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パラダイス  作者: 石田誠
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二人が、それを見るのは初めてだった。正確に言えば、採掘対象が網羅された決定版資料集“ジュール・ベルヌと一緒”に記載された図面ならば当然見た事があったし、残骸ならば採掘した経験も持っている。


しかし、今二人の前に佇むそれは、隙間無く種に包まれ、目立った欠損も無い様に見えた。


「凄いよカナ!この形、間違い無い。多脚戦車の種だ!どのタイプだろう、砲身?が無いな。ええと、だめだページが染みになってる!」


常に携帯している資料を見ながら喋るトリガーは、興奮ですっかり早口になっている。


「ほらほらトリガー、落ち着いて。機械化石を見つけた時は、まずどうするの?」


カナは、すっかり子供に戻ってしまった弟をなだめながら首元の前後にあるロックを外し、装甲面と鉄帽を一息に脱いだ。切り揃えられた黒髪が当たる首筋を外気が撫で、その心地良さに愛らしい唸りを上げる。


「まず動作確認のため、戦車本体の」


「違うでしょう?前のページ」


「ええと、大型の種に遭遇した場合。あ・・・・・・」


「そう。この中で死んでいるニンゲンと、廻り合わせてくれた精霊に敬意と感謝を。私達の大切な決まり」


「ちょっと、頭、ばかになってた」


「解ればよろしい。さ、私の隣に来て」


死者と精霊に。

二人は静かに祈る。例え、返事が聞こえなくとも。


「さて、じゃあお姉ちゃんが動作確認するからトリガーは周辺警戒ね?お腹空いてるなら私のバッグにお菓子入ってるから食べていいよ」


捲し立てながら戦車によじ登るカナをトリガーはぼんやりと見詰めていたが、直ぐ姉の魂胆に気が付き駆け寄った。


「カナ!機械は僕の方が強いんだから僕が先に触るべきだろう!」


「アナタ木登りも出来ないんだから私が適任でしょ!?」


「搭乗口の扉は手動なんだ!あれは重たいらしいし、力のある僕がやるべきだ!」


「駆動服があれば関係ないもんねーだ!」


二人のじゃれ合いは、結果として全ての手間を省略する事にる。

トリガーに引き剥がされまいと、必死にしがみついていたカナは、足場を探して動き回り、踏ん張ろうと勢い良く爪先を車体に引っ掻けたのだ。


《通告!通告!》


突然、空間全体に反響する程の音量で発信された声に、トリガーは腰を抜かし、カナは転がり落ちた。彼女は受け身を取りつつ銃を構えたが、緊張に髪の毛が膨らんでいた。


《こちら日本国自衛軍第二戦車大隊所属の多脚戦車及び、当機の自律戦闘支援プログラム“桜花”です。我々に戦闘継続の意思はありません、搭乗員の保護と核電池の補給を求めます。繰り返す、こちら》


初めて耳にする合成音声に、二人は大パニックに陥った。


「また変な所触ったんだろカナ!」


「トリガーが無理に引っ張るから!ど、とうしようこれ。資料には何て!?」


「ええとぉ、駄目だ。資料にも載ってない!待って、考える、考える」


「あの!私はカナって言います。アナタはどこから喋っているんですか?」


何事か呟きながらうろうろと歩き回るトリガーと、懸命に話し掛けるカナ。しかし戦車は同じ言葉を繰り返すのみで状況は変わらず、やがて合成音声は小さくなり、ノイズが走り出した。


「とりあえず、言われた通りに、してみようか」


「うん、僕もそう思ってた」


二人は頷いた。まずは、この戦車を助けないと。


「3、2、1!」


掛け声と共に、トリガーが駆動服を軋ませながらカナを持ち上げる。腕が軽くなると同時に資料集へ齧り付く。目的は“みんなも動かしてみよう!”の記事だ。


「車体天井の後方、円いパネルがある?」


ナイフの峰を使い、結晶を破砕していたカナが大声で答える。


「有ったよ!次は?」


「それが核電池の挿入口だから、そこから後ろ、バックパックと本体の間に有るレバーを思い切り持ち上げて!それで蓋が開くはずだから」


「レバーレバーレバー、あった!」


指先に当たった感触を掴み、カナは腕に力を込める。駆動服の関節に埋め込まれたモーターが火花を散らせ、難なくそれを持上げた。


「上げたよ。次は?」


「パネルが開いてるはずだから、電池を取り替えるんだ!大きさは自動調整」


もう返事は無かった。カナは空になった容器を乱暴に取り出すと、バッグから未使用のバッテリーを引っ張り出し、挿入口へ叩き込んだ。


気が付けば、合成音声は沈黙していた。木霊すのは、カナの荒い息遣い。


《装甲弁の解放を確認、ロックします。作業者は注意してください》


「良かったぁ。死んじゃったのかと思った」


カナはその場に座り込み、何度も言葉を反芻した。良かった、良かった。


「カナ。戦車は死ぬ、じゃなくて壊れる。だよ」


でも喋ってるよ?その言葉は“死なずにすんだ”合成音声に遮られた。


《動力の確保を確認、あなた方の英断に感謝します。各部ステータスチェック、及び冷凍睡眠下の搭乗員バイタルチェックを実施中・・・・・・。機能保全に問題は有りません。対話システムを録音から相互へ切り替えます》


「何がどうなってるの?」


飛び降りたカナが、トリガーと戦車を見渡しながら聞いた。


「多分、多分会話できる様になった。って事だと思うよ」


《はい。当機は並列思考型コンピューターによる蓄積学習機能と言語・音声出力装置の使用により最大十二ヵ国語での対話が可能です》


「つまり、お喋り出来る?」


カナが腰に下げた水筒を口にしする。


「お喋りって。カナらしいけど」


トリガーが笑った。



《簡潔に言えばそうなります》


「なら、質問しても良いかな」


《何でしょうか、トリガー》


「凄い!もう覚えてる」


《二人の会話と音声を録音、識別したのです。カナ》


「カナ、今は僕の番だよ。さっき君は搭乗員の保護って言ってたけれど、それはどういう意味か教えて欲しいんだ。あ、なるべく解りやすく頼むよ」


トリガーは姉の行動力を知性で支える、素晴らしい弟だった。当のカナは、なるほどこう質問するのかと一人頷いている。


《当機は現在、最重要プログラムの一つである“搭乗員の生命維持と生存確保”を履行しています。薬物・機械的冷凍休眠を処置した事により、搭乗員の生命維持はクリアしていますが、当機には生存確保に必要な水、食料等の供給機能は搭載されていません》

《よって搭乗員の生存を最優先するためには戦闘の継続は無意味と判断し、保護要請を行いました》


「もう少し短く。そうだな、子供でも解る様にお願いできる?」



《このせんしゃの中には人がのっていますが、とってもねむくておなかがすいているので、たすけてくれる大人をさがしています》


「喋り方まで変わった!」



合成音声の変貌ぶりにカナが吹き出した。そして、状況が彼女の表情を見る見る変えていく。人が、乗っている!?


「直ぐに助けないと!あれ、でもどうやって、ああもうっ。とりあえず町に連れて行かないと」


今にも駆け出しそうなカナをトリガーが制止する。



「皆に連絡した方が良いと思うけど。それに、トロッコはどうするんだ?」


採掘。と言っても坑夫が町から直接大地を切り進んで行く訳では無い。勿論その場合もあるが、大抵は最寄の基地から徒歩やトロッコを使って採掘ポイントまで潜るのだ。

この日、二人は核分裂電池を主動力とし、傾いた案内板に快速と書かれた橙色のトロッコを使っていた。


「皆は私が説得する。私達が育った町だもん、そうでしょトリガー」


カナの瞳は、強い意思の光を宿している。


「いや、うん。そうじゃなくて、どうやって戦車を連れて行こうかなって」


笑いを必死に堪えるトリガーの隣で、彼の姉は面白い様に赤くなった。


《トリガー。そのトロッコとは、二本のレール上を走行する物ですか?》


「そうだけど。もしかして、君も走れるの?トロッコみたいに」


《可能です。トリガー》


これで話が決まった。カナは無数に散らばる種に一瞬後ろ髪を引かれつつも、それどころでは無いと頭を振る。


「帰ろう。私が先頭ね」


この時、二人は今までの生涯で最も衝撃的な経験の渦中にいたが、余りに非現実的な状況と、カナの決断力が幸いし、ある事実を二人から忘却させていた。


人類は、二百年以上前に絶滅しているという、事実を。


《“青鷺”起動します》


無機質な音声。最大8000psを叩き出す核分裂発動機の甲高い唸り。一撃で駆動服を圧壊可能な力を持つ装輪脚が一歩、また一歩と大地を踏み締める。

その度に、車体を包んでいた結晶が涼やかな音色を奏で、砕けていった。

それは、狂暴な兵器が雪の中羽化している様な、歪で美しい光景。


「ねぇ、戦車さん」


まるで新しく出会った友人に声を掛ける調子でカナが聞いた。


《何でしょうか。カナ》


「アナタに名前はあるの?」


《当機は扶桑重工製多脚戦車。五六式“青鷺”と、同機に搭載された自律戦闘支援プログラム“桜花”です》


「それはさっき聞いたよー。どう聞いたら良いのかな、トリガー」


「カナは今お喋りしてる、君の名前を・・・・・・。君の中で眠っている人には、なんて呼ばれてたんだい?」


この時初めて、合成音声の返答に一瞬の間が生まれた。


「草賀少尉は、私の事をサクラと呼んでいました」

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