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準々決勝、オーストラリア 2

『さぁ今井さん! いよいよ日本が決勝トーナメントまで来ました。今のところ日本の戦いぶりをどのようにご覧になっていますか?』

『グループリーグはほぼ満点の内容ではないでしょうか。個性的なメンバーが実に躍動してますね。個人的には立木にもっと頑張ってもらいたいです』


『今井さんは横浜セイラ黄金時代のメンバーですから、やはり後輩の活躍が気になりますか?』

『はは。そういうつもりではないんですけどね』


『私のようなおじさんサッカーファンからすると、この代表を見ているとどうしても思い出してしまうんですよ。今井さんや黒田監督がJリーグ、代表戦で活躍していた時のことを。今の日本で言うと、立木が今井さん。伊藤が黒田監督。大峰が現パスヴィアの西川監督。どことなく似ていませんか?』

『そうですね。確かにプレースタイルや環境は似ていますけど……もう20年近く前の話ですよ。テレビをご覧の皆さんはほとんど知らないでしょう』


『いや! そんなことはありません! 今井さんという大黒柱に、当時大学生だった黒田監督。あのイスタンブールでの大激闘は――』

『ほ……ほら。もうキックオフですよ、徳田さん』


『――というJリーグ発足を弾みに日本のサッカーは変革を辿ることになったわけですがいやしかしサッカーファンとして外せないのは誰が何と言おうとも90年代世界最強だったフランスとの――』

『……えー、間もなく試合開始です。日本チームの奮闘に期待しましょう……』


 

* * *



 レフェリーのホイッスルを受け、オーストラリアがボールを後ろへ流した。オーストラリアも基本的にポゼッションを第一に考えるチームなので、ここはじっくりチェイスしてチャンスを――


 と考えていた俺の隣を、立木さんが全力で駆け抜けて行く。


「頭からいくぞ! 大峰、南! しっかりついて来いや!」

「は……はいっ!」


 すれ違い際に大声で俺と南さんへ檄を飛ばす立木さんになんとか答える。

 最終ラインのオーストラリアCBまで戻されたボールに勢いよく突っ込んで行く立木さん。試合開始直後から全力ダッシュをしている立木さんに困惑しているのは、どうやら俺と南さんだけではなかったらしい。オーストラリアCBも少々浮き足立ってしまったみたいだ。

 一瞬にして立木さんから間合いを詰められたオーストラリアCBは、無理矢理前線へロングフィード。長身のオーストラリアFW、ウィルソンへボールを入れたが、素早く前を取ったCBの中島さんが難なくヘディングでクリアした。こぼれ球を伊藤さんが確保し、落ち着いて陣内でボール回しを始める。


 最終ラインをじっくり押し上げ、日本が攻撃の形を模索する。

 両翼の三宅さんと福井さんが早くも攻め上がりの様子を見せ、オーストラリアも警戒心を露にしていた。

 オーストラリアはこれまでの戦い同様、高い位置からのハイプレスを意識しているようで、最終ラインもかなり上げている。俺はバイタルエリア付近をきょろきょろと見回し、抜け出せるチャンスが無いか頭を巡らせる。

 ここで目立っているのも、やはり立木さん。

 バイタル周辺まで上がってきて俺や南さんの前にポジショニングしたり、かと思えば後方で基点になっている伊藤さんの近くまで戻り、ボール運びに加わったり。前後へ精力的に走り回っている。普段から突拍子もないプレーをしている立木さんだが、今日は試合開始直後から全開の様相を見せている。


 しばらくこう着状態が続いたところで、日本が動く。

 左サイドにてボールを受け取ったMFの植田さんがオーストラリアのプレスをかいくぐり、ドリブルで突破。ライン際を駆け上がる福井さんを上手くデコイに使い、中央へドリブルで流れ込んだ。

 これを見て俺と南さんがサイドへ流れる。必然的にオーストラリアDF陣の中央がやや薄くなる。

 必死についていくオーストラリアMFを横目に、ペナルティエリア直前、ゴール正面まで植田さんが切り込む。ここへ立木さんが逆の右方向から走り込み、植田さんと交錯。立木さんが足下でボールを受けようとした。オーストラリアディフェンスが一瞬迷ったその隙を逃さず――


 植田さんがシュートを放つ。低く抑えた、グラウンダーのシュート。


 左隅を狙ったシュートは――ゴールポストをかすめ、ゴール外へとボールが流れて行った。

 

 惜しくもゴールを奪うことは出来なかったが、ファーストシュートから大きなインパクトを与えることは出来ただろう。


 オーストラリアのゴールキックに備え、後ろへ引き返して行く俺に南さんがやや曇った表情で話しかけてきた。


「立木さん、大丈夫かいな。まさか緊張して空回りしとうわけやなかろうね」

「いや、さすがにそれはないでしょ」


 俺の言葉に南さんは納得した様子を見せない。やや穿った目を立木さんへ向ける。


「んー、俺もないとは思うばってん……この調子やったら後半まで持たんやろ」

「……立木さんを信じましょう」


 俺の言葉にやや驚く南さん。

 すぐに表情を引き締め、去り際に小さくつぶやいた。


「……まぁ今日も点を決めるのは俺やけどな」


 小さく、しかし確かな闘志をみなぎらせる南さん。

 ……俺も負けてられない。



* * *



 レフェリーのホイッスルが高らかとスタジアムに響く。


 立木さんが倒れたオーストラリア選手の肩をぽんぽんと軽く叩き、自陣中央へと引き返して行く。高く上がったボールを競り合った際、立木さんの当たりの強さに耐えきられなかったオーストラリアMFが芝の上を転がり、ファールを取られた。

 センターサークル付近。素早いリスタートからオーストラリアがボールをMFのブラウンへ入れようとするが――まるで待ち構えていたかのように伊藤さんがパスコースへ入り、難なくボールを奪う。伊藤さんは無理に前線へ運ばず、右サイドへ展開していたSBの三宅さんへとボールをはたいた。両軍が入り乱れている状況を察知した三宅さんが最終ラインへとボールを戻し、前半幾度目かのポゼッションを日本が開始する。


 スタートから攻勢を強める日本は、今のところ全くオーストラリアに仕事をさせていない。


 攻撃面ではサイドの選手が特に存在感を見せている。

 左の植田さん、右の沢井さん。

 ファーストシュートを放った植田さんはもちろん、右の沢田さんが特に光っている。前後に動く立木さんと上手くバランスを取り、立木さんが最前線へ顔を出せば空いたスペースを潰し、立木さんがボール運びに加われば積極的に裏を狙う。オールラウンダーのイメージが強い沢田さんはこの試合でもその力を遺憾なく発揮し、オーストラリアを翻弄していた。


 守備面ではやはり、というべきか伊藤さんの活躍が目立つ。ただ、他の日本選手たちが悪いわけでは決してない。前半も20分が経過していたが、そもそもほとんど攻められていない。

 前線では南さんのチェイスが鋭さを見せつけ。

 中盤では立木さんの野獣的なプレスがオーストラリアを襲い。

 なんとかゲームを組み立てようとしているブラウンやオーストラリアの中盤選手たちを伊藤さんが確実に押さえ込む。未だにFWのウィルソンはボールを触ってさえいない。


 ボールを保持してからはDF陣が基点になり、危なげなくボールを回す。伊藤さんが意図的にポジションを押し上げ始めてからはCBの中島さんと奥村さんが中心となってボールを展開し、全く無駄のない全員攻撃につなげていた。

 これは今までの試合になかった展開。

 いつもは最終ライン付近で伊藤さんが起点になり、攻撃の形を作ることが多かった。しかし今日の伊藤さんは高い位置まで張り出し、DF陣に全てを任せ、積極的に攻撃にも顔を出している。

 信頼。

 伊藤さんがDF陣を信頼してきている、何よりの証拠と言えるのかしれない。


 あのスペインにも劣らない、効率の良いシステム化された試合運び。


 相変わらず前後へ激しく出入りする立木さんの体力は気になるけど、今のところ気負っているという印象はない。というか人の心配をしている場合では無い気がする。


 ここまで、俺の活躍は全くのゼロ。


 ひとつ首を振って気持ちを切り替えた俺は、右サイドにてパスを回している沢田さんたちを視界に入れ、今後の最適な展開を模索する。前半のここまで、俺はマッチアップしている長身のオーストラリアCB#3に苦戦し、クロスボールに上手く合わせることが出来ていない。

 ここは立木さんのようにやや変則的にいくべきか。

 俺のポジションは左サイドだが、逆サイドに深く突っ込むのも意表を突くひとつの手。長身選手と無理に競うよりも、スピードに乗ってニアへ切り込む。この方が俺の長所を生かせる。


 まわりの選手たちを観察してタイミングを窺い、今まさにニアへ走り込もうとしたところで、右サイドにてボールを回していた立木さんと目が合う。


 ――そこにいろ!


 立木さんの燃える瞳が俺を冷静に諭しているように感じた。

 俺が判断しかね、やや躊躇した瞬間に沢田さんが立木さんへボールを渡す。ボールを受け取った立木さんはやや強引にゴールへ体を向け、ふたりがかりで迫るオーストラリアのチェックへ突っ込んだ。突然の緩急にオーストラリアの選手は付いて行けていない。

 ペナルティエリアから5mほど外、抜ければチャンスというところで――オーストラリアの選手が出した足に立木さんが引っかかった。豪快に芝を転がる立木さん。


 その瞬間、ホイッスル。レフェリーが試合を止める。

 

 ――絶好の位置で、ファール。FKフリーキック。ゴールやや右寄り。


 とたんに、観客から大歓声が巻き起こる。

 今日のドリームトラフォードには日本の応援団もたくさん駆けつけてくれている。頼りになる「ニッポン」コールがスタジアムを席巻し、日本のいけいけムードを後押ししていた。


「大峰。行け」


 ボールに近づいた俺に、立木さんから短い言葉。

 判定に納得がいかないオーストラリア選手がレフェリーに抗議している間、立木さんはすでに立ち上がってオーストラリアゴールを睨んでいた。

 一拍の間を置いて立木さんが反転。ゴールに背を向け、俺と肩を組む。近寄ってきた南さんと沢田さんを手招きし、静かにつぶやいた。


「大峰の無回転で行く。こぼれ球に詰めろ」


 鋭い口調の立木さんをしっかりと見据え、南さんと沢田さんが小さく首を縦に振る。そのままふたりはオーストラリアの壁が作られているペナルティエリアの中へ入って行った。


「コースは任せる。最低でも弾かせろ」

「はい」

「オーストラリアは俺を意識せざるを得ない。今まで意図的に流れへ組み込まなかったお前を、アイツらは警戒できない」

 

 目線をゴールへ向けたまま、立木さんがやや早口で捲し立てた。普段のちゃらい雰囲気は微塵もない。あまりに強い眼光は、隣にいるだけの俺も気を抜けば萎縮してしまいそうになる。


 ……さすが立木さん。

 さっき俺と目を合わせたのはそんな意味があったのか。


 ゆっくりとボールへ近づき、両手で挟む。ボールを俺好みの向きに調整し、1歩、2歩と後ろへゆっくり歩く。5歩後退したところで立ち止まった。

 ボールの左後ろに立木さん。正面に俺。

 

 準備が終わったところで、ペナルティエリアの中を見回す。

 

 壁は平均的な高さの部類に入るだろうか。

 オーストラリアには190cm以上の長身が2人いる。CBとFWのウィルソン。CBは右端にポジショニングしていた。これはおそらく立木さんの得意なコースを警戒しているんだろう。ただ、カウンターを狙っているのか、ウィルソンは壁に組み込まれていない。このため左側の端はやや低く、俺と同じくらいの高さ。


 無回転のシュートは不規則に揺れ、ボールを蹴る本人でさえコースを予測することが難しい。しかもどんな原理かは知らないが、スピードが弱まったところで――つまり、ゴールの手前で――大きく変化をするため、GKはキャッチすることが難しく、弾くことが多い。

 とりあえずコースは大雑把に決めよう。まずは枠内に飛ばすことを意識する。


 本来、無回転のシュートで狙うなら俺より立木さんの方が望ましい。

 俺も撃てないわけでは無いが、精度と威力はまだまだ立木さんに及んでいない。

 だが……この場面。

 立木さんが作ってくれた、ミスリードを誘発する環境。加えて、俺はこのオリンピックでFKをまだ一本も打っていない。意表を突くには絶好の状況。


 すーっと息を吐き、少々高まった拍動を意識的に抑える。


 だが――止まらない。

 興奮が止まらない。


 気付けば、先程から俺の鼓膜は音を拾っていない。脳に響くのはばくんっと跳ねる心臓の音のみ。少しでも前に壁を置こうと、オーストラリアの選手が必死にレフェリーとせめぎ合いをする光景さえ、俺の意識には届かない。研ぎすまされた感覚だけが俺の脳内を支配した。


 ――いける。


 目を瞑っても確かに見える、はっきりとしたイメージ。

 ゾーンに入ったことを知覚した俺は、静かに時を待つ。


 数秒の後。目を開いた俺は、右目の片隅でレフェリーが手に持つ笛を口元へ運ぶ光景を捉えた――


 瞬間。


 左にいた立木さんがフライング気味に走り出す。


 コンマ1秒遅れて、レフェリーの笛の音。


 もうオーストラリアのGKは立木さんしか見ていない。意識できない。


 立木さんの2歩目に合わせ俺も走り出す。


 立木さんが勢い良くボールの左に軸足を差し込み、目線をゴール右隅へ向け――そのままボールをまたいで駆け抜けた。


 次いで、俺の左足をボールの真横に踏み込む。


 事ここに至っては、すでにGKの動きは見ていない。難易度が高い、無回転のシュート。失敗は許されない。俺の視線はボールのみを捉え、脳内は直前のイメージを色鮮やかに描く。自動的にシュートモーションへ入った体の各部位から情報が脳へと渡り、逐一細かな誤差修正を行う。


 通常のシュートよりも左ひざを大きく曲げ、右足をがにまた気味に開く。ややインサイドよりの、右足の甲。ここでボールの中心を捉え、押し出すように右足の勢いを乗せる。鋭敏になった右足の感覚が、奇麗にミートしたことを俺に伝えてきた。ゾーン突入により得られた恩恵は威力にも現れ、抜群のスピードでボールが飛ぶ。


 ――コースは左!


 ふわっと浮き上がった無回転のボールは、懸命にジャンプするオーストラリアの壁、その上空を通過した辺りで減速を始めた。不意にゆらゆらとボールが揺れる。慌てて反応した様子のGKが左へ懸命に走る。ボールの軌道に合わせて左上へジャンプし、懸命に手を伸ばすGKの前で――ストン、とボールが落ちた。


 GKから逃げるように。

 まるでボールに意識があるかのように。

 

 手元で変化したボール。キーパーの手が僅かに振れ、軌道を変え、ボールは地面に落下した。


 そこへ素早く反応した南さんが詰めに走るが――


 GKが弾いた先は――すでにゴールの中。


 固唾を飲んで見守る観客たちの前で、ボールは静かにネットを揺らした。

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