第2話:火の鳥
赤と青の月が照らす中、虚空を飛んでいく影があった。
そのシルエットは一言で言えば尾の長い鳥である。しかし、影――シルエットと評すにはその姿は少々明るすぎた。
燃えていたのだ。その鳥は。赤々と。
火の鳥。
不死鳥とも呼ばれるその鳥は古来より火と永遠の命の象徴だった。
と言うのも、四六時中燃えているこの鳥は死期が近付くと燃え上って灰になり、その灰の中から雛として復活して永遠に生き続けるという生態を持っていたのだ。
そのことから何時からか火の鳥を食した者は永遠の命を得ることができるという噂が実しやかに囁かれる事となり、一時期は世界中にフェニックスハンターと呼ばれる人たちが溢れかえるまでになった。
しかし、今に至るまで火の鳥を食すことに成功した者はいない。
強すぎたのだ。
剣や槍といった武器はそもそも空にいる火の鳥には当てることすら叶わず、弓や魔法といった遠距離武器も火の鳥の圧倒的な素早さの前では掠ることも出来ず、奇跡的に当てることが出来たとしてもその炎の鎧の前全ての攻撃は塵と化した。
鋭い爪や嘴は鉄の装備を紙のように切り裂き、ドラゴンのブレスをも凌駕すると言われる炎の前にはどのような強者も灰燼へと変わった。
今ではフェニックスハンターという職業は絶え、『フェニックスを捕まえる』というのは絶対に不可能な事柄を表す言葉として定着するようにまでなった。
そんな伝説上の鳥、火の鳥だが、今この虚空を飛ぶ個体に限って言えばそんな伝説など無かったのではないかと疑うくらいボロボロであった。
いつもなら勢いよく燃え盛る炎も弱弱しく散り散りで、吟遊詩人が謡うような優美さや神々しさなど影も形も無い。
翼も折れ曲がっているのか左右で形が違っていて、普段の姿を知っていたら一目瞭然なのだが一見長く見える尾羽も実は普段の半分くらいしかない。
片目が潰れているのか光が宿っている瞳は片方だけで、宿っている光もひどく弱弱しく憔悴しきっていた。
(おのれ、この身が転生直前でなければあのような小童などに……)
そう火の鳥は胸の内で毒づいた。
ちなみに永遠にほぼ近しい時間を生きる火の鳥には人間程度にはものを考える知性が宿っている。
(巣を空けている間にあのような小童が儂の縄張りを我が物顔で占領しておったとは……あの様子だと群れを追放されたはぐれ竜だろうが、あろうことか儂の縄張りに侵入するとは!古来よりこの山は儂の縄張りだと決まっておるに!古龍の長は若い物にどのような教育をしておるのだ!!)
火の鳥はトサカを振り回してお冠だった。
それは粗暴な侵入者に対してだったし、そして何よりそんな侵入者に苦戦した自分自身に対してだった。
今回火の鳥の縄張りに図々しくも居座っていたのは成竜になり立ての若々しい火竜だ。若々しいとは言ってもそれは火の鳥基準の話であり、人間基準で言えば都市の2つや3つは余裕で滅ぼされ、小国クラスであれば全軍をあげてようやく討伐か撃退が出来るかどうかというそんな存在である。
しかし、伝説上の存在である火の鳥にしてみれば脅威にならない程度の存在だったし、むしろ古龍の長に懇願されて止めるまでは竜を主食にしていた事があるくらいだ。今回の相手も普段なら餌が向こうからやってきたと喜んでいたはずである。
だが、今回は時期が悪かった。
伝承にあるように火の鳥は死期が近付くと燃え上り灰になってから生まれ変わる。
今はその死期の真っ只中だったのである。
その為、普段通りの力が出せず、いつもは鼻歌交じりで倒せる相手に命がけの死闘を繰り広げることとなってしまったのだ。
(まあ、あれだけ手傷を負わせたのだからしばらくは戻ってこないであろう。力さえ取り戻せればあのような小童、儂の敵ではあるまいて)
そう嘆息を吐きながら火の鳥は1000年ぶりに自らの塒へと降り立った。
火山の中ほどにある、山肌にポッカリと空いた穴の中。
大地の地脈が交わる地点。大地と火山の気に満ち、生半可な魔物ではそのあまりの魔力に近寄る事すら出来ないそんな空間。そこを火の鳥は塒としていた。
内壁は魔力が結晶と化してキラキラして綺麗だし、そのあまりの魔力のお陰で外敵も来ない。今回はあの忌々しい火竜が外に居たが、塒の入り口はあんな巨体では通ることは出来ない。
火の鳥は今自分が舞い降りてきた人一人が通れそうなくらいの穴とその向こうの双子月を見上げ、両方の翼を大きく広げた。転生の予備動作だ。
ここで火の鳥は一つ大きなミスを犯した。
普段ならば軽く巣の確認くらいはしたのだろうが、それを今回に限って怠ってしまったのだ。それは直前の火竜との戦闘のダメージで焦っていたのもあったし、塒への絶対的な信頼も大きい。
それが運命の分水嶺となった。
火の鳥の躰の炎が大きく燃え広がる。普段は火の鳥の躰を決して犯すことのない炎はこの時ばかりは本来の役割を思い出したかのようにその肉を燃やし、血を蒸発させ、骨を炭へと変えていく。
魔結晶に炎の光が反射してキラキラと輝き、天井から降り注ぐ赤と青の月光と相まって幻想的な空間が広がっていく――。
ドクンっ――
炎に呼応してソレは目覚めた。
動かないままの心臓が胎動し、血液とは違うナニかを全身へと運んでいく。それと合わせて四肢に力が満ち、閉じていた瞳に光が宿る。
澱んだ光が――