オリンピック代表合宿 3
サポートスタッフからビブスを受け取る。
俺と伊藤さんは、白。
サイドライン際で円になって座り込み、給水している白のメンバー達をさっと確認する。1本目で目立っていたのは……。
FW、パスヴィアの倉田さん。
ゴールへの嗅覚は各チームのエースを比較対象にしても、頭一つ抜けている。1本目の後半では得点も決めていた。
SMF、レボーレ甲府の鈴木さん。
鈴木さんは伊藤ノートにも注目選手で書かれていたな。特段目立つプレーがある訳ではないが、守備のねばりがすごい。前半は鹿島コルノーズの植田さんに攻め込まれていたが、後半はきっちり抑えていた。
あとは……DFの青谷学院大学、中島幸治さん。
代表メンバー唯一の大学生。
身長190cmの長身と屈強な体格は、おおよそ日本人離れした印象を受ける。細かいプレーを苦手にしている印象を受けたが、それを補って余りあるパワーを見せつけていた。特に空中戦の強さは圧巻だったな。
「1本目と同じように指示はしない。各チームでポジションと戦略を決めてくれ」
小野田コーチが両チームの間に立って声を上げる。
この代表合宿では基本的に指示を出すのは3人いるコーチのみ。そのコーチ達も練習メニューを伝えるくらいで、細かな指導やアドバイスをする事はなかった。
黒田監督に至っては、話しているところをほとんど見ていない。いつも手に持っているタブレットに何やら記入しているだけ。
「伊藤はボランチだよな? 大峰は……FW?」
白のGK、リバルディ東京の森さんがえくぼを左頬に作りながら、俺と伊藤さんに向き直る。
……ぐあ。
太陽光線が森さんのスキンヘッドで反射して俺に襲いかかってきた。
全員が牽制し合って様子を見ていた矢先、実にスムーズな会話の切り出しをしてくれた森さん。
先程の試合ではナイスセーブと共に、DF陣への的確な指示が印象的だったな。まだ22歳なのにリバルディの精神的支柱と言われるのも納得できる。
「という事は……4―4―2か?」
森さんの一言にそれぞれが首肯する。
白はDFが4人、MFが4人、FW2人のメンバーが集まっていた。これが一番無難なフォーメーションだろう。
「森さん。4―2―3―1でやりませんか?」
伊藤さんが手を挙げて全員の注目を集める。
「ダブルボランチか。なら……大峰とお前をボランチで?」
「ええ。しっかりアピールできる体勢を取れると思います」
今度は全員がじろり、と俺を捉える。みなさん「くそガキが調子に乗りやがって」と言いたそう。俺が発言した訳ではないが、微妙に肩身が狭い……。
「くっくっく。威勢がいいな、最近の高校生は。森君、前半はそれでいってみようや」
「反対のヤツはいるか?」
「……いいと思います」
DFの中島さんとSMFの鈴木さんが賛同の意を示す。どうやらフォーメーションはこれで決まりのようだ。
その声を受けて全員が立ち上がり、体を動かし始めた。
「おいおい。まだ作戦決めて……ったく。どいつもこいつもわがまましやがって」
森さんがため息をつきながら首を振る。
「まぁ、プライド高いヤツも多いだろうしな。とりあえず好きにやっていいんじゃないか? それをまとめるのが森君の役目だろ?」
つるつるの頭を撫でながら森さんを慰める中島さん。
そういえば……昨日の夕食時。この2人はユース代表時代からの仲だ、みたいな話してたな。十代から世界を相手に戦ってきた信頼が……2人にはあるんだろうな。
「大峰……気付いてたか?」
「え? 何に、ですか?」
中島さんがいきなり俺に話を振ってくるもんだから、全く意味を汲み取れなかった。
「赤のメンバー。半分以上キャップ付いてるヤツらだろ?」
「……あーそういえば。白は……森さんだけっすね」
立木さん、植田さんをはじめ、A代表での出場経験がある選手はほとんどが赤に集まっていた。
対する白は俺を含めJ2が3人、大学生が1人。
「つまり……俺が何を言いたいか、わかるか?」
神妙な顔つきで中島さんが俺に質問をぶつける。
もちろんわかってますよ。
「……ここで赤をぶっ飛ばせば、気持ちいい。……ですね?」
「「「………ぷっ!」」」
森さん、中島さん、伊藤さんが声を上げて笑い出す。
遠巻きに俺らを眺めていた倉田さんまでもが、必死に笑いをこらえていた。
……え? 何か変な事言ったかな?
「くっくっく。予想以上に面白れーな、お前。立木さんが一目置くのもわかる気がするわ」
お腹に手を当て、大きな躯体を折り曲げて笑う中島さん。
「大峰……普通はな、『ここで赤に勝てばアピールできる』って考えるんだよ」
右の頬にもエクボを作りながら、森さんが爆笑の理由を解説してくれた。
な……なるほど。普通はそう考えるのか。
「大峰君は代表うんぬんよりも……この人達と一緒にプレーできるのが楽しいんだよね」
確かに伊藤さんの言う通りだけど……子供をあやす大人のような言い方が釈然としない。
ピィィィィィー!
「そろそろ始めるぞ。各人位置につけ」
小野田コーチの吹くホイッスルと声がピッチに響く。
早くからミーティングが終わっていたのか、赤の選手達はすでに準備万端。スタンバイを終えた選手達から殺気にも似たオーラを感じる。
一方の白も各自ポジションへ向かう。基本締まった顔をしているが、一部まだ笑っている選手がいた。倉田さん……何がそんなに面白かったんだろう……。
ピィィィィィー!
紅白戦が始まった。
* * *
すごい。
当たり前だけど……めちゃくちゃレベルが高い。
むしろ今までの練習は何だったの? と言いたくなるほど、パフォーマンスの「質」が違う。
3分一緒にプレーしただけで感じた。
全員の基礎技術が相当に高い次元で安定している。
パス、ドリブル、トラップ。
何気なくやっている動作その一つ一つが、まさしく華麗。プロほど基礎練習に重きを置くというが、この人達はその言葉を実際に体現している。
今までの練習で手を抜いていた訳ではないと思うが、「質」が全然違う。正直、代表招集された最初の頃は「J2とあんまりレベル変わらないのかも」とか思ってた。前言撤回するのに十分なインパクト。
気持ちが入ってくると、こうも変わるものなのか。ゲームが始まってから目立ったミスをした選手は一人もいない。
紅白戦の状況はといえば、拮抗しているが……。
やはり抜きん出ているのは、赤の立木恭介さん。
まず、アイディアの豊富さに驚く。
全くのノープランで挑んでいる白と同様、おそらく赤も明確な作戦を決めていない。
その証拠に、赤のゲームを組み立てる立木さんは突拍子もない動きを連発している。
ノールックプレイやスルーは当たり前。時にはFWよりも前線にポジショニングしていた。
ディフェンスする俺はついていくのがやっとの状態。
それなのに。
赤の選手たちは――きれいに踊る。
立木さんがむちゃくちゃに振るタクトに合わせて。
まるで歴戦を共にした旧友とプレーしているかのように。
立木恭介のスゴさは、彼自身の技術によるものとばかり思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。
彼のプレーに感化された赤の選手達が、実に生き生きとしている。
「感心している場合じゃないよ。大峰君」
隣からダブルボランチの左側、伊藤さんが声をかけてきた。
「前半も残り5分くらいしかないけど……今のところ白の見せ場はゼロだよ」
「そうっすね」
伊藤さんの言う通り、白は赤の猛攻を必死に耐えていた。
「パスヴィアでやってるみたいに自由に動いていいよ。僕が全部カバーするから」
……ホント、頼りになる。
「了解っす。では……」
今一度、戦況を整理する。
現在赤が最終ラインでボールを回している。
赤のフォーメーションはオーソドックスな4―4―2。
基本的には立木さんを中心にゲームを組み立てている。警戒すべきは時折ドリブルで中央へ切り込んでくる赤SMF、植田さんの存在か。
攻め込まれている白だが、伊藤さんとCBの中島さんが見事な連携を見せてくれていた。最後の最後はきっちり抑えてくれている。
対する白の攻撃はやや決定打に欠ける。かといって戦術に幅がある訳でもない。
つまり、こじんまりとしてしまっている。
流れを変えるためには……まずインパクトが必要だな。
となると……。
まず相手の得意パターンを崩して、それから……追い打ち。
よし。プランはだいたい固まった。
あとは……チャンスを待つ。




