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いざロンドン

『ニッポン! ニッポン!』

『頑張れよー!』

『キャァァァー! 立木さーん!』


 俺たちが羽田空港に入ると、観衆達は溜めに溜めたエネルギーを瞬間的に爆発させた。


 男子はお揃いのダークスーツ、彩りは銀のネクタイ。

 女子はお揃いのパンツスーツ、胸元に銀の記章。


 50人近くの似たような格好をした団体。

 男達は細身のスーツで隠しきれない筋肉の盛り上がりを見せつけ、女達はグラウンドで見せる引き締まった表情とは異なる、親しみやすい顔を見せていた。

 空港を埋め尽くす大観衆のお目当ては、まさしくこの団体。

 

 サッカー、オリンピック代表。

 

「すごい人っすね……」

「大峰君は福岡空港でも大変だったんじゃない?」

「いやいや。これに比べればちっぽけなもんですよ」


 見渡す限り人、人、人。

 

 我先にとシャッターチャンスを狙って、皆が前へ押し掛ける。ヒートアップする群衆を、最前列で警備する警察官が必死の形相で押さえ込もうとしていた。怪我しないといいけど……。

 俺と伊藤さんは、並んで男子代表の最後尾を歩いていた。


「大峰ー。お前も手ぇ振ってやれよー。お前目当てのお姉ちゃん達もいっぱいいるんだからよー」


 ぼそぼそと俺に話しかけながら、集まった大観衆に手を振る立木さん。立木さんは空港内に入ったその瞬間から、いつものチャラい表情、言動をクールな2枚目のそれに変化させていた。いつもの「テレビ版立木恭介」。この変わり身の素早さはある種の芸と呼びたいくらいだな。

 

「……りょ、了解っす」


 とりあえず一番近くにいた、おばちゃんがたくさんいる一帯に手を振ってみた。最近覚えた特技、作り笑いを忘れずに。

 

『ぎいやぁぁぁぁー! おおおみねくうぅぅーん!』


 まだまだファンとの交流になれていない俺は――失礼だとは思いながらも――瞬間的に表情を固めてしまう。……最前列に陣取ったマダム達から悲鳴とも、絶叫ともとれるレスポンスが返ってきた事によって。

 

「今日は僕たちよりも、女子を目当てに来た人のほうが多そうだね」


 平常通り我関せず、我動じず、といった態度を取っていた伊藤さんが、視線を後ろのほうへと向けた。


 オリンピック女子サッカー代表。

 

 伊藤さんの言う通り、今日のメインディッシュは俺達男子ではなく、間違いなく女子のほうだろう。メディアの注目は「なでしこ」一色。数年前までは注目度が低かった女子サッカーも、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進している。

 注目を集めた要因は、去年行われた女子ドイツワールドカップ。このワールドカップにおいて、日本代表は初の優勝カップを日本へ持ち帰るという、歴史的な偉業を成し遂げた。

 決勝でアメリカと繰り広げた激闘は、日本サッカー史に残るベストゲームだと言われている。俺も結衣とふたりでテレビ観戦していたが、特筆すべきは後半最後の最後に同点弾を決めたある選手のシュート。あまりに印象が強かったため、まるで教科書で何度も復習したかのように、鮮明な色合いで俺の記憶領域にこびりついている。

 

沢尻さわじりー! また優勝頼むぞー!』

「はーい! がんばりまーす!」


 ファンからの歓声を受けて、ある女子サッカー選手が陽気な声を上げた。

 

 沢尻穂花さわじりほのか選手。

 

 日本女子サッカーのパイオニア。

 日本歴代最高選手。時には世界歴代最高選手と称されることもある。 

 

 折り紙つきの実力と、キャプテンシー。

 ユーモア溢れる性格と、チャーミングな笑顔。

 

 注目をされている日本サッカー界の中でも、立木さんと並んでまさにスターと呼ばれている選手。メディアはこぞって彼女を国民的スポーツヒロインと呼ぶ。

 ふたりいる女子サッカー人気火付け役のうちの一人、と呼ばれることも。

 

「やっぱり沢尻さんの人気はすごいね。大峰君も負けてられないよね」


 伊藤さんが俺達のすぐ後ろを歩く沢尻さんと俺へ交互に視線を送る。


「いや……俺とは比べるまでもないでしょ。ってか人気とか正直どうでも……」

「まーだあんたはそんなこと言ってんの?」


 突然背後から肩を組まれた。

 細い腕。

 さわやかな香水の香り。

 

 ……振り返るまでもなく、誰かわかってしまった。

 

「……田宮たみやさん。あの……肩を組むのはヤメてもらえませんか……」

 

 田宮たみやなつき。

 18歳、高校3年生にして不動のレギュラーポジションを獲得している、天才サッカー少女。

 女子サッカー人気火付け役の、もうひとり。

 

 沢尻さんを、絶妙なパスで味方を引き立てる司令塔タイプとすれば、田宮さんは強引に突っ込むスコアラータイプ。

 沢尻さんを、ほんわかしたお姉さんタイプとすれば、田宮さんはキツめの美人さんタイプ。

 沢尻さんがフワフワのボブで、田宮さんがサラサラのロング。

 

 ふたりでうまいことバランスをとっているように感じる。

 

「なんでまだ名字で呼んでんのよ。『なつき』でいい、って言ったでしょ」

「いやいや。そういうわけには……」

「大峰君はホントにモテモテだね」

「い……伊藤さん」


 まだまだ短い付き合いだが、プライベートで伊藤さんが喜ぶツボがわかってきた気がする。

 

『おぉぉぉ!』

『ギャャァァー!』

『えええええぇぇぇ!?』


 パシャパシャ!

 

 未だに肩を組んで歩いている俺と田宮さん目がけて、群衆から様々なリアクションが返ってきた。

 ゴツいカメラを構えた報道陣っぽい人達は「いいネタ掴んだ!」とばかりにカメラのシャッターを光らせ。

 最前線で俺に手を振っていたおばちゃん達から悲鳴の絶叫が響き渡り。

 田宮さんのファンであろう、男性陣から「なつきちゃん、違うよね!? 違うよね!?」という声と共に疑問の声があがった。

 

 ……はぁ。

 また明日のニュースとかでやーやー言われるんだろうか……。

 

「なんでそんなに肩身狭そうにしてんのよ。団結式の時にはしっかり大口叩いてたじゃん。ねぇ、伊藤君?」


 羽田空港へ向かう直前。サッカーオリンピック代表は一度都内のホテルに集合し、全員お揃いのスーツに着替えた後、男女合同の記者会見を行った。


「あれは確かにビックリしたね。まさか大峰君があそこまで言うとは……」

「あ……アレは、なんというか、その場のノリというか……」

 

 その記者会見での一幕。

 どこかのテレビ記者さんが、なぜか俺を名指ししてこう質問してきた。

 

『注目しているチームや選手はいますか?』


 今考えると、何てことない、当たり障りのない質問。なのに、そのときはまさかこっちに振られると思っていなかったため、俺らしくない、変な返答をしてしまった。母ちゃんからビッグマウスがどうのって言われたから、意識してしまってたのかな。

 

「『注目選手は特にいません。俺はメダルを日本に持ち帰ることしか考えていない』。だもんねー。裕貴かっこいー」

「言わなくていいっすよ……。もうそっとしといてください」


 この記者会見が終わった後から田宮さんは俺に絡み出してきた。初対面にも関わらず、既に名前呼び捨て。相変わらず肩を組んだままのため、人々の視線が俺に刺さっている。仲間であるはずの男子チームからも殺気を感じるのは気のせいだと思いたい。

 

「こら、なつきー。帰っておいでー。大峰君困ってるよ」


 後ろから沢尻さんが助け船を出してくれた。

 

「えー。いいじゃないですか、穂花さん。これで話題になったらまた女子サッカーの注目度も上がりますよ」


 あ、なるほど。俺は話題作りのダシに使われているわけですね。


「変なこと言わないの。実力で人気とってなんぼでしょうが」


 小型のキャリーケースをコロコロ転がしながら、沢尻さんが苦笑する。まさに実力で人気を勝ち取った沢尻さん。先駆者にしかわからない苦労なんかもあるんだろうな。

 ようやく田宮さんが俺の肩から腕を外し、ほっぺたを膨らませながら俺を一瞥した。

 

「勘違いしないでよ、裕貴」


 何を、でしょうか。

 ……あー、あくまで俺と親しげにしていたのは話題作りの為だからな、ってことかな?

 

「わかりました」

「わかってないでしょ。……まぁいいわ。大口叩いたからには負けんなよ! 男女一緒にロンドンで大暴れするんだかんね!」


 そう言い残し、田宮さんはきびすを返して沢尻さんのもとへ歩いて行った。

 

「大峰君といると飽きないね。あんな感じの人達を惹きつける何かがあるのかな? 田宮さんといい、片平さんといい」

「いや偶然でしょ……」


 全力で偶然であることを願いたい。

 

 手荷物検査場を抜けて、出発ゲートに向かっていたサッカーオリンピック代表の団体は、出発ロビーにて航空機の出発を待っていた一般客の皆さんにも暖かい歓迎を受けた。最前列を歩く森さんと中島さんがにこやかな顔で手を振っている。

 

「サッカーだけでこんなに歓迎を受けるんだから、本丸の選手団の時はもっとすごいんだろうね」

「そうっすね」


 サッカーは日程の関係上、他のオリンピック選手団より一足先にイギリス入りするスケジュールになっていた。

 オリンピックの開会は7月27日だが、サッカーは25日から始まり、日本の初戦は26日。試合数とスタジアム確保の関係から、会場もロンドンに限らず、イギリスの各地で試合が行われる。男女とも共通しているのは、決勝の試合をロンドンのスタジアムで行うこと。

 

 日本は組み合わせ上、男子も女子もロンドンのスタジアムで試合が出来るとすれば……数奇なことに決勝のみ。

 結団式でもサッカー協会のお偉いさんが「男女共に、本当の意味でロンドンに行こう!」と言っていたのを思い出す。

 

 出発ゲートの前にたどり着いた一行の前に、航空会社の従業員さん達が花束を持って並んでいた。

 

「スタッフ一同、日本からご健闘をお祈りいたします」


 黒田監督と女子日本代表の笹岡ささおか監督が笑顔で花束を受け取った。

 時を同じくして羽田空港の出発ロビーに居合わせた人々が、喝采と激励の言葉を次々と俺達に投げかけてくれた。

 

 近頃、サッカー以外のことにすっかり忙殺されてしまい、いまいちオリンピックが間近に迫っているという実感がなかった。が、ようやく日本を離れるところまできて……ふつふつと気分が高揚してきた。

 

 さぁ、いよいよオリンピックだ。

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