残る思い
「旦那様が行方不明となられてしまった船には、
商会の代表で在られた旦那様の他にも、
多くの商会員が乗船していたので、
商会を立て直すのも大変だったそうです。」
商業ギルドの職員であるイイネが、
当時の、残された商会長の妻の苦労を慮る様に
同情心一杯の表情を浮かべながら、そう告げる
「まあ、商品の買い付けに行ってたんなら、
それなりの人数を一緒に連れて行ってたんだろうから、
商会としたら大打撃だったんだろうな・・・」
「うん、船に乗ってて亡くなられた人達も可哀そうだけど、
残された人達の苦労も並大抵な事じゃ無かったんだろうね」
「はい、その方々の御遺族は元より、
いっぺんに人員が減ってしまったお店の方も
大変だったと思います。」
「オレらも、かあちゃんが死んだとき、
たいへんだったもんな、ねえちゃん」
「はい、不幸中の幸いな事に、
商会の大番頭を勤められていらした方は、
他の大きな取引を担当されていらした関係で、
商会長様に御同行されていらっしゃらなかったので、
その方と、商会長を引き継がれた奥様とで、
商会を、なんとか立て直されたそうです。」
「へ~、そんな人が残っててくれたのは、
ホント、不幸中の幸いだったな」
「はい、商会の仕事には主に旦那様だけで、
奥様の方は全くと良い程、
携われて居られなかったそうですから、
奥様のみだけだったら、とてもじゃ無いですけど、
お店の立て直しは叶わなかったと思いますね」
「へ~、そんじゃ、
その大番頭だった人の功績は、
並々ならないものだったって事だな」
「はい、実際に、
奥様がお年を召されて御商売から手を引かれる際には、
大番頭を勤められていた方の御子息に
商会長の座を譲られたそうですから、
奥様が感じられていらした感謝も
相当なものだったんだと思いますね」
「えっ?奥さんは、旦那さんから継いだ商会を、
自分の子供には継がせなかったのか?」
「はい、奥様は、
いつの日か、お帰りになられると信じていらした
ご主人様に操を立てられていらしたので、
生涯、再婚はなさらずに、
お子さんも儲けられなかったそうです。」
「そうだったのか・・・それも、悲しい話だよな、
でも、よく、それだけの苦労をして来たのに、
屋敷や土地を手放さないで済んだな」
「はい、実際に何度も、
商会が資金難に陥った際には、
あの屋敷や土地の、売却の話が持ち上がったそうなのですが、
その度に、奥様が『あの家が無くなると、
あの人の帰り場所が無くなってしまう。』と仰って、
ご自身の生活などを切り詰めて、資金繰りをなさってたそうです。」
「なる程な、それだけの思い入りがあった場所ってんなら、
本人が亡くなった後にも、思いだけが残ってるってのも
ありそうな話だよな」
「でも、そこまで連れ合いを愛せる人の思いだったら、
そんなに悪いもんじゃ無いと思うよね」
「はい、最後まで旦那様が
戻られると信じていらしたんだと思います。」
「オレたちも、死んじゃった
とうちゃんや、かあちゃんのこと、
今でも大好きだもんな、ねえちゃん」




