表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/76

シフエ東京戦そのあと 6

「じゃあ斉藤さん、また今度」

「ええ。大峰君も伊藤君も……オリンピック代表、選ばれるといいですね。そしていっぱい名前を売って……」

「もう! 斉藤君はそればっかり」


 会議室でゾーンについてあれこれ意見交換したが、やはり斉藤さんが納得するほどの情報はなかったようだ。今日はこれで解散しようという事になり、1階に降りてきていた。

 

「……伊藤さんも出世したら斉藤さんと契約するんすか?」

「さぁ? その時の気分次第かな」

「はは。伊藤さんらしいですね。まだ会話して2日ですけど……何か昔から知り合いだったような感覚っす」

「……大峰君」


 ……?

 また、伊藤さんが目を逸らした。


「……いや、何でもない。近いうちにまた会う事になるって、信じてるよ」

「おーっ。伊藤君は自信満々だねっ! 大峰君も伊藤君を見習いなよ!」

「いやぁ、こればっかりは黒田監督が決める事だし……」

「自信持てって……言ってんのっ!」

「……痛いっ!」


 バシィ! と背中を叩かれ背筋を伸ばされた。

 

「じゃあ皆さん、またお会いしましょう」

「はい。じゃあ僕もこれで失礼します」

「片平さん、また」

「またねー」


 全員と握手し、片平さんと受付のお姉さんに見送られ、タイムリー新聞の本社をあとにした。

 

 左手に着けた時計で時間を確認すると……現在時刻は午後5時ちょうど。

 思ったより時間は掛からなかったな。これなら結衣との約束にも間に合いそうだ。

 

 大手町から電車に揺られること数駅。

 結衣からメールで指示された場所、目的の上野に到着した。


 結衣に連絡を取ろうと携帯を取り出した――その時。

 

「おー! 早かったんだね」


 後ろから声をかけられた。

 

「ああ。結構スムーズにインタビューも終わって……ってあれ?」

「へへっ。似合う?」


 白のワンピース。

 先日、俺と一緒に買い物に行った時「どっちがいい?」で俺が選んだ、膝丈の、白のワンピース。

 結衣の白い肌と相まって、どこかはかなげな印象を俺に与える。

 

「んと……似合う……と思う」

「おぉ!? ヒロが素直に褒めた……」

「……なんだよ。素直じゃ悪いのかよ」

「違う違う! ……もう一回」

「やだよ。一回だけ。……ほら行くぞ。あんまり時間ないし」


 今日は最終便で福岡に帰らないといけないので、ここでゆっくりできる時間もあと2時間といったところ。まぁ幸い2人とも荷物はほとんどない――サッカー関係の荷物はクラブスタッフがまとめて宅配便で福岡に送ってくれている――ので、羽田空港から離れ過ぎなければ特に問題はないかな。


「けちー。ヒロのけちー」

「それ以上言ったら二度と褒めないぞ」

「じゃあ言わなーい。ほい! ヒロ、急いで!」


 俺の腕を引っ張ってグイグイ進んで行く結衣。


「……なんなんだよ、ったく」


 ……嬉しそうな顔して腕引っぱりやがって。

 

 上野駅から徒歩数分でたどり着くこの大きな公園。東京に住んでいた時よく来ていた、馴染みの公園。人混みが嫌いなばあさんが、我慢して毎年花見に連れて来てくれた、思い出の公園。そう言えば、食事以外で木原さんと4人で外出したのはここくらいかもしれない。

 

「残念。桜……散っちゃったね」

「そうだな。もう4月も終わりだし、しょうがないか」 


 毎年満開になると大勢の花見客で一杯になるこの公園。

 壮大な桜のアーチの下を、木原さんの左に結衣、右に俺がぶら下がって歩いていた事を……昨日のように思い出す。

 

「ここはね、ヒロと……どうしても来たかったんだ」


 大きな池の近くに設置されたベンチに2人並んで腰掛ける。

 風が公園内を通り抜け、結衣の髪をサラサラと撫でた。

 

「ヒロ……覚えてる? 8年前。ちょうど今みたいな、ちょっと肌寒い日だったよね」

「……ああ」


 遠くから子供の笑い声が聞こえる。あそこで遊んでいる2人は兄弟だろうか。

 賑やかな光景に対比して、「あの日の思い出」がいかにも寂しく感じてしまう。……記憶に残る「あの日の思い出」の登場人物に……笑っている人は、一人もいない。


「あたしはね、あの日ヒロが東京へ一緒に来てくれたから……今、笑う事ができると思うの」

「…………」


 結衣が透き通った、澄んだ目でこちらをうかがう。俺は押し黙って何も言えなかったが、おそらく結衣に俺の気持ちは伝わっているだろう。


「ヒロ、ありがとう」

「……どういたしまして」

「あたしは……ヒロの力になりたい。昔はヒロに……散々助けてもらったから。今度は、あたしが」

「……ああ」

「ヒロがこれからどんなレールを選ぼうと……あたしは……あなたの隣を走ります」

「……よろしくな」


 それっきり、俺と結衣は押し黙ってしまった。

 どちらかが話題を振る事もない。

 互いに目線を合わせる事もない。

 2人でベンチに腰掛け、ただ目の前の池に視線を落とすだけ。

 それでも感じる……心地よい時間の流れ。

 

 わかってしまった。

 多くを語らずとも、俺と結衣の気持ちは同じベクトルなんだろう、と。

 言葉に出して向きを確かめるなんて、野暮な真似はしたくない。

 

 『レール』

 

 ばあさんがよく使う、例え話。

 

 人間は社会的な生き物である以上、必ず行き先の決まったレールに載せられる。

 時に理不尽な道を選ばされる日もある。

 分岐点を目の前にして、ただ見ている事しかできない日もある。

 このレールから飛び降りる事は、誰にもできない。

 

 でも。

 

 大切な人のためになら。

 

 レールを曲げる事はできる。

 

 レールは1本だけじゃない。

 

 もし同じレールに乗る事ができなくても。

 

 寄り添って走る事はできる。

 

 もし大切な人を見つける事ができたら。

 

 そういう方法があるという事も、覚えておきなさい。

 

 

 

 

 

「あのぉ……」

「はい」


「パスヴィアの大峰選手ですよね? 握手して頂いてもいいですか?」

「はい。もちろんです」


「ありがとうございます。……えっと、1つ聞いてもいいですか?」

「はい。どうぞ」


「……彼女さん?」

「あっ、いえ、あたしは……」


「こいつは俺の……大切な人です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ