V.S. スリアロ広島 3
『今井さん! Jリーグ新記録です!』
『ついにきましたね。9試合連続ゴール。歴史に残る偉業ですよ!』
『前半は膠着状態が長く続いていましたが、終了間際に大峰がやってくれました!』
『パスヴィアの倉田が良い仕事しましたね。数回行ったアタックが布石になりました。彼をフリーにするわけにはいかないですから、スリアロDFに『迷い』が出たんでしょう』
『さぁ、これで前半を終えてパスヴィアが1―0でリード。今井さん、前半を振り返ってみるといかがでしたか?』
『両チームの守備が注目だと言いましたが、前半を見る限り、どちらも連携は悪くなかったですね。点は取られましたが、スリアロの3バックシステムもうまく機能しています』
『後半はどんな展開が予想されますか?』
『おそらくスリアロが猛攻を仕掛けてくるでしょう。大峰を自由にさせないために、オーバーラップの暇を与えない、あるいは上がってきたところを狙う、といったとこでしょうか』
『パスヴィアの攻撃はいかかですか?』
『色々なバリエーションを試してくるんじゃないでしょうか。前半と同じ攻撃だけではダメでしょうね』
『前半パスヴィアの攻撃をことごとく止めたのが、スリアロのオフサイドトラップ、ですね?』
『はい。パスヴィアが前半最も苦労したところです』
『オフサイドトラップというのは……つまり、『オフサイド』させるための『罠』を仕掛ける、といった解釈でよろしいですか?』
『その通りです。DFの最終ラインを『わざと』上げて相手にオフサイドをさせるわけですね』
『オフサイドトラップはどういったところに注意が必要でしょうか』
『1人でも最終ラインの押し上げに失敗すれば、相手はフリーで抜けてしまいます。そうなると大ピンチを迎えますから、やはり連携とタイミングが重要ですね』
『なるほど。後半も目が離せない展開が続きそうです』
* * *
前半はなんとかリードして折り返すことが出来た。
たった1点の貯金だが、あるかないかでは心の余裕に大きな違いが出てくる。この貯金で、パスヴィアDFの精神が少しでも楽になってくれればいいんだけど。
後半に入った今も、依然としてパスヴィアはスリアロを大きく崩せていない。俺の得点自体、スリアロからしてみれば、出会い頭の事故のようなものだろう。「来るかもしれない」とわかっている2回目は通用しない。追加点を狙うには、もう少し攻撃の幅を作るか、あるいは……。
後半は開始早々からスリアロにペースを握られた。
スリアロは前線に枚数を多く用意し、細かいパス回しと数の力で強引に中央突破を謀ってくる。対して、パスヴィアは裏を狙ったカウンター攻撃を主軸にしているため、ボール支配率をスリアロに大きく持って行かれた形となっていた。
ボール支配率が悪いからと言って、最悪の展開になるわけではない。
ただ、相手を追い回す時間が長くなってしまうので、体力とリズムを奪われてしまう。これがボディブローのようにじわじわ効く、厄介な代物に成長する可能性がある。
「おっと、いかせねぇぞ」
「…………」
もうひとつ面倒なのが、後半に入ってスリアロの金髪坊主#15が、俺にマンツーマンで張り付いてきていること。守備のときはもちろんだが、攻撃の時まで俺から目を離すことが無い。非常にやっかい。ありていに言えば、ねちっこい。
ちらっとオーロラビジョンへ目を向ける。
現在後半の24分。
パスヴィアMFが前線の倉田さんにパスを入れる。
前半と打って変わって、やや引き気味でボールを受けることが多くなった倉田さん。今もスリアロDFからかなり離れた位置まで下がって、ドリブルやシュートの機会をうかがっている。
だが、フォローが少ない。
パスヴィアメンバーの足が止まりつつある。
表情を大きく歪めた倉田さんが、一旦ボールを後ろへ戻す。崩せない。
ボールがパスヴィアMFに渡ったところを――スリアロDFのスライディングで奪われ、すぐさまロングボールをパスヴィア陣内に入れられる。
まずっ!
パスヴィアMFは俺以外全員が前線に残ったまま。加えてSBが1人オーバーラップしていた。
スリアロ5枚に対しパスヴィア4枚。
守備の枚数が少ない。
「#12は俺が行く! 大峰は中を見てろ!」
ホルダーから一番近い位置にいた三上さんがチェックへ行く。
ゴール前にはスリアロのFW#9が待ち構え、その#9が190cmはあろうかという長身の選手。対して、ゴール前のパスヴィア陣で一番背が高いのは俺。180cm。クロスを上げられると……非常にやばい。
「#9は俺がつきます! #15のマークをお願いします!」
「……てめぇみたいなガリガリのガキに止められてたまるかよ!」
「ちょっと痩せてるだけっすよ!」
激しく体をぶつける。
サッカーでは、手を使った相手選手への妨害は反則を取られるが、ぶっちゃけレフェリーが見ていないとこだと……やりたい放題。今もユニホームの裾を引っ張られている。
パワーの無い俺は「ふぐぅっ!」と、変な声出しながら必死で耐える。
と、そこでスリアロ#12が、左サイドからクロスを上げてきた。
三上さんが懸命に差し出した足に当たって、ボールの軌道がやや変化する。
ボールはファー(遠い)サイドで待つ俺らのもと――ではなく、ニア(近い)サイドへ飛んで行き――
「っしゃらぁぁー!」
そこに、パスヴィアDFを振り切ったスリアロの金髪坊主さんが飛び込む!
右足でのボレーシュート。
素早く反応したパスヴィアGKの小森さんが懸命に手を伸ばし――
バシィィッッ!
ボールの軌道をわずかに変化させ、なんとか外へ弾き出した。
「よっしゃぁぁぁ!」
小森さんの雄叫びが響く。
『おぉー!』
会場から歓声が上がる。
『ス・リ・ア・ロ!』
ダンッダンッダダダンッ
『ス・リ・ア・ロ!』
ダンッダンッダダダンッ
鬱憤が溜まっていたスリアロサポーターの応援がモリタスタジアムを席巻する。それもそのはず。前半からボールを支配していたとはいえ、スリアロに決定的なチャンスはほとんどなかった。今日一番のスリアロハイライトシーンと呼んでいいだろう。
「ナイスセーブ!」
「おうよっ!」
小森さんに駆け寄り右手でバチィ! とタッチを交わす。
「油断するな! CKだ! #9は俺がつく! 大峰は#15! 他もそれぞれのマークを確認しろ!」
「「うぃっす!」」
三上さんが矢継ぎはやに指示を飛ばす。
危なかった。これがここ数試合で最も危惧していたこと。「足が止まる」。
すなわち――スタミナ切れ。
パスヴィアのメンバーはある意味、俺に振り回されている。
一見、ボランチの俺が一番大変なように見える――ある意味、それも間違いではないのだが――が、俺が自由に動くことによって、サポートする側の心労は無視できないほどに蓄積されているはずだ。
なにしろ、俺は動く際に毎回合図を送れるとは限らない。
つまり、パスヴィアのメンバーは敵だけでなく、俺の動きにも常に気を配らないといけない。ボランチが1人しかいないので、一歩カバーに入るのが遅れると……それだけで致命的な状況に陥る可能性をはらんでいる。
「大峰。チームメイトを信じろ。まだ俺たちは行けるぞ」
「三上さん……」
突然右肩をポンッと叩かれ、後ろを振り返ると……三上さんの笑顔。続けてかけられた言葉は、先程俺が思案した事柄を見事に打ち抜いた。
まるで俺の心の中を見透かしたように。
「この前言ったろ。『俺たちに合わせる必要はない』。お前のやりたいようにやれ」
「……はい」
「とはいえ、このままの状況が続くとちょっとキツいな。もう1点欲しいとこだ」
「はい」
「まぁそこは……元気が余ってるヤツにお願いしようか」
ちらっと前線の方を向いた三上さんの視線の先に……倉田さん。
「そうですね。仕事……してもらいましょうか」
「まずはここをしっかり抑えよう!」
「はい!」
少しだけ気が楽になった。
今にも「早く俺にまわせや!」と言わんばかりにうずうずしている倉田さん。
『俺がこのチームのスコアラーだ』
……期待してますよ、倉田さん。