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V.S. スリアロ広島 4

 さて。

 三上さんが言っていたように、まずはコーナーキックを防がないと。

 

 くるっとまわってスリアロの選手たちを確認する。

 今日のスリアロは基本的に若いメンバーを多く使っているが、やや身長が高い選手が多い。対するパスヴィアは三上さんの185cmが最も高く、スリアロに比べると平均的に少し低い。

 これまでの試合でも、高さが売りの選手にコーナーキックやクロスからの得点を多く許してしまっていた。ここがパスヴィアの弱点の一つ。

 

「ポジショニングに気をつけろ! 簡単に前を譲るなよ!」


 三上さんからの檄がパスヴィアメンバーへ飛ぶ。高さで負けている場合は、如何に相手より良いポジショニングをできるか、が重要になってくる。

 

 右サイドのコーナーでスリアロの選手がボールをセットし始めた。

 

 これを見て両チームの選手たちが激しく体をぶつけながら、せめぎ合いを始める。あからさまな妨害はファールになってしまうが、両手を挙げながら「手は使ってませんよー」アピールをしつつ、事実上のボディタックルがそこらで繰り広げられている。

 

「俺についていてもボールはこないぜ」

「あなたへのマークが仕事なんで」


 俺がマークしているスリアロの金髪坊主さんが、相変わらずの軽口で話しかけてくる。

 それにしてもこの人よくしゃべるな。

 普段、試合中こんなにしゃべる人はいない。多くの場合は、相手の注意力を散漫にさせることを目的にしているが……この人のしゃべり癖は地の性格のような気がする。

 

 確かに金髪坊主さんが言うように、長身のスリアロ選手たちは俺たちがいるニアサイドではなく、ファーサイドに多く固まっている。確実に空中戦をものにするなら、高さで勝るあの一帯へボールを入れてゴリ押しするのが一番だろう。

 でも……。ちょっと引っかかる。

 

 試合開始直後の攻め上がりといい、先程のピンチの場面といい、この金髪坊主さんの持つスピードとゴールへの嗅覚は無視出来ないものがある。どことなく倉田さんに似たプレイスタイルを感じさせる。

 と、いうことは……。

 

 コーナーにいるスリアロ選手が、手を挙げながらボールを蹴り上げた。

 

「ほーら。あっちにいったぞ」

「…………」

 

 ボールを蹴る際のゆったりした動作と、蹴られた瞬間の角度から、ボールがファーサイドへ飛んで行くことは明らか。

 ファーサイドの選手達が、一層激しいせめぎ合いを始める。スリアロ#9が高い。ジャンプをすると頭一つ抜け出している。ボールもピンポイントで彼を狙って飛んでいた。

 

「おぉぉぉ!」

「いかせるかぁ!」


 スリアロ#9と三上さんが、空中で激しく体をぶつける。高さではスリアロ#9にアドバンテージがあるが、三上さんは#9とゴールの間に体を入れていた。シュートコースはほとんど無い。

 

 スリアロ#9が首を振り、ヘディングをする。

 

 ボールは――ゴール右――つまり、俺と金髪坊主さんのいるニアサイドへ!

 

 ポストプレイ。

 

「ナイスパァース!」

「来ると思ってましたよ!」


 金髪坊主さんがヘディングをしようとボールに飛び込む。

 対して、こっちにくることを予想していた俺も、肩をぶつけて体を入れる。

 三上さんを振り切ることができなかったスリアロ#9が、ポストプレイをしてくることは予想済み。加えて先程のセットプレイ。パスヴィアが困った時は倉田さんに頼るように、スリアロの攻撃のキーマンはこの金髪坊主さんなのだろう。

 

 俺の肩タックルでやや体制を崩す金髪坊主さん。しかしパワーが足りず、わずかに邪魔ができただけ。

 なおも強引に突っ込んでくる金髪坊主さん。もうボールは目と鼻の先。

 だがこの位置だと俺のほうが近い。

 

 俺がヘディングでボールをクリア――する直前、急に発生した後ろ向きの加速に対応できず、俺の体が芝の上を転がる。

 

 ボールは――誰も触ることができず、てんてんと転がっていった。

 

 ピィィィィィー!

 

 レフェリーのホイッスルが鳴り響く。

 

 ファール。

 

「ちっ。勢い余っちまった」

「いててて……」


 倒れ込んだ俺に手を差し伸べている金髪坊主さん。

 なるほど。

 無我夢中で気づかなかったが、金髪坊主さんが俺を引っ張ってしまったんだろう。

 意外に紳士的な対応を見せる金髪坊主さんの手を借りて起き上がる。

 

「邪魔すんじゃねーよ、くそガキが」

「……それが仕事なんで」


 ふいっと顔を背けてさっさと走り去っていく。本来、相手を邪魔するのが俺の仕事なわけで、今のは褒め言葉と受け取って良いのだろうか?

 

「大峰、ナイスディフェンス! 相手もファールするしかなかったな!」

「ギリギリでしたよ」


 パスヴィアGKの小森さんと、軽く手を合わせる。

 

「何回攻めてこられてもゴールは守るぞ。ここんとこ点取られまくったからな。今日は完封が目標だ」

「……はい」


 俺とDF陣の連携が悪かった影響を、モロに受けたのがGKの小森さんだ。何度も迷惑を掛けた分、申し訳ない気持ちが胸に込み上げる。

 

「おい。沈んでんじゃねーぞ。俺らはもともと攻撃が売りのチームだろうが。気が引けるなら点取ってこい」

「……了解っす」


 先程金髪坊主さんがファールした位置にボールをセットしながら、小森さんがニカッと笑いかけてきた。

 

 そうだな。

 試合に勝つためにも、パスヴィアディフェンス陣の負担を軽減するためにも、俺に出来ることは……攻めること。

 

 現在後半の32分。ここで点を決めることができれば……ほぼダメ押し。パスヴィアの足は止まりつつあるが、苦しいのは相手も同じこと。

 身体もそうだが、試合の後半になると思考能力が低下してくる。ここがパスヴィアの底力を見せるときだろう。

 

 センターサークル付近にポジショニングし直した俺のその上を、小森さんがキックしたボールが通過していった。

 

 

* * * 

 

 

 倉田さんは後半の終盤に差し掛かっても、持ち前の運動量を減らすことはなかった。

 果敢に裏を狙って走って行く前半の動きに加え、一旦後ろに引いた後にボールをもらったり、最終ライン付近で足下にボールをもらい、そこからのポストプレイを見せたりと、多彩な攻撃の「幅」を見せている。

 

 ここが勝負どころ。

 それこそ、倉田さんの持ち味が存分に発揮されるところ。

 

 現在、ボールはパスヴィアMF陣がパスを繋いで相手を崩しに掛かろうとしていた。

 本来であれば、サイドポジションの選手がライン際をオーバーラップして攻め上がりたいところだが、いかんせん体力が限界に達しているようで、積極的な動きができていない。

 スリアロもそのことに気づいているんだろう。中央付近に選手を固めている。

 

 ちらっと横目で俺の隣にいる金髪坊主さんを確認すると……きょろきょろと辺りを見回していた。

 警戒はしているが、この場面で俺の攻め上がりは無い、と踏んでいそうだ。俺のマークよりもボールを奪った後のポジショニングに気を使っている。

 

 いける。

 こういう膠着状態こそ、俺の持ち味を存分に発揮出来る舞台!

 迷うな!

 

「池内さんっ!」


 右サイドでボールをキープしていた池内さんのもとへ全力で駆け寄り、パスをもらう。

 

「ちっ……!」


 金髪坊主さんがすぐ後ろを追いかけてくる。

 中央付近にドリブルで進んだ俺は、一度ボールを足裏で「ピタッ」と止めた。当然、ピッチ中央でいきなり停止した俺のもとへ、金髪坊主さんがボールを奪おうと駆け寄ってくる。

 

 さっと辺りを確認すると、スリアロはほぼ完璧にフォーメーションを整えており、パスヴィアが容易にパスで崩せる穴は無い。前半終了間際のゴールのこともあり、金髪坊主さんは俺の単独突破を警戒しているんだろう、無闇に突っ込んでこず、じわじわとプレッシャーを掛けてくる。

 

 ここで、スリアロ最終ライン付近に張っていた倉田さんと目が合う。

 

 ――いきますよ!

 ――来いや!

 

 無言のアイコンタクトをきっかけに均衡を保っていた状況が動き始める。

 

 倉田さんが突然のダッシュ。

 

 裏を抜ける動きではなく、自陣方向へ。

 

 間髪入れず、俺は倉田さんへシュートと間違えそうなほどの強烈なスピードでパスを出す。

 

 足下に吸い付かんばかりの見事なトラップで、倉田さんがボールをコントロール。虚をつかれたスリアロDFが懸命に倉田さんからボールを奪いに行く――が、倉田さんは相手とボールの間にうまく体を入れ、相手からのプレスを妨げた。

 

 次の瞬間には、俺はもう倉田さんから約5m、ゴールに対してほぼ45°、シュートをするのに絶好の位置まで走り込んでいた。

 

 倉田さんから俺に後ろ向きのパスが来る。

 

 同時にスリアロDF#5と金髪坊主さんが俺のもとへチェックに走る。

 

「「打たせるかよ!」」


 このリアクションも当然だ。

 これまでの試合で俺が決めたゴール。その半分は中距離レンジからのミドルシュート(FKを含む)。特にこの位置は俺が最も得意とする角度、そして距離。

 俺のことを研究していれば、この位置で俺がボールを持てば何をしてくるか容易に想像出来るだろう。

 

 それにはかまわず、迷わずシュートの体制に入る。

 

 スリアロ#5が懸命に俺の前へ立ち塞がる。ハンドしないように両手を後ろに隠して。ここで無闇にジャンプしてこないのはさすが。視線をボールから外すことなく、鬼の形相で睨んでくる。

 金髪坊主さんは俺の左からスライディングの構えを見せていた。

 このタイミングだと……やや俺のほうが分が悪いか。

 

 スライディングで金髪坊主さんが俺の足下に躍り出る。

 ボールはカットされなかったが、シュートコースを完全に消された。

 

 俺は軸足の左足に全体重を乗せ、振り上げた右足を――そのまま固定する。

 ボールは俺の後ろへ流れて行く。

 

 スルー。

 

「あ?」

「……! ちっ!」


 気づいた頃にはもう遅い。

 

 後ろに流れたボールには――三上さんが走り込む!

 オーバーラップしてきた三上さんはそのまま前方、ゴール右横へとダイレクトでボールを転がす。

 

 倉田さんへのラストパス!

 

 ちょうど俺を介して、倉田さんと三上さんがワンツーでパスを交換した形となる。パスの軌跡と倉田さんの動きがきれいな三角形を描く。

 

 ドンピシャ!

 オフサイドは――ない!

 今日初めてスリアロのオフサイドトラップを崩した瞬間!

 

 俺にパスを返したその時には、倉田さんはすでにスリアロの裏を狙って動き始めていた。一見、その動きは俺のシュートコースを邪魔しないための動きに見えた。だが、そんな殊勝なこと、倉田さんは絶対しない。

 

 どんな状況でもどん欲にゴールを取りに行く。

 パスヴィアのスコアラー。

 

 三上さんからのパスを受け取った倉田さんはボールを足下でコントロールし、相手GKの動きを良く見て――冷静にゴール逆サイドへ左足でシュート。

 

 ボールがゴールネットを揺らす。

 

 ピィィィィィィー!

 

『ワァァァァー!』

『ああぁぁぁ……』


 後半35分。

 2—0。

 

 サッカー通のサポーター達はこの状況が何を物語るか良くわかっているのだろう。前半に俺が決めたゴールの時よりもさらにノドを振り絞って喜怒哀楽を表現していた。

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