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本戦直前、最後の親善試合 2

 日本の攻撃陣が好調で点を3点も取ることができた。しかしこれはイギリスのディフェンス陣が不調で3点取れた、と見ることもできる。

 

 同じように。

 

 日本が3点取られたのは、イギリスの攻撃がスゴかったのか、それとも……。

 

「中島ぁ! てめぇはどっちの味方なんだよ!」

「どっちの味方でもねーよ。奥村、落ち着けって」


 青谷学院大学、CBの中島さんが、海外組で同じくCBの奥村凛太郎おくむらりんたろうさんを必死になだめる。

 

 比較的和やかなムードでミーティングをしていたオフェンス陣に対して、ディフェンス陣はプレー中から殺伐とした空気が漂っていた。そしてついに……溜めに溜め、練りに練った不満という名の燃焼材に……火がつく。火をつけた伊藤さんに向かって勢いよく奥村さんが爆発。

 オフェンス陣も話を中断して、部屋の反対側で行われている論戦に耳を傾けていた。

 

「前半丸々プレーしていればわかったでしょう? イギリスの攻撃はほとんどがパターン化してます。そのパターンを皆さんに教えていただけです」

「そんなことは百も承知なんだよ! 高校生のくそガキは船頭ふたりでうまく指揮系統保てるとでも思ってんのか!?」

「じゃあ僕が指示を出すべきでしょう。一番確率が高いことを指示してなにが悪いんですか?」

「それがうぜぇってんだよ! てめぇにはプレー全部の確率とやらがわかんのか!? あぁ!?」


 論争の中心は伊藤さんと奥村さん。

 話を全部聞いていたわけではないので、これは俺の推測になるが……多分、ボランチの伊藤さんがディフェンス陣に指示を出していることが、奥村さんは気に入らないんだろう。

 奥村さんはA代表でもレギュラーでCBを守る実力者。相当の自信とプライドを持ってプレーしていることだと思う。

 

「少なくとも奥村さんよりわかってると思いますが」

「てめぇ……ぶっ殺す!」


 奥村さんが伊藤さんの襟首を掴み、至近距離で伊藤さんを鬼の形相で睨む。伊藤さんは微動だにせず、感情を消した目で奥村さんを睨む。

 ふたりの身長はほとんど変わらないが、体重は20kg近く奥村さんの方が重い。パワー満点の奥村さんが本気で掴んでいる伊藤さんの襟首は、ぎゅうぎゅうに締まっていた。見ているこっちが苦しくなってくる。

 

 これはそろそろ止めにいったほうがいいんじゃ……。


「大峰」


 OA枠、名古屋オルカユイットの佐野さんが、ふたりのもとへ駆け寄ろうとした俺の肩を掴み、首を横に振る。

 

「佐野さん……でも……」

「まわり、見てみろ」


 立木さんに促されて周りをさっと確認すると、選手、コーチ、スタッフ、全員が伊藤さんと奥村さんのやり取りに注目していたが、誰も止めに入る気配を見せていなかった。

 確かに、戦術の面で衝突したときは心ゆくまで論戦するのが一番良いと思うが、これはいくらなんでも行き過ぎな気がする。ヒートアップし過ぎて怪我でもさせてしまったら大問題になってしまうんじゃ……。

 

「私達はな、生きるか死ぬかのピッチで戦っているんだ。自分の生命線である主張を曲げる……これは相当に勇気がいることだ。そう思わないか?」

「それは……思いますけど」

「我が強い選手が18人も集まっているんだ。18本の主張を束ねるなんて……並大抵の努力じゃ難しい。ときに乱暴過ぎるくらいの手段のほうが……私はうまくいくんじゃないかと、そう思うよ」


 佐野さんが伊藤さんと奥村さんのほうに視線を向けながら、小さく、静かに微笑んだ。

 

「私や前島達はオーストラリア戦に出場した、いわゆる『負け残り組』だからよくわかるんだが……。例えそれぞれがいがみ合っていたとしても。味方にさえ敵がいるんじゃないかと疑心暗鬼になってしまっても。それでも個性があって尖っているほうが、まとまったときのパワーはスゴいもんだよ」

「……まとまったときの、パワー」

「黒田監督は、そういうものを私達に期待しているんじゃないか?」

 

 部屋の隅で静かにしていた監督は、相変わらず何も発言しようとしない。ただ、表情がどこかいつもと違う。

 

 ……黒田監督、前から感じていたんだけど……。

 

 パスヴィアの、西川監督に……似てる。

 

「よし。そろそろお互いの言いたいことも出尽くしただろうし……私が上手くまとめてこよう」

「佐野さん……」


 佐野さんが堂々とふたりのほうへ歩いて行く。こういうとき経験豊富な年上のプレーヤーはホント頼りになる。パスヴィアでいえば三上さんの立ち位置だな。

 伊藤さんと奥村さんのふたりは、変わらず至近距離でにらみ合っていた。ついに奥村さんのおでこと伊藤さんのおでこがくっついてしまっている。

 

「奥村、伊藤」


 ふたりの間に割って入り、ふたりの肩を同時に叩く。

 

「もうそ」

「あぁ!? 誰だてめぇ! オッサンが口はさんできてんじゃねーよ!」

「佐野さん黙ってて下さい」

「……ろそろいいんじゃな……いか……?」

 

 一蹴された佐野さん。

 

「……くっくっく」


 オフェンス側にいた倉田さんが、耐えきれず笑いを漏らし、

 

「おいおい奥村……29歳に向かってオッサンは残酷だぞ……」


 小野田コーチが佐野さんに同情し、

 

「ぶわああっはっはっはー!」


 立木さんが爆笑していた。

 

 ……まあ一応ピリピリしたムードは変えてくれたのか……な?

 

「収まったか? それでは後半の布陣を発表しようか」

 

 黒田監督が口を開く。全員が黒田監督の方を向き、相変わらず笑っている倉田ささんと、爆笑を続ける立木さん以外のメンバーが真剣な表情に変わった。

 

「……ふんっ。覚えてろよくそガキが」

「もうちょっとマシなセリフは無いんですか? さんざん言われて聞き飽きているんですが」


 奥村さんの捨て台詞に、すかさずカウンターを返す伊藤さん。

 ……伊藤さんもホント気が強いな。もう少し穏便にしてもいいような気が。


「てんめぇ……」

「ストップ。オッサンからの忠告だ。締めるところは締めろ。でないとお前の嫌いな2流に成り下がるぞ」


 先程と一転して厳しい目を奥村さんへ向ける佐野さん。奥村さんの目に灯った火が見るからに弱まった。

 合宿のときにもこういう場面をたびたび目にしたが、佐野さんは選手達の心を動かすのが上手い。長年後輩を育ててきた経験なんだろうか。それとも……佐野さんの人徳なのか。


「まだ納得できてないんだろう? だったら監督の話が終わったあとにもう一度話し合おう。それでどうだ?」

「……ちっ」

「監督。続きをお願いします」


 佐野さんが上手くまとめ、奥村さんを黙らせた。奥村さんがドカっと地面にあぐらをかく。

 ……さすが佐野さん。一時はどうなることかと思ったけど。

 

「……ふっ。それでは後半は……5バックで行く」

「「「5バック!?」」」


 全員が声を合わせて驚いた。

 

「……さすが『智将』」


 小野田コーチが隣でつぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。

 

 『智将』。

 

 このフレーズ、どこかで……。

 

「サイドふたりは先程と同じ福井ふくい三宅みやけ。その内側が中島と奥村、これもさっきと同じだな。そして真ん中に……伊藤」

「「「伊藤?」」」

 

 監督の発言に対して、またしても全員が声を合わせる。

 

「奥村も……もしかしたら他の海外組も、伊藤のリードに疑問を持っているんだろう? だったら、一度思い切りやらせてみようじゃないか」


 黒田監督が……笑ってる。

 こんなとこまでパスヴィアの西川監督に似てる。

 

「全て伊藤の指示に従え。ピッチにいる誰でもいい、伊藤が使えないと判断したら……俺に合図しろ。そしたら伊藤を下げる。これでどうだ?」

「僕はそれで構いません」

「……わかりましたよ」


 奥村さんがしぶしぶ、といった表情を見せ、ごろんと床に寝転んだ。もう言うことはない、と暗に示しているようだ。

 

「MFはダイヤモンドで4人。右に沢田。左に植田。ボランチに立木。トップ下に桑原くわばら


 これもほぼ前半と一緒だが、桑原くわばらつよしさんが入ってる。

 ……あれ? ってことは……。

 

「ワントップに倉田。大峰と南は下がれ」

「「えぇぇぇー!」」


 俺と南さんがシンクロして不満を黒田監督にぶつける。

 

「……お前ら十分暴れただろうが。まだ不満か?」

「不満に決まっとうやん! 俺も大峰もまだ1点ずつしか取っとらんとよ!?」

「……あ、えーっと、もっとプレーしたかったなぁ……なんて」


 感情を直情的にぶつける南さんに対して、及び腰の俺。

 いくらなんでも黒田監督にタメ口聞く度胸は持ち合わせていない。

 

「お前らは日本の最終兵器だからな。親善試合『ごとき』で長く使いたくなくてな」


 「ごとき」で、わざとらしく語気を強めた黒田監督。……なんか無口のときと全く印象が違う。このバージョンの黒田監督は選手を転がすのが上手そうだ。

 

「……んー! ならしょーがなかね。大峰、大人しく引っ込もうや」


 ……南さんが上手く転がされてしまった。

 もうちょっとイギリスの選手とプレーしてみたかったな……。

 

「倉田さん。頑張ってください」

「……ふん」


 ろくに俺を見ることなく、スタスタ歩いて行く倉田さん。相変わらず冷たい反応。

 

 確かに、メディアが『日本史上最強のオリンピック代表』と煽るだけあって、実力十分の個性派揃い。

 このメンバーが一枚岩になれば、ものすごい力を見せることになるだろう。

 

 だけど。

 

 果たして……本戦に間に合うのか?


 選手達が誰に号令されたわけでもなく、ゾロゾロとロッカールームを出て行く。その選手達の後ろ姿を見ながら、俺は心の中でこう思わざるを得なかった。

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