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人魚の宝石  作者: ふさふさ
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人魚の宝物

 先日と同じ時間。あの時のような夕焼けではなく、群青色の空に星がひとつふたつと瞬き始めるような、薄青い夕暮れの空だった。

――あの子、来るかな。

 ジークは運び終わった今日の仕事、空の桶を足元に置いて、涼しげな湖の前で立っていた。

――いや、どうしよう。やっぱり帰ろうかな。あの子はちょっとした好奇心で聞いただけかもしれないし。それを調べた結果をわざわざ言いにくるなんて、おかしく思われるかな。

 ジークはどんどん、そわそわと落ち着かなくなっていく。

――そもそも、本とか見たけど何も分かりませんでした、って結果だし。よく考えたら変だよ。何で分からなかったってことをわざわざ聞かなきゃならないんだって話じゃん。

――何で俺、わざわざそんなことを言いに来たんだろう……。

 「会いたかった!」

 帰ろうとしたその時。耳に飛び込んで来た、女の子の声。

 「リズ!」

 そこに居たのは、ゆるやかなウェーブを描く長い髪をした人魚。

 陽だまりのように、にこにこと笑っていた。



 「で、結局その本にはあんまり情報が無かったんだ。」

 リズが水に入ったまま、手だけをちょこんと地面にかけてそう言った。

 ジークは頷き、言葉を続けた。

 「わざわざ分からなかったって言いに来るのも変かなって思ったんだけど、一応伝えとこうかなって思って。」

 「ううん。私、人間のお友達初めてだもの! 来てくれてとっても嬉しい。」

 そう言って、リズは屈託なく笑った。

 ジークの胸に、何か暖かいものが流れ込むような心地がする。

――嫌がられてないみたいで、良かった。

 「俺も、人魚と仲良くなるなんて初めてだよ。」

 ジークははにかみながら言った。

 リズが、ぱしゃっと尾びれを立てた。

 尾のくびれた辺りには、胸元の首飾りによく似た、赤い雫のようなアクセサリーが付けられていた。

 リズが、尾びれを水面に ぱちゃぱちゃぶつけながら、言う。

 「ねえ、見て。これね、私の宝物なの。」

 リズはきれいな指先に、東雲色の貝殻を乗せて微笑んでいた。

 どれ、と言って、ジークはその貝殻の蓋を開いた。隙間から波紋が見えて、その雫に浸っている、色とりどりのきらめきが見える。

 そして蓋を開けきり、空の淡い光が飛び込むと同時にきらめきの正体があらわになった。

 花の色より、鳥の羽よりも鮮やかな色をした宝石たち。

 自分が今まで見たことのある数個の宝石はもっとくすんでいた、もっとがたがたした形だった、ジークは心の中で呟いた。

 目の前にある宝石たちは、本当に宝と呼ぶにふさわしい美しさを持っている。とろけるような濃紺のサファイア、ごく稀に成るきれいに熟れた真紅のリンゴの色を思わせる真っ赤なルビー、澄み渡った水を砕いて石にしたかのように透明なアクアマリン、そのどれもが、ぞっとするくらい精密で正確にカットされている。

 大地からこんな物が生まれてくることが、奇跡以外の何物にも思えなかった。これほど美しければ、そりゃ宝石を奪われた大地が怒って、水の姿に変えて取り返しにやってくる、という昔話ができたのも納得できる気がした。

 「きれいでしょ、こんなに美しい宝石たちは滅多に見れないわ。だから、こうやってこっそり貝殻の中に隠して、私の物にしたの。」

 「誰のもの、とかあるの?」

 「ううん、無い。むしろ無いからこうやって隠してるの。私たち人魚は、物が基本的に誰かのもの、じゃなくて一緒に暮らす皆のもの、ってなっているの。だから独り占めしたら、泥棒扱いされちゃうのよ。」

 ジークは目を丸くして、その貝殻の中の宝石とリズの首元からいつもぶら下がっている赤い石の首飾りを交互に見た。

 「じゃあ、言っちゃ駄目なんじゃないの。」

 それを聞いたリズが、んー、と言いながら空を仰ぎ見る。

 「そう、だからこれはジークにしか見せてないの。言っちゃ駄目よ、私、怒られちゃう。」

 そう言ってリズはお茶目に笑った。


 「でも一番良いのは、その都遣えの男の人に聞いてみることじゃないかな?」

 リズの言葉にジークは そうだよね、と返す。あれから話はまた、宝石の話に戻っていた。

――戻っていたっていうよりは、戻した、だよな。

 ジークは人知れず、心の中で呟いた。

 リズの宝物を見せてもらった後、お互い沈黙し、話の内容に困った。今自分たちの関係で場を繋げられるような話題は、宝石と水の関係性の話しかない。ジークはそう思った。

 そこで、どこを調べたら出てくるか、の話になった。

 今リズが言った、都遣えの男に宝石と水の話を聞くという提案は、その通りだともジークは思った。しかし。

 「でもさ、あの人がちゃんと知ってるのかってことさえ微妙なんだよね。町長さんですら分かってなかったし、水を汲む仕事の傍ら宝石を捨てる仕事を受け継いだ俺の父親だって、何も知らないっぽいし。」

――それにあの都遣えの人、怖いからな。

 ジークは心の中だけで付け足した。

 そんなジークの言葉に、リズは眉をちょっと下げる。

 「そっかぁ……。それに、そういえばその男の人、なんか宝石を持っていたら極刑だ、とか言ってたんでしょう? そんな人に聞くのも危なそうだし……。」

 その しゅんとした様子に、ジークがおろおろと顔を覗き込んだ。

――リズ、そんなに知りたかったのかな。そうだ、自分じゃ水のあるところまでしか行けないから、調べたくても調べられないもんな。ちょっと気が進まないからって理由で断るのも、なんだか悪い気がしてきた。それに、一番聞く相手として正しそうな相手に聞かないってのも もやもやするし……。

 ジークはリズに優しく笑いかけた。

 「や、でも聞くだけ聞いてみるよ。それで何か分かれば伝えるし、分からなくても一応分からなかったよって伝えには来るね。それでいいかな。」

 ジークの吐いたその言葉。リズはその言葉に、反応したかと思えば歯切れの悪い返事らしきものを呟いたり、何やらおかしな動向を見せた。

――あれ。「ほんと!? ありがとう!」って来ると思ったのに。

 ジークが首を傾げていると、リズは びしっと手を前に出した。

 「も、申し訳ないから、分からなかったって報告まではいいよ。ジーク、ここまで来るの大変でしょう。無理しないでいいからね!」

――これはリズに、拒絶されているのだろうか。

 ジークはその言葉に、そう思わずにはいられなかった。

――いやでも、純粋に悪いと思っただけかも知れないし。それに本当に嫌だったら、そこまでして宝石と水のことを調べなくていいよ、とか、やんわりとこの話の方向自体を否定するはずだし。

――待てよ。嫌だけど、どうしてもその話だけは気になるのかも知れない。その話が聞けるなら、会ってやるみたいな。

 拒絶か、気遣いか。ジークは決定打となるカードは導き出せなかった。

 ともかく分かるのは、情報が分かればここに来ていいということ。

 これは何としてでも、あの男から情報を引き出さなきゃならない、ジークはそう思った。

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