第3話:ゾンビ
炎の終息と共に幻想的だった空間はなりを潜め、魔結晶が映す輝きは月光のもののみへと戻った。
巨大な篝火があった場所には白く積もった灰のみが残り、月光のスポットライトだけがそれを照らしている。
その灰の中をもぞもぞと動くものがあった。
「ぴよ」
ヒヨコである。それもブサイクな。
灰の中から顔を出したひよこ――火の鳥の転生体は天井に空いた穴やまだ大半が灰に埋もれた自分の躰を確認するとやれやれと息を吐いた。
(どうにか成功したようだの。あれほど弱った状態での転生は初だったが、体に不調は無いようだし、このままひと眠り……)がっ!?」
魔結晶から溢れる魔力を浴びながら飛べるようになるまでのんびりと惰眠をむさぼる……そんな火の鳥の夢は突然地面から生えた腕によって阻まれた。
ちょうど火の鳥がいる真下。魔結晶に覆われた地面からその腕は生えていた。
いや違う。この直前まで地面だと思い込んでいたその膨らみがソレそのものだったのだ。
生命の理から外れたもの。全ての生命にとっての天敵。その名は――。
(ゾンビかッ!?)
自らを鷲掴みにするその腕の先を見て火の鳥は毒づいた。
ゾンビ――この世に強い未練を残した魂が魔力と反応して死体に宿って生まれた魔物だ。
その生態は単純で目に付くすべての生命を喰らう、ただそれだけである。それは死んでしまった死者がすべての生命を憎んでいるからだとも、失った生を補うために生きている物も喰らうのだとも言われているが、その真相は定かではない。
だが、大抵の場合はその戦闘力はたいしたことはなく、1対1であるならば駆け出しの魔物ハンターでも倒すことは容易であろう。
それは当然、伝説の存在である火の鳥にとっても雑魚であるだけで――。
「ゾンビ風情が!儂の塒を汚しおって!魂ごと燃えてその罪を償うがよい!!」
「がぁああああああああ!」
火の鳥から溢れた炎が腕を伝ってゾンビを焼き払う。
普通の炎であっても大ダメージだろうが、火の鳥の炎はただの炎ではない。聖炎と呼ばれる特別な力を持った炎で、悪しきもの――特にこの世の摂理から外れた不死者には絶大なダメージを与える、そんな炎である。
当然不死者、それもその中で最下層であるゾンビなど一溜まりもなく、一瞬にして燃え尽きる。
そう思っていた……。
「がぁあっ!!」
「なっ!?」
ところがこのゾンビはそれに耐えた。
それどころか腕の一振りでマッチの火を消すかの如く、聖炎を振り払ってみせたのだ。
(馬鹿なッ!ゾンビ如きが儂の炎を消しただと!?ありえん!!……ん?あれは)
ゾンビの表面を覆っていた土や苔が炎に焼かれて崩れ落ちる。その奥から現れたゾンビの肌は、辺りを覆う壁と同じ輝きを持っていた。
(あれは魔結晶!?……そういうことか!)
この空間は地脈の影響で結晶と化すほどに魔力で満ちている。そこに人の死体などという有機物があればどうなるか?その答えが目の前のゾンビである。魔結晶化するのだ。
しかも質の悪いことに魔結晶は魔力の塊であることから魔法の影響を受けにくいという性質を持つ。それは火の鳥の炎とて例外ではない。
もちろん成鳥時であればいくら魔結晶化していると言えども聖なる炎である火の鳥の炎にゾンビが抗える術はない。しかし、雛である現在、魔結晶化したゾンビを焼き尽くすには火力も聖属性もその炎には足りなかった。
(このぉ!このぉ!ゾンビ風情が!ゾンビ風情が!)
全身から炎を出しながら火の鳥は必死に自分を拘束している腕をつつく。しかし、本来なら鉄をも貫く嘴もまだそれほどの硬さは無く、また圧倒的に長さが足りなかった。
それでも表皮に穴くらいはあけれてはいるのだが、相手はゾンビだ。痛覚などあろうはずもない。
そして……。
(このぉ!このぉ!こ……)
ガブリッ!
ガリィッ!ゴリィッ!グチャッ!バリッ!
……ゴクンッ。
しばしの沈黙が落ちた。
双子の月がぶらりと両手を下した不死者を見つめ、天井の穴からスポットライトのようにその存在を照らしている。
静寂の中、ピチャンッと顎から滴り落ちた赤い滴が地面に跳ねた。