第8話 「最初の授業」
レイの部屋にリドヴィアとレイは対面していた。
そのほかには誰もいない。
家庭教師として最初の授業だ。
「それではレイ様、魔術とはどのようなものかどれくらい理解されていますでしょうか?」
授業の開始としてそのような質問がされた。
魔術とは当然、人物が持つ精神力を使って現実を改変し、一つの現象として具現化されるものでそれゆえの危うさから神々に刻印という制限と管理の媒体を体内に仕込まれたのではないのだろうか。
たしか、『刻印と神域』にそのような記述があった。
ありのままリドヴィアー以降ー以降はリドと呼ぶことにしようーーに伝えた。
「はい、それは間違いありません。ですが、それはあくまで人間種の常識にすぎません」
数多く存在する種族の中でも人間種だけが特別だとでも言いたげなその反応にどこか不安を覚えた。
「その口ぶりからいうと詳しくは違うっていうことかな?」
「いい質問ですね。その年でそこまで理解しているのは大したものですが、貴族の中にはごまんといます。
ここの蔵書は多く、それなりのものもあったのでしょうがあくまで人間種中心で書かれたものということですね」
一人で納得しているリドに棘を感じたが、人間種の書物が魔人種視点で書かれたいるはずがないと自身を納得させた。
「教育機関で学ぶことですがこの際特別に教えて差し上げましょう。魔術とは我々魔人種の人体を解剖し血肉を食らい得た能力です。人間種の強欲さはそれにとどまることさえせず、あまつさえ神々の神力や精霊たちの言霊、亜人種の身体能力さえ奪おうとしたのです」
次第に荒々しい声になっていくリドに対してレイは冷静になっていった。
ーーー《救世主》、お前は知っていたのか?
『解:当然です。ですが開示を求められませんでしたので伏せたままにしておりました』
ーーーそうか。なら、これからは必要だと思ったものは積極的に開示してくれ
『了承しました。今すぐ情報開示を行いますか? yes/no』
ーーーとりあえず今はノーで
『了承しました』
「リドは人間種は憎いのか?」
どこか気になったことを聞いてみた。
リドは少し考えるような仕草をしたがすぐに答えた。
「わたくしは…
いえ、レイ様には関係ないことです」
そこまで言うと、リドは次の授業である混合魔術に移った。
リドは刻印の風と火を持ち混合魔術とするなら業火とでも名付けることだろう。
「"業火なるものよ我身に宿りてすべてを食らえ
我身を供物としてここに顕現せしものに名を与えん
《業火也魔剣》(デュースグラス)"」
詠唱が終わり、魔術が完成した。
その魔術は序盤は炎がリドを包むように生まれ、次第に風が炎に形を作った。
完成した魔術は炎。そう、風を得た燃え盛る業火。
それの形は名が示す通りの剣。
ツヴァイハンダーと呼ばれる両手剣だ。
「重そうな剣だな…」
剣はツヴァイハンダー。
別名ツーハンデッド・ソードと言われる、長さ180センチ重さ4kgという剣の中でも最重量のものだ。
「重くありませんよ。これは魔術…いえ、これこそが魔術です。
魔術を作るということは自身の精神力を使います。そして顕現したそれは発動者の意思に従い力を示す。
このようになっ!!」
デュースグラスを振りかぶり、遠くに見える湖に向けて振り下ろした。
剣の刃先から発現する業火はまるで炎の竜巻のようだ。
瞬く間に湖を飲み込み、蒸発させた。
その湖はレイたちの住むアルフューネ村の貯蓄湖だった。
近くに人がいなかったことを幸運に思うレイだが、バタバタと聞こえる足音に寒気を覚えた。
「リドヴィアさんまたなにかしたのね!!」
どこかと怒った顔のクリスに、冷や汗の出ているリド。
そろーりと逃げようとしていたレイも、クリスに見つかりしっかりお叱りを受けることになってしまった。
さて、そこで問題です。科学がよく知られていないこの世界で炎を使って水を蒸発させるということはどういうことだと思われているでしょうか?
答えは簡単です。
「もう炎の魔術で湖を消すのはやめてくださいよ」
「わたくしは消滅など……」
「言語道断です!!」
消滅魔術と勘違いされているのでした。
セルシウス温度が知られていないということは、蒸発についても知られておらず消滅したと考えられているのだろう。
そして初めての授業は終わりを告げたのだ。
初めての授業から混合魔術を教えるという常識外れの授業は知ってか知らずかレイのスキルに関与していた。