第12話:戦闘開始するも・・・
「せいっ!」
戦闘は火彩の投石で幕を開けた。
この異世界に来て何だかんだで一番役に立っているのがこの投石である。
馬鹿みたいに上がった身体能力のお陰でスピードも威力も申し分ないし、むしろこれだけで大抵の戦闘は終わってしまうのではないだろうかという活躍ぶりである。
まあ、直撃したのに平気で動いている騎士が目の前にいるが、それでも一時的に動きが鈍ったのだし、今回も何かしら効果があるだろう。
そう思って投げた投石だったが……。
「まじか!?」
甲冑の騎士は高速で飛んでくる石を脚を止めることなく二つに叩き切ったのである。
これには流石の火彩も動揺し、その間にも距離が詰められる。後数歩も詰められればそこは騎士の領域だ。
「くそッ!」
火彩は悪態を吐きながらも今度は騎士の少し手前の地面に向けて石を投げつける。
バァアアアァン!!
轟音と共に地面が抉れ、視界が土煙で埋め尽くされる。
貴重な時間を得た火彩は大きく円を描くように移動する。距離を取るのと、戦場が子供がいる場所に近くなったので遠ざけるのが目的だ。
その際に残っている石でダメージを与えてやろうと気配察知をしようとして……思わず声が出た。
「え……?」
土煙の中、本来は騎士がいるべきその場所に何の気配も感じなかったのだ。
それどころか戦場に何の気配も感じない。感じるのは少し離れた場所にいる子供の気配くらいだ。
これに火彩は慌てた。まさかこの一瞬で離脱されたのか?もしくは……。
「上か!?」
戦場で急に敵が消えた場合の定番パターンで上からくるものがある。それを瞬時に思い浮かべ、慌てて火彩は上を見上げた。そこには……。
ただ木の陰と満点の星空が平和そうに瞬いていた。
「あれ?」
予想が外れて間抜けな声を出す火彩。
そして仮にも戦場で目を離した挙句、余計な声を出したのがまずかった。
斬ッ!
依然と立ち昇っていた土煙が斬れた。
そして――。
ボトリ――。
何かが落ちる音。
「へ?」
急に軽くなった左半身によろめきつつ、火彩は一体どうしたのだと自分の左側へと視線を向け……そして、見た。
自分の左腕が斬り落とされているのを。
「あ?……あ、あ、あああああああああああああああああ!?」
一瞬、思考が停止し、認識が現実に追いつくと共に火彩は狂乱した。
当然だ。現代日本人にとって四肢が無くなるというのは何か事故に巻き込まれない限りそうそうあるものではない。
自分の腕が無くなり、一瞬前まで自分に付いていた腕が地面に転がっているという光景はいくら異世界オタクである火彩にとっても刺激が強すぎた。
しかし、戦場で我を忘れるというその大きな隙はあまりにも致命的だった。
土煙から煤けた白金が跳び出し、そして放たれる銀線。
「あ?」
気付けば火彩は夜空を見ていた。
木々の向こうには満点の星の海が広がり、その中に浮かぶように赤と青の双子月が輝いている。
そういえばこの世界に来て一番最初に見た異世界要素がこの双子月だったな、と火彩はふと思い出した。
木々がざわざわと波たち、それに合わせて星もチラチラと瞬く。
その全てがひどくゆっくりと流れていって――。
そこで火彩はようやく違和感に気付く。
(あれ?俺何時の間に上を向いて?今は戦闘中……。あ、俺腕切られたんだっけ?甲冑騎士は?ハラヘッタ……。こんなことしている場合じゃ……。腕くっつけなきゃ。怖い。月綺麗だな……。喰イタイ……。あれ……?)
頭の中を様々な思考が乱雑に、高速で流れていく。
そのほとんどは意味を持たず、火彩の混乱に拍車をかける。
だが、それも視界が動き、森の中の様子が分かるようになると収束する。
(あぁ、そうか――)
そこには剣を振り切った状態で佇む甲冑騎士と――。
左腕と頭を無くした火彩の躰があった。
(俺、また死んだんだな……)
そう認識した瞬間、それまで凍り付いていた時間が動き出す。
急速に地面が近付いてきて衝突。数回のバウンドの後に停止する。
痛みはもはや無い。
視界は急速に色を無くし、光を失っていく。
火彩が最後に見たのは力を無くして騎士の方へと倒れていく自分の体と、遠くに微かに見えるこんもり盛り上がった狼の毛皮だった。少しでも戦闘からの被害を減らそうと、火彩が少女にかけた毛皮だ。
だが、自分が負けたのだから、きっとあの子もこの後同じように殺されるのだろう。
例え力加減を間違えるリスクを背負ってでも、抱えて逃げたら良かったのかもしれない……。
(守ってあげられなくて、ごめ、ん――)
薄れゆく意識の中で少女に謝る。
その思考を最後に火彩の意識は闇に消え――。
――そして、燃え上がった。