恋愛脳ぽっちゃり系女子は自意識過剰だけどモテる(タイトル詐欺)
どうにか前作よりも短くかけましたが、やっぱり長いです。
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丸メガネというキ○ガイが書いた悪役令嬢物である「そして魔王が生まれた」なんかがおススメです♡
……ごめんなさい
「ヴィオ! あ、あの……その…………」
「いかがなさいました殿下。言いたいことがあるならハッキリとおっしゃってください。仮にも皇族ともあろう御方がそのような態度でどうします」
「ご、ごめんなさい! えっと……ね。平民という理由でアンに嫌がらせをするような女性を国母にすることは出来ない。だから、婚約を……ね。その、破棄したいなぁと……」
弱々しく、実に頼りなさそうに婚約破棄を申し出た昼行燈は、この《アンジェリンス帝国》の第一皇子にして皇太子、オリバー・アレル・アンジェリンス殿下。
「……それは、皇帝陛下も御存じなのでしょうか」
「と、とうさまは関係ない。僕は本当に愛すべき女性を見つけたんだ! だから……茨の道だろうと、僕は愛した女性の為に生きる!」
「つまりは知らないのですね……」
逆に、溜息を吐いて婚約破棄を言い渡された女がオリバーの婚約者であり、筆頭公爵家令嬢のヴィオレラ・アレンタイル。
顔は綺麗と言えますが、貧しい乳という言葉が裸足で逃げ出し、いっそ涙を誘いそうな胸囲を持つ女です。
「僕はこのアンと婚約する。だ、だからヴィオ。君とはこれで……お別れだ……です」
「ついに言ってくれたのですねオリバー! 妾は嬉しいですわ!」
そして妾の名がアン。
ふくよかで豊満な胸を持つ可愛らしい女の子にして、この断罪の場を仕立て上げた張本人だ。
「ついに決心なされたのですねオリバー様」
「アンが誰かの物になっちまうのは悲しいけど……オリバー殿下なら仕方ないか」
「……アンが幸せならそれでいい」
周囲を囲む総勢十数名の男達が口々に賛辞の言葉を投げかけてくれます。
大勢の男が異口同音に唱える様子を表現するならば、見世物小屋の中と言うのが一番シックリくるだろうか。
方々からの声が非情に煩い。広い王城の客間にいるとはいえ、密封空間で声を上げれば耳が痛くなる事ぐらい分かってもいいでしょうに。声量を絞るということを知らないのかしら、このお馬鹿どもは。
「ありがとう皆。絶対に妾は幸せになって見せますわ!」
そんな不満などおくびにも出さず、妾は満面の笑みで応える。
まぁ……ここで思ったことをそのまま言い放ったとしても、この者どもは歯牙にも掛けないでしょうけどね。
馬鹿に言われずとも幸せになりますわ。
妾〝は〟ね。
現在、王城の客間にヴィオレラを呼び出して妾の取り巻きどもをけしかけている最中です。
もはや取り巻きというよりも下僕や奴隷と言った方が正しいくらいに妾を崇拝し、信仰し、溺れている高名貴族の子弟達。
この場にはオリバーの幼馴染である従者と、親友である侯爵家の息子。変わり種で言えば、隣国《マクシミリアン王国》で魔法研究の第一人者と言われているギルハトス伯爵家の三男なんかもいますね。
総勢十人を超える妾の恋の奴隷達が、在りもしない罪でヴィオレラを糾弾している。
感心するぐらいに滑稽な光景ですわね。
国に尽くし、民を導くために高水準の教育を受けてきた者が、冤罪で一人の女を追いつめている道化っぷりは天晴と称賛したい気分させられます。
別に可哀想とも思いませんが、ヴィオレラには妾が幸せになる為の贄となっていただきましょう。
「オリバーったら、いつまで経ってもあんな女に怯えて言いださないんですもの。妾は不安になってしまいましたわ」
「ごめんねアン。もう大丈夫だから安心して。僕の心は決まったから」
盲目的に妾を愛し、甘い言葉を囁く男どもは、あぁ……今日も妾の可愛さにメロメロ。
今ならどんなお願いでも聞いてくれそうだ。
そんな妾が自分に酔っていると、ヴィオレラが抵抗しようと口を開いた。
「……話を戻しましょう。私がそのアン……でしたか? 彼女に嫌がらせをしたとおっしゃりますが、私には身に覚えがありません。それはいつの話でしょうか?」
「君がアンに水魔法でずぶ濡れにしたのが……五日前の夕刻頃、だよね」
「……階段から突き落としたというのは?」
「み、三日前の早朝だ……です」
「…………」
ふふふ。甘いですわね。
当日のアリバイを証明して逃れようとしたようですが、陥れる相手の行動ぐらいしっかりと把握しておりますわ。
どれもヴィオレラが身内としか会っていない日。
いくら声高に叫ぼうと、親族の証言力は低い。社会的地位があったとしても、相手が皇室では意味を成さない。
本人もそれが分かっているのでしょう。不愉快そうに細眉を寄せています。
「言い訳しようなどと見苦しいぞ! 証人も多数いる上、魔法による鑑定による証拠も出ている! 言い逃れはできないからな!」
「ヴィオレラ様。貴女にまだ貴族としての誇りがあるのなら、素直に自分の過ちを認め、悔い改めてください」
「……さっさと謝れ」
自分に非がなくとも、大人数の糾弾は堪えるでしょう。
こんな危機的状況を逆転できるとしたら……。
「いい加減に目を覚ましなさい! 貴族でありながら平民の娘に惑わされるなど、恥ずかしくないのですか! このような毒婦にいいように振り回されて……誇りある貴族の子弟として、貴方達こそ情けないとは思わないのですか!」
それは下策でしてよ。
「自分が追い詰められたらって逆切れするとか、そっちの方が恥ずかしいだろうが」
「ヴィオレラ様。お言葉ですが、貴女様の振舞こそ貴族にあるまじき行いかと」
「……醜い」
一を返せば十が返ってくるとはこの事ですわね。
味方が一人もいないこの状況で、いくら訴えようとも誰も聞く耳を持たない。
まったく無駄なことを。そんな事をしても自分の首を絞めるだけですわ。
妾に目を着けられた時点で、貴女の命運は尽きておりますのよ。
「殿下も殿下です! そんな丸顔のどこがいいのよ! こんな事をして……こんな、幼い頃よりの許嫁である私を陥れて、それになんの価値があるのよ! そんなに私が疎ましかったんですか!」
「キャッ! 妾こわぁ~い、ですわ」
「う、うん。僕も怖いよ……」
怯えたふりをしてオリバーの腕に抱き付けば、ヴィオレラの顔が泣き出しそうに歪む。
「クッ……! そもそも、なんですその口調! 平民が〝妾〟などと尊大にしても度が過ぎています! 身の程を弁えなさい!」
「あら、妾は皇太子妃になるんですもの。言葉遣いは改めないといけませんでしょ?」
「図々しい! 平民が皇太子妃などと、烏滸がましいにも程があります!」
妾にそんなことを言えば、その言葉は何倍にもなって彼女に降りかかる。
学習しない女ですわね。
今も非難の声がそこかしこから上がっている。
段々と追いつめられて余裕がなくなってきているヴィオレラ。
「なぜ……皇帝陛下も他の貴族もこのような女を野放しにしているの……? なぜこんな女を放置しているの……? 気が付いていない筈ないのに……。このままじゃ帝国は……」
無駄ですわよ。
妾は魔法とは別の〝呪術〟に精通しておりますの。
ここにいる者の父親たちは既に妾の術中。手を出すことはおろか、行いに干渉することもできませんわ。
そこには皇帝も含まれます。
「こんな……こんな丸顔女なんかに……!」
いいでしょう。そろそろこの遊びも終幕。
なれば、ここまで楽しませてくれたお礼に、この世の理という物を教えて差し上げましょう。
「知りませんの? 女は細く華奢の方が美しいとされていますが、それはあくまで〝見る分には〟という枕詞が付きますのよ? 一緒に居るにしても、触れるにしても、緊張して疲れてしまう綺麗系よりも、安らぎを覚え、癒される可愛い系の方が好まれる傾向にありますのよ」
周りから同意の声が上がります。
こんな時おーでぃえんすは役に立ちますわね。
「アンのような素敵な女性に、私は会ったことがありません」
「ぷっくりした蠱惑的な唇はアンにしかない魅力だぜ」
「スタイルは言うに及ばず、全体のバランスが言葉にできない域に達していますね」
「ついつい触れてしまいそうになる柔らかな頬は見事の一言」
「……アンかわいい」
実にやっすい称賛ですこと。
紳士ならもっと気の利いた言い回しぐらいできて然るべきでしょうに。
そう。
ここにいる殆どが名のある貴族の長子ばかり。
幼い頃より貴族としての在り方を叩き込まれ、気を張り詰めていた男に甘言を囁いて籠絡するなど、妾には児戯にも等しい。
張りつめていた緊張の糸を緩めさてくれた恩人であり、異性でもある妾に、男が恋慕を抱くのは至極当然の事。
貴族であれば美しい娘には見慣れている。がしかし、妾のような丸顔で可愛い系のぽっちゃり女子は一人もいない。もちろん妾が研究した、男心を擽る仕草も一つの要因でしょうけど。
なるべくしてなった、としか言えませんわね。
「妾は知っておりますの。自分の見せ方も、男を誘う魅せ方も。そして貴女がオリバーに本気の恋情を抱いていることも、ね」
「な、なにゃにをッッ!?」
「それなのに政略結婚だから仕方ない事だと。本意ではない、自分の意志ではないのだと……。素直になっていれば良かったものを。まあそれでも妾ならば容易く籠絡して見せたでしょうけどね」
「そそそ、そんなはしたない真似なんかできる筈ないでしょう!」
理解できませんわね。
そんな自分を押し殺し、思いの丈すら明かせない。想いに気付いていながらそれを無視するだなんて一体何を考えているのかしら。
恋は下心。愛は真心などとのたまっている者がおりますが、私に言わせればそんなの鼻で笑ってしまいますわ。恋は愛とは別の物。恋が愛になる訳ではないのです。それなのにそれらを一緒くたにして、まるで恋が愛の下位互換性だとでも思っているのでしょうか?
まったく我慢できませんわ!
愛寵を望むのは雌として産まれた物の宿業なのですから。
ましてや自らの心を偽り、女として行使できる権利を放棄するなど愚の骨頂。
「私は貴族! 貴女のように身勝手な恋愛に現を抜かすだなんて間違いは許されません! 私は殿下が道を踏み外さぬよう厳しく律し、正道を歩む礎にならねばいけないのよ! それなのに、れれ、恋愛などと! 甘い誘惑に靡く訳にはいかないわ!」
「笑止! そんな価値観なんて妾が否定する! 可愛いは正義! 愛があれば全てが許される! 故に妾は全て正しい! この世で何をしても許される免罪符、それが愛! 愛に生きることこそ正道であり王道であり覇道! それを否定するなど、それこそが邪道の極み! そんなのは家畜や道具と同じ、存在価値を他者に明け渡した愚劣者ですわ!」
くだらない。つまりは義務を言い訳に恋から逃げ、愛に怯え、知る事が、変わることが恐ろしいだけではありませんか。
溺れればいい。狂えばいい。花が散りドロドロに腐り果て腐臭を放とうとも、実が生っているのならばそれは徒花ではない証明ではないか。
花とは一輪では決して咲かないものなのだ。
そんな当たり前のことにも気が付かないだなんて……。
やはり人間とは浅はかで、救いようもないほど愚かな生き物なのですね。
度し難く業腹ですわ。
「そんな、馬鹿な考えが……」
「ありますのよ。少なくとも妾にはそれが許される」
これで遊びは終わりですわね。
力無く肩を落とし、負け犬の姿勢を取ったヴィオレラに冷めた視線を送る。
「満たされませんわ……」
こんな事をしても全ては虚しく、全ては無意味。
儚い幻想に手を伸ばそうとも掴める物など何もなく、手は空を切るばかり。
小娘一人を吊し上げたところで、時間は潰せても慰みにはならない。
こんな惰性と停滞が蔓延する吹き溜まりに、なぜ妾がいなければならないのか……。
早く。早く来てくださいまし。
でないと妾は本当にこの国を――。
――とそこに、ノックの音と共に強く美しい……待ち望んでいた至高の御方が現れた。
「あ~……悪い。お取り込み中だったかな」
「コン吉様!」
「いや、狐違いだ。俺はハイロニア子爵の三男でモラリス・ハイロニア。断じてコン吉なんて素敵な名前ではない」
「お待ち申し上げておりましたわコン吉様っ!」
「だから違うって言ってんだろうが! ……忙しそうだし、俺はこれでお暇させてもらうぞ」
「そんなことありません! コン吉様の来訪に比べれば、その他の事なんて雑事でしかございませんわ!」
「く、国を散々荒らしといて……」
なにやら小娘が言っておりますが、気にもなりません。
あっ!
コン吉様の前だというのに、こんな耳も尾もない姿でなんてはしたないですわ!
コン吉様も人型を保っておられるのなら、妾もそれに倣うべきでしょう!
――――ポフッ
「ど、どうですかコン吉様。毛のお手入れは毎日欠かさずにやっておりましたの。前にお会いした時よりも艶が増したと思いませんか?」
なにやら周囲が騒がしいですが、愛しい御方に会えた乙女の御前だというのに無粋にもほどがあります。消し炭にしてやりましょうか。
あぁでも――そんな事をすればコン吉様に野暮な女だと思われそうで怖いですわ。
はち切れそうなほど騒ぐ胸の鼓動が心地良い。
全身に熱が広がり、神獣としての脈動が抑えきれない――。
「……タヌ子、お前またやりやがったな」
「はて何の事でございましょう?」
何を言いたいのか分かっていながら、コン吉様との会話がしたくて気付かないふりをする。
「クソッまた騙された! いきなり親書なんて送ってくるから怪しいと思ったんだよ。今代もか! 今代の皇帝も俺に押し付ける気か! 歴代の皇帝は俺になんか恨みでもあんのか? 毎度毎度、俺に面倒を押し付けたがって。自分の国ぐらい自分で責任持てっての!」
なるほど、そういうことですか。
妾の呪術は『妾に口出しも手出しも干渉することもできない』ですが、純粋に誰かを呼び出すことは可能だ。
守護の呪術で帝国の地から離れられないなどと、忌々しい以外の言葉が見つかりませんわ!
このままこの国を亡ぼせば、大手を振ってコン吉様のもとへ馳せ参じられましたのに……。
此度はそのような手できましたか。国を守るために必死ですわね、皇帝。
コン吉様に会えたからどうでも良いですけどねっ!
「いつもいつも汚い手ばっかり使いやがって……」
そうですわよね。例え想像できていても国同士のやり取りを無視することなんて出来ませんし、お優しいコン吉様は他国とはいえ、人間を見捨てることなんか出来ませんわよね!
グッジョブですわ皇帝☆!
「……おいタヌ子。またお前国を潰そうとしやがったな。何回言ったらお前は破壊獣から守護獣に転職してくれんだよ」
「安心してくださいまし! 妾は清い体をのままでございます! 妾の初めても最後もその間も、全てコン吉様に捧げますわ!」
「そんなもんドブにでも捧げてこい。そして一生帰ってくるな。……はあ、なんで帝国の守護獣の面倒まで見なきゃいけねえんだよ……」
コン吉様が来てくれた! 妾に会いに来てくれた! 妾を娶りに来てくれた!
「ぐへ、ぐへへへ」
「……相変わらず気持ち悪いな、お前は……」
キャァアアアアアアア!!!!!!
コン吉様が相変わらずって! お前って! 気持ち悪いって!
相変わらずということは、いつも妾を見てくれている証拠!
しかも「お・ま・え♡」だなんてぇえええ!
『愛してるよ〝お前〟』
『こ、コン吉様。こんな所でだなんて……みんな見ておりますわ♡♡♡』
『それが良いんじゃないか』
ウォオオオオオオオッッ!
これはもう初夜を迎えるしかありませんわ! 夜伽に赴かねば! 逆夜這いですわぁあああ!
はっ!
いえ、落ち着くのですよタヌ子!
コン吉様♡は言ったではありませんか。妾に気持ち悪いと――。
まさか、そんな……コン吉様が、コン吉様が――――妾の言動で心動かしていただけただなんて!
蕩けるような新婚生活が目に浮かびますわぁああああ♡!♡!♡!
これはもう決まりですわね!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――ジュルリっ」
「……おいやめろ。そんな肉食獣の目で俺を見るな」
「ご安心くださいませ。妾は愛を求める狩人ですから痛いことなんてございませんわ。天井のシミを数えていれば直ぐに終わりますから」
「気持ち悪い上に意味が分からん……なんでこんな変態が守護獣でいまだに無事なんだよ。いい加減滅びろよ、この国」
「そ、それは! 『僕のマイハニーを束縛するなんて罪深き国だ。タヌ子は国に縛られるのではなく、僕の愛鎖にだけ縛られていればいい』というヤンデレ的思想と解釈してよろしいのですね?! 妾は喜んでコン吉様のもとへ参ります! むしろ妾自らの手で滅ぼして参ります! 太く熱い、滾るような鎖で妾を縛り上げてくださいましぃいいいい」
勢いよく飛びつきましたが、コン吉様は優雅で可憐な身のこなしで軽やかにかわしてしまいます。
「よろしくねえよ! お前、ほんと最悪だな! 不徳満載で面の皮が厚いにも程があるだろ! いや、物理的な意味でなく!」
コン吉様は青ざめる。
もう、コン吉様ったら色を間違えておりますわよ? そこは青ではなく赤く染める場面でしょうに。
でも、そんなお茶目なところも素敵ですわ!
「もう、コン吉様のい・け・ず♡」
女心を擽るのがお上手なんですから( *´艸`)。
「ほんと、なんでこんな危険人物を野放しにしてんだよこの国は。殺せないにしても地下にでも閉じ込めて恩恵だけ引き出せばいいのに……あっ、三代前にやって五分で出てきたんだった」
「もう! コン吉様ったらそんな堂々と監禁宣言だなんて……キャ! 妾はいつでも準備万態、常在戦場、臨戦態勢は整っております。バッチ来いですわ!」
「誰かぁーッ! この中で頭のお医者様か通訳できる人はいませんかぁ!」
床に入ってしまえばこちらの物。あとはどうとでもなりますことよ。
コン吉様の純潔は妾の純潔をもってして奪って差し上げますわっ!
グフ、ぐふフフフフフ♪
コン吉様は諦めたように溜息を吐かれますが……。憂いに満ちたお姿にも気品が溢れ、影のある感じが堪りませんわっ!
「めんどくせぇ……だから国を傾ける女は嫌いなんだよ」
「ウホッ! そ、そんな美しいだなんて!」
「言ってねえからな」
そんな妾と愛しいコン吉様とのやり取りの傍ら、なにやらオリバーとヴィオレラが話しているようですが……いい加減に煩わしいですわね。
「まさかアンが守護獣様だったなんて……。殿下、殿下はアンが守護獣様だと知っておられたのですか?」
「……僕も知らなかったよ。まさか守護獣様だったなんて……。正直、まだ頭がついてきていないくらいだ」
ふんっ当然だ。
狸の神獣である妾は、化けるも騙すも十八番。
乳臭い人間の餓鬼に見破れるほど甘くはありませんわ。
「アンが危ない輩とは思っていたけど、守護獣様だなんて分かる筈ないよ」
「……殿下に一つお聞きしたいのですが、なぜ婚約破棄などと馬鹿な真似をしたのですか? ……守護獣様と知った今では徒労に終わると言えますが……それでも通常の賊ならば、私の家を後ろ盾にすれば危険は少なく済んだ筈です。なにより私達の婚約は政治的にも意味があるもの。貴族関と皇室にも関わる重要案件を勝手に破棄したとなれば継承が危うくなり、下手をすれば放逐なんてこともあり得たんですよ!? 危険と分かっている相手がいるなら尚更です! それがわからない殿下とは思えません!」
「だ、だって……だってそうしなきゃヴィオが危険になるから……とうさまも宰相も、その他の高官達も変だったんだ。アン……守護獣様について何もしないし、何も言わない。だからヴィオラを守るには他国に逃がすしかないと思って……」
「そんな、まさか……! 私のために?!」
「僕、気付いたんだ。ヴィオはいつも僕を支えてくれる。いつも僕の傍にいてくれる。厳しいことも一杯言ってくるけど、それ以上に僕を想ってくれている……僕は確かに情けない皇子だけど、無力な自分を許せるほど腐った皇子じゃないつもりだよ。――なにより、す……すすす、好きな女の子一人守れないようじゃ皇子どころか男として失格じゃないかッ!!」
昼行燈が言うものです。
気概がないと思っていましたが……そうでもなかったようですわね。
「言ったよね? 僕は本当に愛すべき女性を見つけたんだ。ヴィオ。僕は君が幸せになるのなら、例えそれが僕自身に危険が伴うものだとしても、ヴィオの為なら悪魔に魂だって売ってしまうぐらいにヴィオを愛してる。ヴィオが僕を愛してくれなくても、それでも僕はヴィオを愛してる。これが僕の偽ざる本心だ」
「殿下……。わたくしは心より殿下をお慕い申し上げております。厳しく接するのも、殿下には立派な皇帝となっていただきたいという一心から。……ですが、私は――」
「分かってる。僕はきっと咎人なんだろうね。帝国の危機に何もできずに指を咥えて見ていただけで、あまつさえ民を導くための命を自分勝手な理由で投げ出そうとしたんだ……そんな自分本位な理屈を並べられても迷惑にしかならないよね……」
何かに耐えるようにかんばせを歪めるオリバーに、ヴィオレラは意を決したような顔つきに変わる。
「殿下……いえオリバー。貴方に罪があるとすれば、それは状況を覆せなかったことでも、自らの命を危険に晒したことでもありません。オリバーの罪は私を信じ、共に抗おうとしてくれなかったことです」
「ヴィオ……」
「私は守られるだけの女ではございません。例え全世界が敵に回ろうとも、たった一人。想い慕う人が隣に立ってくれているだけで、女は強くなれるものなのです。……オリバーは世界最強の恋する乙女を見す見す手放すところだったのですよ? ちゃんと反省してくださいね」
そう言って見つめあう二人の間には、妾が知る愛とは違う何かが……。
……そのお互いが通じ合っているような姿は癪に障る。
なにより人間の分際で、こんな分かりやすくしても気づかないのかと、馬鹿にしていた小僧が妾を訝しんでいた事実に腹が立つ。
「…………」
「だ、そうだぞ。なぁ今どんな気持ち? どんな気持ちなんだ? 得意げに引っ掻き回しといて、まだ若い皇子に見事に看破されてるなんて、俺だったら恥ずかしくて本気で首を吊ろうか悩むレベルだ。で、今どんな気持ちなんだ?」
まるで鬼の首でも取ったかのようにはしゃぐコン吉様は、控えめに言っても天上の芸術品と言えるくらいに輝いておりました。
しかしそれが一転、
「……あんまり、人間舐めんなよ」
笑みをそのままに、突き刺すような眼差しで妾を射抜いてくる。
同じ神獣であり、同じ守護獣だというのに、妾よりも遥かに高い格を持つコン吉様の覇気は、妾の生命維持が困難になりそうなほど冷たく恐ろしいものだった。
凍てつく大地でもここまでの寒気は感じないだろう。
背筋に冷や汗と同時にゾクゾクとした痺れが走る。
脳髄を溶かし、思考が真っ白に染まる。
甘露よりも甘い刺激が全身を支配する。
妾は再確認する。――――これが愛だ。
この狂おしいほど焦がれる想いこそが妾だけの愛なのだ――。
「オリバー・アレル・アンジェリンス皇太子殿下並びにヴィオレラ・アレンタイル嬢。このたびは同族が申し訳なかった。同じ神獣としてお詫び申し上げる」
さすがコン吉様ですわ! 皇子であるオリバーはともかく、状況判断からヴィオレラの名前まで言い当ててしまった。他国の情勢をしっかりと覚えている証拠だ。
人間に興味がない妾にはとてもできませんわ。
「《マクシミリアン王国》の守護獣としては何もできないが、同じ神獣が犯した過ちの報いとして、俺という個人ができる限りの償いをしよう」
「そ、そんな恐れ多い! 我が国の守護獣……? 様の暴走を止めていただいただけでも充分です!」
「そう言ってもらえると助かるよ。正直、俺にできることなんて美味しいうどん屋か寿司屋を教えるぐらいが精々だからな」
「え……? 幾らなんでもそれは軽すぎるんじゃ……」
「イヤー良かった良かった! 今代の皇太子が心優しい人間で心底安心したぜ! 非公式ではあるけれど、こんな将来性のある皇太子と知り合えたのは収穫だった。あっはっはっは!」
あぁ――見事完膚なきまでに誤魔化すコン吉様の凛々しさったら……!
これだけでオカズには当分困らない程ですわよ!
「よーしタヌ子。説教も含めて飯でも食べていくか!」
「――ッッ!!! はい! 喜んでですわ!」
誘われた!
誘われた!
誘われた!
これでコン吉様と妾は夫婦…………!
ヌゥオオオオオオオ!
来ましたわ!
妾の時代が今まさに到来しましたわぁああああ!
「いやちょっまッ―――!」
全てはコン吉様に再会するまでの戯れ。
コン吉様に会えない時間を潰すための手慰みであり、自嘲行為に過ぎませんでした。
それがこんな幸せに繋がるなんて、分からないものですわね。
口ではなんやかんやと言いながら、本気で帝国を潰せばお優しいコン吉様は決して妾を許さなかったでしょう。
永久に想われ続けるというのも魅力的で、非常にそそられますが……。
今はまだその時ではありません。
永遠に等しい寿命を持つ神獣。そんな妾達ならばこの関係を楽しむのもまた一興。
存分に謳歌して見せますわよ!!!
おまけ
~コン吉とタヌ子のその後~
「すいませーん! キツネうどん一つ!」
「…………チッ。キツネうどんとかマジあり得ねえ。ねえコン吉様。もっと趣味のいい物食べた方がいいんじゃね?」
「……は? この世でキツネうどんよりも素晴らしい食べ物なんてあるわけねえだろうが。ついに頭だけじゃなくて味覚まで腐り落ちたのか?」
「コン吉様。ハッキリと申し上げますが、コン吉様がキツネうどんとか食べたらある意味共食いですからね? その辺わかってます? そんな畜生の食べ物より、もっと美味しい物食べましょうよ。――すいませーん! タヌキそば一つ! あっ、なんなら妾を食べますか?」
「おいふざけんなよ。俺の前でタヌキそばなんてゲテモノ料理を注文するんじゃねえよ。お前だって共食いになってんじゃねえか」
「……カッチーン。コン吉様。いくらコン吉様だからって言っていいことと悪いことの区別ぐらいしてくださいよ。さすがの妾も聞き流せない言葉ってあるわけなんですから」
「お前こそあんまり舐めてるとガチで俺のシャイニングウィザードが火を噴くぞ」
「上等ですよ! 妾は知ってるんですからね! コン吉様がキツネうどんに天かす入れて食べてるの! それはもうキツネうどんじゃなくて、タヌキうどんですから!」
「アホなことぬかすんじゃねえ! 油揚げが入っていれば何が入ろうと、それはもうキツネうどんなんだよ!」
「それこそ冗談ですよ! 油揚げに名称上書きなんて特殊効果なんてありませんから! なんですか? もしかして油揚げ最強~なんてトチ狂ったこと考えてたんですか? プークスクス! それはお笑いですね!」
「丼のセンターを飾ってるのは油揚げなんだからキツネうどんと呼称するのが当然だろうが! 考えたくもないおぞましい事だが、両料理を混ぜ合わせて丼に合わせたら、百人中百人が『これはキツネうどん』って答えるね!」
「もう我慢できません! 堪忍袋の緒が切れました! ここまでの侮辱を受けたのは初めてです! 表に出やがってください! タヌキの恐ろしさをその身に刻み込んでやりやがりますよ!」
「望むところだ! その歪み切った味覚を矯正してやんよ!」
食の趣味がアルティメット合わない。
後に赤と緑の大国が生まれ、世界を巻き込む動乱の幕開けとなるのはもう少し先のお話。
そして和解の時は……