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グループリーグ初戦、スペイン 4

『日本先制!』

『いやー、実に素晴らしい! 完璧な連携です!』


『ゴールを決めた南が日本サポーターの前で喜びを爆発させています。今井さん、あのスペイン相手に日本が先手を取る。こんな状況を誰が予想できたでしょうか』

『やってくれましたね。世界へ向けて大きなアピールになったことでしょう』


『それではゴールシーンをもう一度振り返ってみましょう。まず、飛び出してきた立木がダイレクトでゴールを狙います』

『これは見事なシュートでしたね。ゴールにこそなりませんでしたが、これで日本が勢いをつけました』


『そしてCKコーナーキックSBサイドバックの三宅がオーバーラップし……さらに大峰もコーナーへ走ります』

『この大峰の動きが素晴らしかった。彼の動きがこの得点の全て、と言ってもいいでしょう』


『……と言いますと?』

『ここを見て下さい。大峰がコーナーへ走ったことによってニアサイドにスペースが生まれました。スペインは当然スペースを埋めるべきですが……三宅へのケアに行かないといけない。大峰も警戒しないといけない。スペインの判断を迷わせる絶妙な動きでした』


『そして、スペインの選手が中途半端な動きを見せたのを沢田と三宅が見逃さず……スペースへボールを放り込みます』

『ここに南が突っ込んで来たことも、スペインディフェンスとしては誤算のひとつになったでしょう。おそらく体格から高さ重視の選手と侮っていた。スペインの研究不足が露呈した瞬間と言えます』


『合わせた南の豪快なボレーシュート。いやー、今井さん。何度見ても気持ちいいですね』

『当初は日本組と海外組の連携が心配されていましたが……疑念を払拭するには十分なプレーでした』


『さぁ、最高の立ち上がりを見せた黒田ジャパン。このあとの展開にも期待しましょう』



* * *



「大峰ぇ! やるやんか! 忠実に仕事こなしやがって……こんの可愛い奴め!」

「ありが……いたたた。南さん、もうちょっと優しく……」

「はは。これじゃどっちがゴール決めたのかわかんないな」


 ゴールを決め、コーナーフラッグ近くに走ってきた南さんは、観客席に向かって豪快に咆哮したあと、なぜか俺をヘッドロックして喜びを爆発させていた。抵抗する俺の頭を、これまたなぜか沢田さんが撫でる。沢田さんの言うとおり、これじゃあたかも俺がゴールを決めたみたいだ。

 

「みやっちも流石やね! 俺のことよーわかっとう!」

「……自分は南君より3つほど年上です。できれば敬語で……」

「なんば堅苦しいこと言いようとよ! ほら、みやっちもこっち来んね!」


 左腕で俺を掴み、空いた右腕で三宅さんを誘う南さん。その誘いを無視し、くるっときびすを返した三宅さんがぼそっとつぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。


「……できればみやっちというのも……」

「南ぃ! いつまでやってんだ! さっさと戻れや!」

 

 奥村さんの一喝でどうにか場は治まり、全員で日本陣内へと戻る。

 

「なんばカリカリしとうと? お前ただでさえカルシウム足りとらんめーが」

「うっせぇぞぼけぇ! さっさと集中しろ!」


 未だ小競り合いを続けるふたりを横目に、スペイン選手たちを見渡す。

 

 ……目つきが変わった。どうやらここからが本番、ってことらしい。


 スペインは立ち上がり、明らかに動きが悪かった。

 ボール支配率が高いチームはスロースターターであるケースが多い。パスサッカーの生命線である連携具合は日によって、あるいは相手によって変わることが多々ある。感触を確かめながらゲームに望むので、序盤は様子見をするチームも少なくないが、スペインも例外無くこれに含まれるみたいだ。

 一度も前線までパスを運んで来なかったところを見ても、今日のスペイン全体としてのコンディションはあまりよくないのかもしれない。

 

 体が暖まってきたこれからが……勝負。

 

「大峰君はいつも通りで大丈夫。ここからは僕らが仕事をする番だよ」


 センターサークルで全体の様子を観察していた伊藤さん。すれ違い様に俺の懸念を払拭した。まるで頭の中を覗き見したように。


「伊藤さん……思考型ゾーンは」


 俺が脳内に残す、もうひとつの懸念。

 スペインがこれから仕掛けてくるであろう猛攻を止めるためには、伊藤さんの力が必ず必要になる。気になるのは、思考型ゾーン――ある意味、時限爆弾の成長――をどの程度抑えることができるのか。

 

「今のおよそ5分で……すでに1回入ってる。わかってはいたことだけど……コントロールするのは難しいね」


 たった1、2回の攻防で……もうすでに1回。

 これは……。

 

「……心配ないよ。4回に達したらちゃんと申告して交代する。大峰君から羽交い締めにされたくないからね」

「伊藤さん……」


 どこまでも澄んだ表情。言葉。

 ただ……今日時折見せる、左胸の国旗を掴む仕草が……希望と不安のコントラストをくっきりさせる。頭に爆弾を抱えているんだ。怖くないわけない。

 

「俺にできることは……少ないです。点を取って守備陣の負担を軽減させる。このくらいしか……」

「十分だよ。期待しているからね」


 ボランチのポジションへ戻る伊藤さん。見送る俺の心中は……どうなんだろう。


「大峰ー。人の心配ばっかしてんじゃねーぞ。お前にはお前の仕事がある、そーだろ?」


 背後から立木さんが俺の肩を叩く。

 確かに俺は俺のことを第一に考えるべきだが……それよりも……。

 

「立木さん……今、なんて」

「気付いてないわけねーだろーが。他のメンバーもな」


 そっか。いや、そうだよな。

 イギリスとの親善試合で気付いたメンバーも多いのかもしれない。

 

「詳しく知らねーが……伊藤はなにか問題を抱えているんだろー? それでも黒田のオッサンは先発で使ったんだから……あとはオッサンに任せようぜ」

「……そうっすね」


 ある程度心の道筋を見つけた俺は、スペインボールでの試合再開に向けて集中力を高める。未だ鳴り止まぬ日本コールを背に、迫力を増すスペインの選手たちに負けじと精神を昂らせる。

 

 

* * *



 予想どおりスペインが動いた。

 

 日本の先制点から本腰を入れたスペインは、持ち味のボール支配力と同時に、多少強引な突破も仕掛けてきた。

 ほぼ全てのパスをワンタッチ、多くてもツータッチで処理するスペインの高速、かつ精度の高い連携は見事の一言。現在前半も半分が終わろうとしているが、おそらくボール支配率は60%台後半から70%近くを持って行かれているだろう。

 俺と南さんが行う全力チェイスも……残念ながら、効果があるとは言いがたい。南さんの圧倒的な重圧、俺のスピードを持ってしてもヒラヒラと簡単に躱されてしまう。まるで俺らが闘牛のよう。ならば彼らはマタドールか。

 

 エンジンが暖まってきた今は、スペインも日本陣内へ攻め込む機会が増えてきた。パスでじっくりと陣形を崩され、ひとつのドリブル突破だけで致命的な状態を生み出してしまう。

 非常に効率的で、システマチック。

 ドリブルで切り込むのはサイドの選手。特に日本左サイドを攻める選手が鋭い切れ味を見せていた。

 確か……デル・レイ、だったかな。日本はSBの福井さんがマッチアップを務めているけど……状況は芳しくない。

 

 デル・レイはスペインリーグの超有名チームで活躍するスペイン代表。福井さんもスペインリーグのチームに所属していて、デル・レイとは何度か対戦経験があると試合前に話していた。これまでの対戦ではかなり苦戦していたらしいが……今日は特に苦しい。

 

 1対1の場面では、ほとんど突破を許してしまっている。

 

 なんとかCBの中島さんと左SBの植田さんがフォローへ入っているが、この綱渡りな状況もいつまで保てるかわからない、というのが日本チームの共有意識だろう。

 

「福井さん! 左! デル・レイ!」

「……あいよー」


 またもやデル・レイがスピードが乗ったドリブルで福井さんへ勝負を仕掛ける。伊藤さんの警鐘へ呼応する福井さんの反応は――鈍い。もうこの時点で福井さんに相当な負担が掛かってしまっているのは……間違いない。

 

 福井さんは170cmと若干小柄な体格ながら、本来はデル・レイと同じく超攻撃的なSB。無尽蔵の体力と強烈なタックルにも耐える強靭なボディバランスが売りの選手。だがこの試合はデル・レイのドリブル突破を防ぐことで精一杯になってしまっていた。攻撃に参加する余裕が全くない。マイペースで飄々とした態度が特徴的な福井さんからあせりの色がにじみ出る。

 

「中島さん! 福井さんのフォローは僕が行きます! 中央に厚みを作って下さい!」

「おうっ!」


 左サイドを頻繁に崩されるようになってから、俺と南さんもかなり引き気味でディフェンスに参加。最終ラインで伊藤さんが懸命に張る声が俺のところまで聞こえていた。

 

 デル・レイが今日何度目かのドリブル突破を福井さんへ仕掛ける。

 サイドライン際で攻防を続けるふたりのすぐ後ろには伊藤さんが目を光らせているが……あれは――まずいっ!


 デル・レイがパスを出す。伊藤さんのほぼ真横にポジショニングしたスペイン#6の選手へ。パスを出した瞬間に勢いよく走り出したデル・レイを見れば誰でもワンツーで崩しに掛かったと考えるだろうけど――

 

 スペイン#6がボールをスルーした。ボールの先にスペインのFWが待ち構える。

 

 日本の選手たちが左サイドからの突破に意識を傾けてしまっていたところで、デル・レイが見事なデコイを演じた。

 

「伊藤さん! うし……」


 思わず叫びそうになった俺を思いとどまらせたのは――伊藤さんの神がかった対応。

 

 スペイン#6がスルーしたボールに反転して回り込み――スライディングでカット。

 

 伊藤さんは後ろから迫っていたスペインFWを……おそらく視認していない。その状況でスペイン#6がスルーすることさえ――伊藤さんにとっては手のひらの上の出来事だった、とでも言うのだろうか。

 

「――!」


 スペインFWがあっけに取られるのも無理はない。日本のチームメイトたちでさえ、同じような顔をしてしまっているのだから。

 素早く立ち上がった伊藤さんが立木さんへパスを繋ぐ。

 

「おらっ! ガキども上がれや!」


 立木さんが中央からドリブルで駆け上がる。

 

 センターサークル付近まで進んできた立木さんへスペインが強烈なプレスを掛けてきた。その数、3枚。

 スペインのDF陣は奇麗に体勢を整えており、立木さんより前にいる選手は現在、俺と南さんのみ。ここは時間をかけて攻めた方が良さそうだ――と思ったのもつかの間。

 

 立木さんが強引にプレスを突破した。

 

『オオォォ!』


 スタジアムに感嘆の叫びが広がる。

 

 立木さんは特に高度なフェイントやテクニックを披露したわけではない。一度ボールを跨ぎ、ひとつ目線でフェイントを入れただけ。このプレーで3枚の分厚いプレスに生じた穴は、ごくごく小さなもの。そこへ強引にねじ込み……相手を吹き飛ばしながら――抜けた。

 

 ――すごい!

 

 俺には真似出来ない、立木さんだからこそできるプレー。立木さんがグングンとスピードに乗り、スペイン陣内を突き進む。

 スペイン4枚に対し、日本は俺と南さん、立木さんの3枚。十分に勝負できる。

 

 立木さんの左から俺、右から南さん。

 俺と南さんへひとりづつマークがつき、立木さんの正面にひとり。最奥のCBがオフサイドを気にしながら全員の動きに目を光らせる。

 

 張りつめる空気。

 

 ピッチ内の全員が――いや、スタジアムにいる全員が立木さんの動きに注目した。

 立木さんとマーカーの距離が迫った――瞬間、立木さんが動く。


 ほとんどノーモーションから――いきなりのシュート。

 

 ペナルティエリアのずっと手前。ゴールまでおよそ30m近く。この状況、この場面でまさかロングシュートを狙うとは……誰も思わない。伊藤さんのカットに引き続き、またしても天才の行動に全員が度肝を抜かれた。

 

 大きく弧を描くボールはゴール右上。偶然の結果か、はたまた狙っていたのか、前半最初に立木さんが放ったシュートと同じコースへ。これは……間違いなく枠内コース。

 

 俺、もしくは南さんへのスルーパスを警戒していたスペインGKは若干前気味にポジショニングしていた。結果、いきなり放たれたロングシュートには――懸命にジャンプしているが……手が届かない。

 

 ボールは吸い込まれるようにゴールマウスへ。

 スタジアムに詰めかけた観客と一緒に行方を見守る。

 

「あ」


 結果発表の直前に、立木さんから少し間が抜けた声が漏れたような気がした。

 

 果たして――

 

 ガンッッッ

 

 ボールはゴールバーに直撃し、そのまま天高く舞い上がり――ゴール裏へと飛んで行った。

 

「あーらら。なーんか今日は調子わりーな」

 

 もはや紙一重でたまたま運が悪かった、ってくらいのシュートだったと思うけど……立木さんにとっては納得いかないものなんだろうか。

 

 ピピィィィッ

 

 前半最初と同じく、立木さんへ「そんなことないっす」と声を掛けようとした矢先、レフェリーのホイッスルがピッチに響いた。

 

 ……なるほど。

 

 どうやら、黒田監督が早くも動いたみたいだ。

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