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シフエ東京戦そのあと 5

 ……やっぱり。俺の勘は間違っていなかった。

 

「やはりそうですか。今までの試合でも『行動型ゾーン』には入っていたんですか?」


 斉藤さんがアゴに手を置く。斉藤さんが考え込む時によく見せる癖。伊藤さんはと言えば依然澄ました顔。


「はい。何度も。おそらく今までの試合ではほとんど攻撃参加しなかったので、目立たなかっただけだと思います」

「えっと……という事は、俺と一緒のタイプ……?」

「多分違うと思う。僕は大峰君のゾーンの内容をまだ聞いていないから、これは推測だけど……大峰君はおそらく『行動型ゾーン』と『思考型ゾーン』へ同時に入る事ができる。合ってるかな?」

「……その通りです」


 すごい。俺は斉藤さんに懇切丁寧に解説してもらって、ようやく自分のゾーンについて知ったというのに。伊藤さんは自力で解答にたどり着いたのか。

 

「僕の場合は、どちらか片方だけ。大峰君が2つ一緒に入れる『同時型ダブルタイプ』とすれば、さしずめ僕は『複数型マルチタイプ』といったとこかな」

「言い得て妙ですね。一言で上手く表せています」


 そして斉藤さんも納得のネーミングセンス。色々見習いたい。

 

「伊藤君の『行動型ゾーン』はどんな時に入るの?」


 片平さんが伊藤さんに問いかける。


「おそらく大峰君の場合と入口は一緒です。戦況や各選手のポジショニングから活路を見出して、フィニッシュのイメージを固めたあと。どうかな?」

「……おっしゃる通りです」


 もはや俺は何も言わなくていい気がしてきた。

 

「ただし僕の場合途中でプランの変更はできません。予想外の動きをされたらそこで終わりです。パフォーマンスはものすごく向上しますが、使い勝手はイマイチですね」

「あっ。じゃあもしかして伊藤さんのシュートが止められたのも……」

「そう。パスヴィアの8番(池内さん)さんがまさかあそこに来るとは考えていなかったからね」


 完全にパスヴィアを翻弄した伊藤さんだったが、フィニッシュのシュートを池内さんに止められてしまった。おそらく前半のファールの事もあって、池内さんは伊藤さんを警戒していたんだろう。

 

「じゃあ池内さんのファールは……」

「誤解しないで欲しいんだけど、僕はもともとファールを狙っていた訳じゃないよ。8番さんが一番攻略しやすそうだったから、マークについて観察していたのは事実だけど」

「そうなんですか。……まぁ何となくそんな気はしてたんすけど」

「ジャンプする時に8番さんの右脇が甘くなるのは、もちろん気づいていた。その死角からボールに飛び込もうとしてたら……あまりにラリアットのスピードが早いから避けれなかったよ」

「ははは。池内さん、いっつもふざけてプロレスしてますから」


 まぁこれは冗談だが……伊藤さんも嘘はついてなさそうだ。根拠のない直感だけど。

 

「伊藤君、1つ質問してもよろしいですか?」

「どうぞ」


 斉藤さんが伊藤さんのほうへ向き直る。


「最初に会った時『行動型ゾーン』に入る事を隠していたのは?」

「初めて会った人間に全てを話せるほど、僕は人を信用していません。いくらシフエの池田監督が信頼を置いている人物であろうと」


 伊藤さんが、さも「当然の事でしょう?」とでも言いたげな顔を斉藤さんに向けていた。

 ……初めて会った人に全てを話してしまった俺って……。

 

「なるほど。本当に高校生とは思えません。伊藤君はビジネスの才覚も相当ありそうな気が……」

「やめて下さい!」


 一瞬にして会議室の空気が変化する。

 いきなり語気を強めた伊藤さんに、全員が活動を停止した。あまりの予想外な展開に、俺ら3人は中途半端な顔をしたまま、固まってしまう。

 ここまで感情をあらわにした伊藤さんを見るのは――短い、とても短い付き合いだが――初めての事だった。

 

「……申し訳ありません。何か気に障る事を言ってしまったかもしれません」

「いえ……気にしないで下さい。僕が悪かったです。大峰君、片平さんも。失礼しました」

「……いいよいいよ! 気にすんな! ねぇねぇ、伊藤君。あたしと大峰君はまだ『思考型ゾーン』の中身を聞いていないんだけど、聞かせてくれない?」


 片平さんが努めて明るく振る舞う。これが全く嫌みっぽくないんだから、ホントに片平さんはすごい。変わってしまった空気を、実に自然に、もとのあるべき場所へ誘導した。

 

「そうでした。斉藤さんは話してなかったんでしたね。分かりました。何から話しましょうか?」

「……俺から聞いてもいいっすか? 前半最初のオープニングアタック、倉田さんがシフエCBに突っ込んだ場面がありましたよね? あの時『思考型ゾーン』には……」

「入ってたよ。じゃあその時を例に取って話そうか。片平さん、何か書くものはありませんか?」


 片平さんがバックの中から手帳とボールペンを取り出し、手帳の1ページを破って伊藤さんに渡す。

 ボールペンと紙を受け取った伊藤さんは奇麗な字と図を使って、『思考型ゾーン』とは何なのか、俺と片平さんに説明をしてくれた。

 

「……って事は……まとめるとこんな感じ?」

「さすが片平さんですね。完璧な要約です」


 片平さんが自分の手帳に伊藤さんの話を完結にまとめていた。書いている内容を覗き込んでみると……さすが新聞記者。非常にわかりやすい。斉藤さんが完璧と言うのもわかる。

 

 ――――

 思考型ゾーン


 ・発動条件

  (身体的な条件)

  立ち止まっている時

  走るだけ等の単純作業時

  

  (状況等の条件)

  敵が自陣の奥まで攻めてきた時

  ピンチな時

  よく分からない時に入ることもある

  

  *それぞれの条件を

   一つずつ満たせば発動の可能性がある

   

 ・効果、影響

  視野が広くなる

  スローモーションに見える

  ゾーン中に考える事も可能

  普段より頭の回転が速くなる

  数十秒の体感時間があるが実際は数秒

  

  *体を動かすことはできない

   走っている場合はそのまま走る

   

  *1試合で20回近く入ることもある

 ――――


「はは。こうやって客観的に見ると……僕の『思考型ゾーン』も便利な能力だね」

「いやいや、これもう反則でしょ……」


 何が反則かって……1試合に20回もゾーンに入る事。

 俺が多くても3回なのを考えれば……その利便性の高さは尋常じゃないだろう。

 

「状況は事故に遭った際に体験するスローモーションに似ていますが……皆さんが感じている通り、ゾーンに入る回数が異常です。これは……やっぱりもっと詳しく調べる必要がありそうですね」


 斉藤さんが心配するのもわかる。これはもう……頭のねじが外れているんじゃないかと疑いたくなる。


「これを使って、倉田さんの『癖』を見抜いた、って訳っすか」

「そう。スローモーションになっている倉田さんを見て、癖を探してね。逆に言えば僕の思考型ゾーンはただ『感じて考える』だけ。たくさんの情報を頭に流し込んで、解析して、今までの情報と一番似ている動作を記憶の中から引っぱり出す。つまり、全く情報が無い人には効果が薄い」

「ほぇー。伊藤君は頭いいんだね」


 俺をチラチラ見て「伊藤君は」って言わないで欲しい。

 

「あっ。じゃあもしかして、伊藤さんの動きが後半に入って悪くなったのは……」

「あれはホントに参ったよ。パスヴィアの皆さん、子供みたいになっちゃったから」

「子供?」


 片平さんが小首を傾げて腕を組む。まぁサッカーに詳しくないと、あの状況を見ても何の事か分からなかっただろうな。

 

「パスヴィアは後半、全くの作戦なしでプレーしていたんです。頭空っぽにして。その場その場で思いつくアイディアを使って。前半は緻密な作戦を立てても伊藤さんに全部止められちゃったから」

「あーなるほど。それで子供か。ジローちゃんがやたら楽しそうだったよね」


 世界広しと言えど、元フランス代表のアドルフ・ジローを「ジローちゃん」と呼ぶのは片平さんだけだろうな。

 

「ああなってしまったら、僕の思考型ゾーンじゃどうしようもない。いくらスローモーションで情報を集めても、今までのデータが使えない。そうなるとその先を予測する事ができないからね」

「なるほど。あっ、でもこれ言ってしまっていいんですか? 今度対戦する時には俺わかっちゃってますよ」

「いいよ。このくらいのリスクは何て事ない。それはそれで対策の取りようもあるし」

 

 伊藤さんが楽しそうに笑う。

 昨日の試合で俺が点を取ったあとに見せた笑顔を思い出す。……この人も、根っからの負けず嫌いなんだろうな。

 

「おそらくですが……伊藤君はもっと、ずっと先を見据えているんですよね?」

「……斉藤さんには敵わないな。どれだけガードを固めてもスルスル心の中への侵入を許してしまう」

「どういう事?」


 片平さんと俺が顔を見合わせる。

 

「僕は……君と一緒に……世界と戦いたいんだよ、大峰君」

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