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人魚の宝石  作者: ふさふさ
16/19

落陽


 「それなら、汚れた水に入ってしまった時の処置で何とかなるかもしれない。やってみよう!」

 怪訝な顔をされるかと思ったら、ジークの推論は思った以上にすんなりと医者の人魚に受け入れられた。

 その処置というのが、きれいな水をたくさん飲ませて、空気の通り道を洗浄する、という単純なものだったからかもしれないけれども。

 水に関しては、ジークは水運びの仕事であったため、すぐに用意できる、と走り出した。

 推論と言っても、宝石のことを色々言ったわけではない。

 ただ単に、この前出かけたところの岩がエラについている。もしかしたら、あそこの水が悪くて詰まっているんじゃないか、と、言っただけだった。

 医者はその予想の原因が症状と合致したのか、すぐに行動を始めた。

 ただジークは、もしあの黒い珊瑚の正体が岩ではなく、繁殖する生物的なものだったら。リズの体の中で無制限に増え続け、手の施しようがなくなるとしたら。そう思うと、空恐ろしくなった。

 とにかく、水が悪かったんだと信じたい。ジークはそう願いながら、必死に水を運んでいた。

 水を渡すと、水を不思議な道具でリズの口に押し込んだ。水を流せば、リズのエラから水が垂れた。

 その水をレミィとジークは器で受け取り、湖に混じってしまわないようにした。

 その水には、黒い砂利が浮いている。

 水底の方から、人魚が不思議そうに、心配そうにこっちを見ている。

 ジークは必死に、器がわりの魚の皮で水を受け止めては、また魚の皮の口を開けて、水を受け止めた。

 「ジーク!」

 水音と共に、凛とした男の声がジーク達の耳に届いた。若き町長の声だ。

 「町長さん……」

 ジークは、何故だかその声を聞いて少しだけ安心した。しかし町長の目は、赤かった。

 きっと彼も、泣いていたのだ。町長は今の状況を見やった途端、言った。

 「何かできることは?」

 その頭のキレの速さと、頼り甲斐のある姿に。ジークは感極まって、手元の器から水をこぼしてしまいそうになった。

 「宝石……」

 ジークは決めた。

――変に思われたっていい、から。最善だと思うことを。

 「お願いします。大至急、宝石を全て集めてください。」

 町長は全てを察したのか。

 ほんの数瞬呆けたあと、強い瞳で頷いた。


 「皆! 宝石を大至急集めるんだ! もしかしたら宝石が、リズの症状の原因かもしれない!」

 高らかに町長がそう叫ぶ声に、人魚達は恐怖を声に出しながらも、すぐに宝石の回収に徹した。

――宝石を原因、というのも変だけど。でも今はそれが一番分かりやすい。やっぱりこの人、すごい。

 ジークはその姿を横目で見ながら、そう思わざるを得なかった。

――この人に、何度も助けられた。なんてお礼をすればいいんだか分からない。

 そう思って町長に目をやった瞬間、町長もジークの方を振り向き、二人は ばちっと目があった。

 町長は、ふんわりと笑った。

 動かしたのは、君だ。

 聞こえないはずなのに。その唇の動きだけで、町長の言葉がはっきりと分かった。

 「ねえ、リズの顔色!」

 レミィの声に、ジークは振り向いた。

 「さっきよりも、赤みがさしてない!?」

 涙の粒を撒き散らしながら、レミィが叫んだ。

 見ると、確かにさっきよりも顔色が良くなっている。

 医者が言った。

 「このまま続けよう。」

 先ほどよりも、明らかに水の出が良くなったエラ。ジークは視界を涙で滲ませながら、意気揚々と立ち上がった。

 「俺、追加で水を持ってきます。水を受け取る役は、誰か他の人魚にお願いして、」

 しかし、医者はそれを制した。

 「いや、大丈夫。君が持ってきた分で足りると思うから。にしても君、こんな大きな桶ふたつも、よく担いで来れたね。

 ジークは、じぶんの持ってきた桶を見た。自分の身長の半分はある、家にあった一番大きな桶。本来これは持ち歩く用ではなく、むしろ、運んできた水を溜めるためのものだった。

 それをなみなみ水を入れてふたつ、自分は担いできたのかと思うと、ジークは我ながら驚いた。こんな大きさのものは、ひとつだって運んだことは無かったのに。

 火事場の馬鹿力。ジークは頭に浮かんだその言葉に、思わず苦く笑った。






 しばらくして、処置は終わったらしい。

 一方その頃のジークは、リズの側にはおらず、落陽の世界でただ一人、たくさんの宝石を袋に詰めて運んでいた。

 持っている袋は、魚の皮を繋ぎ合わせた、人魚お手製の袋だった。

 足元では、歩くたびに黒い珊瑚がじゃりじゃりと音を立てている。

 不毛の大地に、太陽は沈んでいく。

 よく見れば、この宝石の捨て場までの道のりに、魚は一匹もいなかった。

 それどころか、ここにはよく見れば、草一本生えていなかった。

 理由はなんであれ、ここに住める生き物はいない。ジークはこの広い大地でただ一人の生き物として、それを確信した。

 ジークは汗が目に入りそうだったが、一刻も早くこれを運んでしまいたくて、拭う気にはなれなかった。

 夜が来る。

 どうして自分が明日の朝まで宝石を捨てることを我慢できなかったのか。ジークは自問したが、宝石の重さとそれを掴む手の痛みに、何も考えられなくなった。


 同時刻。

 リズは大きな白い貝殻でできたベットの上に、横たえられていた。

 桜色のさした頬、整った寝息。

 もう大丈夫、誰かがそんなことを言った。

 レミィはその場で泣き崩れてしまった。

 よかった、リズ、よかった、ありがとう、と呟きながら。

 人魚達が、はやく目がさめるといいね。そんなことを言い合いながら、見守っていた時。

 むくり。

 リズが起き上がった。まるで糸で操られた人形のように、ゆらりと。

 リズの開けたまぶたから、とろんとした瞳が覗いていた。ただ ぼうっと、どこか分からないところを見て座っている。

 そして、桃色の唇をそっと震わせた。

 「危なかった。水が、そこまで来てた。」

 リズの髪に通されていた真珠が、きらっと光る。

 髪飾りのレースをふわりふわりと漂わせながら、リズはまた言った。

 「もう大丈夫。ここが地球のかさぶたに閉じ込められることは、ない。大丈夫……」

 言葉が途切れて、リズのまぶたがそっと閉じられた。唇に微笑を浮かべたまま、リズはその場に、ふわりと倒れ込んだ。

 レミィが抱きかかえるようにして支えると、リズは無垢な顔で眠っていた。

 いつものリズの顔。

 レミィは、胸の高まりが抑えられなかった。

――だって、さっきのリズの顔。

 レミィは続ける。あれはまるで、千年や二千年、悠久の時を経た魂でも入ったかのような、常人ならざる何かを感じた、と。

 レミィの頭に、いつか聞いた言葉がよぎる。

 死の淵から生還した者は、不思議な力を持って帰ってくる。

――まさか、ね。

 そんなことを思いながら、レミィはリズの顔を覗き込んでいた。

 幸せそうに眠るリズの顔を見ていたら、レミィは、そのうちそれもどうでも良いような気になった。

 濃紺の空で、月が宝石のように輝いていた。

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