表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/76

グループリーグ初戦、スペイン 3

 試合開始のホイッスルを受け、南さんがボールをちょんっと前へ転がす。

 スペインの選手が俺に勢いよく詰めてきたのを確認し、落ち着いて後ろの立木さんへとボールを渡した。ボールへのファーストタッチでその日のコンディションがわかる、という選手がいるが、その選手の言葉を借りれば……今日の俺は「悪くない」。

 

 立木さんが右サイドの沢田さん、SBの三宅さんとパスを交換して序盤の形を作っている間に、俺は一直線に並んだスペインDFの前にポジショニングし、様子を窺う。

 

 スペインのフォーメーションは3―2―3―2。

 

 スペインのFW、MFが連携して厳しいプレスをかけているところを見るに、今日のスペインも間違いなく「らしさ」を全開にしてプレーするだろう。

 獰猛なプレス。高いボールキープ力から、パスでの崩し。

 

 選手たち全体をざっくり観察していたところで、いきなりスペインが「らしさ」を見せる。

 右サイドでボールをキープしていた三宅さんからボランチの伊藤さんへのパスをカット。すぐさま日本のMF陣がプレスに走るが、カットしたスペイン#7はボールを後ろへ戻し、早くもポゼッション・サッカーを全面に押し出してきた。

 

 DFの最終ラインまで戻されたボールを、俺と南さんが懸命にチェイスする。

 

 南さんやMF陣とアイコンタクトを行いながら、ひたすら走る。どうにかパスが難しい場所へおびき出し、いわば「罠」に仕掛けたいところだけど……さすが、世界一。あからさまな誘いにはぴくりとも反応せず、まさに流麗なパス交換を続ける。

 

「大峰ぇ! もっとプレッシャーかけろや!」

「はいっ!」

 

 南さんの声に精一杯の返事を返す。

 

 日本は引いて守らず、あえてプレスに走っている。

 言うなればスペインとがっぷりよっつで組み合っている状態。成功すればスペインの勢いを削ぐことができるが、失敗すれば目も当てられない結果になることは必至。

 キーマンは間違いなく俺と南さん。ふたりで懸命にプレッシャーを掛けに行く。

 

 スペインの右ボランチから再び最終ラインのDFへボールが戻ってきたところで、今日初めての違和感に気付いた。

 

 スペインの攻めが、やけに遅い。

 

 確かにボールコントロールは抜群だけど、それにしても前線へほとんどボールを回そうとしていない。

 中盤から迫る植田さん、立木さん、沢田さんの強烈なプレッシャーに押されているのか……それとも。

 

『オオオオォォォ!』


 少し考えを巡らせている間に、左サイドでパスを回していたスペインのボールを日本がカットしていた。

 

 カットしたのは――伊藤さん。

 

 伊藤さんが本来の持ち場を大きく離れ、スペインの左SBへボールが渡った瞬間を狙い、植田さんとふたりがかりでプレスに走っていた。伊藤さんがここまで大胆に動くってことは……多分間違いない。

 

 伊藤さんから、すぐさま縦へのスルーパスが放たれる。

 ボールを奪ったスペイン左SBの裏へ。

 狙いは――俺。

 

 パスに反応して走り込んだ俺は、すぐさまフォローへ走ってきたスペインCBからボールを奪われないよう、一度ゴールへ背を向けた。ボールを足裏でコントロールしながらできるだけ前方へ置き、容易に足を出されないようにする。後ろからかけられる重厚なプレッシャーに負けまいと、体重を思い切り後ろへかける。

 

 左サイド。ゴールラインまで10m。クロスを上げるには最高の位置。

 

 体勢を立て直し、ひとつフェイントを入れて正面を向き、スペインCBと正対した。

 巨漢。

 日本チームで最も体格がいい中島さんより一回り大きく、その上俺のスピードにもついてくる俊敏性。

 

 ワクワクが止まらない。

 イギリスとの親善試合でも同じことを考えていた。

 

 世界には……スゴい人がたくさんいる。

 

 2秒ほどだろうか、互いに牽制しあって膠着状態になっていた俺の後ろ――サイドラインのギリギリ外を植田さんが追い越して行く。植田さんの隣をスペインSBが並走していた。

 

 走って行く植田さんへ合わせて――パス。

 

 スペインCBとSBがふたりで植田さんを囲もうとポジショニングを変え、植田さんがダイレクトでクロスを上げようとした。当然そうはさせまいとスペインCBが足を出し、スペインSBが体を入れた――その瞬間。まさに針の穴を通すような隙間を縫って、俺のもとへパスが返された。

 

 ――さすがっす!

 

 虚をつかれたスペインDF陣は俺への対応が遅い。

 

 ゴール前には数人の選手が構える。日本は南さんと、沢田さん。クロスを南さんへ上げても十分勝算はとれる。だが……俺の選択は――

 

「立木さん!」


 ニアサイドへグラウンダーのパス。

 

 そこへ走り込む――立木さん。

 

 立木さんはペナルティエリアの中までは侵入せず、じっと場が動くのを待っていた。植田さんから俺へパスが返されたのをキッカケに、猛烈なスピードでスペイン陣内を切り裂いた立木さん。イングランドのオースティンにも劣らない、野生の嗅覚。

 

 マークについていたスペインの選手を体半分引き離し、ダイレクトで左足を振り抜いた。ゴール右サイド、上隅へボールは飛ぶ。

 

 左から来たボールを左足で、ダイレクトに右へシュート。

 

 タイミングと勢いが付けづらい、難易度が相当に高いシュートを――立木さんは天性のバランス感覚を持って平然とこなした。

 

 抜群の速度とコースでボールは飛ぶ。

 

 スペインGKが右サイドへ懸命に走り、宙を舞う。

 

 後ろ向きにジャンプし、右手を懸命に上へ伸ばし――ボールがキーパーグローブの指先にほんの少しかする。

 

 ボールは――ゴールポストの僅か1cm上を通過していった。

 

『オオオォォォ!』


 開始早々に魅せた日本のビッグプレー。

 大観衆の期待を裏切る――度肝を抜くには十分なプレーだっただろう。

 

「あらー? 俺も固くなってんのかなー?」

「そんなわけないじゃないっすか。ナイスシュート」


 今のは明らかにスペインGKのファインセーブ。

 その場で左足を振り抜き、何度も調子を確かめている立木さんへむけて賞賛の言葉を贈る。

 

「立木さん。これひょっとしてアレなんじゃねぇの?」


 CKに備え、ゴール前へ上がってきた奥村さんが立木さんに不思議な言葉をかける。


「んー? やっぱりそーなんかな?」


 ふたりだけに通じる、よくわからない会話。おそらくだけど……奥村さんも俺と同じ違和感を感じていたんだろうか。

 

「だったら……思い切り良くいきましょうや。俺は一旦下がりますわ」

 

 何を思ったか、前線まで来ていた奥村さんが最終ラインへ戻って行き、DF陣へ指示を出している。

 

「さてさて、これは俺の見せ場やろうもん。大峰、しっかり引き立て役務めろよ」

「了解です」


 南さんが腕をまくって、首を鳴らす。

 190cm近くある南さんはスペインDFの中へ入っても全く遜色無い。加えて南さんのボディバランスとジャンプ力。俺が南さんの助けになれるとしたら……。

 ゴール前には、日本、スペインの選手がそれぞれ5人ずつほど。

 俺についているスペインの選手はそれほど高くないが、やはりさすがのパワーを感じる。ここで重要なのは――やっぱりポジショニングか。ニアサイドへ位置をずらす。

 

 沢田さんが右コーナーでボールをセットし、レフェリーが開始を合図するホイッスルの――直前。

 

 スペインGKが大きな声を上げて指をさしていた。

 

 今まさにCKを蹴ろうとしている沢田さんのもとへ――SBの三宅さんが駆け寄る。オーバーラップ。狙いは間違いなく、ショートコーナー。

 

 おそらく全員が三宅さんへ注目したところで――俺も沢田さんのもとへ走る。

 

 ピィィィィッ

 

 主審の笛が鳴り響く。

 

「#17!」


 三宅さんを意識した俺のマーカーが一瞬出遅れた。

 俺の動き出しを見て、すかさず沢田さんが俺へボールを出す。

 

 ゴールライン際をコーナーへ向けて走ってきた俺は、やや後ろへ戻った沢田さんへ迷わずボールをリターン。

 

 クロスを上げさせまいと迫るスペイン選手をすり抜け――沢田さんが三宅さんへダイレクトパス。スペインのお株を奪うような流麗なパスワークを見せる。

 

 ほぼフリーでボールを受け取った三宅さんがクロスを上げた。

 

 低いボール。

 

 ちょうど――俺がポジショニングしていた、ぽっかり空いたニアサイドへ。

 

 ボールへ走り込む選手は――南さん。

 

「うらぁぁぁ!」

 

 ゴール中央からニアサイドへ走り込み、そのまま右足で豪快にボレーシュート。

 

 至近距離からの殺人的なスピードに、さすがのスペインGKも対応できず――ボールは一歩も動けないGKの横をすり抜けてネットに刺さった。

 

 一瞬の静寂。

 

 ようやく事態を理解した観客から怒号のような叫び声。広いスタジアムを支配した。

 

『ワァァァァァァァ!』

 

 日本、先制。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ