福岡の高校生サッカー選手 2
「集合!」
パスヴィアのボス、西川監督の一声で、各々がウォームアップを終了させ、監督のもとに集まってきた。
「これで開幕から8連勝したわけだが……全員が今後の課題に気づいているだろう。ここを修正できなければ、このまま急降下するのは目に見えているぞ」
俺を含めた全員が、神妙な面持ちで首を縦に振る。
「今日はかねてからの予告通り、フォーメーションのチェックを重点的に行う。レギュラーメンバーは赤、サブは緑のビブスをつけろ」
「「「はいっ」」」
スタッフから赤のビブス(練習用のゼッケン)を受け取り、配置に付く。
「大峰。調子はどうだ?」
キャプテンの三上さんが隣に並びながら声をかけてきた。
「いつも通りです。特に悪くはありません」
「……すまないな。DFの俺たちがうまく連携をとれていないがために、チームのバランスが悪くなってしまった」
「そんなことは、ないです」
開幕から8連勝というクラブ記録を更新中のパスヴィアだが、決定的な欠点が浮き彫りになってきた。
失点数。
J2全22チーム中、得点数はダントツの1位。
対して失点数はワースト7位。
つまり、全試合が乱打戦。
3—2や4—3といったスコアが開幕からパスヴィアの主流になりつつある。
接戦をものにしている今はいいが、得点が取れなくなったときのことを考えると……。
「お前に負担がかかり過ぎているのは重々承知しているんだが……」
「俺にできることは何でもやりますよ。もともと走ることだけが取り柄の体力バカですから」
俺のサッカー選手としての持ち味は、スピードとスタミナ。
要は短距離も長距離も得意。
「大峰……」
「始めるぞ! 全員配置に付け!」
中田コーチの指示で練習が始まる。選手たちが引き締まった表情を見せ、ピッチ上へと散らばった。
「赤は4—1—4—1、緑は3―4—1—2から始める。次のスリアロ広島を想定していくぞ!」
サッカーのフォーメーションは略式で呼ばれることが多い。
赤の場合、後ろから
DF4人、
DMF1人、
MF4人、
FW1人となる。
「赤のボランチは大峰! とりあえずいつも通りやれ」
「はいっ!」
俺のポジションはDMF、通称ボランチ。
やや守備的なポジションで、主に敵の攻撃を邪魔するのが仕事。
「まずはハーフコートで赤のディフェンスから。緑は思いっきり揺さぶれ!」
サッカーコートの半分だけを使って、赤は守備だけをする。
こうした試合形式の練習を行うことで、選手同士の連携を確認するのがこの練習の主な目的。
早速、緑のビブスを着た#5が右サイドからの突破を狙ってくる。
すぐにチェックへまわり、相手が簡単にパスやドリブルが出来ないよう、コースを防ぐ。
「もっとタイトに!」
「つっこみ過ぎるな! もっと引きつけろ!」
パスヴィアコーチ陣の檄が、福岡の空へ響く。
右サイドからの突破は難しいと判断した緑#5は一旦ボールを後ろの緑#3に戻す。
ボールを受け取った緑#3はすぐに逆の左サイドに大きくボールを展開。
右に寄っていた赤は逆サイドの選手が少なく、一見ピンチのように感じるが――ここにも俺が先回りして、スペースを潰す。
「ホルダーへのチェックは大峰に行かせろ! DF陣は裏に抜け出されることを注意しろ」
CBの三上さんが他のDF陣を統率する。
ボールホルダー(ボールを持っている人)を追い回すのは基本的に俺の担当。
ここが今まで一番うまくいかなかった連携部分だが、ここ数日の試合でそれなりに「マシ」なものにはなってきたようだ。
「次! 攻守交代! 緑がディフェンスに入れ! スリアロはおそらく次も3バックで来る。オフサイドトラップを重点的に崩しにかかるぞ」
このまま練習は定時の19時半までおこなわれた。
* * *
「今日はまぁまぁやったな」
「中田コーチ」
少し冷たい芝の上に寝そべり、クールダウンのストレッチをしていた俺。その隣に、中田コーチが「よっこいしょ」と言いながら腰掛け、俺は状態を起こしてあぐらをかく。
「どうや? ボランチにはもう慣れたや?」
「そうですね。もともとこっちの方が合ってたのかもしれません」
もともと俺が小さな頃からやっていたポジションはFW。
最前線の点取り屋。
「そうか……」
「怪我ばっかりはしょうがないっすよ」
俺がポジションをボランチにコンバートした原因。
ずばり、人がいないから。
パスヴィアはシーズン開幕直後から故障者が続出。特にボランチの人数が激減してしまった。
ボランチは特に走り回るポジションで、体力、スピードに加え、体をぶつけることが多いためにフィジカルの強さが要求される。
残ったMFはどちらかと言えば技巧派のメンバーばかり。
そこで俺に声がかかった。
平均的なJリーガーに比べるとフィジカルは決して強い方ではないが、体力とスピードを買われたのだろう。
「おそらく茨の道になるやろうが……俺はお前の次のステップにつながると思っとう。もちろん監督もな」
遠くで他のコーチと話している西川監督へ、中田コーチが視線を向ける。
「……がんばります」
「そのためにやらないかんことは……わかっとうな?」
ボランチへ転向した俺に渡された、中田コーチからの……課題。一筋縄ではいかないことは十分承知している。
でも。やらないといけない。できる、できないの問題じゃない。
「……はい」
「俺が全力で支えますよ」
俺の背中側から、三上さんの低く、よく通る声が届く。
いつの間にかこちらへ寄ってきていた三上さんが、中田コーチの隣へ座った。
「大峰。お前は自由に動け。俺らに合わせる必要はない」
「三上さん……」
「俺はな、FWよりもボランチのほうがお前に合っていると……本気で思っている。だからこそ監督もお前のワンボランチにしたんだろう」
ボランチは体力を使うポジションなので、通常は2人にするチームが多い。そこをパスヴィアはあえて俺1人。余った分を攻撃的なポジションにまわしている。
「お前が中盤を支えることによって、FWの倉田がより生きてくる。この形がパスヴィアの理想型なのは間違いない。自信を持っていこう」
「はい」
三上さんの言葉が、頭の中で広がる。確かなイメージを提示されることで、わずかにかすみがかっていた俺の心は明るさを増し……道筋を明確にした。
「あーあ。三上が全部言いよった。もう俺の言うことないけん、帰るわ。お疲れ」
「「お疲れさまです」」
手を顔の前でふらふらと振り、中田コーチが少し笑顔を見せながらグラウンドをあとにした。
笑顔で中田コーチを見送っていた三上さんが、突然こちらを振り向く。
「そういえばお前、学校には行ってるのか?」
「オフ日は行ってますよ。1部練がある時は休んでますけど」
「そうか……うーん。学校……もっと行った方がいいと思うけどな」
三上さんが眉間に手をあてて考え込む。
「お前の高校、公立だったよな? あんまり出席とか優遇してくれないんじゃないか?」
「さぁ、どうなんすかね? まだほとんど学校行ってないんで」
「そ……そうか。まだ入学直後だったな」
入学式を入れてもまだ片手で数えれるくらいしか学校には行ってない。特に問題ないとも思ってるんだけど。
「高校生なら人間関係とか宿題とか大変なんじゃないのか。お前友達少なそうだし」
「……ズバッと言いますね」
みんなして何なの? そんなにボッチっぽいかな。
「まぁなんとかなると思います。宿題とかは幼馴染が教えてくれるんで」
「あー結衣ちゃんか。だったらいいが……」
俺には小中高と同じ学校に通う幼馴染がいる。こいつがいろいろと世話を焼いてくれているおかげで、俺の脳みそをほぼサッカーのみで構成することができていた。
「んー……冗談抜きでちょっと考えた方がいいかもな。今後2種登録の選手も増えてくるだろうし。監督に相談しとくよ」
「別に今のままでいいんすけど……」
そう言うと三上さんはすっと立ち上がり、空を見上げる。
「いけない、話し込んでしまったな。明日は1部練の後移動だからな。忘れるなよ」
「はい。お疲れ様でした」
気づけば日はどっぷりと暮れ、埋め立て地のあちらこちらで煌びやかなイルミネーションが灯り、辺りに幻想的な空間を創り出していた。