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噂、手紙、失敗

「あれはもしかしたら噂の『雷姫』かもしれないですね」


唐突な乱入によって思わぬ形で幕を閉じた竜の討伐は、午後七時前を知らせる時計のアラームとほぼ同時だった。

我が家の夕食はだいたい午後七時であり、あまり夢中になっていると夕食の時間に気付かないことがあるため僕は常に午後七時のほんの少し前にアラームを設定している。

以前夕食を無視してやり続けていたら翌日以降、僕だけ食事が用意されなかったという過去があるのでそれ以来、必ず食事の時間にはやめるようにした。


夕食を済ませ適度に家族との時間を過ごした午後九時に再びゲームにログインすると先ほどの乱入者の話題になっていた。

「夜月」が発した「雷姫」の名前はこのゲームではかなり有名だ。恐ろしく強いプレイヤーであり、どこのギルドにも属さずフレンドも作らず、一人で戦い続けているとか。

正直有り得ない話だとは思う。一人でプレイすること自体は珍しくないが、強敵を倒すには複数人の協力が不可欠と言っていい。

強敵を倒さなくてはより強い段階へは進めない。一人で戦える敵には限界がどうしても存在し、強さは頭打ちになる。

だからこそ強くなりたい場合は強力な敵を倒すためにギルドに属す必要があるのだが、目の前で起きた出来事は次元が違うものだった。


*


「ウソだろ……」


「かじき」の思わず口から漏れた言葉も無理はない、目の前の状況は決して信じられるものではなかった。

竜を討伐するためには複数人の実力者を募り、連携をとりながら時間をかけて倒すのが通例である。

突如現れた乱入者はこちらの攻撃を受けても怯みひとつしなかった竜に対して、怯ませるどころかたった二発で倒してしまったのである。


討伐された竜の体は光に包まれるとその場から消えた。このゲームでは倒された敵はその場に残らず光に包まれて消えるエフェクトが現れる。

そのエフェクトを確認した以上、やはり竜は討伐されたというのが紛うことなき事実として証明された。


「よ、横取りなんてずるいにゃー!」


後ろにいた「まじねこ」が突然大声をあげて乱入者へと近づく。

確かに僕たちからすれば、横から現れた彼女に獲物を取られたことは間違いない。僕自身も腑に落ちてはいない。

他のメンバーもほぼ同じ意見のようで乱入者に続々と近寄っていった。

六人に囲まれた彼女はぐるりと見渡してから一言つぶやいた。


「あなたたちにあの竜を倒すのは無理よ」

「なっ!!」


感情のこもらない声音で一言つぶやいた。意図の有無はさておき、こちらを挑発するような態度であることに違いない。

案の定わかりやすい性格をしている「まじねこ」が続けて抗議している。


「僕たちは戦い始めてまだ数分だったにゃ!戦いがどうなるかなんてやってみないと――」

「ダメージもろくに与えられないのに?一日かけたって勝てるか怪しいわよ」

「むきーっ!」


地団駄を踏む「まじねこ」を見ながら、他のメンバーは苦笑していた。自分たちの感情を「まじねこ」が自ら表現してくれたので、少し客観的に見ることができたのだ。

僕も感じていたことは他も感じていたようで、先ほどの数分でこちらが与えたダメージはほんの僅かであり、このまま続けたところで撤退は免れなかったのかもしれないと。


彼女は手にもつ雷をまとった剣を鞘に納めると、輪の中からすっと抜けだしていった。

決して早くない歩きではあったが、誰も呼び止めることはせず、僕たちはそのまま彼女が去っていくのを後ろから見ていた。


*


「チートって可能性は?」

「うーんどうかにゃー、でもあの装備はホワイトプリンセスだったにゃ。女性キャラの到達点って言われてる装備だにゃ」

「剣はおそらく雷神剣でしょうね、あの強さは間違いなくレジェンド級の装備ですから……可能性を否定しきることはできませんが」


僕が特別根拠もなくチート、いわゆる違反行為によって能力を強化することを疑うが、どうやら同じ女性キャラである「まじねこ」と「夜月」は半信半疑といったところらしい。

ホワイトプリンセスは女性専用の白い軽装の鎧のことであり、精霊の加護を受けあらゆる厄災を跳ね除ける力を持つ……というのがフレーバーテキストだ。

防御力は言わずもがな、その能力は攻撃性能まで引き上げる能力をもち、また天使を思わせるような翼をもつ見た目も秀逸なことから女性キャラクターの目標とされる。


一方、雷神剣は自在に雷の力を操り、その力をもって竜をも滅するという伝説級の武具である。

このゲームにおいて名前に「神」を思わせる文字・単語がつく場合、希少かつ強力な武具である証とされ、レジェンド級や伝説級と呼ばれる。

階級において絶対の頂点が神であり、次点に竜が並ぶ。そしてこの階級は覆ることはない。

あの時の一方的な戦いも、神と竜の関係だからこそ起きた……と考えるのが妥当なのかもしれない。


つまり竜を倒す行為自体は、あの装備からして一人でも可能ではないかという面でチート行為を二人は否定しているらしい。

だがそれだけ強い装備を一人で揃えるなどそれこそチート行為を疑うものだ。伝説級の武具は竜よりも更に強い神に挑むことで手に入るもので、一人で立ち向かうことは到底できない。

装備をチートによって入手するのか、それともチートによって神を倒しその武器を手に入れたのか……。

どちらにせよ僕は決して「雷姫」がまともな人間ではない予想を払拭することはできなかった。



「おっ、なんだか盛り上がってるな!」


愛想のよさそうな声が響き、声の主をほうを見ると、大柄で頑強な身体をもつ男が人のよさそうな笑みを浮かべながらこちらへ向かってきた。

背中には身の丈と変わらぬほどの大斧を背負い、見るからに腕っぷしの強い雰囲気をもっている。

その男が近づいてくると、「まじねこ」は元気よく返事をし、僕と「夜月」は少し頭を下げ礼をした。


「おっそいにゃー!『ジョージ』くん!」

「お疲れ様です、団長」

「ははは!悪いな、『まじねこ』。許してちょんまげー、なんてな!」


恐らくここしばらく聞いてないだろう古臭くまた何も面白くない冗談に、半笑いを浮かべる僕たち。「まじねこ」のかわいらしい笑みもなんだか引きつっているように見える。

だが言った本人はかなり楽しそうだ。大きな声で笑っているところから容易に察する。


「ジョージ」という彼は僕たちの属するギルドの長である。このギルドを立ちあげ、運営するにあたり指揮をとっている人物だ。

おおらかな人柄であり、人に好かれやすい。が、今のように古臭い冗談をよく放つのでそこは玉にきずといったところか。

戦闘では矢面に真っ先に立ち、切り込みを仕掛ける。敵の攻撃を物ともせずとにかく攻めるプレイを得意とする。

うちのギルドでは唯一、竜の武具であるドラゴンアックスを持つ人物で、間違いなくギルド最強の人物である。


「で、小耳に挟んだけど『雷姫』に出くわしたんだって?」

「そうなんです。おかげで竜の討伐者報酬と最大貢献度報酬は持っていかれちゃって」


このゲームの討伐によって得られる報酬には三つ種類がある。

一つ目は参加者報酬。これは一度でも攻撃に参加すれば得られる最低限度の報酬のことである。先の竜が討伐されたとき、僕たちに与えられたのはこの参加者報酬だけであった。

二つ目は討伐者報酬。目標を討伐した一撃を放った者が得られる報酬である。これを利用することで仲間と協力し、調整をすることで戦力の整っていない初心者にも報酬を与えることは可能である。

最後は最大貢献度報酬といって、ゲーム内ではMVPと呼ばれる。目標の討伐にあたりもっとも貢献したプレイヤーが得られる。

敵への攻撃のほか、味方の補助や回復などが貢献として加算されるが、やはりもっとも貢献として認められるのは敵への攻撃である。


「雷姫」はたったの二発で討伐者報酬と最大貢献度報酬をさらっていったのである。

圧倒的な実力差が僕たちの間にあったことは自覚せざるを得ないだろう。



「ジョージ」はにやりと笑うと、それからまた大声で笑い飛ばした。


「がはは!まあ取られちまったもんはしょうがねえな。今からまた竜狩りにいくか?」

「そうですね……まだドラゴン級の素材が足りないのでお願いします」

「今度は邪魔されないよーに、そっこーで倒すにゃ!」

「四人だと少し難しいでしょうから……人が集まってからいきましょうか」


「夜月」の提案に、僕を含め三人は賛成し、それから「かじき」「アシュトス」「ぎっしー」を加えた七人で竜の討伐へと再び向かった。

その時は「雷姫」に会うことなく、竜の討伐は成功したのだったが、僕の中にわだかまりは残ったままその日はそれから二時間ほどで解散になった。


*


翌日、僕は授業が終わり下校の時刻になったにもかかわらず、教室で残っていた。

部活に属していない僕は下校時刻になった瞬間、家に帰りゲームにログインするのがいつもの流れなのだが、今日は状況が違った。

「かじき」のアドバイスをもらい、一目惚れの相手である「x座標2、y座標3の彼女」と話をしようと誘ったのである。


もちろんクラスのど真ん中で「僕とお話をしてください」と頼んだわけではない。手紙を書いてこっそり彼女の机に入れておいたのだ。

当然、話の肴にされ気持ち悪がられる危険は孕んでいたが、どうやら手紙に気付いた彼女は誰に言うこともなく一人で読んでいたらしい。なかなか空気の読める人だ。

そのまま授業の時間が過ぎ、今に至るというわけだ。手紙では放課後に話をする約束なのだが、そもそも来るのだろうか……。


彼女は部活には属していない。僕と同じように下校の時刻になればすぐ帰宅するタイプの人間だった。

用もなければ学校に残ることもないだろう。それなのに今、教室には僕一人だけが残っているのだ。

これはもしかしてすっぽかされたのではないだろうか……不安に駆られる僕は、椅子に座ったまま机に突っ伏した。


思い人に手紙をだし、放課後に話をするためだけに居残りをしているというのに相手が来ない。

いま客観的に僕自身をみるとものすごく滑稽だ。情けなくて涙が出そうだ。

自己嫌悪に陥っていると、教室黒板側の扉が開いた。


「ごめんね、少し先生とお話してたから」


その声はまさに福音のごとく僕の鼓膜に響いた。どうやらすっぽかされたというわけではなかったらしい。

約束の時間は少し過ぎていたもののそんなことは関係ない。先ほどまでと打って変わって僕の鼓動の高鳴りは周囲に聞こえそうなほどだ。


入学式からはや一か月が過ぎ、彼女の髪は少し伸びて肩甲骨に届こうとしていた。しかしその見目麗しさに変わりはない。

真面目にきっちりと着こなされた濃紺のセーラー服は、彼女によく似合っている。


「い、いやいいんだよ。そんなことは……」

「そう。それでね、聞きたいことがあるの」


と、彼女は制服のポケットから紙を取り出した。どうやら僕が渡した手紙のようだが。

状況を呑み込めず怪訝な表情を浮かべた僕と向かい合った彼女の顔は表情もなく、ただ一言だけ発した。


「『x座標2、y座標3のあなた』って……なに?」


……。

人生15年。失敗は数あれど断トツぶっちぎり優勝の失敗がここに誕生したのであった。

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