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提案、思い、一歩目

「僕」の紹介が遅れているようなので、少し説明しよう。

今現在、思い人に対して手紙の宛名をいつもの調子で「x座標2、y座標3のあなた」と書いてしまった。これは事故である。

いや事故よりは偶発的なものではない、どちらかといえば起こり得るとして起きたものである。


信じるかどうかはそれぞれだが、僕は人の名前を覚えることができない症状を子どものころから持っている。

名前というのはその人自身がもつ本名であり、ニックネームはそれに該当しない。

特別何か欠陥や重大な病気ではないのだが、何かと不都合なことは多い。人を呼ぶとき非常に困る。今みたいな状況を引き起こす危険をもつ。


入学式から僕は教室を第一象限として座標で呼べばいいのではないかと考えたのだ。

ちなみに僕の一つ前の席であれば「x座標0、y座標1」で、僕の一つ右の席であれば「x座標1、y座標0」である。

そして今目の前にいる愛しの彼女は「x座標2、y座標3」である。


家族のように「お母さん」「お父さん」など代名詞のある人を呼ぶのは何も問題はないのだが、その人だけがもつ固有の名称を覚えることがどうしてもできない。

実際「かじき」の名前を僕は知らない。正確には教えてもらったのだが、ゲームをしているうちに「かじき」で呼ぶ習慣がついたのだ。

それに「かじき」曰く、本名に近いらしい名前なので別にそれで構わないとお墨付きである。

このように当人の了承を得ているのなら問題はないだろう……。


だが、直面したのはミスで済まされる次元ではない。そもそもこういった事態が起こることが他人には理解されないだろう。

少なくとも「x座標2、y座標3」に近いような名前はしてないだろう。書き間違えてしまい申し訳ないとかそもそも許されないけど、間違えたというレベルでもない。

僕自身迂闊だった。この基本条件を忘れているとは……。もう言い訳したものかわからない。



僕が凍り付いている様子を見て、彼女は何かを得心したのか頷いていた。


「まあ君の中では……私はそういうふうに呼ばれているのかもね」


すぐに否定しないあたりなかなか柔軟な考えの持ち主だ。しかし内心は決して穏やかではないだろう。

このままでは会話が云々では済まないだろう。明日から僕はどうこのクラスで過ごしていいかわからない。

とりあえず謝ろうと僕はたどたどしくも言葉を綴る。


「えっと……そ、そうだ。今プレイしているゲームのせいなんだ、ちょっと意味わからなかったよね、ご、ごめん」

「ふーん……?」


あ、もうこれダメかもしれない。いやかもしれないじゃなくて、もうだめだ。繕い切れない。

心の中で大きな白旗をぶんぶん振っている僕をよそに彼女はまだ言葉を続けていた。


「ゲームとか……するんだ、なにやってるの?」

「え?えっと……今は『ハンターズライフ』かな」


「ハンターズライフ」とは今現在、そして昨日プレイしていたゲームの名称である。

プレイヤーはゲーム内でハンターと呼ばれる職業につき、敵を倒して素材を手に入れそれで武具を作りまた敵を倒す……といったここ最近よくある狩りゲーに属する。

それなりに知名度はあり、女性プレイヤーもいるがそもそも知っているものか……。

と、僕の心配はどうやら杞憂であったらしい。彼女の目の色が変わり、少し前のめりで聞いてきた。


「へえ……君もプレイヤーなんだ、ランクはいくつ?」

「え……もう一年以上プレイしてるから100だけど……」

「そう、キャップには届いてるわけだ」


彼女は値踏みをするように手を顎にあて、頷いた。何か考えているのだろうか……。

ランクは敵を倒すことで得られるポイントによって上がるプレイヤーの腕前を簡単に表す指数のようなものだ。もちろん高ければ高いほど一般的には強いといわれる。

現在、ハンターズライフのランクは100が上限である。僕は中学からプレイして高校入学前にようやく到達した。かけた時間は途中から数えてはいないけども。

100に到達しているプレイヤーは決して多くはないだろうが、昨日一緒にプレイした「かじき」含め七人は全員100に到達している。

そもそもうちのギルドはあの七人で全員の小規模ギルドであり、人数が多くない分固定メンバーでいろいろやっているうちに全員100に到達したというわけだ。



彼女の考えもまとまったのだろうか、人差し指を立て提案をしてきた。


「ひとつ、お願いしたいことがあるのだけれど」

「……え?」


*


「今日は別の人と狩るから、ギルドのみんなにもよろしく言っておいて」

「……? わかった、了解」


時刻は午後九時を回ろうとしている。僕は「かじき」にそう伝え、一人ギルドとは全く違う方向へと歩き始めた。

待ち合わせに指定された場所はゲームをはじめたプレイヤーがまず訪れる町のはずれにある森だ。


「x座標2、y座標3の彼女」もこのゲームのプレイヤーであることが判明し、今夜午後九時に町はずれの森に来てほしいと学校でそう提案をされたのである。

詳しい事情はその森で話すとのことだったが、学校で話さず、わざわざゲーム内で話す理由は教えてはくれなかった。

いまいち納得しきれない部分こそあるが、親密になるいい機会だ。僕はその提案に合意した。

ギルドのメンバーにも今日は行かない旨を伝えておけば特に不都合はないだろう。


町はずれの森はそう遠くはない。移動は数分で済み、森の中をうろついている。

はじめた頃はよくこの森で敵モンスターを倒したものだ。そんなプレイ初期のことを懐古しながら辺りを探索していると、開けた地点に出た。

木々が並び、影で暗い演出のある森だが、この開けた場所だけは木々で作られる影もなく、光が差し込んでいる。

その光の差し込む場所の中央に、フードをマントを羽織った人物が立っている。明らかに異様だ。

待ち合わせている人物で間違いないだろうか、と恐る恐る近づくと向こうから話しかけてきた。


「遅いわね、待たせるなんて」

「えっ、あ、いやごめん……というかその恰好はなに?」


決して定刻より遅くなったわけではないが遅刻を咎められ、思わず謝ってしまった。

どうやら「x座標2、y座標3の彼女」で間違いないらしい。

フードとマントを羽織ったまま彼女は口を開いた。


「目立つといけないから一応変装ってことでね」

「……どういうこと?」


ゲーム内で目立ってはいけない理由はこれといって浮かばない。何か隠さなければいけないようなことは基本的にないはずだ。

そもそも隠さなければいけないアバターなどアバターである意味がない。自由に表現するのは、それが仮想の現実だからである。

現実で表現できない自分を表現する。それがアバターの役目、だと僕は思う。



が、僕の考えは根本から間違っていた。

彼女はおもむろにフードとマントを外し、隠された装備を披露した。僕ははっと息をのむ。

光に照らされ美しく輝く白の軽装鎧。気品ある姿は戦場に立つ勇敢な姫を思わせる。

ホワイトプリンセス装備だ。女性キャラの到達点とされるかなり希少で高性能の武具。


「ホワイトプリンセス装備……」

「あら、それだけではないわ」


彼女は腰に下げた鞘から剣を抜き放った。それを見て、僕の心臓はひとつ大きな鼓動をうつ。

その剣は直剣で、薄く光を帯び、雷を纏う。ばちばちと雷のうなりがこちらにも聞こえる。竜をも滅ぼす伝説の剣、雷神剣である。

間近で見ると圧倒されてしまいそうな雰囲気だ。


僕はある一つの答えに到達していた。

美しい白き軽装鎧に、竜を屠る雷の剣。つい最近お目にかけたばかりだったので、逡巡に時間はかからなかった。


「『雷姫』……!」

「そうね、他のプレイヤーはそう呼んでいるのかしら」


ゲームで知らないプレイヤーはいないとまでされる最強プレイヤーが目の前にいることに僕はただ緊張するばかりだった。

手に汗がにじみ、呼吸が少し乱れた。

一度画面から目を離して天井を見上げてひとつ深い呼吸をした。少し緊張はほぐれたが、目の前にいるプレイヤーに変わりはない。

これは夢などではなく、今実際に起きているのだと改めて認識させられる。


「ゲーム最強のプレイヤーの『雷姫』が僕に頼み事ってなにを? 君に解決できないことは僕にもできないと思うけど」

「そうね……ゲームの内容で困るようなことはないわ。倒せないような敵モンスターはいないし」


さらっと何事もないように彼女は言うが、実際はとんでもないことを言っていることを理解しているのだろうか……。

まあそもそも常軌を逸した強さであることは既知の事柄であるし、僕も彼女がほらを吹いているようには思わなかった。

しかしそうであるとすれば、なお頼み事がどういったものかは推測ができない。

僕の推測が追いつかぬうちに彼女は依頼の内容を話し始めた。


「『雷姫』の偽物をこの手で倒すのよ」

「……はい?」



彼女が言うには、今現在「雷姫」を名乗る何者かが、他のプレイヤーが討伐中のモンスターに乱入する事案が次々と発生しているらしい。

装備は全く同じホワイトプリンセスに雷神剣なものだから、区別は全くつかないが、同じ場所に「雷姫」が並ぶことができれば後はどうにかできるという。

その偽物の対処は彼女自身で行うから、僕にはその監視役を務めてほしいということだ。


依頼の内容を話し終えると、彼女は表情を変えずぽつりと言葉を漏らす。


「ゲームを楽しんでいる人の邪魔するなんて無粋だわ。早く捕まえないとね」

「へえ……ちょっと意外だ、そういうことには関心がないと思ってたよ」


僕の言葉に反応すると、彼女は開けた森の上にある空を見上げた。

そして見上げたまま言葉をつづけた。


「私ね、このゲームのテスターだったの」


彼女はこのゲームをはじめた経緯を説明しはじめた。

叔父が開発陣に携わっており、実際にプレイするであろう若年層の意見を出すテスターとしてこのゲームをはじめたこと。

正式サービスがはじまった以降もプレイし続け、「雷姫」として有名になったこと。

実際に出会ってまだ1か月の僕に、自分の思っていることをしっかりと言ってくれた。


「……テスターとしてこのゲームに参加して、楽しんでプレイすることが大事だなって本当にそう思うの」


自分の好きなゲームを、他の人が楽しんでくれるように。

彼女はこのゲームを守りたいと思ったのだろう。

言葉の端々からそんな思いを、僕は感じていた。


「それじゃあ……偽物を探しにいこうか、みんなが……楽しんでプレイできるように」


僕の言葉を聞くと、今まで表情を見せないかった彼女が驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。

そしてひとつ大きく頷いてから、また一言だけ。


「ええ……そうね」


*


昨日偽物と出くわした山のフィールドについた僕と「雷姫」は、竜を探すことにした。

恐らくだが、偽物の狙いは竜の討伐に乱入し報酬をさらっていくことにあるのだと推測されるからだ。

とはいえ僕は疑問に思っていた。既に雷神剣というレジェンド級武具をもつ以上、竜の素材はさして必要にならないのではないかと。

彼女に尋ねると、淡々と説明をはじめた。


「レジェンド級武具にはね、竜の素材を大量に必要するものが一つ存在するの、聞いたことないかしら」

「あっ、そうか……怒竜剣」


怒竜剣とは、作成のために竜の素材を大量に必要とする両手剣である。

この剣を作るために斃された竜たちの怒りが、剣の一撃となり敵を葬る……という。


確かに圧倒的な攻撃性能を誇るが、性能でいえば同じレジェンド級武具である雷神剣のほうが優秀である。

一撃の威力には劣るが、雷神剣は雷による広範囲攻撃や、装備するだけで移動速度や攻撃速度にボーナスがつく。とにかく何かと使いやすいのはこちらだ。

尖った性能という意味で怒竜剣は強いが、総合的性能でみると雷神剣に軍配が上がるだろう。


「まあ真相は偽物に聞いてみたらわかるでしょう」


彼女もなぜそんなものをわざわざ必要とするのかは疑問に思っているようだが、今は考えるよりも偽物を探すほうが先と決めたらしい。

僕たちは推理もほどほどに広い山のフィールドを駆け巡ることにした。



探索をはじめて一時間が経過していたが、これといって進展はなかった。

竜を討伐しているプレイヤーたちには遭遇するものの、偽物の「雷姫」は現れなかったのだ。


休憩がてら僕たちは作戦会議をすることにした。


「もしかしたら今日は現れないのかもしれないわね」

「まあそう簡単に見つかるというものでもないか――」

「あーっ、『雷姫』だにゃ!」


と、聞き覚えのある語尾と声が聞こえる。

そちらの方へ視線を向けると、間違いなく「まじねこ」である。その周りにはギルドのメンバーも揃っていた。

面倒なことになった……僕は心の中でため息をついた。


「まじねこ」がこちらに近づいてくると、僕に詰め寄り勢いよく問いかけてきた。


「なんで『雷姫』と一緒にいるにゃ!?この前、邪魔されたプレイヤーとよく一緒にいられるにゃ!」

「いやまあ……いろいろと事情が」

「どういう事情にゃ!ちゃんと説明するにゃー!」

「まあまあ、ちったあ落ち着け。『まじねこ』よ」


諌めるように「ジョージ」が言うと、不服そうであったがそれ以上「まじねこ」は突っかかってこなかった。

僕は謝りつつ逃げるようにその場を去り、難を逃れたのであった。

まあ難は明日以降も続きそうなのは否めないのだが。僕としても早いうちに偽物問題は解決したほうがいいらしい。


ギルドのメンバーと別れ、また探索をはじめたのだが、しばらくして「雷姫」は急に立ち止まって僕に言った。


「あれがあなたの所属しているギルドなのね」

「うん、そうだよ。まあ七人しかいないから小さいギルドだけど」

「羨ましいわ。私は一人でプレイしているから……まあ昔はテスター仲間がいたけど」


そういえば「雷姫」はギルドに所属せず、フレンドもいないという噂だったが、やはり前には協力できる仲間がいたのだ。

僕は昨日から払拭できずにいたチート疑惑を、ここにきてなんとなく解決できたと思う。


このゲームの正式サービスがはじまったのはおよそ二年前だ。僕たちは正式サービスがはじまって少し経ってからプレイヤーとなった。

彼女がテスターとして参加したのはもう三年も前になるらしく、正式サービスがはじまって以降もテスターと一緒にプレイしていたらしい。

しかし現実世界が忙しくなりゲームをする時間が失われ、少しずつ一緒にプレイするテスターも減っていったらしい。

そして一人になったとき、彼女は考えたらしい。


「やめていくとわかっているなら、わざわざ一緒にプレイすることはないってね」


彼女はこのゲームが好きで、他のプレイヤーが楽しんでくれているならそれでいい。

そしてやめていくプレイヤーが出るのも当然のこと。

その瞬間に立ち会うことはつらいのだから、ギルドにも属さずフレンドも作らないでいる。


彼女はテスターとして参加したことで、自分と他者に線引きをしたように僕は感じた。

同じプレイヤーであるのに、他者を優先することで自分が楽しむことを忘れているのではないかと。

僕は右手を差し出しながら、一つ提案をした。


「僕とフレンドになってくれませんか」


これは相手に好かれようという見え透いた魂胆で言った言葉ではない。彼女にも楽しんでほしい僕の思いだった。

いつどうなるか分からない未来を憂いて今を楽しめないのはもったいないことだ。

僕がフレンドになることでしがらみを取り払うことができるのなら、いやむしろできなくてもだ。


彼女は呆気にとられた様子で僕を見つめていたが、少しずつ静かな笑みを浮かべ、僕の手をとってくれた。

あくまでゲームの中で、実際に手を握ったわけではないが、手に温もりを感じたと僕はおもう。


「こちらこそよろしくね」


フレンド申請をすると、僕と彼女のフレンドの一覧にお互いの名前が表示された。

これが一歩目。進んだのかどうかわからないほど小さな僕と彼女の一歩だった。



鳴り響く轟音。遠くに見える白い閃光。

束の間の触れ合いが終わると、雷が落ちたような音と光が僕たちに届いた。

「雷姫」は今、僕の目の前にいる。つまり言えることは一つだ。


「偽物、現れたみたいだね」

「ええ、それじゃあ……よろしくね」


先ほどまでと言葉の雰囲気や感じ方が変わったように感じたのは僕だけかもしれない。

しかし同じゲームのプレイヤーとしてではなく、今は「雷姫」のフレンドとして彼女に協力する。


決して遠くはない距離。僕たちは急いで現場に向かった。

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