グループリーグ初戦、スペイン 3
試合開始のホイッスルを受け、南さんがボールをちょんっと前へ転がす。
スペインの選手が俺に勢いよく詰めてきたのを確認し、落ち着いて後ろの立木さんへとボールを渡した。ボールへのファーストタッチでその日のコンディションがわかる、という選手がいるが、その選手の言葉を借りれば……今日の俺は「悪くない」。
立木さんが右サイドの沢田さん、SBの三宅さんとパスを交換して序盤の形を作っている間に、俺は一直線に並んだスペインDFの前にポジショニングし、様子を窺う。
スペインのフォーメーションは3―2―3―2。
スペインのFW、MFが連携して厳しいプレスをかけているところを見るに、今日のスペインも間違いなく「らしさ」を全開にしてプレーするだろう。
獰猛なプレス。高いボールキープ力から、パスでの崩し。
選手たち全体をざっくり観察していたところで、いきなりスペインが「らしさ」を見せる。
右サイドでボールをキープしていた三宅さんからボランチの伊藤さんへのパスをカット。すぐさま日本のMF陣がプレスに走るが、カットしたスペイン#7はボールを後ろへ戻し、早くもポゼッション・サッカーを全面に押し出してきた。
DFの最終ラインまで戻されたボールを、俺と南さんが懸命にチェイスする。
南さんやMF陣とアイコンタクトを行いながら、ひたすら走る。どうにかパスが難しい場所へおびき出し、いわば「罠」に仕掛けたいところだけど……さすが、世界一。あからさまな誘いにはぴくりとも反応せず、まさに流麗なパス交換を続ける。
「大峰ぇ! もっとプレッシャーかけろや!」
「はいっ!」
南さんの声に精一杯の返事を返す。
日本は引いて守らず、あえてプレスに走っている。
言うなればスペインとがっぷりよっつで組み合っている状態。成功すればスペインの勢いを削ぐことができるが、失敗すれば目も当てられない結果になることは必至。
キーマンは間違いなく俺と南さん。ふたりで懸命にプレッシャーを掛けに行く。
スペインの右ボランチから再び最終ラインのDFへボールが戻ってきたところで、今日初めての違和感に気付いた。
スペインの攻めが、やけに遅い。
確かにボールコントロールは抜群だけど、それにしても前線へほとんどボールを回そうとしていない。
中盤から迫る植田さん、立木さん、沢田さんの強烈なプレッシャーに押されているのか……それとも。
『オオオオォォォ!』
少し考えを巡らせている間に、左サイドでパスを回していたスペインのボールを日本がカットしていた。
カットしたのは――伊藤さん。
伊藤さんが本来の持ち場を大きく離れ、スペインの左SBへボールが渡った瞬間を狙い、植田さんとふたりがかりでプレスに走っていた。伊藤さんがここまで大胆に動くってことは……多分間違いない。
伊藤さんから、すぐさま縦へのスルーパスが放たれる。
ボールを奪ったスペイン左SBの裏へ。
狙いは――俺。
パスに反応して走り込んだ俺は、すぐさまフォローへ走ってきたスペインCBからボールを奪われないよう、一度ゴールへ背を向けた。ボールを足裏でコントロールしながらできるだけ前方へ置き、容易に足を出されないようにする。後ろからかけられる重厚なプレッシャーに負けまいと、体重を思い切り後ろへかける。
左サイド。ゴールラインまで10m。クロスを上げるには最高の位置。
体勢を立て直し、ひとつフェイントを入れて正面を向き、スペインCBと正対した。
巨漢。
日本チームで最も体格がいい中島さんより一回り大きく、その上俺のスピードにもついてくる俊敏性。
ワクワクが止まらない。
イギリスとの親善試合でも同じことを考えていた。
世界には……スゴい人がたくさんいる。
2秒ほどだろうか、互いに牽制しあって膠着状態になっていた俺の後ろ――サイドラインのギリギリ外を植田さんが追い越して行く。植田さんの隣をスペインSBが並走していた。
走って行く植田さんへ合わせて――パス。
スペインCBとSBがふたりで植田さんを囲もうとポジショニングを変え、植田さんがダイレクトでクロスを上げようとした。当然そうはさせまいとスペインCBが足を出し、スペインSBが体を入れた――その瞬間。まさに針の穴を通すような隙間を縫って、俺のもとへパスが返された。
――さすがっす!
虚をつかれたスペインDF陣は俺への対応が遅い。
ゴール前には数人の選手が構える。日本は南さんと、沢田さん。クロスを南さんへ上げても十分勝算はとれる。だが……俺の選択は――
「立木さん!」
ニアサイドへグラウンダーのパス。
そこへ走り込む――立木さん。
立木さんはペナルティエリアの中までは侵入せず、じっと場が動くのを待っていた。植田さんから俺へパスが返されたのをキッカケに、猛烈なスピードでスペイン陣内を切り裂いた立木さん。イングランドのオースティンにも劣らない、野生の嗅覚。
マークについていたスペインの選手を体半分引き離し、ダイレクトで左足を振り抜いた。ゴール右サイド、上隅へボールは飛ぶ。
左から来たボールを左足で、ダイレクトに右へシュート。
タイミングと勢いが付けづらい、難易度が相当に高いシュートを――立木さんは天性のバランス感覚を持って平然とこなした。
抜群の速度とコースでボールは飛ぶ。
スペインGKが右サイドへ懸命に走り、宙を舞う。
後ろ向きにジャンプし、右手を懸命に上へ伸ばし――ボールがキーパーグローブの指先にほんの少しかする。
ボールは――ゴールポストの僅か1cm上を通過していった。
『オオオォォォ!』
開始早々に魅せた日本のビッグプレー。
大観衆の期待を裏切る――度肝を抜くには十分なプレーだっただろう。
「あらー? 俺も固くなってんのかなー?」
「そんなわけないじゃないっすか。ナイスシュート」
今のは明らかにスペインGKのファインセーブ。
その場で左足を振り抜き、何度も調子を確かめている立木さんへむけて賞賛の言葉を贈る。
「立木さん。これひょっとしてアレなんじゃねぇの?」
CKに備え、ゴール前へ上がってきた奥村さんが立木さんに不思議な言葉をかける。
「んー? やっぱりそーなんかな?」
ふたりだけに通じる、よくわからない会話。おそらくだけど……奥村さんも俺と同じ違和感を感じていたんだろうか。
「だったら……思い切り良くいきましょうや。俺は一旦下がりますわ」
何を思ったか、前線まで来ていた奥村さんが最終ラインへ戻って行き、DF陣へ指示を出している。
「さてさて、これは俺の見せ場やろうもん。大峰、しっかり引き立て役務めろよ」
「了解です」
南さんが腕をまくって、首を鳴らす。
190cm近くある南さんはスペインDFの中へ入っても全く遜色無い。加えて南さんのボディバランスとジャンプ力。俺が南さんの助けになれるとしたら……。
ゴール前には、日本、スペインの選手がそれぞれ5人ずつほど。
俺についているスペインの選手はそれほど高くないが、やはりさすがのパワーを感じる。ここで重要なのは――やっぱりポジショニングか。ニアサイドへ位置をずらす。
沢田さんが右コーナーでボールをセットし、レフェリーが開始を合図するホイッスルの――直前。
スペインGKが大きな声を上げて指をさしていた。
今まさにCKを蹴ろうとしている沢田さんのもとへ――SBの三宅さんが駆け寄る。オーバーラップ。狙いは間違いなく、ショートコーナー。
おそらく全員が三宅さんへ注目したところで――俺も沢田さんのもとへ走る。
ピィィィィッ
主審の笛が鳴り響く。
「#17!」
三宅さんを意識した俺のマーカーが一瞬出遅れた。
俺の動き出しを見て、すかさず沢田さんが俺へボールを出す。
ゴールライン際をコーナーへ向けて走ってきた俺は、やや後ろへ戻った沢田さんへ迷わずボールをリターン。
クロスを上げさせまいと迫るスペイン選手をすり抜け――沢田さんが三宅さんへダイレクトパス。スペインのお株を奪うような流麗なパスワークを見せる。
ほぼフリーでボールを受け取った三宅さんがクロスを上げた。
低いボール。
ちょうど――俺がポジショニングしていた、ぽっかり空いたニアサイドへ。
ボールへ走り込む選手は――南さん。
「うらぁぁぁ!」
ゴール中央からニアサイドへ走り込み、そのまま右足で豪快にボレーシュート。
至近距離からの殺人的なスピードに、さすがのスペインGKも対応できず――ボールは一歩も動けないGKの横をすり抜けてネットに刺さった。
一瞬の静寂。
ようやく事態を理解した観客から怒号のような叫び声。広いスタジアムを支配した。
『ワァァァァァァァ!』
日本、先制。




