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人魚の宝石  作者: ふさふさ
18/19

生まれた理由

 「黒い珊瑚が……生まれた理由?」

 夜と朝の境目の場所で、冷たい湖に浸かったまま。ジークはリズの言った言葉を繰り返した。

 リズは上目遣いになりながら、こくんと頷く。

 「よく分からないんだけどね、黒い珊瑚が私の体の中を侵食した時……黒い珊瑚と『ひとつ』になった感じがしたの。黒い珊瑚に、意思なんてあるはずがないのにね。でも、宝石をめがけて突き進むあの感覚は……まるで、黒い珊瑚の本能みたいだった。」

 遠い目で語るリズ。リズは夢でも見ていたのだろうか、ジークはそう思いながら、静かにその話を聞いていた。

 「黒い珊瑚はね、珊瑚ではやっぱりないの。似ているけれど。ここでは、分かりやすいように、呼び方は黒い珊瑚のままにするね。」

 リズは一度、深呼吸をした。そしてつらつらと言葉を述べ出す。

 「黒い珊瑚が生まれた理由は、宝石を包むため。黒い手帳のひとが書いていたでしょう。真珠は、貝が体の中に入った異物を無害化するために、自分と同じ組織で包んでできたものだって。あれ、すごく良い例えだったと思う。

 宝石はね、雷が落ち続ける場所だったり、炎のように熱い洞窟だったり、生き物が住めない所にできるの。そしてそれは、大地にとっても”体調不良な場所”なの。だから黒い珊瑚っていう自分の一部で、そこを包んで全部無かったことにして、また一からやり直すために作る、かさぶたなの。」

 ジークは、自分が宝石を捨てに通った道筋を思い出した。あの、生き物のいない不毛の大地。

――あれはやっぱり、生き物が全滅してたのか。

 白紙になった大地に、新しい命が芽生えるのはいつになるのだろう。

 リズは宝石の話を続ける。

 「さっきも言った通り、宝石は天変地異がやまない、体調不良の場所にしか本来ないものなの。だから宝石を持ち出すと、そこは修理しなくちゃならない場所だっていう……誤解をしちゃう。だから黒い珊瑚で悪いところを包もうとするの。でも黒い珊瑚を作るにはあの水が必要だから、宝石のある場所はまず水で覆われちゃうってことなの。」

 ジークはその話を、静かに聞いていた。そして、言葉が途切れたところで、気になっていたことを聞いた。

 「修理をしないとならない場所だって誤解するって……誰が?」

 ジークの問いかけに、リズは少しだけ迷ってから、言った。

 「大地……いいえ、この星が。」

 この星は、ひとつの生物みたいなものだから、私達みたいに代謝や回復をする、それと同じ。そう、リズは付け足した。

 ジークはあまりにも大きすぎる話に、付いていけなくなるのを感じた。それはリズも分かっていたらしく、手をもじもじとさせている。ジークは話を小さく戻すためにも、この気まずい空気を打破するためにも、前に考えた自分の推論を口にした。

 「つまり人間に、かさぶたになる体液があるみたいに。宝石が呼ぶ水は、普通の水じゃなくて、固体を作るための特別な液体だったの?」

 リズは目を大きく開いて、それから、拍手しながら言った。

 「そうだよ。あの液体から黒い珊瑚は作られるの。」

 無邪気に笑うリズ。その笑顔はいつもと何も変わらないのに、話す言葉の不思議さに、何故だかどこか、異質だった。

 ジークはリズの瞳を見つめる。どこまでも澄んだその目は、どこを見据えているのだろうと思いながら。

 リズの心は、自分達からどこか遠くに行ってしまっているのではないだろうか。そんな不安にジークはかられた。

 リズは遠い目をして、話し出す。

 「本当はね、ここも危なかったの。ここが水……あ、あの液体のことね。に、沈まなかったのは、この土地の下には大きな岩が隙間なくあって、水が通れなかったから。でもそれも、何十年もかけて少しずつ侵食されて……。あと少しで、岩は決壊するところだったの。本当に……」

 リズの目の色が変わる。

 「惜しかった……」

 その目に、声に。ジークの背がひやっとする。

 「リズ!?」

 ジークは思わず声を張り上げた。その声に、リズは びくっと体を震わせた。

 そして、ハッとリズは息を呑み、その頭を抱えた。

 顔色のなくなったリズの瞳が、小刻みに揺れている。リズはジークを見上げ、震える声で言った。

 「ジ、ジーク。わたし、わたし、ちが、」

 そのリズの並々ならぬ様子に、ジークの心が切り替わる。「何とかしなきゃ」、と心が叫ぶ。

 ジークはリズの手を取り、ぎゅっと握りしめた。大丈夫、大丈夫と囁きながら、リズの手を優しく撫でた。

 瞳を揺らしたまま、リズはしばらく俯いていた。そして手を握ってからしばらくした後、か細い声で彼女は話し始めた。

 「ジーク、信じ、られないかもしれないけど。私、黒い珊瑚の立場で今、ものを言ってしまっていたの。でもあのね。惜しかったって言っても、星と違って、あの子達は決して、そこに居る人達を排除しようだなんて思ってない。そういう概念すら無い。あの子達はただ、宝石を自分達の体で包み込む役割を果たそうとしてるだけ。そのために生まれてきた存在だから。」

 リズはジークの腕にすがりついて、今にも泣きそうな顔でジークを見上げていた。とても必死な声で喋りながら。

 上がりそうな朝陽を背に、リズは言葉を発した。

 「私今、まるで、自分を黒い珊瑚みたいに感じるの。宝石を包み込まなきゃって。私の、私の意思じゃない。どうしよう、ジーク。私、私の意思がのっとられてしまいそうに感じるの、怖いの!」

 リズの手に力が入る。ジークの腕に、その細い指が食い込む。

 リズが火傷をする様子はなかった。何故なら、ジークは極限まで血の気が引いて、指先はもはやリズよりも冷たくなっていたから。

 自分の腕にすがりついて、涙を流す自分の好きな女の子。

――リズが、おかしくなってしまう? 消えてしまう? 

――俺が、リズをあんな場所に連れて行ったから。

――俺がリズと出会っちゃったから。

 ジークは、自分の顔から血の気が引くのが分かった。もはや痛いほどに。

 それを見たリズが、もっと不安そうな顔をする。そこでジークは、ハッとした。

――駄目だ、一番不安なのはリズなんだ! 

 ジークは、がしっとリズの肩を掴んだ。今だけは、自分の手が冷え切っていて良かったと思いながら。

 「大丈夫!」

 ジークは力いっぱい声を張る。リズの後ろで、白金色の朝陽が見え始めていた。

 「今さっき、リズは俺の呼びかけに応えたじゃん。リズの意思がまた遠くに行きそうになったら、その度に俺が呼び戻すから! 例の特別な水がなくちゃ、黒い珊瑚はできないんでしょ。だから、リズの体の中で黒い珊瑚がこれ以上増えることは無いよ。きっとこれ以上は進まない。」

 水面が朝陽に照らされて、きらきらと輝きだす。リズの髪も、光に透けて白く光る。

 「だってリズはもう、一回黒い珊瑚に勝ってるんだから。」

 ジークはそう言って、最後ににこっと笑った。

 根拠なんて無い。自信だって無い。ただリズを安心させるための、単なる予想。そして、自分の願望。

 それでもジークは、リズに「俺のせいでごめん」「俺と出会わなかったら良かったね」などと卑屈に謝るよりも、こっちの方がよっぽど良いだろうと思った。

 だってこれを言った今のリズは、朝陽に包まれながら、安心したように笑っているのだから。

 リズの目からは、まだ涙が流れている。涙の粒を指先でぬぐいながら、リズは言った。

 「うん……絶対だよ。呼び戻して。側にいて。」

 ジークは何度も うん、うんと頷いた。

 自分が絶対守る、自分が絶対守る。

 ジークは見えない何かに誓うように、心の中でその言葉を繰り返していた。

 美しい朝陽に涙の粒を光らせるリズは、この世の何よりも美しい、ジークはそう思った。

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