ロンドンへの道、開く
「あっ! 記者会見始った! ちょっとボリューム上げるね」
『皆さん、お集まり頂きありがとうございます。U―23代表監督の黒田です』
「……あれ? 春菜おばさん、ヒロは?」
「さぁ? 外でボール蹴ってるんじゃない?」
「もう、こんな大事な時に……」
「……あー見えて緊張してんのよ」
『まず申し上げたいことがあります。ロンドンオリンピックの金メダルを……私たちは本気で目指しています。万全の準備をするために、前例が無い事もいくつかします。まず、今日発表するメンバーは、44人です』
「……結衣、どういう事?」
「んっとね、本当なら6月の頭までに35人を決めればいいの。それを今年は1ヶ月前倒しして、さらに10人近く増やしたってこと」
「なんで?」
「たくさんの選手を見たいから、じゃないかな? いろんなクラブチームと相当もめたみたいだけどね。早くから招集されるとチームの練習に出れなくなっちゃうから。この前三上さんが言ってた」
『代表合宿は、5月に1回、6月に1回の計2回を予定しています。この間に強化試合を3回。これらと、各自のチームでの試合内容を総合的に判断し、段階的に人数を絞ります』
「じゃあ今回選ばれても途中で落とされちゃう可能性がある……て訳か」
「うん。でも……ヒロなら大丈夫だよ」
「……ふふ。さーて、バカ息子は選ばれるかな?」
『それでは、代表メンバーを発表します。まずはGKから……』
「バカ息子のポジションは……なんだっけ?」
「MF!」
『……DFは以上です。次はMF。シフエ東京、伊藤翔太』
「おー! 伊藤さん選ばれた!」
「……伊藤……翔太?」
「ヒロと同じ高校生Jリーガーだよ」
「……ふーん」
『……横浜セイラ、立木恭介。リバルディ東京……』
「あー緊張する緊張する緊張する」
「……落ち着きなさい」
『……MFは以上です。次にFW……』
「…………」
「ダメだったみたいね。……結衣、あんたがそんな顔しないの」
「……うん」
『パスヴィア福岡、倉田宏司』
「あっ! 倉田さん」
「おっ、パスヴィアじゃんか」
「パスヴィアの選手がオリンピック代表に選出されたのは、これが初めてだよ。倉田さん、すごい」
『パスヴィア福岡、大峰裕貴』
「……!」
「おー。バカ息子の名前だ」
「ひ……ひ……ひっ……」
「……結衣?」
「ひろぉぉぉぉー! 選ばれたよー! ヒロー!」
「……あらまぁ」
* * *
ここは絶対に外せない。
俺を含めて攻撃が3枚。対する守備は……たった1人。
中央からドリブルで駆け抜ける俺の両翼に、倉田さんと横浜セイラの立木さん。J1、J2それぞれの代表的な選手がサポートしてくれている、何とも豪華なシチュエーション。
この状況……。
俺が相当な悪手を打たない限り、誰にでもフィニッシュを任せられる。高確率で、ほぼ間違いなく、ゴールを奪える。いや、ここは奪わなければならない。
相手ディフェンス到達まで、あとボールタッチ2回。
優位性を保つためには、ドリブルスピードを緩める事は許されない。つまり、戦略を決定するのは、まさに今。この瞬間。
右を走る立木さんに視線を振る。
立木さんは俺のほぼ真横を並走している。立木さんほどのプレイヤーならば、俺がどの場面でパスを出そうと、オフサイドにならないポジションへ容易に調整するだろう。おそらく相手ディフェンスが一番警戒しているのも、この立木さん。
左を駆ける倉田さん。
立木さんと比べると、やや後ろの位置を走っているが、倉田さんはその分スピードにアドバンテージがある。
勢いに乗って強引に突破するであろう、倉田さんに任せるべきか……。
いや。
ここは数の優位性を存分に使おう。
ボールを――立木さんに託した。
俺からのパスを左足のアウトサイドでコントロールした立木さんのもとへ、相手ディフェンスが視線と体の向きを変える。
まだペナルティエリアに入る前。
立木さんのシュートやドリブルを警戒しつつ、パスに対応できる絶妙な位置に、相手ディフェンスがポジションを変えた。この位置取り……お手本にしたいくらいだ。
唐突に立木さんがスピードを緩める。
結果、中心を走る俺を先頭に、3人は山型のフォーメーションに切り替わる。俺と相手ディフェンスの距離が5mまで縮まったところで――
立木さんから放たれた、強烈なグラウンダーのボールが俺を強襲する。
俺のボールを扱いきれんのか? という立木さんの意思を感じた。
ボールがこちらにくると認識した瞬間、仮想の電撃が俺の背を走る。極限まで時間を引き延ばした脳内空間の中で、この場における最適解を導き出す。
ダイレクト、違う。
トラップ……右、違う。
左……ターン……左、違う。
フェイント……ワンツー……立木さん、弱い。
…………なるほど。
答えは決まった。
俺は猛烈なスピードで迫るボールを――
スルー。
俺がスルーし、猛スピードで転がるボールに、負けじと猛ダッシュで走り込む倉田さん。
立木さん、俺、倉田さんが左上がりのきれいな直線を描く。
おそらくこれがもっとも確率の高い選択。このスピードで繰り広げられた連携には、さすがに相手ディフェンスも反応……
――マジかよ!
相手ディフェンスがもう倉田さんの前に立ち塞がっている!
3人の連携を読んだ戦術眼もさることながら、肉体的な反応スピードが異常。
左足を使ってボールを落ち着かせた倉田さんが、間髪入れず、流れるように左足でのシュートを放つ。
相手ディフェンスが懸命に足を伸ばし――
バシィィィィ!
相手ディフェンスに当たったボールは、ゴールバーの上を通過していった。
「くぁー! おいおい、何回目だよ!」
パスを送った立木さんが頭を抱えてピッチに崩れ込む。そのまま手足をジタバタさせている様はとても27歳には見えない。あっ、芝はむしっちゃダメっすよ……。
「大峰……。なんなんだ、あのクソガキは……」
「いや……俺に言われても」
ピッチの芝をザシュッとスパイクの底で削り、不快感をあらわにする倉田さん。これで3回連続、通算5度目となれば、倉田さんでなくとも荒れるだろう。
「今のは大峰君がわかりやすかったよ。スルーする時、結構目立つクセがあるよね」
「マジっすか……。あの、それ教えては……」
「どうしようかなぁ」
相当に湿度が高く、太陽もサンサンと降り注ぐピッチ上。にも関わらず、汗一つ見せず、澄ました顔して答える相手ディフェンス――シフエ東京、伊藤さん。
6月初旬、沖縄。
オリンピック代表合宿。




