第八話 決戦(ウォーミング・アップ)
「サンキューな! お前のおかげで助かったよ!」
自分が自分のことを初めて認識したのはその言葉を聞いた時だったと思う。
それまでの俺は優秀な姉に比べられ続けた結果自分で自分を何もない人間だと評価していた。勉強も並、スポーツも並。特に何をするでもない自分が誰でもない空っぽな人生を送っていた。ユキ姉はその頃から相変わらずだったがその時の『寂しそうな弟に声をかける人間のできた姉』としか思っていなかった。
「なぁ。お前ってこれやったことあるか?」
それは中三の十月頃の出来事だった。友達と呼べる友達もおらず一人机に佇む俺にソイツは声をかけてきた。
「今ゲームやってる途中で詰んでるもんでお前同じの持ってたら手伝ってくれ」
と声をかけられた。何故俺なんだと聞いたら『受験シーズンで誰もやってないから話したことのないやつにも聞いてみた』だそうだった。お前は勉強しなくていいのか
親の影響でゲームはしたことなかったが、ちょうど姉が懸賞で本体セットの物を当てたのを持っていたので暇を持て余しまくっていた俺は何も考えずに承諾した。
それからソイツは早速一緒にやろうと部屋まで来た。その時点でなんだか少しめんどくさくなっていた俺は心のなかでさっさと終わらせて帰ってもらおうという気満々だった。のだが、そいつがランクを上げすぎていたせいで、始めたばっかりである俺はまず同ランクに行くまでクエストを進めていくことになった。
「ちょおおお! ヤバイ! 体力ヤバイ死ぬ死ぬ助けて!」
「ウェ!? あ、ちょ、ちょっと待ってろ今粉塵飲むから……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛こっち来た!」
……そんなこんなで目的のランクまでたどり着く頃にはすでに0時を回っていた。ようやく目的のモンスターを倒し、その瞬間ソイツと一緒に床に倒れこんだ。
「だあああああッ! やっと終わったあああああああ!」
「な、長かった……」
手に持った携帯ゲーム機の画面に映る【QUEST CLEAR】の文字を見ながらゲーム悪くないと少し考えていると、ソイツから『中々上手いじゃねーか!』と肩を組まれた。
「サンキューな! お前のおかげで助かったよ!」
その瞬間。初めて人に認められて自分が自分である確かな証拠を一つ掴んだ気がした。
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「まぁじか……ッ!?」
まさかビルごと爆破されるとは思っていなかったため思わず空に飛び出したがこのままじゃどうしようもない。『IKADUTI mdl3』はフライトユニット付きとはいえ、できるのはスラスターを利用した跳躍上昇と滑空ぐらいなものでこのまま向かいのビルの屋上に着地なんて芸当はできない。かと言ってこのままフワフワ降りて行ったりでもしたら下で待ってる奴らの的だ。
どうすればと考えているうちにビルの壁はどんどん迫っていた。
「ゆ、ゆゆゆゆーくん前前前!」
「わかってるよ!」
やるしかない、と唾を飲み。ソラを抱きかかえたまま隣のビルの壁へと両足をダンッとつけ着地《、、》し、下へと引かれるまま壁を駆け降りる。
「えっぇぇぇええええええええええ!?」
「ソラ! 黙ってないと舌噛むよ!」
その勢いのまま壁を走っていると、下の方から一筋の光が煌めき次の瞬間真横の壁が音を立てて崩れ去った。下を見ると、今まさにビルの影からチャージビームを打ち込まんとしている人影が見えた。
「シナ! あそこ!」
ユキ姉の指差した方向からもう一度飛んできた閃光を壁を走りつつ横に移動してかわす。
「言われんでもわかってる! 振り落とされないでよっ!」
重力に引かれてどんどん加速し相手の武装が目視できるレベルまで近づくと相手が左の武器をハンガーに戻しリボルバーを取り出した。
「この距離はならまだ拳銃の距離じゃないはず……あっ!?」
「どうしたのシナ――あぅっ!?」
急に横っ飛んでソラが素っ頓狂な声を上げた瞬間タァンという音と共にさっきまでいた場所に銃弾が着弾した。
「シルフにリヴァイアサン……まさか……」
下で待ち構えている相手に注目してみると案の定相手の右手には緑色の光が激しく主張している長いエネルギーブレードが握られていた。
「……ユキ姉、ちょっと」
「え? えっ、な、なに――」
この高さなら着地補正で大丈夫だろうと思い抱えていたソラをぶん投げる。『ええええええぇぇぇぇ!?』と絶叫がビルの影へとフェードアウトしていったが気にせずに右ハンガーから『N.W.f HATATAGAMI mdl0』を取り出して構え――壁を蹴った。
「グゥぅぅぅラァぁぁぁぁぁンンんんんんんんんッッ!!」
速度も合わさり超スピードで突進して右から薙振るった霹靂神シリーズ特有の長い刀身が相手のエネルギーブレードに受け止められ火花が散る。
押しきれると思った瞬間、受け流すようにグッと身を引かれバランスを崩したところにもう一度ブレードをぶつけられ体ごと剣を弾かれる。
「ぐぅ……ッ!?」
体制を立て直すように着地し霹靂神を構え相手の方へ向き直す。と、目の前には背部から後ろに突き出た棘のような二対の大型スラスターと、肩と足全体を覆う黒と赤が入り混じったカラーの装甲とその装甲の隙間から見える薄く輝く緑の光が特徴的な『FM-MA Gram』を身に纏う銀髪ツインテールっ子が立っていた。
白いラインの入った黒いスクール水着のような際どいスーツを着ているくせに胸の大きい幼女体型というとっても危ない風貌しながらもその姿から見せる覇気と殺気のせいで幼いイメージは全く沸かない。
そんな幼女がニィと似つかわしくない編みを浮かべながら口を開く。
「久し振りだなァソラ」
「久しぶりっすねグランニキ……腕の方も相変わらずのようで」
俺が少し汗をかきながらそう言うと目の前の銀髪おっぱい……『グラン』はニィっと笑って右手のエネルギーブレードを地面に突き刺した。
「まぁな。お前こそ腕鈍ってんじゃないのかァ?」
「んなこたぁないですよ……グランニキが規格外なだけですわ」
「おいおいそんなこと言ってんなよ。俺だって別に言うほど強いわけじゃねぇし。お前だって弱いわけじゃないだろうに自分に言い訳ばっかしてんじゃないだろうな?」
ニヤニヤ笑いながら、MA社製のメインアーム『Leviathan』――銃身が長く高射程、高威力、高弾速と三拍子そろった場所を選ばない万能型の回転式拳銃を右手の中でクルクルと回していた。
「……いや、最近もずっとやってたしそんなことは――」
そう言われると最近ユキ姉と簡単なミッションしか受けてなくてAIM練習とか体の動かし方とか練習してなかったなと思い出し恥ずかしくてちょっと目をそらした。
「――やっぱ弱いな?」
――瞬間その一瞬で装填まで済ませたリボルバーからパァンッと弾が飛んできた。ギリギリ銃を構えられた時点で気づき間一髪でかわせたが、無理やり上体を逸らしたせいでよろめく。
「しまっ――」
バランスを崩している間に右手のリボルバーをしまって、右ハンガーからモンスターの牙が生え揃ったような風貌の両刃の大剣を取り出して大きく振りかぶった。瞬間ギャララッと金属が擦り合う音が聞こえ、咄嗟にスラスターを吹かして体制を立てなおしながら右サブの『Indra』を起動。発生させたエネルギーブレイドで剣を上方向へと弾いた。
無理やり腕の力だけで弾き飛ばした反動で体は後ろに大きく吹き飛んで多少ダメージは負ったが距離は取れた。体を起こしながら前を見るとグランが満足そうな顔で左手の剣を振り回していた。
「いやァーさすがの状況判断だ。音でギリギリ刃節剣だって気づくとは」
刃節剣。俗に蛇腹剣や鞭剣などと呼ばれる、複数の刃が数珠状に繋がれた鞭のような剣のことである。このゲームではちょっと変わり種の剣の一つであって影も薄いが、その特徴的な使い方や見た目に憧れて愛用しているファンも少なくはない。
「まァちょっと偶然手に入ったもんでちょっと使い込んで見たわけよ? そしたらこれが中々強くてな。やっぱエアプが多いwikiの評価なんざあてになんねぇなっていう話よ」
そう言いながらギャアンッと鋭い音を立たせながら刃節剣を振りまわす。風を切る音と共に鞭のように刀身が伸び、ギザギザの刃先から緑色の光と粒子が輝く。
「さてそんじゃまァ――――ッ!」
戦闘を再開しようとしたその瞬間グランの真上に緑色のレーザーの雨が降り注いだ。咄嗟にグランは刃節剣を新体操のリボンのようにグルグルと振り回し降ってきた銃弾を弾く。いや待てなんだその使い方。
レーザーの降ってきた方向を向くと、そこには『NWC-Schott mdl4』を持ったユキ姉がこちらに走ってきていた。
「大丈夫ソラ!?」
「タイミングばっちしだぜシナ!」
役者は揃った。本番前の前哨戦が始まる。
(あとがきは今後活報にて書くようにします)
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