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福岡の高校生サッカー選手 4

 翌日、金曜日の午前。

 

 1部練にて全体練習が予定されていたが、疲労が溜まっている選手が多くいる、とのチームドクターのアドバイスにより、練習は急遽中止となった。怪我人を多く抱えるパスヴィアとしては神経質にならざるを得ないだろう。

 

 ミーティングも短時間で終了しちゃったし、午後の新幹線までの時間どうしよっかなーっと、クラブハウスのロビーで考えていると、前方からものすごいスピードで金髪の男が俺のもとへ突っ込んできた。

 

「ヘーイ! オミーネ!」

「ぐへっ」


 勢い余った男は俺に体当たりをかまし、そのまま黒革のソファに埋もれていく。

 

「ハハハ! ゴメンナサイ」

「痛いよ、ジロー……」


 満面の笑顔で高らかに笑う、全く反省のそぶりを見せない金髪のフランス人。

 

 名前はアドルフ・ジロー。

 

 パスヴィアに所属するMFの選手で、もともとはイングランドの1部リーグで活躍していた超有名選手。しかも元フランス代表。

 現在パスヴィアに所属する唯一の外国人選手なのだが……。

 

「ジロー。ケガ、ひどくなるぞ」

「ミカミー。ゴメンナサイ」


 三上さんが後ろから単語を強調した口調でジローをたしなめる。ジローは日本在住年数も長いので、日本語は単語くらいならだいたい理解できる。ただ、早口だとやっぱり聞き取るのが難しいらしい。


 ジローは前回の京都戦終了後、右ヒザの古傷が悪化してしまい、現在故障者リスト入りしている。

 これで去年パスヴィアのレギュラーだったメンバーのうち、4人が怪我で戦線を離脱した。三上さんもあながち冗談でたしなめた訳ではないだろう。

 

「オミーネ! ガンバレ、ヨ!」

「オッケー、ジロー」

「Three-Arrows is, you know, really popular in division 2 and has a huge number of fans, right ? I expect you to be able to entertain people by your attractive and showy performance !」

「待って待って。わかんないよ」

 

 最後のパフォーマンスって単語しかわからなかった。

 これ英語……だよね?


「スリアロは人気チームだからファンも多い。お前の派手なプレーでお客さんを楽しませて来い、ってさ」

「……よくわかりますね」

「面倒だから色々とはしょったけどな」


 三上さんは以前ヨーロッパのどこか(ポーランド、だったかな?)のリーグでプレーしていたため、英会話が堪能。もちろんパスヴィアスタッフに通訳はいるのだが、事務と兼任しているためものすごく多忙。なので、ジローの世話を三上さんがすることも少なくない。


「ガンバレ、ヨ!」

「うん。頑張ってくる」


 ニコニコしているジローとがっちり握手する。

 

 普通に接しているけど、よく考えたらスゴいことなんだよな。

 俺、小学生の頃テレビでジローのプレーを見て育ったんだもん。まさに憧れの人。さすがにフィジカルや体力は全盛期に比べると落ちてきているかもしれないけど、華麗なプレースタイルには思わず見蕩れてしまう瞬間がある。

 

「結局、パスヴィアも外国人選手はジローだけになっちゃったな。2、3年前までは結構いたのに」

「みたいですね」


 パスヴィアはもともと老舗のJ1チームだった。そこから調子を落とし、4年前J2に降格。それから今年で4年連続のJ2。

 海外選手はみんな自国に帰るか、他のチームに――おそらく、お金の問題で――移ってしまった。ジローを除いて。

 

「ジローは何でパスヴィアに残ったの? みんな他に移っちゃったのに」

「???」


 俺の方を向いて、キョトンとしているジロー。


「伝わってないぞ。英語でもう一回」

「無理っすよ。通訳お願いします」


 三上さんがペラペラとジローに耳打ちする。早すぎて何て言ってるのか聞き取れない。

 

「For myself」

「……これはわかるよな?」

「……ギリっすね」

 

 自分のため。で合ってるよね?

 

「自分のためっていうのは、どういうこと? ……ちょっと三上さん、通訳してくださいよ」


 目の前にグローバルな世界が広がっている。俺も頑張ってジローと話せるくらいにはなりたいな。そう考えると、英会話って……楽しそう。

 

「話せば長くなるから、今度ゆっくり話すってよ。ただし、お前が英語でフランス経済について語れるくらいになったら、だって」

「えー。じゃあいつ聞けるんすか」


 俺と三上さんのやり取りを、おそらくジローは聞き取れていない。それでも雰囲気で伝わったのだろうか、三上さんとジローが顔を見合わせて笑う。


「はは。さて、ジロー。ドクターの、とこに、行こうか」

「オーケー。オミーネ、Do your best !」

 

 ジローを日本語に慣れさせるためだろうか、三上さんが極力日本語でジローに話しかけているところをよく見かける。気配りが出来るというか、なんというか。色々見習いたいものだ。

 

 ジローと右手のこぶしをゴチンッとぶつけ、手を振ってジローと別れる。

 

 そういえば……他の選手を見ないな。

 グラウンドにはちらほらいたけど、他の選手は寮に戻ってゆっくりしているんだろうか。

 

 パスヴィアの選手寮はクラブハウスから歩いて5分の位置にある、新築のマンション。

 きれいで便利なので、単身者のほとんどが入寮している。

 

 かくいう俺も、練習が遅くまで伸びたときは、よくゲストルームを借りて泊まらせてもらっている。

 なんと言っても寮母さんのご飯がおいしいのが最高。

 

 さて。

 やることないし、俺もグラウンドに出て軽く体動かしておこうかな……。


「大峰」

「……倉田さん」


 うわ。一番会いたくなかった単身者に会ってしまった。

 

「次の試合もDFとグダグダしたら……さっさと代われよ。邪魔だから」

「……その期待にはお応えできません」


 パスヴィアきっての点取り屋、FWの倉田さん。

 俺がFWをしていたころから、2人でいつもやーやー言い合っている。なんと言うか……合わないんだよ。うん。

 

「明日の試合、ボールを持ったらさっさと俺に渡せ」


 一重まぶたから放たれる鋭い威圧に、一瞬だけ気圧された。


「……いいポジションとって下さいね」

「スリアロが3バックで来るなら願ったりだ。俺の個性が生きてくる。くれぐれも邪魔するんじゃねーぞ」

「……期待してますよ」


 それだけ言うと、さっさとクラブハウスの奥に引っ込んで行った。

 

 倉田さんはもともとJ1のチームに所属していたけど、チームでの出場機会に恵まれず、2年前にパスヴィアへレンタル移籍した。

 その年に倉田さんはJ2得点ランキング2位に輝く活躍を見せ、本人の意向を尊重した形でそのままパスヴィアに完全移籍した、らしい。

 

 現在は若干スランプ気味らしいが、俺はそうとは思わない。

 要はまわりのサポート次第、と思っている。

 

 いがみ合ってばかりじゃ、ダメだよな。

 

 人間関係の構築。結局は自分に返ってくる。

 

 昨日の結衣の言葉が脳裏をよぎる。ホント、その通りだなと思う。

 ……少しずつでも変えていかないと。

 

 ソファーに座っていろいろ考えているうちに、いつの間にか新幹線の時間が迫っているのに何も用意していないことに気づき、慌ててソファーから立ち上がった。

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