言葉
ジークは、昨晩の自分の葛藤を全てリズに暴露した。
もしこれから、宝石が水を呼んだとして。そしたらそれは、宝石を処理する役目である自分に責任があるんじゃないだろうか。
――情けない、格好悪い。
こんなうじうじした自分を、リズに見せたくなんて無かった。
しかしリズは、優しく笑って、そっとジークの頭に手を乗せた。
火傷の危険があるから、髪に触れるか触れないかくらいの、微かなものだったけれども。
「そういう時はね、相談すれば良いの。周りにこのことを話して、どう思う、助けて、一緒に考えてって言えば良いの。ジークは優しいね。それで、とっても責任感がある。私は、そういう人が一番好きだよ。」
もう、自分の中で答えは決まっていた。
決まっていることは心のどこかで分かっていたのに、それでもリズに聞いて欲しかった。
踏み出せない足。その背を押してもらうために。
「というわけなんです。皆さん、協力してください。」
太陽の光が、惜しげも無く降り注ぐ次の日。
光の粒をたくわえ輝く湖の前で、ジークは弁を振るっていた。
その相手は、宝石溢れる湖に住む人魚達。
リズが最前列で、唇をきゅっと固く閉じてジークを見つめている。
この宝石の湖で。ジークは何故人間が宝石を水の中に捨てたかの経緯、あの水に沈んだ亡国、黒い手帳の内容を話した。
「お願いします。正直言って疑問もたくさんありますし、確証というには不確かすぎているのも分かっています。でももし、万が一のことがあったらと思うと。僕には無駄なことをさせてしまう責任は取れたとしても、人を死なせてしまう責任が取れるほど立派な人間じゃありません。」
太陽の中、ジークの金髪が輝き、風に揺れる。
「どうか、宝石を全て捨てさせてください。そして、宝石を……全て、差し出していただけないでしょうか。お願いします。」
ジークは深々と頭を下げた。人魚達はしんと静まった。
顔を見合わせ、小声で囁きあっている。
眉間に寄せられたしわ。ちらちらと向けられる鋭い目。
ジークはこぶしを無意識に握りしめていた。
――人魚達に演説する権利。リズが頑張って長の人にお願いして取ってきてくれたんだ。何としても、無駄にしたくない。
太陽の日差しによる汗なのか、けたたましく不安を鳴らす、自分の心臓からくる汗なのか。
ジークは、初めて宝石を捨てろと言った過去の人が浴びただろう視線を、追体験しているかのような心地になった。
――だめだ、これじゃ。何かひっくり返す材料がないと。このままじゃ、
「分かった。僕も、宝石を捨てるのに賛成しよう。」
堂々とした声が、空気を揺るがした。
日に焼けた肌、黒い髪に目。勇ましく、声と同じに堂々としたその人魚の姿を見て、ジークは直感的に彼がこの宝石の湖の長だと察した。
長らしき人魚は続ける。
「この子が言ってただろ。万が一のことがあっても自分じゃ責任が取れない、って。お前達はもし本当に宝石が水を呼んで、この近くの村が沈んだ時。責任が持てる自信があるのか。この子はもう行動を起こしたぞ。だからこの先何かあって、責められるとしたら僕達だ。知っていたのに行動を起こさなかった、誰がその流れを止めたってね。」
辺りがさっきよりも明らかに、しんと静まり返った。
空気が変わったのが分かる、これが皆をまとめる力を持つ人か。ジークはそう思った。
「そもそもこの宝石は元から全て地人達の物だった。岩から掘り出したのも、研磨したのも宝飾品にしたのも。僕達もこの宝石は誰のものにもしてこなかっただろう。返す、そう思えばいい。」
長の人魚はそう付け足して、朗らかに笑ってみせた。
結果として、ジークの演説は成功した。
水の中の宝石をさらっている人魚達。降り注ぐ太陽の光によって、人魚が泳ぐとそのたびにうろこが きらっと輝く。
剥がれて落ちたうろこが白い砂の上にあると、宝石と間違えてしまう。
それほどまでに人魚のうろこは美しく、透明で繊細だった。
ジークは宝石を集めながら、さっきの長の姿を探していた。
やがて宝石を渡しに来た人魚の中に長の姿を見つけ、急いで引き止めた。
「あの、ありがとうございました。今回俺が話す場を与えてくれたのも、それとあの、助けてくれたのも……。」
長の人魚が、その黒い目をこっちに向けた。
凛々しく、強い目の輝き。
長はまた、にっと、朗らかに笑った。
「いや、こちらこそありがとう。リズの話と君の話を聞いて、これはやらなきゃならない。そう思ったから、僕は賛同したんだ。それだけだよ。」
差し出された日に焼けた手。ジークはその手を握り返し、二人は固く握手をした。
手を解いた後、ジークは ふっと、ため息まじりに悲しく笑った。
「なんというか、やっぱり誰かをまとめる人の演説は違うなあって、思いました。心を動かす点を知っている、というか。俺だって、あなたの言った言葉には、ああ、やらなきゃならないんだって気持ちになりましたもん。」
長は、ふっと静かに笑った。
「いや。僕の言葉は、皆を脅したに過ぎない。卑怯な手だ。それに君が言った自分に責任が取れるかどうかって言葉がなきゃ、思いつかなかった。あれ、素晴らしい言葉だと思ったよ。」
ジークは、この人魚が長である理由が尚分かった様な気がした。
遠くで宝石を水からさらっている人魚の、長を呼ぶ声がした。長は尾びれを使い、くるりと身を翻した。
かと思いきや、去り際に顔だけ振り向かせてこう言った。
「リズは美人だろう。でも君もきれいな顔をしてる。お似合いだと思うよ。」
それだけ言って、くるりと踊る様に回って水に潜っていった。




