備えあれば・・・
「よ~し、住居部分の探索も終わったから、
『亜空トレウス』の機能の検証は、この辺で良いだろう」
「うん、そうだねシュウ兄ィ、
それで、これからどうするの?」
「そうだな、折角、広々とした倉庫や加工場が確保出来た事だし、
材料用のトレントと、普通の木材も幾らか確保して置く事にしようぜ」
「うん、分かった。」
『亜空トレウス』を出たシュウとケンは、再び森へと入って、
ラッセン村の猟師フツーニから教わった方法でトレントを5体と、
普通の木を3本ほど伐採して『亜空トレウス』へと積み込んだ。
積み込まれたトレントや木は、シュウとケンの手で魔導加工具によって、
様々な大きさの木材へと加工されて、
種類別にキレイに整頓された状態で積み上げられた。
「よし、このぐらい確保しておけば暫くは材料には困らないだろう」
「じゃあ、次はラッセン村で売る家具作りだね、
でも、これから作り始めるんじゃ出来上がる頃には、
暗くなっちゃうんじゃ無いのかな?」
「俺も、それを心配していたんだけど、
さっき追加でトレントを狩りに『亜空トレウス』から出た時に、
運転席に付いてる時計を見て、ある事に気が付いたんだよ」
「その、ある事って何なの?」
「ケンは、さっき俺達が『亜空トレウス』の機能を調べる為に、
中に入っていた時間は、どれ位だと思う?」
「う~ん、少なくとも1時間以上は入ってたんじゃ無いのかな?」
「そう思うだろ?
でも実際には、『亜空トレウス』中に入る前に車両を目立たない場所に移動した時に見た
時計の時間から5分ぐらいしか経ってなかったんだよ」
「え~っ!? 5分って事は絶対無いよ~」
「俺も、そう思うから、
それらから導き出される答えは唯一つ、
『亜空トレウス』内では時間が、ゆっくりと経過しているって事だな」
「なる程、そういう事か」
「ああ、だから中で、これから家具作りを始めたとしても、
ラッセン村には余裕で暗くなる前に到着出来ると思うぜ」
「それは便利そうだね」
「この、時間のアドバンテージはデカいよな、
作業時間のみに関わらず、休憩や夜に就寝している時間も、
『亜空トレウス』の外では、いくらも経過していないって事だからな」
「そう言えば、そうだね、
こんな能力が日本に居た頃にもあったら、
建築工期が短くて突貫工事になる現場なんかで助かったのにね」
「ハハハ、違いねぇ」
「でも、暗くなる前にラッセン村まで行けるのは良いんだけど、
『亜空トレウス』の中の時間は普通に流れているみたいに感じるんだから、
僕達の、お腹は空いたりするんじゃ無いのかな?」
「ああ、ハラは普通に減るだろうな、
取り敢えずは、さっき『亜空トレウス』の作業場にあった棚の上に、
俺達の道具と一緒に朝、荷台に積みこんだ弁当が置いてあったから、
それを食べれば良いんじゃないか」
「あっホント? 気が付かなかった。
それなら、村に行くまでの間は大丈夫だね」
「ああ、もしかすると日本に帰る方法を見付けるまでは、
ゴハンを食べられる最後の機会になるかも知れないから、
しっかりと味わいながら食べた方が良いぞ」
「そうか、こっちには米が無いかも知れないんだね」
「ああ、こっちの世界に送られたのが俺達だけだとしたら、
そういう事も考えられると思うんだよな、
まあ、大概の場合は先人が居て、米作りをしててくれるんだがな」
「そうなってると良いね、
僕ん家なんかは、子供達が好きだから朝食はパンを食べてるけど、
シュウ兄ィや父さんは、基本ゴハンじゃないと我慢出来ないもんね」
「ああ、常日頃から神様には、
『もし異世界に送られるなら、米のある世界でお願いします。』って祈ってるから、
大丈夫だとは思うんだけどな」
「中々、常日頃から、そう祈ってる人って少ないだろうね」
「何を言ってるんだケン!
男は常に、あらゆる事態を想定して備えを怠ってはならんぞ!」
「シュウ兄ィ、今時は、
80を過ぎたウチの剣道場の師匠だって、そんな事は言わないよ」
「何!? 送られた異世界で、
ポケットの中の小銭が凄い価値を持ってるとか、
着ている服がトンデモ無い値段で買い取って貰えるとか、
普通の人は祈ったりしないのか!?」