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一目惚れ、ネットゲーム、出会い

僕のクラスは男女18人ずつで合計36人、教室の席はきれいに縦六列、横六列の正方形を形作ることができる。

黒板に最も近い最前の横列は男子、次は女子、さらに次は男子、女子とつづく。

最前のひとつ後ろの横列は窓際が女子、次は男子、さらに次は女子、男子とつづく。

男子と女子が互い違いに並ぶ席順であり、男女で色分けをすると格子模様になる。


教室を二次関数の第一象限とし、教室の一番窓側の列で最後尾に座る僕の席を始点であるとする。

廊下側に向かうほどxの座標は一つずつ増え、黒板に向かうほどyの座標は一つずつ増える。

僕から見てその子は二つ前であり、右に三つずれた席である。

x座標が2であり、y座標が3である席に彼女は座っていた。



出会いは入学式が行われた日の朝だった。

風に揺らされ桜の花びらが美しく宙を舞う並木通りを僕が歩いているときに、彼女は同じ時間に車道を挟んだ反対側を歩いていた。

なぜ僕がそのとき車道の向こう側に意識をとられたのかはそれっぽい理由もないため、まさに運命だったのだろう。


というのは僕の過剰な自意識の生み出す産物であり、実際の原因はその並木通りが少し湾曲しており、まっすぐに歩いていても車道の向こう側は意識しなくとも目に入るのである。

それに加え、彼女が平均台でも歩くように腕を水平に広げながら縁石の上を歩いているものだから、物珍しく見ていてしまった。

風に揺れる彼女の黒髪は肩につくまで伸び、僕のところにまでシャンプーの香りを運ぶ。

新品の制服は濃紺のセーラー服であり、麗らかな春の日差しに照らされショーの花道を歩き、観客に披露するかの輝きを放つ。

そして縁石しか目に入っていない彼女の横顔は幼さは少し残しつつも利発そうな清楚な顔立ちであった。



と、ここまでのところでご承知と思われるが僕の一目惚れであった。

入学式を終え、自分のクラスに行くとまさかの同じクラスであるというサプライズに胸の内で小躍りしていたというのは僕だけの秘密である。

残念ながら前述のように、僕は窓際最後尾、彼女はx座標2、y座標3の席であるため近いとは言えないものの、四月より僕の心は晴れ晴れとしていた……のだが。



「今日も名前を聞けなかったというわけ、か。この話も何度したかもう数えるのもやめたよ」


ヘッドホン越しに聞こえる声は明らかに呆れていた。今のは別にジョークでもなんでもない。

僕はパソコンの画面越しに見えるはずもない声の主に向かって不満を述べた。


「いきなり話しかけて『お名前教えてくれますか?』って言える?その瞬間からクラスの会話の肴にされるだけだよ」

「そりゃいきなりクラスのど真ん中で聞けばそうかもしれんが手段とかタイミングとか整えれば、その状況は打破できると思うんだけど?」

「むう……」

「いやお前、そんなことも考えないで今までの話をしてたのか」


彼の言うことは実に正しい。が、正しいことが快いわけではない。僕は図星をつかれて調子を狂わせられた。

パソコンを使い、彼とはネットを通じて会話をしている。その彼は中学の同級生であり、中学を卒業し違う高校に入学した今もこうして連絡を取り合っている。

連絡を取り合う、という言い方は少し語弊があるので訂正すると、彼とはネットゲーム内でのフレンドであり、同じギルドに所属しているメンバーでもある。


フレンドというのは、個別にプレイヤー同士が同意の上で相手を登録する行為のことで、大まかな近況やダイレクトメッセージを送ることができる。

ギルドというのは、ゲーム内でプレイヤーが複数人集まり組織される寄合である。フレンド限定のギルドもあるが、基本的にフレンド云々は関係ない。

ネットゲームをプレイしていると強力な敵が現れたとき一人で太刀打ちすることは難しいが、ギルドに入ることで協力を申請することができる。

またギルド内には簡易的なチャット機能もあり、攻略についての質疑応答や単なる世間話も可能だ。


彼……ユーザーネームで呼ぶと「かじき」とはゲーム内における友人、そして同じ組織の仲間であり、現実世界においても知人の関係である。

ネットゲームが中学時代に流行り、「かじき」に誘われ僕もはじめたというのが事のはじまりだ。

他にもプレイしていた同級生はいたが、今となっては僕と「かじき」がプレイしているのみで、ギルドの他の仲間は現実世界においては全く接点のない人物ばかりである。



今、僕たちは険しい山々のフィールドをギルドの仲間と駆けている。先ほどの会話は「かじき」のみに発しており、周りの仲間には聞こえていない。

現実世界ではもうすぐ午後六時を回る。そろそろ親が夕飯の時間を告げに来るであろうから早めに目的を済まさねばなるまい。


僕と「かじき」、そして他ギルドの仲間を合わせた六人の目的はこの山に棲む強力なモンスターである竜の討伐である。

竜を倒すことで手に入る爪や鱗といったアイテムは希少性が高く、市場での高値の取引のほか強力な武具の素材にもなるため、

多くのプレイヤーがその竜の討伐を試みているようだが、あまり討伐したという話は聞かない。それほど強力な敵ということだろう。



かれこれ一年以上プレイしてきた僕としては、竜を討伐し素材を武具の材料にしたいと考えている。

「かじき」や他の仲間も同じ思いだろう。実力は申し分ない面々なので、強敵とはいえ六人もいるのだからなんとかなるだろう、といったところか。



「どうやら出てきたようだぞ」


「かじき」の声に反応し、前方を見ると巨大な竜のモンスターが現れた。

頑強で巨大なその体躯に加え、鋭利な牙と爪は現実ではないゲームの世界であるというのに、手に汗を握るような緊張感をもつ。

僕たちは各々戦闘準備を整え、竜のモンスターへと攻撃を仕掛けた。


「『アシュトス』さんと『まじねこ』さんは後方で支援を、『かじき』と僕で切り込みます!」

「あいよ」

「了解にゃっ、気を付けてねー」


フードを顔面を隠すほど深くかぶり、巨大な弩を構えた「アシュトス」という名の男性は狙撃手であり、後方から射撃を仕掛けることを役割とする。

狙撃手であるなら顔面を隠すほどのフードはむしろ不都合ではないのかと思うのだが、アバターつまり化身であり、雰囲気づくりのための外装なので視野に影響はないという。

年上(会ったことはないから、あくまで僕の主観でしかないが)に対して失礼かもしれないが、なかなか無愛想な人物であり必要なこと以外はあまり喋らない。

あまり言葉を交わすことはないが腕前は確かで信用できる人物だ。

もともと素早く小さな敵ですら正確に撃ち抜く腕前をもつのだから、この竜みたいな巨大な敵であれば外すことはないだろう。


「まじねこ」と呼ばれた女性は同じくフードを被っているが猫の耳がついており、手には猫の像を模した木彫りの杖をもつ魔術士であり、攻撃のほか補助を行う。

アバターだけ見れば僕よりも小柄で、猫耳フードと猫の像の杖に加え、丁寧に猫の尻尾のアクセサリをお尻につけているものだからますます猫らしい。

こういったネットゲームでキャラクターを演じることは多くの人間がすることだが、この「まじねこ」の徹底ぶりは称賛できるものだ。

まあ語尾に「にゃ」までつけることはないとは思うが……本人が楽しいのならそれでいいか。

魔術士としては優秀で、火の魔術による攻撃、味方のステータスを強化する補助、ダメージを受けたときに回復など多くの魔術をこなす。



僕と「かじき」は前衛を務めるアタッカーであり、僕は片手で扱える剣と盾をもち、「かじき」は大きく扱いにくいが威力の高い両手で扱う剣をもつ。

「かじき」は分かりやすい一撃の威力を重視するスタイルで、チームの火力を引っ張る役目だ。

その点防御が脆く、仲間の補助があってこそ本来の力を出し切れるタイプといえる。


一方、僕は一撃の威力はそこまで求めず、バランスよく器用に立ち回れるスタイルをとっている。

一人でどうにかできることも多いが器用貧乏になりがちなこともあり、今回みたいに複数人で協力する場合は戦況をモニタリングする役目を任される。



「アシュトス」の狙撃によって注意がそらされ、近づいてくる僕たちに気付かない隙だらけの竜に、「まじねこ」の魔術によって攻撃力を増強された僕と「かじき」の攻撃がヒットする。

しかし、竜は怯むことなく眼下の僕たちをようやく認識し鋭い目つきで睨み付ける。鱗が堅くまともにダメージになっていないようだ。


「えーマジかよ。片手剣はともかく両手剣ですら怯みひとつなしか、こりゃひでえや」

「ぼさぼさしてると攻撃食らうぞっ。ごめんなさい、『夜月』さん、『ぎっしー』さん、援護を!」


最も危険なのは攻撃のために接近し、竜の足元にいる僕たちであり、判断が遅れれば岩より大きな足でつぶされてしまうだろう。

一度距離をとるために、攻撃開始と同時に僕たちとは竜を挟んで反対方向へ移動していた二人のプレイヤーが動き出した。


一人は「夜月」という女性剣士である。同じ女性である先ほどの「まじねこ」とは打って変わって、クールな女性である。

全身を黒い甲冑で覆った上から夜を思わせる漆黒のマントを羽織り、手に持つ片手剣(僕の持つ片手剣より少し長めのもの)の刀身から柄まで黒に染まっている。

真っ暗な夜のような黒一色の全身の上の輝く銀色の髪は月を思わせる。まさにアバターで夜と月を表しているのだろう。

この人もキャラクターを演じるという点で「まじねこ」に通ずるものはあるが、可愛らしいという方向とは違う、近寄りがたい神秘的な雰囲気だ。

「アシュトス」ほど言葉が少ないわけではないが、話した数は少ない方に入る。

僕と同じ片手剣使いではあるが、敵の攻撃を受けるための盾をもたず、攻撃をかわしながら隙をついて攻撃するタイプだ。

ダメージを負うリスクでいえば両手剣使いとほぼ変わらず、自分の攻撃は両手剣より威力が低いのだからより多くの攻撃をしなくてはならない。

多くの攻撃を加えつつ敵の攻撃を的確に回避する腕前がなくては実力を出せない難しい立ち回りを強いられるが、難なくこなす彼女は相当の腕前だ。


もう一人は「ぎっしー」という男性の剣士で、こちらは軽装の鎧だけをつけた身軽な恰好をしている。

金色の髪に日に焼けたような浅黒い肌のアバターで、耳にピアス、両手の指には擦れて音がなるほどの指輪をつけている。

いわゆるチャラい見た目であり、実際キャラクターとしても少々というかかなり軽薄な人物を演じている。

現実世界ならなるべく関わりたくない人たちにカウントされるが、仕事はしっかりとこなすタイプであることは知っている。

両手に短い剣をもち、素早い動きで翻弄し手数でダメージを稼ぐスタイルの剣士で、鈍重な竜が相手なら回避も難しくはないだろう。


「夜霧」と「ぎっしー」が攻撃するとそちらに注意が向いたようで、竜は後ろを向いた。

その隙をつき僕たちは一度距離をとって、少し作戦を練る。


「どうする?強いってのは知ってたけど、ここまでダメージ通らないのは知らなかったぜ」

「そうだね……このメンバーならいけると思ったけど、見積もりが甘かったかな――」

「おーい、作戦会議はいいがこっちもそんなに頑張れないから早くしてくれー!」


と、「ぎっしー」が焦った様子でこちらに救援を求めていた。あの竜相手に二人はさすがに荷が重いらしい。

退却も視野に入れつつ援護に入ろうと思ったその瞬間、雷鳴がとどろくような音とともに閃光が画面いっぱいに広がった。思わず目をつぶりそうになるほどである。


「な、なんだ……!?」


閃光がやむと竜が大ダメージを受けたときの咆哮をあげた。体を大きく傾かせ、見るからに怯んでいることがわかる。

どうやら今のは誰かの攻撃によるものらしいが、僕たちの中で雷を用いた攻撃をするメンバーはいなかった。

いまいち状況が呑み込めないでいると、竜の足元に一人プレイヤーがいることに気付いた。


そのプレイヤーは白い軽装の鎧を身にまとい、背中からは天使を思わせるような翼が生えていた。

手には稲妻を模したジグザグの剣をもち、そこからばちばちと火花が散るような光が見えるところから察するに、先ほどの一撃はあの剣によるものだろう。

光るような白に少し近い金の髪が肩甲骨のあたりまで伸びていることと、その横顔から女性アバターであることがわかった。


「よ、横取りかにゃ!?そんなことはさせにゃ――」

「……いやもう遅い」


「まじねこ」が攻撃魔術の詠唱をはじめるが、「アシュトス」がそれを制した。

竜の足元にいた女性の手にある剣が再び辺りを包むほどの閃光を発すると、轟音を響かせ空から雷が落ちてくる。

雷は一直線に竜を貫き、竜は山に響くような咆哮をあげながらその巨体を地面に横たわらせた。


小気味のいいファンファーレが鳴ると、僕の画面には「討伐完了」の文字が浮かんでいた。


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