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夏の終わりに見た夢を

作者: 光織 希楓
掲載日:2017/08/31

僕の描く夏祭りへ、ようこそ。

 夏の暑さが過ぎ去って、秋がちらりと顔を覗かせたころ。わたしはぐすん、ぐすんと鼻をすすりながら家の階段を上っていた。今日はお母さんに怒られたのである。どうやら、彼女の大切なお皿を割ってしまったらしい。

 お母さんの馬鹿、あんなところに置いていたのが悪いのよと言いたい気持ちを抑えて、わたしはおじいちゃんの書斎のドアをノックした。

 我が家の二階、一番日差しの当たる場所にひっそりと位置するその部屋は、壁一面を本棚で覆われている。まるで多人数の立ち入りを拒んでいるかのような、本とおじいちゃんーーまあ実際はわたしもたまにいるんだけどーーだけの世界みたいで。わたしは勝手に、”秘密基地”のようだと思っている。

 コンコン、コンコン。

「おじいちゃん、お話きかせて」

 四度のノックと、合言葉。そうすると、彼は決まってドアのカギを開けてくれる。それから、わたしに向かってにっこりと微笑んで、

「いらっしゃい。今日はどんなお話にしようか」

 ...ね、言ったでしょう。

「うん、今日はねーー」

 お母さんに怒られちゃったんだ、だから楽しいお話がいい。そういった私の声にこくりと頷いて、おじいちゃんはわたしをひょいと膝の上に乗せてくれた。しわしわの手で柔らかくわたしを抱きしめて、

「いいかい、途中で眠っちゃぁいけないよ」

 と得意げに話しだすのだ。




「そうだねぇ、じゃあこれなんかはどうだろう。あったかくて、それでいてどこか悲しい。不思議な、不思議な昔話」

「悲しいの?泣いちゃう?」

「泣いちゃうかもしれないね。でも覚えておいて。いつかきっと、おまえにもわかるから」







 ーーーーーーこれは、とある少年が女の子に恋をした、ひと夏の話。




 *************************



 少年は、祭りが大嫌いだった。煩いし、人は多いし、音やにおいが混ざり合って気分が悪くなるから。けれど、いつか楽しめるようになりたいと思っている自分もどこかにいた。もしかすれば、煩いとか、気分が悪いとか、全部自分の思い込みなのかもしれない。本当はもっともっと楽しいところで、思わず笑顔になっちゃうような場所なのかも。そうだったらいいな、なんて一年の三分の二くらいは憧れて過ごして、いざ祭りを前にすると途端に機嫌が悪くなる。そんな自分が何よりも嫌いだった。

「ごめん。お母さん、急に用事が入っちゃって今日はお夕飯作れそうにないんだ。ほら、今日はあそこの神社でお祭りがあるでしょう、申し訳ないけどそこで買って食べてくれる」

 突然そう告げられたのは、中学二年生の夏休み。雨で延期になった、今年の祭り一日目の午後だった。その時は「ふーんわかった」なんてぶっきらぼうに返していたけれど、いざ思い返してみたらよくパニックにならなかったな、と思う。とにもかくにも、僕は祭りが大嫌いなのだ。

 しかし晩飯がかかっているのであればそうもいっていられない。さっさと買うものを買って、早々に出ればいいだけの話だ。そう思いなおして、僕は軽く身支度を済ませると家を出た。外には下駄をはいた人の歩く音と、かすかな太鼓の音だけが響いていた。


 なぜか、寂しい夜だと思った。表向きは明るく楽しいのだけれど、真っ暗な裏があるような、そんな感覚。誰かがどこかで泣いているような、それに気づく人がーー”気づける人”がいないような。

 子供だから、なのか。僕だから、なのかはわからないけれど。この祭りの中で、悲しんでる人の存在をーー確かに、感じていた。

「ほらよ、ボウズ。焼きそば紅ショウガ抜きだ、気を付けて持って行けよ!」

「うん、ありがとう」

 それが確信に変わったのは、晩飯のメインディッシュ(になる予定)である焼きそばを買った時だった。

「----かーーゆめ」

 微かに、女性の歌声が聞こえ始めたのだ。歌詞はよく聞こえなくとも、鈴の音のように美しい、声。

「みなしごとーーーこ」

 遙か昔から知っているような、懐かしい感覚に襲われる。

「闇夜ほど星が綺麗なことーーー」

 いや。知っているような、ではない。確実に、知っていた。僕ははっと息をのむと、彼女の声に合わせて次の歌詞を呟く。

「「ねぇ、知ってるーーーー?」」

「----っ!!!!」



 瞬間、駆け出していた。

 どこに?

 誰に向かって?

 何をしに?

 なぜ?

 すべてが分からない状態の中で、僕は走った。大嫌いな祭りの列を押しのけて、煩い音に耳も塞がずに。目指していたのは、あの歌声。顔も名前も知らない、けれど大切に思いたい誰か。



「夢のまた夢か見果てぬ夢」



「みなしごとパパに疎まれた子」


「闇夜ほど星が綺麗なこと」


「ねぇ、知ってる?」


「逆夢のままに踊れ踊れ」


「僕らが僕らでいられるまで」


「なりふり構わず手を叩け」



「いつの日か×××××××××××」



 *************************




 ずっと、待ち望んでいた。

 誰かが、私に声をかけてくれるのを。


 ずっと、待ち望んでいた。

 誰かが、私の声を聞いてくれるのを。


 ずっとーーーーずっと。


 待ち望んでいた。



 *************************


 十八くらいの、美しい少女だった。透き通った真っ白な肌。泣き腫らす瞳は他にない、深紅。宝石のついた簪で束ねられた黒い髪には艶があり、何とも魅力的で。連れとはぐれでもしたのだろうか、これだけ人が多いというのに足には何も履いておらず、来ている浴衣も心なしか汚れているように見える。

 彼女は、祭りの屋台から遠く離れた、小さなお社の前にいた。そこでーー泣いていた。硝子のような涙を流し、時折しゃくり上げながら、歌に身を任せて、泣いていた。誰もいない、真っ暗な場所で、一人寂しく。

 僕は一瞬にして、目を奪われた。


「----っあの、」

 掛ける声が震える。目の前の紅から目が離せなくなって、そこで初めて、「一目ぼれ」という言葉が思いついた。人は、出会って二秒で好きか嫌いか判断するんだっけ、なんて、少し前に本で読んだことが頭を過っても、未だ目は逸らせないままで。刻々と時間だけが過ぎていく。

「.....君。私の声が聞こえるの?」

 ふいに、彼女は僕に問いかけた。泣き止んだのか、目をこすった後でまっすぐ見据えられる。

 心臓が跳ねているのが分かった。

 今この瞬間、死んでもいいとさえ、思った。

「き、聞こえてます...よ」

 質問の意味は分からなかったけれど、とりあえずと答える。はっと息をのむ彼女を見るに、声をかけてはまずかったのだろうか。それなら申し訳ないことをしたなと唸っていると、ずいっと彼女が僕に寄ってきた。

「ねぇ、君。...ううん、まずは名前を教えてくれない?私、あなたと友達になりたいの」

「うわぁあああ!?!?」

 ....心臓飛び出るかと思った。いきなりはズルいと思う。近いし。...近いし。

「私はね、更紗っていうんだ。葭山更紗(あかねやま さらさ)。なかなかないよね、この名前。自分でもかなり気に入ってた...気に入ってるんだ。...君は?」

 じ、と紅の瞳で見つめられると、心の中まで見られているような感覚に陥ってつい目をつむった。恥ずかしい。いや、恥ずかしすぎではないか。なんなんだこのお姉さん。僕をどうしたいんだよ。

「更紗、さん...ですか。僕は、晴斗です。額賀晴斗(ぬかが はると)。」

 赤い顔のまま必死に名乗れば、くすくすと笑い声が聞こえる。むっとして目を開けた僕をよそに、彼女は言った。

「いーよいーよ、更紗で。ほら、なんだっけ...一緒に話した時点で友達っていうでしょ?年の差なんてカンケーないってば。第一、晴斗ってまだ中学生でしょ?気負わないほうが子供らしいぞー、少年!」

「なっ.......!?」

 僕は見事に、彼女の罠にはめられてしまったのだった。




「へぇ、晴斗ってお祭り嫌いなんだねぇ。今日はまたどうしてここに?」

「母さんに用事が出来ちゃって、それで夕食を買って来いってさ。本当は来たくなかったんだけど...って、さっきから僕しか話してなくない?更紗もなんか話してよ」

「...そうだねぇ。でも私はお姉さんだからなぁ。自重ってやつですよ、自重。幼い晴斗君に譲ってあげないとねぇ」

「ほらそうやってすぐに子ども扱いするー。僕中二だからな!?そこらのガキよりよっぽど大人ですーだ」

「あー、そんなこというお子様な晴斗には、私の話聞かせてあげないよー?」

「っ、それは嫌だ。僕だって更紗のこと知りたいし」

「えーー?小さくて聞こえなーい」

 初めて会ったとは思えないほどに、僕と更紗の間は途絶えることなく会話が弾んだ。時折、相手をからかったり、わざとふざけたことを言ってみたり。そのたびに僕らは笑い、名を呼びあった。

「ったく更紗は!」

「ごめんごめん、許してよ晴斗ー」

 それこそ、年の差なんて関係なかった。

 このままずっと話していられたら。

 更紗とーーー恋人になれたら、どれだけいいだろう。

 話していくうちに膨らんだ恋愛感情は、自分ではもう抑えが効かなくなってしまっていた。

 まだ十四の僕と、十八の更紗。

 年はーー四つも離れている。

 駄目なのはわかってる、わかってるんだ...けど。

「っ、更紗!」

「なあ、にーーーーー」

 僕の小さな腕が、更紗の体を包んだ。



 ーーーーハズだった。


「....大胆だねぇ、少年」

 彼女は、透けていたのだ。抱きしめようとした僕の腕は空を切って、彼女のぬくもりを捉えることはなかった。また泣いてしまいそうな彼女の顔と、消えかけた指先を見てーーーすべてを、察する。

「さら、さ......?」

 彼女が、”この世のものとは思えないほどの”美しさを持った彼女が。

 葭山更紗がーーーここに存在していないことを。

「タイムリミットが、来ちゃったみたいだね」

 少女は消えかけた体を見つめると、僕に向かってほほ笑んだ。

「楽しかったよ!!最後に、君という存在にあえて。

 初めてだったんだ、私の声に気づいてくれたの。ここで泣いていた...殺されて、成仏できないでいた私に声をかけてくれたの。ありがとう、好きになってくれて。ありがとう、友達になってくれて。ありがとう...ありがとう。ありがとう...」

消えるその一瞬まで、少女は繰り返した。長いときの中で、泣いた回数と重ねるように。短いときの中で、笑った回数と重ねるように。何度も何度も、何度も。

「ばいばい、はると」

 彼女の体が、声が、笑顔が、瞳が、涙が、消えてなくなってしまう。

「いかないで、」

 そういった僕の声も、もう届かない。

 唯一消えずに残った簪を、そっと拾い上げた。


 ーーーまだかすかに、彼女のにおいが残っていた。




 *************************


「...気が付くと、祭り嫌いの少年は初めの屋台に戻ってきていた。一度見た光景が繰り返す。

 ただハッとして手を見ると、握っていた簪はそのままそこにあった。

 少年は、夢だとは信じたくなかった。いや、信じられなかった。だから神様に毎晩お願いしたんだよ、”どうか、どうか、更紗を生き返らせてください”って。そしたらーー」

「どうなったの?」

「...さあね。おじいちゃんにわかるのはこれだけだよ」

「えーー!?」


 あれから、随分と長く聞いていたらしい。時計の針はもう五時を回って、あたりは暗くなりかけている。

 随分と中途半端に話を終わらせてしまったおじいちゃんをぽかぽかと叩いて、「なーんーでー!?つーづーきーはー!?」と催促してみたのだが、閉じていた本を読み始めてしまったため諦める。ああなったおじいちゃんは、読み終わるまで話を聞いてくれないのはわかっているのだ。

沙彩(さあや)ーー、おじいちゃーーん、ごはんよーー!」

「はぁい!」

 むっとした顔をしていると、下の階からお母さんの声が聞こえてきた。おじいちゃんはほっといて、さっさとご飯を食べてしまおう。ビーフシチューの香りが漂う階段を下りながら、わたしはふと思い出すのだった。きっと、一番大切なことを。

(そういえば、死んじゃったおばあちゃんの名前って.....)






「いつの日かこの夢が、覚めるまでは」

 懐かしいメロディを口ずさむ。

 彼女に出会ったとき、歌っていた歌。

 なんで知っていたのか、今もわかってはいないけれど。

 それでも、僕はこの歌のおかげで更紗に会えた。

 生涯の伴侶に、巡り合えた。


「...ありがとう、更紗」


 しわくちゃの顔でにっこりと微笑む、妻の遺影にそう呼びかける。

 あれからずっとずっと一緒に過ごして、つい二年前に亡くなった彼女。

 出会う前と出会った後で、二回天国に行った彼女。

 もう少し時間がかかりそうだけど、僕がそちらへ行ったときは、また話そうね。

 今度こそ、永遠に終わらない時の中で。


 あの時の簪は、まだ君の隣で揺れている。










フォロワーの奏さんの企画で書き始めたこの話。僕に振られたお題は「簪」でした。はじめは少年と狐の恋話にしようと思ったのですが、一度全部書き直して今の形に落ち着きました。いやー、楽しかったです。

解説を入れると、更紗が死んでしまったのは強姦にあった末に殺されてしまったからです。可愛すぎてしまったのですね。昔からそういう目でしか見られてこなかった更紗は、純粋な愛を望んでいました。それが、彼女が成仏できなかった理由であり、晴斗によって成し遂げられた心残りです。

恋に落ちるには短時間すぎるって...?許してくださいな、時間がなかったんですよ。いつかちゃんと書き直しますから!!

作中で出てきたあの歌は、歌い手・まふまふさんの「夢のまた夢」です。なんとなく、出てきたので使わせて頂きました。高音ですがかっこいい曲になっているので、よければ聞いてみてください。

最後に、今回初めて短編に挑戦してみたのですが、いかがだったでしょうか。感想など寄せてくださると大変喜ぶのでよければお願いします笑

ここまで読んでくださった皆さんに感謝!!!


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