宝石を捨てた民
「おい、ちゃんとここも、宝石を一つ残らず処分しているんだろうな。」
「え、ええ。もちろんですとも。」
タバコ臭い部屋。人の背は軽くあるほど育った観葉植物を、さらに軽くこすほどの背をした大柄な男が、部屋の中心でもう一人の男と話している。
「じゃあ、宝石をどう処分しているか言ってみろ。」
「そ、それはその仕事の者が知っているのですが、ええと……」
へこへこと頭を下げる、線の細い男性が、助けを求めるような目で部屋の皆を見る。
しかし、目を逸らされた。
質問をした大柄な男の顔に凄みが増す。仕事をなめてるのか、そんな言葉をこぼす。
部屋が、身動きの音すら聞こえないほどに、どんどんと静まり返っていく。
宝石の処理の仕方なんて、指示されたことは無い。どう処理をすればいいのかだって分からない。前の担当と違って、今度の都から来た男は、嫌に高圧的で、様々なことに関して、「重箱の隅をつつくよう」だった。
町長の顔から、どんどんと血の気が引いていく。
高圧的な、都遣えの男が鼻を膨らませて大きく息を吸う。その息が嘆息として、一気に吐き出される直前。
「水の中に捨てました」
会話に、凛とした声が割り込んだ。
声変わりのやっと済んだようなその声。大人たちをかき分けて、その少年は前に出る。
窓から入る陽光に髪がふれ、きらりとその少年の金髪が輝いた。
出て来たのは、精悍な顔つきをした少年。二人の大人の顔をまっすぐと見据える。
少年はそのまま、つらつらと言葉を並べた。空間の雰囲気が、少年によって飲まれていく。
「水の中です。宝石は水難を呼ぶのでしょう。ならばと思って、水の中に入れることにしました。下手に埋めたり壊したりするよりは良いと思ったのですが、どうでしょう。」
都遣えの男は、眉をひそめてじっと見つめ返している。男はかなり大柄であったため、見つめ返しているというよりは、少年を見下ろしているかのようだった。
コーヒーカップの白い湯気だけが、その部屋にある、動く物だった。
やがて、都遣えの男がさっきし損ねたため息を取り戻すかのように、小さく息を吐いた。そして諦めたように身を翻す。
それを見て、その場にいた人たちが嬉しそうに顔を見合わせた。
しかしその空気に覆い被さるようにして、都遣えの男が口を開いた。
「言われたことに従ったなら良い。だが、その宝石を隠し持とうとだけはするなよ。」
そのまま、男は腰に下げていた銃に手を当てる。
「もし隠し持っていたことが分かれば……極刑だな。」
最後は、その部屋にいた人々を竦みあがらせようと言わんばかりの目で睨め付けた。そして皆がその自分の目から目を逸らしたことを確認すると、ふんと鼻を鳴らし、扉を ばたんと、乱暴に閉めた。
足音が遠ざかり、居なくなるのを耳と気配で確認すると。役場の誰かが、羊皮紙を貼られている壁ごと殴った。
その拳の下にあるのは、何代も前に渡された、都からの御触れだった。
そこに書かれているのは、簡潔な文。
「宝石を一つ残らず捨てよ」
そして、その下にある一行の理由。
「持っていれば、その土地に水害がもたらされる」
羊皮紙に押し付けている拳に力が加わった。羊皮紙がさらにくしゃり、と歪む音がする。
「偉そうに。」
誰かの言ったその言葉が、嫌に響いた。
「さっきは助かったよ、ジーク。」
思いがけず出てきた、とても若い助け舟。それを出してきてくれた金髪の少年に、先ほどまで問い詰められていた線の細い男性が話しかけた。
ジークと呼ばれた少年が振り返る。振り向きざまに金髪がきらめき、肩に担いでいた棒と、そこに吊り下げられていたバケツの水が、ぐらりと揺れた。
「町長さん。」
少年の青い目は、とても澄んでいた。
町長と呼ばれた男性が目を細める。
「君の家が、宝石の処理をしてくれていたんだってね。丁度君の来る日で助かったよ。」
町長がジークの担いでいる水を見る。ジークは肩を揺らし、届けに来た水を たぷんと揺らした。
「僕も、いきなり自分が呼ばれたのかと思って驚きました。」
そう言って、少年は笑顔を見せた。
格好悪いところを見せてしまった、町長が呟く。そして続けざまにこう言った。
「町長の立場でこんなこと聞くのもなんだけど、君の家は、どうして宝石を処理する仕事をすることになったんだい?」
宝石を、水害を理由にして捨てるに至った過程。この言い伝えがどうやって人々の間に浸透したのかも、町長はずっと知らなかったし、ずっと知りたかった。
「僕の曽祖父……よりもうひとつ前ですね。その人が、この役場で働いていた時代にあの御触れが出て……。それで、普段の事務仕事のかたやで宝石を処理する仕事を任されたみたいです。それがその子どもに、さらにその子どもに……といった感じで、今も僕がそれを一任しているんです。もう、ほとんどその先祖からの仕事はないですけどね。」
「つまり、押し付けられちゃったのか。」
二人で顔を見合わせ、苦笑した。
すると、ジークが自分のポケットに目をやり、ひとつ小さくジャンプした。
ポケットの中のものが、ぢゃりんと鳴る。
ジークが、目を伏せながら話す。
「……今日、持っている人が居たんです。ふたつ……。あの都から来た人が目を光らせているのを見て、怖くなったらしくて、僕に渡してくれたんですけども……。」
二人の顔に、無表情とも笑顔とも怒りとも、悲しみとも言えない表情が浮かぶ。
ジークは少しだけうつむいていた。しかしまたすぐに顔を上げ、透明な笑顔を町長に向けた。
「じゃあ、僕はこの宝石を処理するので、ここで失礼します。町長さん、また!」
そう言って、ジークはくるりと身を翻した。ぶら下がるバケツの水は、こぼれそうでこぼれない。
「待って、ジーク君」
町長が、声を投げた。
「君は、どうして宝石を捨てると思う。皆の言う通り、あれは国民を命令通りに動かせると確認するための、いわば力を誇示するだけの嘘だと思うかい。
それとも、本当に宝石が水害を起こすと思うかい。」
かすかに振り向くジークの表情は、彼の金髪に隠されて、町長の目からはよく見えない。
ジークの唇が、微かに歪んだ。
「分かりません……。」
その後、考えたこともありませんでした、と付け足した。