真相、激突、それから
距離は遠くなかったので、やはり思ったほど時間はかからなかった。
雷の轟音と閃光が発された地点では、竜が横たわり、その近くには身体を白く輝く軽装鎧に包み、雷を纏う直剣を手にもった僕の隣にいる「雷姫」と全く同じ装備のプレイヤーが立っているのだ。
そこまではいい。予想通りの展開であった。
だが一つ予想外であったことを述べれば……。
「にゃっ!?『雷姫』が二人いる!?」
「えっ、これどういうことだ」
「まじねこ」と「かじき」が両者を見比べ、驚きの表情を浮かべていた。まあ当たり前だろう。
予想外というのは乱入されたプレイヤーたちというのがまたうちのギルドであったということだ。
まあむしろ好都合と捉えるべきかもしれない。こちらの味方につけることができる。
「みんな聞いてください、そこにいる『雷姫』は偽物です。僕の隣にいるほうが本物」
「……はあ、何を言っているのかよくわからないが……」
他のギルドのメンバーも「かじき」と同じように困惑しているようだ。いきなり偽物とか本物とか言ってもしょうがないか。
順を追って説明すると、少しずつ事態を把握してくれたようだ。
「雷姫」に成りすましたプレイヤーがいて、報酬をさらっていく事案がいくつも発生していること。
本物の「雷姫」に頼まれ、僕と共に行動し偽物を探していたこと。
そして今、まさに偽物を発見し、その場にギルドのメンバーと居合わせたこと。
「……あまりに突然の話ではありますが、承知しました」
「つまり昨日、今日と俺たちの獲物をさらっていたのは」
「あのニセモンっていうわけかよ、マジかよ」
「夜月」「アシュトス」「ぎっしー」が簡単に事態を説明してくれた。
僕たちと「雷姫」、そしてギルドのメンバーに囲まれ偽物の「雷姫」は竜の近くで剣をもったまま静止していた。
突然僕は胸騒ぎを覚えた。ここで偽物を囲んでいるプレイヤーは七人しかいない。
さっき僕たちとすれ違ったとき、ギルドのメンバーは僕以外全員そろっていたはずだ。そのメンバーと僕たち二人で囲めば、プレイヤーは八人になるんじゃないのか?
「なあ『かじき』……団長はどうした」
「えっ、今その話? なんか別の用事があるってさっき抜けていったぜ」
嫌な感触が僕の肌を撫でた。ざらりとして不快な、そして間違っていてほしいと思う予感。
決して確信があるわけではなかったので、僕は一歩踏み出し偽物に問いかけた。
「そのアバター……チートですか」
「……」
否定はしなかったが、偽物は黙ったままだった。正解かさておき疑惑は残ったままだ。
このゲーム内にはもちろんチート行為をするプレイヤーもおり、そのチートというのも非常に多数の種類がある。
よくあるのが不正に能力を強化したり、アイテムを生成したりすることだ。時間をかけず簡単に強くなれる。
しかしそれだけでなく、アバターに仕掛けを作るチートもあると聞いたことがある。
たとえば男性キャラが女性専用の装備を身に着ける、ボイスを自由に変更するなどだ。
このゲームは一度プレイヤーの性別を決めると変えることはできず、また会話で使うボイスは地声ではなくサンプルボイスで設定される。
だから男性が女性を演じたりその逆を演じたりすることはできるが、自分のタイミングで性別を変えることはできない。
別のキャラクターを作り、演じ分けることはできるが、アイテムのやりとりはできないのでやはり自由に男女のキャラクターをプレイするには何か手段が必要になる。
チートはそれを可能にしてしまうことができる。一つのキャラクターで男女を演じ、アバターや装備、ボイスを思うままに変更できる。
能力の強化などではなく、全く違う性質のキャラクターを一人で演じる。それが偽物の正体であり、そして……。
「『ジョージ』さん、あなたですよね?」
飛び出た名前に周りのギルドメンバーは思わずこちらを向いた。
「ジョージ」のアバターは大柄で筋肉質という今目の前にいる女性アバターである「雷姫」は全くの別物で、一人のキャラクターで演じきれるようなものではない。
だからこの推測の前提はチートありきの行為であることだ。別人の可能性も有り得る。
しかし昨日と今日、僕は一つ共通点を見つけていた。
偽物の「雷姫」がいるとき、「ジョージ」は現れていないということだ。
この一点だけは僕の推測を補強する材料だった。一人のキャラクターが演じ分けているのだから、同時に二人は現れることができない。
偽物の「雷姫」は言葉を発さぬまま、突然光に包まれた。これは装備を変えるときのエフェクトであった。
光はそれほど時間をかけぬうちにやみ、装備を変更したプレイヤーの姿が現れる。
先ほどまでとかなり体格が違う。大柄で肩幅も広く筋肉質なプレイヤーの姿。
紛うことはない。僕たちのギルドの長である「ジョージ」のアバターであった。
頭をかきながら、表情に笑みを浮かべ、「ジョージ」は口を開いた。
「いや参ったね、思ったよりはだいぶ早い」
悪びれた様子もなく、そう言い放った。正体を自ら晒したとはいえ、違反行為をしていた人間とは思えない余裕っぷりだ。
そのまま「ジョージ」は言葉をつづけた。
「まあでも無事完成はしたよ、こいつがな」
背中に背負っていた武器の柄に手をかけ、自分の足元の地面に突き刺した。
「ジョージ」がいつも装備していたドラゴンアックスではない。赤黒い刀身で、その刀身には波打つような模様のある両手剣である。
刃は牙のように鋭く加工され、凶悪な竜を思わせる。
怒竜剣、レジェンド級武具にして、斃されていった竜の怒りを現した武具である。
やはり偽物の「雷姫」としての役割は、この怒竜剣の作成であったというわけだ。
「なぜこのようなことを……」
「そうだな、この怒竜剣を作った目的は……『雷姫』、お前をこの手で倒すためさ」
「ジョージ」は右手を突き刺したまま怒竜剣の柄に手をかけ、左手で「雷姫」を指さした。
このゲームにはモンスターを狩る以外に対人戦を行うこともできる。
フィールドは問わずどこでも行えるが、両者合意の上でなくてははじめることはできない。
この対人戦はメインコンテンツではないものの、人気のある要素ではある。
モンスターとの戦いとは全く違う戦い方になり、勝敗がわかりやすく実感できるので、こちらをメインに取り組んでいるプレイヤーも多い。
「ジョージ」の狙いは、最強を誇る「雷姫」を対人戦で破ること。
そして怒竜剣はそのために作成された。
怒竜剣は対モンスター戦では一撃が強いだけだが、こと対人戦においては相手に与えるダメージが斃された竜の怒りによってさらに加算される。
まさに対人戦のためにある武具で、対人戦においては確かに雷神剣には引けをとらない。
僕の隣にいた「雷姫」は、鞘から雷神剣を抜き放つと前に進み出て、「ジョージ」へと静かに近づいていった。
「なるほどわざわざ私を騙って竜を倒していたのは、私を誘うためというわけね」
「出てきてくれなきゃやってる意味がねえからな」
「そう……なら早くはじめましょうか」
顔は見えず、背後から見守る僕にもわかった。彼女は今、とても怒っているのだと。
手に持つ雷神剣はその怒りに答えるように、纏う雷を徐々に強くさせる。
「自分のことしか考えていない人には、しっかり思い知らせてあげないとね」
閃光が駆けるように「雷姫」は雷神剣を構え、「ジョージ」に突撃した。
「ジョージ」は咄嗟に地面に立てていた怒竜剣を盾にし、突撃してきた「雷姫」の一撃を防ぐ。
激しくぶつかった衝撃があたりに雷と共に散り、激しく空気が震える。
「ちょっと、こっちまで巻き込まれそうで怖いにゃー」
「対人戦ですから当人以外はダメージを受けませんけど、すごい迫力で……圧倒されますね」
「まじねこ」と「夜月」がそう呟いた。僕も同じような意見だ。
何しろ今ぶつかっているのはレジェンド級の武具同士であり、一撃一撃がとにかく重く鋭いのだ。
「雷姫」は言わずもがなホワイトプリンセス装備であり、攻撃性能のほか速度においてボーナスが得られる構成だ。
「ジョージ」はといえばギガース装備という巨人を模した装備である。随一の頑丈さに加え、攻撃性能のボーナスはホワイトプリンセスを上回る。
加えて怒竜剣を持つのだから、対人戦なら恐らく一撃でも与えれば勝利になるかもしれないといった攻撃特化の構成。
空中を舞い、速度で翻弄する「雷姫」に対し、「ジョージ」は堅実に攻撃を防ぎ、一撃を与える機会をうかがっているようだ。
「雷姫」は一度距離をとって、雷神剣を眼前に構えた。
警戒した「ジョージ」が怒竜剣を構えると、辺りを包むほどの眩い光が雷神剣から発せられた。
「チッ……目くらましか――」
「それだけじゃないわ」
閃光を利用し、「ジョージ」の背後に回り込んだ「雷姫」は右肩から脇腹にかけて一撃を浴びせた。
光る剣筋が「ジョージ」の身体に刻まれるが、にやりと笑い怒竜剣を水平に構えその場で高速回転をした。
攻撃したばかりで体勢の整わない「雷姫」は、迫る怒竜剣の刃に雷神剣を盾にして直撃を免れたが、その衝撃に吹き飛ばされた。
直撃ではないものの、怒竜剣の攻撃が当たったことで、「雷姫」の体力は三分の二を切っていた。
一方「ジョージ」は背中に攻撃を受けたにもかかわらずまだ半分は残っているといったところだ。
吹き飛ばされふらつきながら立ち上がる「雷姫」をみて、「ジョージ」は息を切らしながらも余裕の笑みを浮かべている。
「どうした、最強……もう終わりか」
「……甘く見られたものね、もう自分の勝利を確信しているのかしら」
「雷姫」の雷神剣の纏う雷が強く光りうなりはじめた。
それに呼応するように「ジョージ」のもつ怒竜剣も黒く禍々しい光を帯び始める。
この戦いはもうそう長くは続かない。次の一撃で決まってもおかしくないと、その場にいる僕を含めた全員が思った瞬間だった。
地面を蹴り、勢いよく正面から「雷姫」が突っ込む。
「ジョージ」は余裕の笑みを浮かべたまま、怒竜剣を構え防御の姿勢をとった。
「バカが。真正面から切り込んでも無駄だ!」
雷神剣と怒竜剣が激突し、辺りに衝撃が拡散する。
それと同時に「雷姫」は雷神剣から手を離し、距離をとる。
予想外の行動に「ジョージ」は当然、周りの僕たちまでもが驚きの表情を浮かべた。
「なっ……?」
「……弾けろ――」
突如手放された雷神剣が光り輝く。それに導かれるように、上空から閃光と轟音を伴い雷が落ちた。
「ジョージ」はかわすこともできず、雷神剣に導かれた雷にそのまま包み込まれ、咆哮をあげ、その場に倒れたのだった。
*
ある日の放課後、僕が下校の準備をしていると「x座標2、y座標3の彼女」が近くまで寄ってきた。
まあ大体僕に用事があるといったら一つしかないわけだが。
「今日もインするよね、じゃあ今から帰るなら午後五時でいいかしら」
「え、あ、うん……いいよ、それで」
それだけ言うと、彼女はそそくさと下校してしまった。自分の言いたいことだけ言って僕のことは気にしないのか……。
まあこれといって用事があるわけでもない僕も、それからさほど時間を置かないで下校することにした。
あの戦い以来、「ジョージ」が偽物の「雷姫」として現れることはなく、恐らくチート行為が発見されプレイ制限にでもなっているのだろう。
たった二日間の出来事であっという間の時間だった。「雷姫」の偽物騒動は少しだけゲームの噂になったが、時間が経つとその噂もなくなっていった。
ギルドの長がインしない今、僕含め他のギルドメンバーは一度解散ということになった。
ほとぼりが冷め、またみんなでプレイできることを願って、今は各自で活動することにみんなも同意してくれた。
午後五時にはまだ十分ほど早かったが、帰宅してゲームにログインしフレンド一覧をみると、既に「雷姫」がインしていた。早くないですか。
僕がインするのを確認するやいなや音声チャットが送られてきた。
「遅い」
「いや、定刻にはまだ早いと思うんだけど……」
「私より遅ければもう遅刻みたいなものでしょ、ほら行くわよ。今日は目標五十匹かしら」
「五十……」
彼女の声はいつも一定で、感情がこもっていない。そういう印象だったが、最近は少し変わった。
あの一件から彼女自身もようやくユーザーとしてこのゲームを楽しめているのだと僕は勝手に思っている。
山のフィールドに向かう途中、僕は「雷姫」に話しかけた。
「名前?」
「そう、まだ聞いてなかったなと思って」
「あなた……同じクラスなのに、名前もわからないの」
彼女の声は心底呆れているといったものだった。いや本当こればかりは仕方ないことで。
たぶん僕は覚えることはできないだろう。それでも聞いておきたかった。
きっとこれからも一緒に遊んでいく友達であり、今でも好きな人に変わりはないから。
「じゃあもう一度自己紹介するからね、私は――」
はじめまして。鹿藤馬大と申します。この度、「小説家になろう」に投稿させていただきました。昔から妄想をパソコンを書き留めていたのですが、いざ文章という形にすると……難しいものです。以前から創作活動を他サイトでしていたこともありましたが、なにぶんブランクがあるので改めてとりあえず書いてみるかの精神でやってみました。
この作品は「とにかく変な主人公のファンタジーを書こう」と思ったのですが、書きたいことを書く見切り発車ではなかなかうまくまとまらず、見直すと改稿が必要な個所は数々見つかりますね。というかそもそもこれはファンタジーなのか……?次回以降、構想を練り推敲を重ねて洗練していこうと思います。
この物語は短く一本書いてみようだったのでこれにて終了です。ファンタジーが好きなので、たくさん書いてみようと思います。読者の皆様の感性にあうファンタジーが書ければ幸いです。では、今回はこのあたりにて。




