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V.S. スリアロ広島 2

 ちょっと分が悪いな。

 もうすぐ前半43分に差しかかろうという時点での、俺の感想。

 

 攻撃に関しては。

 

 再三にわたって、倉田さんを中心とした攻撃陣がスリアロDFの裏を狙っているが、ことごとく失敗に終わっている。スリアロは裏へ抜け出す選手へのケアにかなり気を使っているようだ。簡単にはやらせてくれないだろう。

 

 こういう戦況の場合、ドリブル突破やロングシュートなどの個人技で相手DF陣を振り回すことが効果的となる――が、ここでジローの欠場が大きく響く。

 

 お世辞にも今日のパスヴィアMFでは、流れを覆すほどのインパクトは与えられないだろう。強いて挙げればFWの倉田さんがいるが、倉田さんが最前線で「気ぃ抜くと裏に抜けるぞコラァ」とプレッシャーを与えてくれているおかげで、スリアロDFは守備主体の体制を強いられている。

 倉田さんには……このままでお願いしたい。

 

 守備に関しては。

 

 オフェンスの枚数が多いスリアロの攻撃を、なんとか凌いでいる状態のパスヴィアDF陣。三上さんがDF陣に的確な指示を与えているおかげで、選手同士の連携は悪くない。ただ……先程から少しずつミスが目立ち始めている。プレッシャーがかなりかかってしまっているんだろう。


 加えて、スリアロは頻繁にサイドチェンジをおこなってきた。

 ボールホルダーへのマークは基本的に俺がやることにしている――もちろん、行ける範囲で――ため、右往左往に走りまわらされている状況。体力に問題はないが、攻撃に参加する余裕がない。もし、俺が無理に攻撃参加したあとでカウンターを食らったら……と思うと、二の足を踏んでしまう。

 

 つまり。

 

 ひどく不安定な膠着状態。

 一歩ズレれば均衡が瓦解する。

 悪い方に。

 

 このまま後半に行くと……ジリ貧くさいな。

 なんとか流れを変えないと。

 

 周りをよく観察してチャンスをうかがう。

 

「大峰。いけると思ったら遠慮なく突っ込め。サポートはする。合図はいらないぞ、常にチェックしておくから」


 すぐ後ろの三上さんから早口で指示が飛んでくる。


「はい」


 実は、すでに1つのイメージが固まりつつあった。

 倉田さんと、パスヴィアMFが何度も裏を狙って走ってくれたために浮かび上がった、わずかな光明。か細い線で描かれた設計図。

 ほとんど奇襲に近いので、チャンスは……多分1回だけ。

 

 スリアロ陣内で回されるボールを、倉田さんが懸命にチェイスする(追いかける)。倉田さんのチェイスを嫌ったスリアロDFが、少しスペースの空いた左サイドへ、大きなパスを出して流れを変えようとする。

 

 左サイドラインギリギリのところからボールを受けたスリアロのMFが、ドリブルで突破してきた。

 たまらずパスヴィアSBサイドバックがボールへ向かおうとするが――

 

「#12が裏狙っているぞ! ホルダーへのチェックは大峰に行かせろ!」


 CBセンターバックの三上さんが、流石のキャプテンシーでDFを統率する。

 確かにこの場面は俺が行くべき。DF陣は最悪の状況を回避することに専念してもらいたい。

 

 ボールホルダーに追いついた俺は、簡単に抜かれないように腰を低く落とし、相手の体全体をぼんやりと視界に納める。すると――後ろからスリアロ#12の選手が追い越して走っていく。

 

 ――これは……デコイ(おとり)!

 

 走っていく#12は味方SBに任せ、俺は目の前のボールホルダーに集中する。

 ここで俺が一番やっちゃいけないのは、中央にドリブルやパスで切り込ませること。

 スリアロはオープニングから、強引な中央突破を数の力で押し切ろうとしている。

 中央へ繋がせると、一気にピンチになる可能性が高い。

 

 一瞬の静寂。

 ホルダーと俺のお互いが細かく視線と体を動かし、相手の意識をミスリードしようと牽制し合う。今の時点で考えられるのは、ドリブル突破かパス。この角度が無い場所から、強引にシュートを打つ選択はしないだろう。打たれたとしても対処できる距離。やや意識をドリブル突破に傾け、相手が動くのを待つ。


 相手ホルダーがザッ、と右足を芝に食い込ませ、パスフェイントを見せた――瞬間に俺は体を相手に密着させ、ボールを奪う。重心と目線から丸わかり。

 

 バレバレっすよ!

 

 ボールを奪った俺はすぐさまドリブルを開始し、中央で待つパスヴィアMFの池内いけうちさんへパスを回す。

 

 スリアロはやや前のめりにポジショニングしていたので、戻りが遅い。対照的にパスヴィアは比較的高い位置でプレスをしていたので、攻撃の枚数は多い。

 

 チャンス!

 ここだ!

 

 一気に前線へと駆け上がる。

 横目に池内さんが味方MFにボールを渡し、少しスピードダウンするのが見えた。おそらく俺が上がったため、バランスを取ったんだろう。池内さんは最前線まで突っ込まず、すぐフォローへ入れる、やや中盤の位置にポジショニングを変えていた。

 

「#17(俺の背番号)が上がってきた! マーク!」


 相手CBからの指示が聞こえる。

 現在パスヴィアの攻撃が3枚に対して、スリアロの守備が5枚。

 このスピードで突っ込めば横に並んでいる2枚は振り切ることが出来そうだ。

 俺の真骨頂、スピード。

 ボールを持っていない状態での短距離走なら、絶対に負けない。

 しかもFWの倉田さんが相手DFを半歩引き離している。

 

 十分いける!

 

 左サイド付近を走っていた俺はコースを急激に中央向きに変え、相手DFがマークへ来る前に、味方MFからのパスを受けようとする。

 

 倉田さんは今にも裏に抜け出しそうな構えを見せ、

 その隣に立つスリアロDF#5は、俺と倉田さんを交互に視界へ入れている。

 他2人のスリアロDFもほぼ同様。それぞれのマークと倉田さんの両方を意識している。

 

 俺はスリアロの守備5枚のうち、MFの2枚はすでに振り切っており、残るDF3枚全員の頭には「倉田さん=裏」の図式が成り立っているはずだ。

 

 ――イメージ通り!

 

 味方MFと交差して、足下でボールを受け取った――その時。

 

 

 ――――来た!

 


 ボールを受け取るとすぐに倉田さんのいる方向へ向き直り、パスの構えに入る。

 

 スリアロDF全員が1歩前に出て、倉田さんをオフサイドポジションに持っていった瞬間――全力でスリアロDF#5へ向かって、ドリブルを開始。

 

 ゴール正面。

 5歩でスリアロDF#5の前に躍り出る。

 

「は!?」


 驚愕の心情を顔いっぱいで表現する、スリアロDF#5。

 

 相手が慌てて体制を立て直そうとしたところで、俺は右足を1回くるっとボールの上で跨ぎ、フェイントを入れる。

 

 倉田さんをオフサイドにさせることで頭がいっぱいだったのだろう、「ピクッ」と反応し、スリアロDF#5の重心が、右にブレる。

 

 そのタイミングを逃さず、すぐに左へ切り返し、スリアロDF#5の左横をすり抜けていく。スリアロ#5が右手を使って俺の体を捕まえようとするが、そこはもうペナルティエリアの中。もしここであからさまな妨害を加えた場合、パスヴィアにPKペナルティキックを与えてしまう。スリアロDF#5が一瞬躊躇したそのとき、すでに俺はDFの壁を抜け出していた。

 

 ペナルティエリア内に入った俺の眼前に、最後の砦、スリアロGK。

 

 他のDFは少し離れているため、カバーには間に合わない。

 

 つまり。

 

 GKと1対1。

 

 GKが両手、両足を広げながら、決死のスライディングを見せる――

 

 が、

 

 このとき既にボールは――高さ4mの宙にあった。

 

 ループシュート。

 

 ボールには手が届かず、スライディングの勢いが余ったGKは俺と衝突する。

 

 もつれて倒れている間に……ボールは――

 

 てんっ、てんっ、てん……。

 

 ゴールの中に入っていた。

 

 

『ワァァァァー!』



 モリタスタジアムが歓喜と絶望の2色に包まれる。観客席の色から判断して、歓喜1割、絶望9割といったところか。

 

 ピィィィィー、ピィィ、ピィィー!

 

 この日最初のゴールと同時に、前半終了を告げるホイッスルがモリタスタジアム全体へ響き渡った。

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