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V.S. スリアロ広島 1

 雲一つない青空。

 空高く上った太陽と観客達の熱気で、スタジアムの空気はいい感じに暖まっている。現地にいないと味わえないこの独特の感覚。サッカーに限らずスポーツの試合前はみんなそうだろうか。


 今日の相手はスリアロ広島。

 

 スリアロはJ1優勝も経験したいわゆる古豪のチームだが、近年成績が伸びず、去年ついにJ2落ちをしてしまった。

 一番の原因は資金不足。

 スタジアムの名前にもついているスリアロの主要スポンサー、森田自動車工業。

 子供でも知っている、日本を代表する自動車メーカーは、近年の経済不況と円高のあおり、さらに多数のリコールが重なって今ピンチ。

 

 このような環境で、クラブの使えるお金がどんどん減ってしまったらしい。

 数年前までは日本代表選手や海外リーグで活躍した有名人がたくさんいたが、今はトレードでほとんどよそに流れてしまった。パスヴィアと似た状況。

 若手主体のチーム作りがうまくいかず、去年はさんざんな結果だった、とスリアロの監督さんがインタビューに答えていたらしい。

 

 しかし、J1から降格したとはいえ流石の自力を見せており、第8節が終了した時点で現在2位。

 3位にシフエ東京が付けている。

 

 現在パスヴィアが8連勝で首位を走っているが、差はほとんどない。

 今日の直接対決に負ければ、上位3チームはほぼ横並び。

 中盤戦に向けて、今日は落とせない試合となった。

 

「見たことないやつが多いな」

「ですね。中田コーチが言ってたように、スリアロは新しいシステムを試してるところなんすかね」


 隣にいる三上さんと、スリアロ陣地に集まる相手メンバーを横目で見ながら会話する。

 今日は特に若い選手の姿が目に付く。俺が言えたことじゃないけど。


 スリアロの選手達が相手陣内で円陣を組み、気合いを入れた直後、歓声がひと際大きくスタジアムに響き渡った。

 

 スタジアムのあちこちにスリアロカラーの紫が散りばめられているが、この紫が、まるでパスヴィアの青を侵食してくるような錯覚に陥る。

 アウェー特有の空気感。

 ホームで試合するのとはわけが違う。

 

 自陣ピッチの中央にパスヴィアの選手が集まってきた。

 11人の選手は円陣を組み、自然とキャプテンの三上さんへ視線を集める。

 

「若手中心とはいえスリアロが相手だ。気を引き締めていこう」

「「「うぃ!」」」

「倉田。前半からガンガン狙っていけ」

「うぃっす」


 鋭い目つきをしたFWの倉田さんが短くいらえる。

 

「大峰。お前はいつも以上に自由に動け」

「はいっ!」

「周りは最大限のサポートをしろ」

「「「うぃ!」」」

「それじゃ行くぞ!」

「「「おぅっ!」」」


 かけ声を終えたパスヴィアメンバーはそれぞれのポジションに着いていく。

 

「おい」


 倉田さんが配置につく直前の俺に声をかけてきた。

 

「ガンガンまわせ」

「……了解っす」

「俺がこのチームのスコアラーだ」

「……わかってますよ」


 数秒間倉田さんと見つめ合ってから(ガンを飛ばし合う、とも言う)それぞれのポジションに収まる。

 

 スリアロの選手が2人、センターサークルの中に入ってきた。

 レフェリーが自身の腕時計に視線を移しながらそこへ近づいてくる。

 観客の熱気はうなぎ登り。

 スタンドのあちこちから歓声があがっている。

 

 試合前の見慣れた風景。

 特に緊張はない。

 気持ち、いつもより視野が広い気がする。

 

 

 

 

 

 4月21日、土曜日、14時キックオフ。

 広島、モリタスタジアム。

 第9節。

 パスヴィア福岡 V.S. スリアロ広島。

 

 

 

 

 

『本日も実況は私、徳田、解説もおなじみ今井さんでお送りします。今井さん、ついにJ2の首位攻防戦ですね。今日の見所をお願いします』

『はい。やはりパスヴィアの大峰がどういう活躍をするかが一番の見所になるでしょう』


『やはり大峰ですか。今日ゴールを決めれば前人未到の9試合連続ゴールになりますからね』

『ゴールもそうですが、私としては守備の連携を重視して見たいですね』


『今日もスターティングメンバーの発表では、大峰がボランチに入っていました。今井さん、やはりパスヴィアは大峰をFWに使うつもりが無いんでしょうか』

『そのようです。パスヴィアは故障者の数が多いですからね。体力がある大峰をボランチで使いたい気持ちはわかるんですが……」


『対するスリアロについてはいかがですか?』

『スリアロはこのところ、現在Jリーグで主流の4バックではなく、DFを3人にした3バックのシステムを使用しています。やはりこちらも守備の連携がキーになりますね』


『3バックのポイントはどういったところになりますか?』

『3バックの場合、裏に抜けられる可能性が高くなります。カバーに入れる人数が減りますので。ここをスリアロDFがうまくコントロール出来るかが一つの見所でしょう』


『さぁ、まもなくスリアロボールで試合が開始されます。パスヴィアの大峰、さらに両チームの守備連携に注目しましょう』



* * *



 前半15分。

 お互い様子見の立ち上がりから一転、スリアロが右サイドからの攻撃を仕掛けてきた。

 スリアロMFの#15が右サイドライン際を駆け上がり、スルーパスを受けようとした――直前になんとか追いつき、俺はスライディングでボールをサイドライン外に弾き出した。

 

「ちっ」

「させねーっすよ」


 金髪坊主がなんとも眩しいスリアロ#15が短く毒づく。 

 

「やっぱりシステム変えてきたな」

「そうっすね」

 

 険しい表情をした三上さんに相づちを打つ。

 

 先週の試合では3—2―3―2という、3バックの中では比較的よく使われるフォーメーションを使用していたが、今日は3—4—2—1というかなり珍しいシステムに変更してきた。

 

 ……やっぱり、まずは3バックがどの程度機能しているのかを確認する必要がありそうだな。

 

 ゲームはスリアロのスローインから再開し、中央付近で待っていたスリアロFWにボールが渡る。スリアロFWは無理な体勢から強引にロングシュートを狙ったが――パスヴィアGK、小森こもりさんの正面。小森さんはきっちりキャッチをしていた。

 

「セオリー通りいくか」

「はい」

 

 三上さんと会話を終えた俺は、センターライン付近に移動していた。

 小森さんからボールを受け取ったパスヴィアDFが、味方陣内で数回ボールを回している間、俺は敵味方それぞれのポジショニングと動きを観察する。

 

 ……おっ流石に話しが早いねぇ。


「へい!」

 

 フェイントを入れた後、相手ゴールに背を向けてダッシュ。相手マークを躱す。

 右手を上げて「俺にくれ!」とジェスチャーでパスを要求。味方DFからボールを受けた――瞬間に反転してサイドステップ。

 正面で俺を迎えようとチェックに来ていたスリアロMFの横を1タッチですり抜け――すかさず前線にスルーパス。

 

 ――狙いはあの間!

 

 スリアロDF3人は、ちょうど横1列になるようにポジショニングしている。そのCBセンターバックSBサイドバックの間を狙った、グラウンダーの速いパス。

 

 そのボールの先に走り込むのは――FWの倉田さん。

 

 倉田さんは中央付近でボールを待っている――ように見せていたが、チラチラとDFの裏側に視線を移していた。……まぁ多分「早く俺によこせや!」ってことなんだろう。

 

 いわゆる「裏をとる」動き。

 DFの前でボールをもらうと、相手をドリブルなりパスなりで躱す必要がある。けど、もしDFの「裏」でパスをもらうことが出来れば後はGKだけ。得点のチャンスが一気に跳ね上がる。

 

 この場合、倉田さんはDFの前でゴールに背を向けている状態から反転して、DFの外側を回り込むように走っていた。そこに俺からのパスが通ればスルーパス成功なのだが――

 

 パスはきれいに倉田さんに通った。

 と同時に。

 

 ピーッッッ!

 

 レフェリーのホイッスルが鳴る。

 サイドラインを確認すると、アシスタントレフェリーが旗をあげていた。

 

 ――オフサイド。


 んー惜しい。

 タイミング的には際どいとこだったんだけど。

 思った以上に相手DFの連携がよかった。

 やっぱり本番で3バック使うくらいだから一筋縄ではいかないか。

 

 

* * * 

 

 

『今井さん、早くも大峰が仕掛けてきました』

『積極的に裏を狙ってますね。ただ、スリアロのオフサイドトラップもうまく機能していますよ』


『あっと、ピッチで一人倒れてますね。接触でしょうか。試合が一旦止まります』

『リスタート直後の空中戦でもつれましたね。大丈夫でしょうか』


『今井さん、今のうちにオフサイドについて簡単にご説明願えますか』

『え? ……えー、オフサイドというのは、いわゆる『待ち伏せ禁止ルール』のようなものですね』


『なるほど。もっと詳しくお願いします』

『……具体的に言えば、GKを除く相手選手の最後尾より『前』でパスをもらってはいけないというルールです。判定タイミングは味方選手がパスを出した瞬間になります』


『なぜオフサイドというルールがあるんでしょうか』

『……ゴール前での待ち伏せを許すとゲームが単調になってしまいます。ゴール前の味方にパスを送ったほうが得点の可能性が高くなりますから。そうなると難しいプレーや魅力的な個人技などが減ってしまいます。オフサ』


『あーっと、大丈夫のようですね。そのまま試合が続行されるようです。いやー今井さん、大事に至らなくて本当に良かったですね』

『……そうですね』

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