第4話:奪い合い
ゾンビの濁った瞳が何もない虚空を彷徨う。
何かを映しているようで何も映していない瞳はただぼーっと魔結晶で煌めく壁を眺めていた。だが、ある一点に視点が定まるとやがてその目はだんだんと見開かれていき――燃えた。
「がぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!」
(こんなところで死んでたまるかぁあああああああああああッ!!)
それは喰われて死んだと思われていた不死鳥の最後の足掻きだった。
バラバラになった体をゾンビの胃の中で何とか繋ぎ合わせ、そして全身全霊、魂の力すら振り絞っての攻勢に出たのだ。
それはまさに命がけ、いや命すら削っての攻撃だった。
例えここで助かったとしてもすぐに転生をしなくてはならないだろう。それもただの転生ではない。卵からの、それも何百という長い年月をかけての孵化を待たねばならない、そんな転生だ。
それほどのリスクを背負っての攻撃は今度こそゾンビに届いた。
「が、がぁぁあああああああああああああああああああああッ!?」
目から鼻から口から、体中の穴という穴から不死鳥の炎が溢れ出し、燃やし尽くす。
それは魔結晶と化した肉さえも焼き、黒い炭へと変えていく。
全身を炎に焼かれ、巨大な松明と化したゾンビの命運はそれこそ風前の灯火であった。
しかし、不死鳥も余裕があるわけではなかった。
(な、なんのこれしきぃぃいいいいいいいいいいいいいいいッ!!)
大きな負傷を負っての転生。それは一見問題が無かったように見えたが、やはり負担は大きかったのだ。まるで穴の開いたバケツで水を汲むかのように、魔力を注いでも注いでもいつもの半分も炎が出せない。
しかもバラバラにされた体も完全に再生された訳ではないく、それを繋ぎとめるのにも魔力が必要だった。
そして何より――。
(力が……儂の存在が、喰われる!?)
ここにきて周りの肉壁が急に火の鳥の魔力を、いや存在そのものを吸収し始めたのだ。
謎の現象に焦る火の鳥。
それはゾンビ――村山火彩の持つスキル『貪ル暴食』が発動した表れであった。
自覚をする間もなく命を散らした火彩だったが、実はその身が次元の壁を通過する時に火彩にはいつくかのスキル、特殊能力が付与されていた。
その一つがこの『貪ル暴食』――食べたものが持つ存在と力を完全に吸収する力である。
それが存在の危機――命はもう終わっている――に反応して無意識のうちに発動したのだ。
「がああああああああああああああああああああああ!!」
(おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)
ゾンビ――火彩が火の鳥を喰い尽くすのが先か。
火の鳥が火彩を燃やし尽くすのが先か。
戦いは互いの命の、存在の奪い合いと化した。
両者の気迫を表すように炎がさらに熱く、明るく、大きくなる。
その輝きは天井の穴を超え、遥か夜空まで溢れ出した。
もし遠くからこの山を見ている人がいたなら、山の中ほどから天へと昇る光の柱が見えた事だろう。
そんな両者の命の削り合いは――。
「が……」
(あ……)
その始まりと同様、唐突に終わった。
ドサッ――。
炎が消え、月明かりだけに戻った空間に重いものが倒れる音が響いた。
それは全身を焼かれ、もはやただの炭の固まりと化したゾンビ――火彩であった。
目や鼻といった判別はもはや不可能で、ただかろうじて繋がっている四肢の存在がそれがかつては人の形をしていたのだということを証明していた。
再び空間に静寂が戻ってくる。
先ほどまでの死闘がまるで嘘だったかのように月明かりが優しく空間を照らす。
遠くから微かに聞こえてくる虫の声がやわらかく静寂を揺すっていた。
ボッ……。
その暗闇に火が灯る。
しかし、その火は先ほどの全てを焼き尽くすような荒々しい炎とは違い、人を温めるたき火のような、そんな優しい火だ。
元は胸であった辺りを中心に灯った火はしだいにその範囲を広げ、火彩であったものの全体へと広がっていく。
すると不思議なことが起こる。
火で焼かれた箇所、その場所の色が炭の色から人の肌の色へと変化したのだ。
その質感も水分をまったく含まない固い炭のものから柔らかく水分を含んだ人のものへと変わる。それも生まれての赤ん坊のような卵肌で、むしろ生前のものよりも瑞々しい。
火はどんどんと広がっていき、それと共に肌色もどんどんと増えていく。
そして、火が全身を覆い消え去った後には――穏やかな顔で眠る村山火彩の姿がそこにあった。
今日のところはこれにて終了です。