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オリンピック代表合宿 2

 お揃いのトレーニングウェア――ピッチに映えるオレンジ色。

 各自共通するのは引き締まった表情と筋肉。

 個性を出すのは頭髪とスパイク。

 

 コーチの号令を受け、日本中から選ばれた若手エース達が四方からグラウンドの中央に集まる。

 その数、28人。

 

 第2回オリンピック合宿、3日目。

 午後一の2部練が今まさに始まろうとしていた。

 

 全員の注目が小野田おのだコーチに集まる。

 

「さて、今日の2部練は予告通り紅白戦を行う。15分ハーフを2本。全員使うからそのつもりで用意してくれ。今月末に行うオーストラリアとの親善試合は、今日の内容を重視してメンバーを組む」


 猛者達に緊張が走る。

 リラックスした表情を浮かべているのは、立木さんくらいだろうか。

 

「では白から。GK、もり。DF、左から……」


 俺と伊藤さんは1本目のメンバーには選ばれず、ピッチ外から紅白戦を見学する事となった。

 サイドライン近くに座り込んで、ストレッチをしながら選手達の動きを眼で追う。


「……あれ? 伊藤さん、なんすかそのノート」


 隣に腰掛けた伊藤さんが大学ノートを開いていた。隣からヒョイっと覗き込むと……おぅ。小さな字でビッチリと、隙間無く1ページが埋められていた。

 

「前見せなかったっけ? 僕は単純にサッカーノートって呼んでるけど……いろいろな選手の情報を書いて整理しているんだ」

「……はあー。性格が出ますね」

「僕の場合は情報量が生命線になっちゃうからね。しっかりまとめる必要があるんだよ」


 伊藤さんが次々にページをめくって俺に中身を見せてくれた。文字でビッシリ埋められたページもあれば、図解しているページもある。

 それとこのページは……なんだろ? 数字と「R」とか「S」みたいなアルファベットが羅列してある。

 

「これはどういう意味っすか?」

「あぁ。これはね、思考型ゾーンに入った時の情報。覚えている限りなんだけど……その時感じた事をハーフタイムとか試合が終わってから書き込んでいるんだ」


 ……マジですげぇ。

 1つの日付で1ページ使っている日もある。

 

「思考型ゾーンに入ったら、数十秒の体感時間があるって話はしたよね? その間に視覚情報から得たデータを使って、考えられるパターンをリストアップするんだ。例えばこの『17RP、8D、8LFP、9S』の場合は、『#17が右にパスして、それを受け取った#8がドリブル。その後#8が左前にパスして、最後は#9がシュート』って訳だね」

「……あー、なるほどー……」


 意味はわかったが、この羅列を見て想像する事は……できそうにない。

 

「大峰君がゾーンに入っている時もこんな感じじゃないの?」

「んまぁ似たようなもんなんすけど……感覚的にやってるんで、説明はできないっすね。ゾーン抜けたら覚えてないですし」


 確かに、「相手がこう来て、こうなったら……」みたいに予測するんだけど、俺の場合はもっと直感的というか、勘で判断している事が多い気がする。

 それに最近は……。

 

「そうだ。伊藤さんに聞いておきたい事があったんすよ。俺、最近ゾーンに入るとき……」

「あっ。待って。赤が面白い形作ってる」


 伊藤さんに促されてピッチに目を向ける。

 

 赤#20が右サイドライン際で白MF#6を置き去りにする。

 そのまま中央に切り込み、白のMFとDFの間のスペース、つまりバイタルエリアにドリブルで突っ込んでいるところだった。

 白のDF陣はいきなりの中央突破にちょっと戸惑っているみたいだな。カバーに行くテンポが一歩遅い。

 

 赤#20が間髪入れずにシュートを打つ。

 

 ボールは勢い良く対角線上のゴール左隅に飛んでいく。

 

 これは――枠内コースに乗ったな。このままボールが飛べばおそらく……。

 

 ボールの行方を追おうとした俺の目が、俊敏な動きを見せる白選手にフォーカスを合わせる。

 

 白のGK。

 

 素早くゴール左に走り寄り、ダイビングジャンプ一発。

 パンチングでボールをゴール外に弾き出した。

 

「おー! 反応速い!」


 今のはゴールを決められたとしても、誰も文句言わないシチュエーションだろう。褒めるべきは白のGK――リバルディ東京、森真治もりしんじさん。

 

「さすがだね。森さんの反応も素晴らしかったけど……赤の#20、植田うえださんのドリブルも見応えがあったね」


 SMFサイドミッドフィルダー、鹿島コルノーズ、植田元気うえだげんきさん。

 2人ともJ1所属の選手かつ、A代表でのキャップ(出場経験)もついている実績十分のプレイヤー。

 特に植田さんは、昨年2011年に行われたワールドカップ3次予選で大暴れし、予選突破の立役者と言われている。

 

「ごめん。さっき何か言いかけなかった?」

「あーっと、ゾーンについて聞きたい事があるんすけど……今度にします」

「わかった。今はこっちに集中しよう」


 そう言うと、伊藤さんはササッとノートにペンを走らせる。今のプレーでも選手のクセがわかったのかな。

 

「沖縄合宿までに結構人数絞られましたけど……伊藤さんの注目選手は誰ですか?」

 

 当初44人招集されたU―23代表。

 黒田監督の公言通り、第1回目の合宿、および3回の練習試合を終えた時点で人数は35人まで段階的に絞られていた。

 この沖縄合宿には28人しか参加していないが、あとの7人は海外リーグに所属する選手達。おそらく来月頭に予定されている最終発表後に合流する運びとなっているんだろう。

 

 最終的に代表へ残る選手は……22人。

 この内ベンチに入れるのは……18人。

 

 つまり。

 本番で試合に出場できる選手は、今残っている選手(海外組含む)の半分しかいない訳だ。

 これは……まだまだ過酷な状況が続きそうだ。

 

「そうだね……。MFなら一覧にしているから、これ見た方が早いんじゃない?」

「……ちょっと失礼して」


 伊藤さんがノートの1ページを開いて俺に見せてくれた。


 ―――

 *MF注目選手

 

 ・横浜セイラ 立木恭介


   スピード  A

   スタミナ  A+ 

   OF総合  S

   DF総合  A+

   

 ・鹿島コルノーズ 植田元気

 

   スピード  A+

   スタミナ  B+ 

   OF総合  A+

   DF総合  A

   

 ・レボーレ甲府 鈴木太一すずきたいち

 

   スピード  B+

   スタミナ  A 

   OF総合  B+

   DF総合  A+

   

 ・シフエ東京 伊藤翔太

 

   スピード  A(A+)

   スタミナ  A+

   OF総合  A(A+)

   DF総合  S

   

 ・パスヴィア福岡 大峰裕貴

 

   スピード  A+(S)

   スタミナ  A+

   OF総合  A+(S)

   DF総合  B+

 

 ―――

 

「……いや、なんというか……。伊藤さんってすごいっすね」

「なにが?」


 さて……どこからツッコんだらいいんだろうか……。

 

「えーっと、まず、自分を評価してるとこが……すごいです。しかも注目選手の中に自分を入れてるし」

「そう? 自分を客観的に評価できないと、他の選手を評価することもできないと思うけどね」


 正論だとは思いますが、俺には絶対できません。しかも伊藤さん、何気にDFディフェンス総合Sがついてるし……。自信満々だな。

 

「そして俺がランクインしてしまってますが……。俺今回FWで招集されたんすけど」

 

 今回のU―23代表にはFWとして招集された。最近パスヴィアではボランチをしているとはいえ、FWは昔からやっていたポジションだったので、特に違和感はない。

 結衣には「MFで名前呼ばれないから心臓に悪かったよー」と言われてしまったが。

 

「大峰君は本来MF向きだと僕は思うよ。まぁFWで招集されたからと言って必ずFWで使われるとは限らないしね」

「そりゃあ……まぁ」


 あと、何気に評価が立木さんと肉薄しているのが……。高評価して頂けるのはすごく嬉しい事なんだけど……。むずがゆい。

 

「括弧書きしてあるのは?」

「それはゾーンに入った時だね。つまりゾーン中に限って言えば……君は立木恭介にも負けてない。と僕は思ってる」


 真っ直ぐに俺を見据える伊藤さん。

 ……本気でそう思ってくれてるんだろうな。

 

「他の選手はどうなんですか?」

「あとは……正直わからない。さっきの5人と海外組のMF2人は間違いなく残ると思うから……あと1人か2人。黒田監督がどこを重視して見るか、だろうね」


 これは……言い換えれば、伊藤さんは自分が落ちるなんて微塵も思っていない訳か。

 さっきの項目に「度胸」があったら伊藤さんは間違いなく「S」だな。

 

「大峰、伊藤。そろそろ体動かしとけ」

「「はいっ!」」


 小野田コーチの声に反応して、2人同時に立ち上がる。

 

 ピッチを見ると15分ハーフの後半に突入していた。

 

 伊藤さんと話しながらプレーを見ていたが、至る所でスーパープレイのオンパレード。

 各選手、沖縄に入ってからのヒートアップぶりはすごいものがある。

 比較的和気あいあいとして始まった沖縄合宿だったが、日を重ねるごとに全員の目がギラギラと光ってきている。

 ここまできたら、誰でも残りたいと思うだろう。

 

 国を背負って戦う機会なんて滅多にない。

 オリンピック。

 サッカー少年なら誰しも憧れる夢舞台。

 

 もちろん俺も同じ気持ちだが……。

 それ以上に……ワクワクしている。

 こんなスゴい人達と一緒にプレーができる。

 今はそこに焦点が合ってしまった。

 

 視線をピッチ内に向けたままウォームアップを続ける。

 心臓からの反応が音になって返ってくる。

 

 ばくんっ、ばくん。

 

 緊張している訳ではない。どうやら心臓が俺の気持ちを代弁してくれたようだ。出番が待ちきれない、と。

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