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グループリーグ初戦、スペイン 7

 攻撃は相変わらず快調な日本。しかし予想されたとおり、前半の劣勢を挽回すべくスペインが日本ゴールへ猛攻を仕掛けてきた。

 

 左サイドからは。

 左SBのデル・レイが相変わらずの積極性を見せ、単独でのドリブル突破を主体に攻めてきた前半とは異なり、中央のレブロンやボランチの選手を上手くデコイにして日本ディフェンスを煙にまく。勢いに乗ったドリブルで日本陣内を脅かすが……

 ここでは鈴木さんが中心になってスペインの気勢を見事に削ぐ。

 前半見事に抑えたデル・レイだけでは飽きたらず、鈴木さんは左サイドの攻防をほぼひとりで掌握してしまった。後半何度もアタックを仕掛けたデル・レイがあからさまな苛立ちの表情を見せている。ラフプレーも増えてきたが、鈴木さんはなんのその。強引なプレーにも集中力を切らすことなく淡々とディフェンスをこなしていた。そのおかげで福井さんの攻撃性が生かされ、リズムを作り、日本オフェンスの起点となっていた。

 

 右サイドからは。

 スペインSBのグラシアが積極的に攻撃へ参加した。

 前半は鳴りを潜めていたグラシアが、左サイドでの攻防は分が悪いと判断したのか、手を挙げ大声を出してボールを呼び込む。デル・レイほど強気なドリブルを仕掛けてくることもなかったが、ゴール前にスペインのFWがいるとわかるや否や、かなり遠目の位置からもクロスを入れ、強引に得点を生み出そうとしていた。

 ここで立ちはだかったのが、日本CBの中島さんとGKの岡さん。

 グラシアが高いクロスを入れれば中島さんがスペインFWを弾き飛ばし、裏を狙った低く速いボールを入れてくれば岡さんが大胆に飛び出し、スペインの攻撃の芽を詰んでいた。MFの沢田さんとSBの三宅さんは前半に引き続いて比較的高い位置でのプレスに参加し、中盤での厚みをつけていた。

 

 比較的苦戦したのが中央。

 前半最後に攻め込んできたスペインMFレブロンが躍動感を増す。

 高いボール支配率からサイドの切り崩しを得意とするスペインの攻撃において、もっとも重要になるのがこのレブロン。前半はパスを散らして日本を翻弄していたが、サイドからの崩しに雲行きが怪しくなってくると、自らドリブルでの突破を謀ってくる。スペインFWを上手く使って無理をせず、確実に日本の体勢を崩していた。前半は伊藤さんという絶対的な守護神がいたことで、多少の突破を許しても止めてくれるという安心感が日本チームを包んでいたが、後半はそう上手くはいかなかった。

 ここで奮闘したのは立木さんと奥村さん。

 後半からボランチの位置に下がった立木さんは、レブロンに楽な仕事はさせず、仮に突破を許しても奥村さんが首尾よくフォローへ入っていた。時折勢い余った奥村さんがレブロンやスペインFWをぶっ飛ばしてFKフリーキックを献上し、何度か危ない場面はあったものの、ピンチらしいピンチといえばそのくらい。前線にてチェイスをしながら戦況を見守っていた俺は、そこまでハラハラすることもなく安心して自分の仕事に集中していた。

 

 総じて真正面からぶつかっている日本は……要所要所を締め、スペインに仕事をさせなかった。

 

 これは……本当にとてつもない。

 正直ここまで日本がスペインと渡り合えるとは思っていなかった。

 スペインもおそらく俺と似たような気持ちでいたことだろう。立ち上がりの固くなったところを得点されてしまったが、後半エンジンが温まれば問題ない、と。

 

「大峰ぇ! くわちゃんが来るぞ!」

「はいっ!」


 これまでの戦況を振り返っていた俺は、南さんの声で我に返り、左サイドを走る。

 右サイドでボールを保持していたグラシアが中央のスペインMFへボールを渡したところを、沢田さんと立木さんがふたりがかりで前後をはさみ、ボールを奪った。素早く前線へ上がった、後半から途中交代をした桑原さんがパスを受け取り、それを見たFWの俺と南さんがそれぞれのサイドへ走る。

 

 中央でボールを受けた桑原さんがゆったりとした動作であたりを見回す。これを見たスペインのボランチが業を煮やして桑原さんへ突っ込んで行くが――桑原さんはスペインボランチの足がボールに触れる寸前、ちょんっとボールを転がし、右にいた沢田さんへボールをはたく。ゆったりした動作から素早くスペインボランチの前へ回り込み、沢田さんから返されたボールを受け取り、流麗なワンツーを事も無げにこなした。

 

 一拍の間も置かず、センターサークル中央からふわっとしたボールが桑原さんから前線へ放たれる。

 

 狙いは――俺。

 

 スペインの裏を狙って飛び出した俺に、ここしかない、というタイミングでたちまちに俺の左足へとボールが吸い寄せられたが……

 

 ピィィィィィ

 

 ――オフサイド。

 

 ギリギリのタイミングを狙って走ったが、惜しくもスペインが最終ラインを上げるほうが早かったようで、アシスタントレフェリーがフラッグを天高く上げてしまった。

 

 自陣へ引き返しながら、桑原さんにぺこっと頭を下げると、さも「気にすんな気にすんな」と言いたげな表情で右手を振っていた。

 

 前半のMVPは満場一致で伊藤さんだったけど、後半は間違いなくこの桑原さんだろう。

 

 ドリブル、パス、フィジカル。

 全てを高い次元で備える立木さんとは違い、桑原さんの特徴はパスに特化したファンタジスタであること。どんなに攻め手が少ない時でも桑原さんにかかれば新たな活路を見出してくれる……いや、「作ってしまう」と言うほうが正しいだろうか。

 新たな道を簡単に造り上げてしまう様はパスヴィアのジローや立木さんとはまたひと味違った天才肌を思い浮かべる。ジローや立木さんが豊富な感性をもって常人では思いもつかないアイディアを生み出す「天然の天才」とすれば、桑原さんは理詰めで道を切り開く「理論の天才」とでも言うべきか。

 

 前半と変わらずカウンター主体を強いられている日本の数少ないチャンスを形にしてくれる、創造主。後半攻勢を強めるスペインに押され、全員守備を余儀なくされた日本の唯一と言っていい、反撃の糸口。桑原さんの切れ味鋭いプレーのおかげで、スペインは頭の片隅に「カウンター警戒」を残さざるを得ず、結果的に中途半端な攻めを繰り返すこととなった。

 

 終盤になっても元気な俺と南さんを、桑原さん、沢田さん、立木さんが上手く使い、追加点こそ奪えなかったものの、スペイン選手たちの疲弊した表情を見るに十分なインパクトは与えられたのだろう。

 

 ピッッピッッピィィィィィィ

 

 レフェリーの長い笛がカーディフのスタジアムに響き渡った。

 観客席からは怒号と歓声、悲痛の叫びなどが入り交じり、混沌とした色を映していたが……最も多い色は驚き、だろうか。

 

 ――結果は完勝。

 

 あえてOA枠を使用せず、2年前からヨーロッパ予選を戦っているメンバーを主流としたスペインは、練度の高い連携から圧倒的なボール支配率を見せた。この試合もおそらく70%台のボール支配率を得ただろう――が。結果的に日本の圧倒的な個性に屈する形となった。黒田監督が試合前に言っていた「尖った代表」と言う言葉が脳裏をかすめる。

 

 あのスペインを相手に、日本はオリンピックの舞台で鮮烈なデビューを果たした。

 

 

* * *



『い……今井さん。私は夢を見ているんでしょうか』

『どうも現実の様ですよ。イギリスのお客さんたちが日本コールをしています』


『いや……まさか日本がこれだけの試合を見せてくれるとは……。感動で言葉が出ません』

『確かにタレントは日本も負けていないと思ってましたが……これは想像以上ですね』


『では今井さん、試合を振り返ってみましょう。結局この試合のポイントはどのような点だったんでしょうか?』

『そうですね。日本選手たちの得意分野とスペインの相性が良かったことが挙げられるでしょうか』


『具体的には?』

『例えば、前半途中から出場した鈴木。鈴木はクレーバーさが売りの選手ですが、デル・レイのような激情型の選手との相性は非常に良かったです』


『黒田監督は前半の早い時間から交代をしてきましたね』

『本来は福井がデル・レイを抑えて植田とふたりで攻めるのが理想的でしたが、黒田監督は福井ひとりでは難しいと判断するや否やすぐに鈴木を投入しました。このスピーディーな決断も良かったです』


『今大会最年少出場の大峰。彼はいかがでしたか?』

『彼も素晴らしかったですね。得点もそうですが、動きにぎこちなさが一切見られませんでした。本当に……16歳とは思えない』


『少し気になるのが伊藤です。前半あれだけの動きをしていたのに、なぜ後半は変えてしまったのか……』

『ここは私にもよくわかりません。イギリスとの親善試合でもいい動きをしている最中に交代していますし……怪我でなければいいのですが』


『まぁ何はともあれ、日本がグループリーグ初戦を見事な勝利で納めました。この勝利は大きな一歩となりそうですね』

『そうですね。グループD最強のスペインを破った意味はとてつもなく大きいです』


『それでは次回は7月29日のモロッコ戦をお届けします。今井さん、ありがとうございました』

『ありがとうございました』



* * *



「そうですね。個人的には得点できなかったことが悔やまれますが、南君と大峰君がそれぞれ活躍してくれましたので。自分の仕事はできたかな、と思います」


 ロッカールームへ繋がる専用通路。

 その通路の片隅に設けられた報道陣用のブースのやや後方で待機している俺。今ブースに入っているのは立木さん。立木さんの周りをゴツいテレビカメラやマイクを持った人々が我先にと言葉を飛ばしている。対応している立木さんは冷静なもので、キリッとした表情を崩さず、丁寧な受け答えをしていた。

 俺はと言えば順番待ちで立木さんへの取材が終わるのを待っているところだけど……。

 

 今すぐ大声出して笑いたいのを……必死に我慢しているところ。

 

 キャラを作り過ぎてて「もはや詐欺でしょ」と言いたい。全国の立木ファンに向かって言ってしまいたい衝動にかられていた。……とても言う勇気は持ってないけど。

 

「……はい。ありがとうございました」


 立木さんが一瞬後ろを振り返り、俺と視線を合わせた。……ギロッと睨まれたところを見るに、俺の表情が少し緩んでいたかもしれない。

 立木さんに続いてブースに入った俺を待ち構えていたのは、薄暗い通路を照らす仰々しいフラッシュの雨と、レポーターの視線。……今日は上手く答えられるだろうか。テレビ局のスタッフらしき人からイヤホンを渡され、慌ててそれを左耳に付ける。

 

「えー、日本のスタジオにいる大堀おおほりさん。今日鮮烈な世界デビューを果たしました大峰選手です!」


 日本のスタジオ……?

 なんと。もしかして生中継というヤツですか……。

 どこかで見たことある女性アナウンサーが、テンションマックスでテレビカメラに体を向け、今日の俺のプレーについて遠く離れた日本のキャスターと熱く語っていた。

 

「……という見事なゴールだったわけですが、あのシュートは最初から狙っていたんですか?」

「……え? あーっと、えーっと……」


 しばしぼーっとしていた俺は、女性アナウンサーが向けたマイクの意味に気付かず、オロオロと辺りを見回してしまう。意外なことに、俺に助け舟を出してくれたのは、遠い遠い日本からだった。

 

『大峰君! あの得点を決めたシーンは、まわりの選手たちが大峰君を上手くサポートしてくれたんだよね?』

 

 左耳につけたイヤホンを通して、良く通る低いおじさんの声が俺の鼓膜を刺激する。毎週平日の朝おなじみの声を心の中で飲み下し、今質問されている内容を理解する。

 

「はい。そうですね。最高の環境を整えてくれました」


 上手く会話を誘導してくれた大堀キャスターに感謝の気持ちを込めて返答し、女性アナウンサーには「すみません」の気持ちを込めて少しだけ頭を下げた。たったこれだけのジェスチャーで俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、女性アナウンサーは満面の笑みで次の話題を提供してきた。

 

「すばらしいゴールでしたね。そう言えば大堀さん! 今現地イギリスでは日本が『カーディフの奇跡』を起こしたと話題になっているそうですよ」


 カーディフの奇跡。

 そんな話になっているのか。奇跡……か。

 

『……どう思う? 大峰君』


 そりゃ世界ランクで言えばスペインは雲の上の存在。

 激戦のヨーロッパにおいて、なお無敵と呼ばれるに値する実力を持っている。そんなチームから、サッカーにおいてはまだまだ知名度が低い日本が勝ったんだから、「奇跡」と言いたくなるのもわかる。……けど。

 

「俺は……奇跡とは思いません。実力で勝利した、と思っています」


 少しだけ、静寂が流れる。

 衛生中継によるタイムラグなのか、はたまた俺の発言に驚いてしまったのか。5秒ほどの間をあけて大堀キャスターが返事を返してきた。

 

『……そうだよね! 私もそう思います! 大峰君! 日本から応援しているよ! 頑張ってね!』

「はい。ありがとうございます」


 イヤホンを外してスタッフさんへ返し、ぺこっと頭を下げてブースをあとにする。

 ……大堀さんとは初めて会話をしたけど……さすがプロだなぁ。あの人が相手だったら困ることも少なそうだ。

 

 ひんやりとした通路を抜け、ロッカールームの前まで近づいたところで……関係者タグをぶら下げたふたりの人物からお出迎えを受けた。

 

「大峰君。素晴らしい試合でした。いちファンとして楽しませてもらいました」

「斉藤さん。ありがとうございます」


 斉藤さんが差し出す右手を強く握る。

 

「……勝ち点3を取って素晴らしいスタートを切れましたね。感想は?」


 試合前に予告していた片平さんの質問。

 質問以外は何も喋らず、片平さんはじっと俺の目を覗き込む。

 知らないでしょ、片平さん。実は……片平さんの質問に何て返すか、もう既に決めてるんですよ。

 

「最高の試合内容でした」






 7月26日、木曜日、15時キックオフ。

 カーディフ、カーディフ・ミレニアム・スタジアム。

 ロンドンオリンピック、グループD、初戦。

 日本 V.S. スペイン。

 2―0。

 日本、勝利。

 

 得点。

 前半7分、日本、南蒼。

 前半38分、日本、大峰裕貴。

 

 

 

 

 

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