき、あっという間に取り囲まれてしまったのだ。
あまりに一瞬のことで思わず呆然としてしまう火彩。
その隙を森の狩人たちは見逃してはくれなかった。
「グァウ!」
斜め後ろ、ちょうど死角となる位置の気配がそう鳴きながら跳びかかってきたのだ。
咄嗟に横に避けた火彩の視界にその気配の正体が映る。
黒い体毛に鋭い爪を持った4つの脚。薄黒い紫の牙からは涎が滴り落ち、血のように赤い3つの瞳が射殺さんとばかりにこちらを睨んみつけてくる。
「おいおい、ここでもテンプレかよ……」
そう軽口を叩く火彩の表情に余裕はない。
異世界もののテンプレ。ゴブリンや盗賊に並ぶ初回の戦闘相手。
狼の魔物、ウルフ(仮)が一斉に火彩に襲い掛かってきた。