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パラダイス  作者: 石田誠
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草賀忠通と旅人の町(上)

灰塵さえ焼き尽くす様な世界紛争で、この世界から多くの建造物が消え去ったが、中には生き残った物もあった。

“青鷺”が滑走している線路もその一つで、自国の制空権を奪われた状態でも兵力を安定して供給できる様、戦前国軍がコンクリートと複合素材によってトンネル状に装甲を施したため、荒れ狂う戦禍を生き延びる事ができたのだ。

また、内戦後半、総殲滅戦の体を成す時期になると、この迷路の様な長距離防空壕を敵味問わず小規模拠点、燃料集積所として使用したため、戦後大量に生まれた“種”に誘われた“新しい使用者”達の手によって整備・保守がなされた。終末後の文明は、大河川では無く要塞線路から生まれたのだ。


「サクラはさ」


四対の戦闘装甲脚に装備された独立駆動走輪アクティブ・ロード・ホイールをレールに噛み合わせ、薄暗いトンネルを疾駆する青鷺。その上面装甲に腰掛けたカナが、鉄帽を弄びながら質問した。


「気にならないの?自分達がどうなったのか。とか、今がどうなってるとか」


等間隔で線路から響く音と額に当たる風が、先程までの興奮を冷まし、彼女に根元的な疑問を思い出させていた。サクラは、不安じゃないの?


《当機に与えられた任務は、敵勢力に対する威力偵察、情報収集と障害の排除です。そのため作戦行動中、指揮系統と完全に断絶される状況が発生した場合、搭乗員である前線指揮官が臨時の最高指令系統となり、単独作戦として任務を続行可能な様設計・開発されました》


《支援プログラムである私の任務は搭乗員の負担を軽減し、前線指揮官の生命を存続させる事により、長期的な作戦行動を実現させる事です。現在、各司令部との通信は完全に途絶し、前線指揮官である草賀少尉は生命存続の危機にあります。よって、私はプログラム履行のため、草賀少尉の復帰を最優先とし行動しています。200年という経過時間は、草賀少尉が生存している限り私にとっての問題点ではありません。カナ》


「うん!つまり、えーと、つまり?」


背中に変な汗を感じながらカナは思った。あれ?私何を聞こうとしてたんだっけ。


カナの隣で腰掛け、厚みのあるメモ帳へ熱心に何かを書き込んでいたトリガーが手を止める。


「つまり、君にとっての不安要素はクサカショウイを失う事。その人が死んでしまうとサクラさんは存在する理由を失ってしまうから」


「サクラ“さん”?」


弟の事をよく知るカナは、どうも頭では勝てないと昔から考えている。だからこそ彼の弱点も理解し、日々ちょっとした反撃を繰り出していた。

この子は、女の子と上手く話せない!


「急にさん?確かにサクラの声は女の子っぽいもんねー?」


《私に性別は存在していません。トリガー》


サクラも全く平常運転で、そうと知らずトリガーを追い込んだ。


「な、何だよ。初めから呼び捨てにするのは気が引けて、さ。声も歳上の女性(ひと)みたいだし」


哀れトリガーの声は、次第に小さくなる。


「はいはい。トリガーは照れ屋さんだもんね?」


「何だよ!サクラさんはサクラさんだろ。問題あるかい?」


《問題ありません》


彼はサクラのデータベースに、“トリガーは女性との意志疎通を若干苦手としている”という情報が追加されているとは露知らず、何だよ二人して!とむくれながら話を戻した。


「とにかく!最大の不安要素は解消可能って考えなんだよ。サクラ・・・・・・さんの中では、そうだろ?」


《その通りです》


サクラの合成音声に、感情は含まれない。きっと不安も恐怖も存在しないのだろう。

けれど、とカナは思う。初めてクサカショウイの名前を出したサクラの声は、揺れていなかったか?と。



「きっと上手くいくよ。クサカショウイも、サクラも。サクラ、しっかりしてるし」


カナは力強く言った。自らが目覚めさせた、賢く、孤独な殺戮機械に。


《きっと、とは希望的予測値を指す言葉です。支援プログラムである私は、より正確な予測値を得られる行動を選択、施行しています。カナ》


至極当然といったサクラの返答に、そうじゃなくてさぁ。と、カナは頭を垂れる姉を見て、トリガーが鼻で笑いながら先程の反撃に出る。


「何も無いのに三日間、穴を堀続けるなんて事しないよね、サクラさんは」


《結果を伴わない行動は、無意味です》


「もー!何よ二人して」


青鷺のヘッドライトだけでは、とても明るいとは言えない防空トンネル内に、二人と一機の声が色彩を与えていく。

かつて人々が、兵士が、多脚戦車が行き交い、最後は2万名以上の戦死者が眠る沈黙の墓標となったこの場所は、新しい命の生命線として、今もしっかりとその役目を果たしていた。


「あのね、サクラ」


ある事実を伝えるため、カナが出した勇気は、入り込む光と、安心感を多分に含んだ匂いで遮られた。


「見えたよサクラさん!僕らの町だ」


トリガーが嬉しそうに声を上げる。


「どうしました?カナ」


「んーん。気にしないで、うん」


《わかりました。カナ》


暗闇が完全に途切れると、視界には各ポイントから集合した複数のレール、始業を待つトロッコ。そして、それらを待ち受ける様に巨大な建造物が姿を表した。

複数のライトによって浮かび上がる姿は、大小様々な建築物が出鱈目に連結し、折り重なり、レールの群れを跨ぐ様な形で左右に広がる異形を成していた。

一見廃墟その物だが、干された衣服や、窓から届く沢山の喧騒が、巨像に確かな息遣いを与えている。

もしも、人類がこの姿を見る事が出来たのなら、九竜城の名を思い出したかもしれない。


「サクラ、この辺りで一旦停めて。ボスに話を通してくる」


トロッコの昇降場から数メートル出前でカナが言った。


《了解、この場所にて待機します。・・・停車》


車輪から火花を散らし、完全に走行を終えた青鷺から飛び降りたカナは、自らの装甲服を指差しながら、これをお願い!とトリガーに告げた。


「カナ!いつも自分の物は自分でって言ってるじゃないか!」


「時と場合ってねー」


弟の小言なぞ何処吹く風と左腕装甲の防弾パネルを開き、液晶ディスプレイを起動させた。これは駆動装甲服の多様な機能を指先一つで呼び出す事が可能な小型端末になっており、カナは

手馴れた動きでタッチパネルを操作し大きく“解”と描かれたアイコンをクリックする。

すると肩・肘・腰・膝部にある固定用のボルトが勢い良く押し出され、頭部以外を完全に覆っている装甲が無数に走るパネルラインに沿って浮き上がった。同時に胸部中央部分のみが脛椎を軸に90度、チン・ガードごと持ち上がる。

そして軽快な音を発てながら全身の装甲が順次展開すると、端末のを残して手足から背骨へ向けてスライドし、カナの姿が見えるまで後退する。最後は装甲服だけが座り込む形で降着する事で作業着にタンクトップという簡素な格好のカナが完全に露出し、ボルトが再び固定位置まで沈み込むとその動きを停止した。


「ちょっと待っててねサクラ!」


そう言って元気良く走り出した彼女は、装甲服を纏った守衛と短くやり取りし、奥え消えて言った。


「相変わらず勝手だなぁ」


トリガーの溜め息を聞きながら、サクラは思考を繰り返していた。

カナの姿は、人間とは似て非なる特徴を多分に含んでいた。果たして彼女達に救護を任せたのは正解だったのか?トリガーを人質に取り、この場所を武力制圧するべきでは無いのか?二人の体温心拍等からは戦闘への激情を感じないが、それは訓練によって生み出されているのでは無いか?


「驚いてる?カナの姿に」


トリガーは静かに質問した。


《彼女は、人間では無いのですね》


「そう言う事、になるのかな」


装甲面のロックを外しながらトリガーが答える。


《貴方達は、何者なのですか?トリガー》


「僕は僕だよ。カナの弟で、この町の住人で、人間でもサクラさんの敵でも無いトリガーと言う生き物」


《質問を訂正します。トリガー、貴方は》


合成音声を使用しつつ、サクラは自らの“目”である複合センサーパッケージに、素顔を晒さんとするトリガーを捉える。

識別、敵味方不明。

指揮官防衛のため自律戦闘に移行。

武装・左腕内蔵型25㎜機関砲を選択。

安全装置、強制解除。


「僕が何なのか、サクラさんが決めると良いよ」


装甲面から露になったその顔は、カナよりも鮮明に、人間との違いを示していた。

面長の顔に密集した体毛が描き出す、白と黒の美しいコントラスト。口元から覗く鋭利な牙。冷静な原動とは裏腹な、愛嬌をたっぷりと含んだ銀灰色の瞳。顔と同じ様に温かそうな毛で覆われた耳が、時折リズミカルに動いていた。


《映像認証開始、データベースと照合中・・・。そんな、有り得ません》


《貴方の外見的特徴は、犬科生物と酷似しています。ですが、この様な生物・進化体系は、存在し得ないはずです》


サクラはこの短時間で何百回とあらゆる可能性を試算したが、人類同等の文化を営む犬、喋る“シベリアンハスキー”の存在を証明出来なかった。


「でも、僕は僕だよ。今も生きているし、サクラさんに秘密を打ち明けたせいで殺されてしまうんじゃないかと内心、凄く、怖い」


センサーに映るトリガーの体温と心拍、そして、しっかりと解る体の震えが、彼の精神状態をはっきりと示している。

今の彼は正に怯える子犬と言った風貌だった。その装甲服が滑稽に見える程に。


《・・・対象の危険度を修正、戦闘状況の必要性は皆無と判断します。武装セーフティ、ロック》


張り詰めていたトリガーの耳が、ふあああ。と言う情けない声と共に力なく垂れ下がる。


「信用してくれた。って事かな?」


《当機の任務に、生態系の学術的調査は含まれていません。よって、貴方達の種族体系についての考察は無意味と判断しました。また、貴方達に攻撃意志があれば、私は既に破壊されているはずです》


《銃口を向けつつあった事、お許し下さい》


「良いんだよ。博士も、目が覚めて初めてこの町に来た時は荒れに荒れたって言ってたし」


《博士とは?》


「会えば解るよ。ええと、お医者さん。って仕事をしてるんだ。変わってるけど、良い人だよ」


医者?目覚めた?この町に人間がいる?サクラの疑念は、カナの大声で遮られた。


「ボスが急いでハンガーに入れってさー!私は博士を連れてくるから、トリガーはサクラを案内してあげて」


そう言って再び建物へ踵を返そうとしたカナが振り返り、嬉しそうな声で付け加えた。


「ようこそ、旅人の町へ!」








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